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夢から夢へ

 王宮の部屋割りの担当はほぼイライザさんになっているので、彼女に会いに執務室へ。

 相変わらず資料整理と情報の確認で忙しそうだ。奥の席にいるナクシャ王子は既に気力が尽きたのか、手にした資料と焦点が合っていない。

 そこは見なかったことにして、イライザさんに事情を説明する。

「サスキアたちが潜入先で閉じ込められていた子供達を救出したので、その子たちを休ませる部屋を用意したいんです。空きはありますか?」

 私の言葉にイライザさんは仰天したようで、資料をひっくり返した。

「子供が? 無事なのですか?」

「見たところは。けれど、どんな目に遭わされていたのかは、詳しく調べないと分かりません」

「分かりました、保護した以上は放っておけませんものね。空き部屋であればまだ余裕がありますから、こちらをご利用ください」

 教えてもらった部屋へ向かい、放り込まれていた備品を片付ける。イライザさんの手配で、騎士達が寝台を部屋まで運んでくれた。これで子供達を落ち着けることができる。


 サスキアが帰るのを待っていたのは、私だけではなかった。潜入調査を見届け、子供の心配をしていた人は多い。みんなで協力して子供たちを部屋へ運ぶと、子供たちの身体に異常がないか調べていく。

 救出されてからずっと、三人とも体を丸めて眠っている。この子たちは身体を壊すまで強化を課されるから、一度眠ると回復に時間がかかってなかなか目覚めない。

 赤銅色の髪の子と黒髪の子は一号と二号だろう。ゲーム中で仲間になった三号は、サスキアから白い髪を梳くようにして撫でられている。

 こうしている限りは和やかな光景だ。

 今のうちに、強化の術を解析して無効化したい。

 三人に治癒と解析を交互に行う。

 それにより、子供たちに掛けられた魔術の構造を理解してしまい、憤る声が上がった。

「あまりに酷い。このような強化を何度も利用しては、すぐに命が尽きてしまう」

「こんなことをしてまで子供に戦わせようだなんて、正気とは思えない」

 真っ当な意見だけど、それはアストロジア王国で国仕えの魔術師として生きられた幸運からの感想だ。

 北の大陸は、アストロジア王国以上に貴族の私生児が多く、更にその子供が捨てられる事件も多い。捨てられた子供は、犯罪者集団に拾われ復讐心を煽られて育つ。この負の連鎖で国が荒れる。

 眠れる獅子として実験用に集められたこの子たちも、元はどこかの貴族の私生児で、自分の実の親を恨むように仕向けられていた。

 でも、早いうちに救出できて良かった。

 本来は三号とナンバリングされた子しかゲーム内では生き残っていなかったし、その子も結局助からなかった。三人ともこうして助け出せたなら、戦いとは無縁な環境で生活させたい。



 子供たちを生体兵器にする魔術から解放した頃に、北東の街からまとまった情報が入ってきた。

 どうやら合成魔獣の類は、サスキアとサイモンが侵入したのとは違う施設で飼われていたらしい。

 トロッコで街に突撃した面々は、奇怪な姿の魔獣が解き放たれるのにも怯まず、その場を新作魔術のお披露目会場にしてしまった。

 魔獣に向けて打ち込まれる魔術と物理攻撃により、街の西口は荒れに荒れる。

 土の魔術により大量の石筍が魔獣を串刺しにし、ゴーレムが猛り、投石の要領で大量の爆弾を投げ込み、巻き上がる土埃を流す鉄砲水を撃ち込んでから騎士団の突貫。

 敵は魔獣を集団召喚したばかりで油断していたのと、白兵戦の用意がなかったのも重なって、あっさりと拠点は陥落した。

 アストロジア王国の騎士と魔術師たちは、今で防衛一辺倒だったことが腹に据えかねていたのもあって、怒りに任せて暴れ放題してしまった。とはいえ、民間人を巻き込むまいという騎士道精神は忘れておらず、民家は無事だ。

 その後の調査により、街を占拠していたのは魔術師集団で、この街の本来の住人は東の寺院に送られたと判明した。

 魔獣を囲う魔術を秘する上で住民たちが邪魔だったと主張しているようだけど、おそらくそれもミルディンの差し金だろう。

 あとは寺院まで行って、本当に街の人達が無事であるのかを調べるだけ。

 ……そう油断したところで、異変が起きた。

 街に残る魔獣を警戒し、騎士団が拘束した魔術師たちから目を離した途端に悲鳴が上がる。

 何事かと振り返れば、捕縛した相手の頭部から蔓が伸びて花が咲く。その植物は超速で育ち蕾をつけ、苗床にした人間を干からびさせた。黒い薔薇が咲いて散った後には、灰が残るだけ。

 その光景に、アストロジア王国の騎士と魔術師たちは何もできずに立ち尽くしたという。


 報告を受けたシデリテスとソリュも憂いた顔だ。

「人に対する寄生植物があるとは」

「どうやら北の大陸では嫌なものばかり研究しているようだね、噂に聞いてはいたけれど」

 人間に寄生する黒い薔薇も、ゲーム中でミルディンが育てていたものだ。まさかここで使われるなんて。

 ……いや、もうちょっとあのゲームの内容を思い出せていれば、こうなることは想像できた。

 ミルディンは、自分が属する団体を潰す機会を狙っているのだから。敵の手に落ちた無能な仲間は要らない、と説明すれば組織の幹部は納得する。そうして徐々に、魔術師集団・翡翠の鍵 は勢力を落としていく。

 会議場で報告を聞いて落ち込む面々に、ソリュがわざとらしく明るい声を出す。

「こちらの陣営が手を汚す手間が省けた、と思うのがいいよ。現場にいた者が責任を感じたところで何にもならない。図太くあらねば、敵の思うつぼさ」



 会議を終え、あてがわれた部屋で休む。

 ソリュの言う通り。戦場で敵に情けをかける余裕があるのかという話だ。王宮で捕まった人達も、どれだけ生き残ったのかは伏せられている。虜囚のその後については、まだ考える段階じゃない。王国の再建時に処刑なんていう物々しいことをしては、民からの心証が悪くなるから、寺院に送って更生させる手段がとられるのだろうけど。

 現段階では、こちらの陣営がめげている場合じゃない。

 おそらくミルディンのほうも苦しんでいる。汚れ役として吹っ切れるまで、まだ年数があるはず。


 アストロジア王国と北の大陸の状況はゲーム中よりはマシになったけれど、そのしわ寄せは全部このジャータカ王国に来てしまった。ゲームとの展開が変わり過ぎてこれから先に起きることの予想が立てられない以上、起きること全て、目を反らせない。私が直接関わりに行くことができないにしても。

 ずっとそんなことを考えて悩んでいるので、寝付けなかった。

 救えた子達もいるのに、心が晴れない。

「ウジウジしない! 鬱陶しい!」

 唐突にそんな叱責が飛んだ。何事かと思ったら、目の前には舞燈の王がいた。

「……私は、眠ったはずでは」

 薄暗い空間の中、彼女は生命力の強さを現すかのように輝いていた。

「そうね、だからこうして、眠りの中に会いに来たの」

 眠りの中……? この前の、シデリテスの夢鏡のような場所だろうか。

 そう考えたところで、どこかから音楽が聞こえるのに気付いた。

 この主旋律がバイオリンの曲は、あのゲームの中で聴いたものだ。物語の中盤で、新天地へ向かうことが決まったときのBGM。

 音が聞こえるのは、今居る暗い空間の斜め下の方角。

 こことは違う階層に、人が二人いる。

 あの髪の色と短さは、ノイアちゃんだろう。もう一人は、知らない銀髪の男の人。

「鹿男め、戻ってくるのが遅いのよ」

 舞燈の王がそう悪態をつく。誰のことか分からず、私は口を挟めない。

「私も昔ほど力が残っていないから、どこまで対抗できるかは怪しいものだけど。足止めぐらいはしてみせなきゃね」

「何の話ですか?」

 彼女は相変わらず私の疑問には答える気が無いらしく、話したいことだけを言う。

「いい加減、アイツに覗き見されるのが鬱陶しいから、私が直接殴りに行くわ。アンタなら誰のことか分かると思うのだけど」

 ……覗き見、と言えば。

「影苛の王……」

 ぽつりと呟くと、彼女はうなずいた。

「おそらく時間稼ぎ程度にしかならないけれど。今アイツを黙らせておかないと、手に負えなくなるから。対策を取るなら早くしなさいね」

「……それは、私がやらないと間に合いませんか」

 ゲームの主人公達から役割を奪えと。

「当たり前でしょう? 状況を加速させたのは、アンタ達なんだから」

 アンタ“達”。やはり私だけがゲームシナリオを壊しているわけではない……。

「でも、取っ掛かりが無いんです。この国にいては、対抗策が手に入りません」

 調べても、研究しても。アストロジア王国やジャータカ王国にある素材では、ラスボスに効果を発揮する道具にはならない。もっと超常的な力を抱えた素材が必要だ。妖精が五百年以上かけて作った魔術素材とか、神話時代の素材とか。そういったものは、滅ぶ設定の国には用意されていない。

「そのために時間を稼いであげるの。アンタがこれからどうすべきかは、あの子に聞いてきなさい」

「あの子?」

 足下が、おぼつかなくなる。

 ゆらゆらと体が沈んで、舞燈の王が遠ざかっていく。

「待ってください!」

 言い終える前に、銀色の中に沈む。

 ……この感覚は二度目だ。

 夢鏡の中。

 慌てて体を起こすと、引きつった顔でこちらを見ているシデリテスと目が合った。

「……お邪魔、します……」



 この人、こんな顔芸みたいな驚き方ができたのか。

 失礼にもそう思ってしまったほどに、シデリテスのおののき具合は強烈だった。

「……貴方か、なら。うん。まだいい」

 過去に夢鏡の中で何かあったのだろうか。

 憔悴しているように見える。それは当然か。ソリュは飄々としていたけど、シデリテスは敵陣営をみすみす死なせたことに割り切れていないのかもしれない。本人は生かす予定でいたのだから。

 私は正座をするように、かしこまって言う。

「すみません、急に。舞燈の王と話すうちに、何故かここに来ていました」

「そうか……。夢鏡には簡単に入れるものではないから、きっと貴方にも占術の素養はあるのだろう。確か、貴方の母君の実家であるオディナット公爵家には、二代前にシルヴァスタから輿入れがあったと記憶している」

 ……そうなのか。

 そういう設定は、もっと早く知りたかった!

 いや、家系図くらい自分で調べておけばよかったのだろうけど。タリスに頼めば資料がもらえたかも。

 私に占術が可能なら、占った(てい)でゲーム情報も自然に出すことができる。これなら周りに不審がられずにすむ。スパイ扱いされる心配も、妄言扱いされる心配もない。

「シド様」

「何かな」

「私にも、占術のやり方をご教授願えませんか」

 舞燈の王が言うあの子というのは、おそらくこの人のことだ。

 唐突な依頼に、シデリテスはあっさり応えてくれた。

「この占術には夢の中で己の意識を覚醒させることが必要だ。と言っても、感覚としては他の魔術と変わらない。眠る直前に、自分の居場所をしっかりと意識して、夢鏡の地場を作り上げる。後は、得たい情報があるか、周りを見回すだけ。情報が降りてくるかどうかは確実ではないため、根負けしそうなこともあるけれど」

 受動的な手段のようだ。

「前にシャニア姫は道具を使って占術を行なってくださったのですけど、あれは高度な術なのですね」

「そう。覚醒時の占術は、相当に慣れていないと難しい」

 訓練の賜物なのか。それでも、どの時期の情報を得られるかは選べないなんて。

「安定しないうちは他の人から力を借りるのも手だよ。といっても、シルヴァスタの占術慣れしている者以外に協力を願うのであれば、強い信頼が必要になる」

「強い信頼……」

 シデリテスは私の膝の上の手に視線を向ける。

「貴方には誓約相手がいるから、ちょうどいいのではないかな。今どき、愛恋の誓約が行われるのは珍しいことでもあるし」

 ……誓約にそんな種類があるの……。

 そういうことなら。

 何が何でも占術をマスターして、ヴェルを巻き込んでしまおう。誓約に関して話を伏せられていた件も問い詰めたいし。

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