戦場で恋だの愛だの言ってると死ぬ
私の言葉に気付き、ヴェルはもがくのを止めた。
戸惑いながら上体を起こし、こちらを向いた。
「ゲルダリア……?」
隣に座り込んで謝った。
「事前に何の説明もなくてごめんなさい。ここは私の占術の空間で、ヴェルに協力してもらおうと思ったから呼んでみたの。まさか上から落下してくるとは思わなくて」
ヴェルはしばらく考えて込んでいた。説明を聞いてもまだ実感が薄いようだ。
「占術って……シルヴァスタの?」
「そうなの。私の家系にもシルヴァスタの人がいるらしくて、能力を引き継いでいるみたい」
ヴェルは視線を落とす。
「……君が昔、テトラが危ないかもって言っていたのも、本当に占術の能力があったからなんだね」
それは違うけど、そういうことにしておきたい。
「とにかく、私の占術はまだ未熟だから、誓約相手に協力してもらうといいって、シド様から言われたの」
「そっか……」
それからヴェルは顔を上げ、私に向き直る。
「そういうことなら協力するよ。僕はどうしたらいい?」
銀色の世界に座り込んだまま、二人で手を取り合う。
こうしてヴェルと向かい合うのは、アエスの件以来だっけ。
……ヴェルも私に詳細を省いて説明することはあるけど、私もヴェルに前世とかゲームの世界がどうとかは明かせていないし、お互い様かな。
夢の中だからなのか、手を重ねて合わせても熱を感じない。なのに、確かに相手と触れ合っているのは分かる。不思議な感覚。
心の底から信用している相手に精神を安定させてもらい、魔力を軽く借りる。
シデリテスからのその説明をそのままヴェルに話すのは気恥ずかしくて、魔力を借りることしか言えなかった。
意識を研ぎ澄まし、情報を探る。
遠くで何かが煌めいて、私はそれに意識を伸ばす。
視界に光が落ちて、ノイズの走る映像が写し出された。
色素の薄い子供の姿。纏う緑のローブには、奇怪な形状の鍵の紋。
シジルだ。
シジルが表情を歪めていて、その視線の先には、驚いた表情のテトラが居た。
テトラは今の姿と変わらない。トラングラ・シェルメントとして、基本属性を誤魔化した色の髪と瞳。
本来なら生贄として死んだはずのシジルと、ゲーム序盤で死んだNPC魔術師テトラ。出会うはずのなかった二人が、どこかで出会う?
二人がいる場所は、街のようだ。
詳しく観ようとしたところで、映像は途切れた。
ヴェルにも同じ光景が見えたのか、ためらいがちに口を開く。
「……今のが、未来予知?」
「多分……。シド様が言うには、最近は未来が書き換わってしまうのが早いから、予知もすぐに変化してしまうらしいけど」
「もししばらく変化がなければ、これから、テトラはあの子と会うのかな」
「かもしれない。ねえ、背後の街並み、どこだと思う? この国のようでいて何か違うけど、アストロジア王国でみる建築様式でもなかったし、北の大陸のものでもなかった」
「青い石材を使った屋根の家なんて、この辺りじゃ、あの軍国以外にないよ」
やっぱり、そうなのか。
ジャータカ王国の文化と、ユロス・エゼル国の文化が混ざる街。
魔術師ミルディンが掌握しているだろう地域に踏み込むとき、シジルがやってくる?
ラスボスから奪った力を使って空間を超えて、それから。何故シジルとテトラが鉢合わせる事態になるのか。
考える私に、ヴェルが言う。
「状況が変化していくなら、君は毎日占術を繰り返すつもりだよね?」
「え? えっと、できればそうしたかったんだけど。まだ難しいから、ヴェルと就寝の時間が合わないときは避けようと思って。慣れないうちは一人で無理しないほうがいいそうだから」
シデリテスから色々と注意されている。アストロジア王国は始祖王の加護があるから、夢を越えて邪魔をしてくる存在はいないけど、その加護のない場所では、異形が邪魔をしにくるとか。それについては、舞燈の王が実感させてくれた。あのヒトは私には無害だからともかく、異界の王はその気になれば ちょっかいかけたい相手に手出しができるのだと。
ラスボスや隠しボスに目を付けられても、今の私にはまだ対抗策がない。
「なら、いいんだ」
「私も、もう一人で無茶はしないつもりだから……」
学院での、新月祭の夜のことは反省したのだ。
ヴェルは私の手を握りながら言う。
「またアストロジア王国から追加の人員がくるらしいし、僕たち三人で行動できるように配置換えしてもらうことにするよ。……そろそろナクシャ王子の話相手も疲れたし」
「……お疲れ様……」
ナクシャ王子なら、魔術師に囲まれない限りは自力で対処できるんだよね。イデオンもいるし。現状は、ヴェルのことを敵から隠しているのだけど、本人はそれが不満なのだろう。
「ヴェルと同じ時間に行動できるなら占術も協力してもらいやすくなるけど、ヴェルこそ大丈夫? 予知したい内容は選べないから、もしかしたら酷いモノを見るかもしれないって言われたの」
「平気だよ。予知が現実になるとは限らないし、どれだけ酷い未来でも、分かっていれば先手が打てるからね」
「そうね。私は、三人でシャニア姫に会いに行って聞いた話を信じたい」
ヴェルとはもう少し話したいことがあったのに、気付けば朝が来ていた。
私にはまだ、夢鏡の場を長く安定させるのは難しい。
支度を済ませ、当番のみんなと朝食を作る。
そのまま騎士や魔術師の四人と一緒に、食事や食器を子供たちの部屋にも運びこむ。私やサスキア以外の人も、故郷に置いてきた家族を思い出して、三人のことが放っておけないのだという。
眠れる獅子の三人は、大人しく部屋にいた。そして、前日より訪問者が増えたことに驚いている。驚いたといってもこちらを警戒して暴れることはなかったので、騎士は一番近くにいた三号の頭を撫でようとした。三号は騎士に逆らうとご飯がもらえないと思っているのか、若干不満そうなのに拒否しない。サスキアが静かに言う。
「嫌なら嫌と言っても大丈夫ですよ」
「……本当に、大丈夫?」
「はい。嫌ならそう言ってくださいね。我々には読心ができる者はいませんから、正直に言われないと分かりませんよ」
サスキアはけろっと嘘をついたけど、三号は素直に答えた。
「……じゃあ、さわらないでほしい」
「分かりました」
拒否された騎士は苦笑し、そのまま引いた。
みんなで朝食のスープを分けて食べる。
子供たちは食器を扱っての食事にはまだ慣れそうにないけど、昨日よりはマシになっている。元々器用なようだ。
食後の片付けも、子供たちを調理場まで連れて行ってやり方を説明し、全員で実施した。
それから、庭に出て食後の休憩。
陽の光がまぶしいのか、三人は瞬きを繰り返す。それにも慣れた頃、騎士が言う。
「今日は三人に、名前を用意してきたんだ」
それは、みんなの地元で過去に愛された偉人だったり、尊敬していた家人から借りた名前だったり。
赤銅色の髪の子は、ナイジェル。
黒い髪の子は、トロン。
三号は、レガルス。
人名を与えられてもすぐには実感が湧かないらしく、三人は互いに顔を見合わせる。
「これからは、もう番号では呼ばれないの?」
トロンと名付けられた子の言葉に、騎士と魔術師はうなずく。
「今までとは違う生活をしていくからね」
休憩が終わり、子供たちに洗濯について説明する。ジャータカ王国は水量のある川が多いから、毎日洗濯しても水には困らない。
洗い物を伸ばして干した頃に、持ち場の交代でサイモンがやってくる。
サイモンは子供たちに自己紹介をし、子供たちからサイモンへのぎこちない自己紹介が行われた。そして、騎士は満足げに笑う。
「よし、じゃあこれからは、体を鍛える基礎の運動をしようじゃないか。今までの戦いかたはもうできないにせよ、走ったり逃げたりはできる方がいいだろう?」
「逃げる……?」
「にげて、いいの?」
「悪いことをしていないならな。自分が生き残るほうが大事だ」
「にげるの苦しい、やだ」
「にげると、こわい」
案の定、今までは逃亡阻止の呪いもかかっていたようだ。
「これからは、鍛錬次第だ。鍛えて体が丈夫になれば、苦しさも減っていく」
脳筋っぽい意見ではある。でも、三人はサイモンの人柄を信用したのか、素直に基礎の体力作りを受け入れた。
私も三人と一緒に、サイモンに従って柔軟体操や筋トレを行った。
三十分ぐらい後。
みんなが健やかな笑顔の中、私一人だけがぐったりしていた。息を整えるのに必死だ。
「先生だいじょうぶ?」
トロンに声をかけられる。
「大丈夫です……」
ここまで体力が落ちていたなんて。魔術師も重い道具を扱うから非力ではないはずなんだけど。
占術で思った以上の体力を消耗しているんだろうか。
今日の昼食と夕飯作りは、子供たちと一緒に行う。大釜を使ってスープを作る工程を三人は怖がった。ジャータカ王国の赤い香辛料で食材をグツグツ煮込むのが、怪しい魔術儀式に見えたらしい。サスキアが言うには、北の大陸で有名な魔女の伝承があるのだとか。
「先生はこども食べない?」
「食べません!」
そんなやりとりがありつつも、また一日が終わる。
聞いたところによると、イライザさんとナクシャ王子は東の寺院にいる先代の王様に会う計画をしているらしい。ナクシャ王子のお爺さんは無事だったそう。
そのため、東の地域の治安の安定化と、南東の地域を解放する計画は同時に行うことが決まった。
いよいよ、魔術師ミルディンが管理する地域に踏み込むのか。
その前に、もっと情報が欲しい。
そう思って今晩も占術に挑戦する。
またヴェルは真上から夢鏡の中へ落ちてきた。どうにかならないかな……。
とはいえ、想い人と特殊な空間で二人きりという状況に喜んでる場合でもない。
前日と同じように、ヴェルと向かい合う。両手を重ねて意識を集中する。
妙に熱くまぶしいような強い圧迫感があった。
それでも、これが先の情報であるなら、避けるわけにはいかない。
必死で捕まえたそれはどろりと落ちて、暗く濁った映像が意識を染める。
ノイズが走り、徐々に鮮明になるそこから、泣き声が聞こえた。
喉を引きつらせたような悲痛な叫び。テトラの声に似ている。
『ゲルダリア!』
どこかで見た場所で、テトラが床に倒れた私を揺さぶって泣いている。
……赤い岩石に覆われたその場所は、キラナヴェーダの隠しダンジョンによく似ていた。
何故か白いドレスを着ている私は、ある魔術杖を手にしてうつ伏せの状態だ。側にはアエスも転がっている。
『助けて、エルドル教授!』
テトラの叫びに応え、青い渦が巻き起こり中から教授が姿を現す。
そこでようやく、テトラの向かいに巨大な異形の姿があることに気付いた。
緋色の牛頭に、霊長類の胴。隠しボスである界砕の王だ。
その胴には大穴が空いて、膝をついて項垂れたまま動く気配はない。倒せている?
けれどテトラは泣き止まない。
『教授、ゲルダリアが!』
うなずいて、教授は私を抱き起こす。
『……魂の外殻が割れています。これでは……』
『助からないの?』
『私では、応急処置しか行えません。魂の修復を可能にするまでの力は……』
教授から、私へ向けて魔力が一斉に流れていく。
その度に、教授の姿が明滅するように揺らいで、透けて……。
テトラは教授の有り様と、私が目を覚まさないことに打ちひしがれている。
『教授も、助からないの?』
絶望的なつぶやきに、教授は首を横に振る。
『私はただ魔力が尽きるだけ。いずれ再生します。ただ、ゲルダリアはそうもいかない』
『どうすれば……』
『秘めの庭に帰って、智海の王に頼むしかありません。急いでください』
その言葉にうなずき、テトラは私を背負い、アエスを薬入れへしまいこむ。
『教授も一緒に帰ろう』
『いえ、力尽きれば、私は生まれた場所に送還され、この形に戻るまで眠るのです』
『そんな……』
『悲しむことはありません。またいずれ会いましょう。空と海が混ざり合う場所で』
その言葉を残し、教授の姿は溶けるように消えた。
ノイズの混ざる映像はそこで途切れる。
私の目の前には、血の気の引いたヴェルの顔。
ああ、やらかしてしまったな……。
占術二度目で、いきなりバッドエンドを回収するなんて思わないじゃない……。