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幕間30/鎮魂

イライザ視点

 グラマラスな女性が、物怖じせず王宮の回廊を堂々と歩く。

 シンメトリーの中心で、白いナイトドレスが翻る。

 この場には似つかわしくない格好だけど、そこに口出しするのは野暮だと思えるほどの威圧感があった。

「私はあの僧侶のことがアストロジアほど好きではなかったけれど。彼の子孫である民が、こうも踏みにじられているのは、不快」

 そう述べた彼女は、輝く金の巻き毛を揺らしながらくるりと回る。

 踊るような動きに呼応するように、地下がざわめく。

 私と、私の隣にいるナクシャ王子は息を潜めて成り行きを見守る。

 調査の結果、王宮の地下には使用人と見られる人たちの遺体が運び込まれているのが判明した。このざわめきは、死者の声。私にすら知覚できてしまう霊障だ。

 それに対し、柔らかな声が重なる。

「怒ってもいいの。悲しんでもいいの。けれど、新しい王を歓迎したい気持ちも、捨てなくていいの。恨み言が山ほどあるでしょう。それでも、他の人間らしい感情も、忘れなくていいの。元は喜びと慈しみを抱えていたのでしょう?」

 慰めるような、説き伏せるような言葉。

 再度、女性は踊る。かかとを踏み鳴らし、音と燐光を散らす。

 それが繰り返されるたび、澱んでいた空気が晴れていく。

 私たちは動けない。

 助けられなかった人たちを、静かに弔うだけ。


 人の死に際の怒りや恨みを呪いの基礎に使うのは、この世界でなくとも聞く話だ。

 でも、実際にこうして罠として残されると、許せない。

 私には解決させる手段がなかったけれど、それはナクシャ王子も同じ。

 一仕事を終えた女性に、ナクシャ王子は頭を下げる。

「ありがとう。死者を鎮めてくれたこと、感謝してもしきれない。だが、ここまでしてもらいながら、私には貴方へ返せるものが何もない」

 そう告げられた相手は、面白くなさそうな顔で答えた。

「あるでしょう? あの僧侶の子孫なら、アストロジアからの呪いを跳ね返しなさい。あんたがすべきことは他にないの」

 王として、民のための善政を。

 望むのはそれだけ。

 それが一番厳しくて、難しい。

 言うべきことが済み、彼女は振り返らず去っていく。

 鎮魂の舞であれだけヒールを踏み鳴らしていたのに、去り際は無音だった。彼女は本当に、人間ではないのだ。



 やっと王宮に帰ることができても、ナクシャ王子は落ち着けない。

 当然だ。元々、彼はここで真っ当な扱いを受けていなかった。過去にドゥードゥーを保護してもらった部屋は、アストロジア王国から派遣された魔術師のための部屋で、ナクシャ王子は瞑想用の石塔にいるのがほとんどだった。あんな物は人が暮らすための部屋ではない。牢と呼ぶのだ。

 悩むようにナクシャ王子は言う。

「今まで王に仕えていた者たちが地下で眠っているなら、ここ(王宮)はもう、霊廟にしてしまおうかと思う」

「寺院として運用するのですね」

「ああ。私がここで王として暮らすのは構わない。ただ、イライザ。貴方を無理に付き合わせるわけにはいかない」

「今更ですよ。それに、まだ問題は解決していませんから。この国の全てを解放するまで、ここは守り通さなくては」

 元は王様の側近が生活していたらしい区画を整えて、ナクシャ王子はそこで暮らすことに決めた。

「ここまで来たなら、一つ解決しておきたいことがある」

「何でしょう?」

 問い返すと、ナクシャ王子は部屋にいる人を順に見回す。

 私と、ガーティと、イデオンと、ディー。

「魔術を扱えるようにと私に施された処置がどういった内容か、詳しく話していなかったが。あれは、魔術を扱える人間の背骨を、私の背中へ埋め込むことだった」

 言いながら、ナクシャ王子はディーを見る。

「おそらく、これは貴方の縁者の骨だろう」

「……え?」

 唐突な話に、当然ながらディーはうまく反応できない。構わずナクシャ王子は続けた。

「今まで、何故か貴方と話をしなくてはいけないという焦りがあったが。原因はこれなのだろう。そろそろ、返さなくては」


 ゲーム中では、ディーの父親が行方不明だという情報は出なかったし、ナクシャ王子にもそんな処置が施されたという話はなかった。猟奇的だから、ゲームのレーティングの都合で伏せられたのだろうか。

 ナクシャ王子が学院で保護された後、アストロジア王国側の王族にはその情報が出されたはずなのに、今の今まで、ナクシャ王子には他人の骨が埋め込まれたまま。

 何故すぐに分離処置をしてくれなかったのだろう。

 私はそう考えたし、ディーも似た疑問を抱いた。イデオンが答える。

「単純に、敵の狙いが分散しないようにです。ナクシャ王子から月蝕の術の反応を切り離してしまえば、敵は捜索の術の精度を上げるでしょう。そうなれば、普段うまく月蝕の気配を隠しているディーまで、向こうに存在が割れてしまう。公には、月蝕の術を扱える生き残りはいないことになっていますから。アストロジア王国側としては、敵の標的をナクシャ王子だけに留めておきたかったのです」

 さらっと、とんでもないことを言ってくれた……。

 月蝕の術を扱う一族が全滅した扱いなのは、初耳だ。

 ディーは、一部の貴族から、アストロジア家を牽制する道具として包囲されそうになっていたはず。どの階級の貴族までが、ディーの存在を把握しているんだろうか。

 何にせよ、今回の作戦を一任されているシデリテスとソリュは、ナクシャ王子のこの決定を許可してくれた。現状では、ナクシャ王子の居場所を敵に察知されやすくては困るということだろう。


 ナクシャ王子からディーの父親の骨を取り出すのは、イデオンとディーが二人で行うことになった。外科手術じみた作業を二人で行うなんて、大丈夫だろうか。

 見ていて気分の良いものではないからと、私とガーティは部屋から追い出されてしまう。

「……北の大陸では、こんなことがよく行われていたの?」

 私の質問に、ガーティはいつものように答えてくれた。

「魔術師が非人道な実験をしているという話は、あの大陸では一般的でした。魔術とは無縁の庶民にとって、それは根拠のない話ではありましたが。妖精族に失踪する者が出ると、人の仕業だと言われました。怪しい人体実験の話は、常に囁かれていたのです」

「確か、ガーティを追い回していたあいつも……」

「大方、どこかの実験で生まれたのでしょう。普通は、人と妖魔が混ざるなんてことは起き得ませんから」

「相当に昔から人体実験が行われていたのね」

「行く当てのない子供と、妖精族間のはみ出し者を捕まえて実験する。そんな魔術師集団の噂が広まって、あの国の王は事実を調べようとしたのですが。うまく逃げられてしまったようですね。私と兄貴がこの大陸に渡った後、それは薄々感じていました」

「じゃあ……」

「そうです。これから、この国の全てを解放する際、人と他種族に非人道な実験を行う連中と遭遇することになるでしょう。そこで実験体にされた者とも」


 ナクシャ王子から他人の背骨を切り離す処置はどうにか終わった。イデオンによる治癒術で止血はしたけど、物をえぐり出した痕は残ってしまったらしい。

 取り出された骨は、布に包んでディーに預けられた。

 寝台でうつ伏せに寝て休んでるナクシャ王子は、ぐったりしている。痛み止めの魔術があっても、良い気分ではないだろう。

 私とイデオンがナクシャ王子に付き添う中、ディーは布に包まれた骨を片手に、ふらふらと部屋を出て行った。

「……大丈夫かしら」

 放っておくのは不安だ。ゲルダリアや、あの男子中学生みたいな魔術師は、今どこにいるだろう。

 私の懸念を察し、ガーティが立ち上がる。

「ゲルダ先生にお知らせすれば良いのですね?」

「お願い。ディー先生を一人にするのも不安なの」

 ゲーム中で唯一、廃人エンドが存在したキャラだ。メンタルには不安しかない。



 イデオンがこうしてここでナクシャ王子の護衛をしてくれることに、どうにも申し訳なさがある。

 ゲームでイデオンのルートに入ると発生した、ノイアのストーカー被害。あれは赤毛の人間を狙った女の子による事件だった。ノイアはもう髪と目の色が変わってしまっているから、あの件については心配せずに済みそうだけど。

「貴方をアストロジアの王族から離してしまうことも、不安なのですが」

 そう言った私に、イデオンは普段どおりの穏やかさで答える。

「昔であれば私も、アーノルド様のことが心配でした。けれど、今のあの方にはもう迷いはありませんから。己の役割を、しっかりと受け止められた。ならばもう、私は意識を外に向けられます」

 それは、学院の生徒との関わりも眼中にないということだろうか。もう国の内側だけの問題ではなくなっているから。

「己の役割……」

「アーシェンセル様の次の王として。アーノルド様はシャニア様と二人で、アストロジア王国を支えると、決められたのです」

「導きの王は、その……」

 前に気になって調べたけど、過去四人の導きの王は、在位期間が短いことで共通している。みんな、五年ほどで次の王と代替わりしていた。

 言い淀む私に、イデオンは頷く。

「そうです。導きの王は、」

「やあ、お話中にすまないが、こちらから報告がある」

 急に、部屋にソリュが割り込んできた。

「どうなさいましたか、ソリュ様」

「東から、魔獣による襲撃が何度も行われるようになったのでね。一応知らせに来たのさ。全て倒して、次への備えもしているけれど。増援が来るまでは耐え抜かないといけない。王宮は意地でも守り通すつもりだが、保証もしかねる。念のため、逃げる用意もしておいてくれないかい」

「分かりました」

「話を中断してすまなかったね」

「いえ……襲撃というのは、どれほどの規模のものですか?」

「一度に大体、二十体ほどの数の魔獣が送られてくるね。遠戦の手段を失えば抵抗しきれないんじゃないかな」

「そんなにもですか?」

 悠長にしていられない。焦る私に、ソリュは明るく笑う。

「とはいえ、アストロジア王国の魔術師は皆、備えがいい。過去の我が国が物資不足だったことから、ここでは同じ轍を踏まぬようにと構えている」

 それだけ、国を守ってくれた人たちに負担をかけていたのだろう。

 ジャータカ王国も、いつかは自力で対策しなければならない。

 ちらりとナクシャ王子を見る。どうやら完全に眠っているわけではないようで、私たちの会話に耳を傾けている。

「ソリュ様。私たちにできることはありませんか? 武器の手入れであれば、私にでも行えます」

 魔術が扱えないのでは、足手まといにしかならない。けど、ここにいても道具を作ったり用意したりならできる。

 私の問いへの、ソリュの答えは。

「そうだね、君には、今からこの国の再建について計画してもらったほうがいいだろう。敵を全て倒した後に考えていては遅いからね。商人らしい知恵が必要だ」

「戦いへの備えは……」

「それも必要だが、それだけでは足りないんだ」

「……分かりました。皆さんを信じて、私は他の用意をします」

 適材適所か……。

 私としては、他の人に戦わせてじっとしているのは気がひけるけれど。

 イライザ・グレアムは商家の娘。その知識で国を立て直せと言うなら、やってみせないと。救えなかった人達のことで悔いるのは、後回し。




 キャラ解説を除いて、投稿数が100話を越えました。まだ話が終わっていないことに頭を抱えています。

 それでも、書きたいことを詰め込めるだけ詰め込んでいこうと思います。

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