表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
ブラコン役 ゲルダリア編
10/155

番外 ◆ 秘匿されしこと

 今回の話は三人称による記述になります。




 魔術研究機関である秘めの庭。

 その中で生まれ育つという稀有な身の上の少年は、父親から贈られた護符を両手に抱え畑へ向かう。

 一週間かけての買い出しから戻った父親がくれたそれは、少年が八度目の誕生日を迎えた祝いの品だ。

 喜びを隠さずそれを友人達に見せたところで、年上の少女が言う。

「落とさないように、それを入れて首から吊す袋を作ってあげる」

「ほんと?」

「うん。私達もテトラの誕生日を初めて聞くから、今までお祝いできてなかったし」

「そういうことなら、材料から探しに行こうか。ちょうど明日は講義がないし」

 友人二人のその提案に、少年は満面の笑みでうなずいた。


 施設の管理者から外出許可をもらい、三人は隣の都市へと向かう。

 商店街を冷やかしながら、三人はそれぞれ目当てのものを買い揃えた。

 その際に、街で噂になっているという怪談を耳にした。

 それはどこからともなく聞こえてくるのだという。


『ツガイを集めなくては、ソノが完成しない』


 おどろおどろしい声で投げかけられるその言葉は、昼夜を問わず人々の日常に割り込むように届く。

 どこからの声なのかは判明しない。ただ、焦れるかのような緊迫感を帯びたそれに、人々は恐怖を感じるらしい。

「不気味だね」

「そうね。だから、用事が済んだらすぐに帰らなきゃ」

「秘めの庭に居れば平気だよ」

 三人はそんな会話をし、街を離れた。


 帰る道中、異変が起きた。

 会話を遮り、少女が何かに反応する。

 振り返った視線の先。

 荒れた歩道の隅に、腰の曲がった老婆の横たわる姿があった。

「大丈夫ですか?」

 そう問いかけ駆け寄る少女とそれに続こうとした少年に、年下の少年は震えた声を出す。

「ねえ、何が見えているの? ゲルダリア」

「え?」

「おかしいよ、ヴェル。誰もいないのに、何でゲルダリアは」

「テトラには、あの人が見えていないの?」

 少年はいぶかしむ。弟のようなこの子は、普段であれば苦しむ人間を放っておきはしない。

 そして、彼が親から贈られた物について思い出す。

「人なんて、いないよ……」

 その言葉に、少年は慌てて少女へ近づく。

「ゲルダリア、離れて」

 老婆から引き離そうとしたが、間に合わなかった。


『ああ、小癪なことを』


 低くしわがれた声が、五感をかき乱すように耳へ響く。

 赤毛の少年は思わず護符を握り締め、目を閉じる。

 そして、再び瞼を開くと、濁った泥のようなものが友人達を飲み込んでいた。

「やめて!」

 その叫び声を無視し、ずるりと泥は流れていく。

 友人が連れ去られてしまう。そう悟り、少年は声を上げた。

「助けて! 教授、エルドル教授!」


 青雷が轟く。

 突如現れたそれに、異形の悲鳴が上がった。

「間に合って良かった」

 秘めの庭の管理者は、得体の知れないものから二人を救い出していた。

「教授……」

 震えながら泣く赤毛の少年に、彼はいつもの笑顔で言う。

「さあ、帰りましょう」

 その言葉と共に、四人はその場から姿を消した。 

 残されたのは、獲物を奪われた異形の怒りのみ。





 施設管理者から呼び出された書庫の住人は、頭を揺さぶりながら嘆いた。

「これだから子供は嫌なんだ。自分から危険なモノに近づいて」

「そう言うなよ書痴。人間から歓迎された(てい)で獲物に近づくのが、あの手合いの常套手段だろう」

「やかましい、擬態者。何故俺があれを退治せねばならんのだ」

「教授はあの子供達を孫のように可愛がっているからな。手伝わんと魂を砕かれるほどの恨みを買うだろうさ」

「……行動制限を課せられている存在は難儀なことだな」

 ローブを纏い己の身を隠した者たちは、そんなやりとりをしながら呼ばれた場所へ向かう。

 黒い無機質な部屋。

「よく来てくれました、二人とも」

 施設管理者の言葉に、一人が毒づく。

「それで、何だってまた蒐集鬼なんぞを呼び寄せたんだ」

「異界の住人の中でも、見つけ次第退治するよう指定されているヤツですな。妙なモンに好かれましたね、あの子らは」


 蒐集鬼。

 植物と動物をそれぞれ(つがい)で集め、檻の園に閉じ込める異界の住人。

 それに目を付けられた人間は、死ぬまで追いまわされる。平穏に暮らすには、蒐集鬼の作る檻の園で夢を見ながら生きるしかない。


 日頃の穏やかな笑みが消えた青年は、重々しく言った。

「あれが界を越える周期と、あの子たちが外に出た時期が運悪く交差してしまったようです」

「あの傲慢生物が、よくアストロジアの結界を越えられたもんだ」

「導きの王の戴冠が近い時期には、始祖王の結界も弱りますから。恐らくそのせいでしょう」

「第二王子が兄の戴冠を嫌がったせいか」

「やめておけ書痴。不敬なことを言おうものなら、またその器を作り直す羽目になる」 

「人は、貴方達以上に己の器に固執しますからね。そこは仕方のないことです」

「そのことは置いてだね、教授。それだけじゃないでしょう。あの子供達が蒐集鬼に目をつけられた理由は」

 その問いかけに、教授と呼ばれた青年は言葉を濁す。

「……数日前に、いつもの貴族が来て、いつもの話をしていきました。あの子は、それを拒みましたが」

「盾の街を再建して、ヴェルヴェディノを長に据えるという話ですか。余計なことを」

「それが原因で、あの子は友人達と離れたくないと強く願ったのでしょう」

「その感情を、蒐集鬼につけこまれていると?」

「おそらくは。今、あの子は夢の中で蒐集鬼に呼びかけられているはずです。檻の園の内で暮らせば、余計な邪魔は入らないと」

「あの鬼に閉じ込められて生きることなぞ、悪夢のようなものだろうに」

「現実と夢の区別がつかなくなるほど弱った人間を狙うのだ、あれは」




   ◆




 意識が覚醒したのは、夜とも昼ともつかぬ薄暗い中。

 自分の名を呼ばれた気がした少年は、辺りを見回す。

 見知った植物と、初めて見る植物が混在して群生していた。

 そんな中で今まで眠っていたようだ。

 光源のない空の下、白く咲いた花が輝いていた。

 その情景に目を奪われかけたところで気付く。

 これは、まやかしだと。

 どんよりと濁る天に、朧気に光る地。

 よく見れば、不気味なものだ。

 綺麗なものへと見せかけただけの、悪意で構築された世界。

 誰かに監視されているかのような気味の悪さを感じた。

 こんなところに留まるわけにはいかない。

 そう考え、彼は走り出した。

 一人になるのは嫌だった。

 大事な相手を探して、ここから出なくては。

 それだけしか、頭になかった。




   ◆




 黒く無機質な部屋に、訪問者があった。

 扉越しに青年は告げる。

「緊急時なのですが」

 だが、相手も困り果てたように述べた。

「それが教授、ソーレント公爵が訪れて、娘に会いたいと言って応接室から動こうとしないのです……」

「間の悪いときに来られましたね、あのお方は……。ちょうどそのご令嬢の一大事ですから、彼には何も知らぬまま穏やかにお引き取り願いたいのですが」

「分かりました、では他の街へ出かけていてしばらく帰らないと伝えておきます」

「ええ、お願いします。あの子煩悩の公爵様には、事実そのままに報告できそうにありません」

 扉の向こうの相手が去ったのを確認し、一人が問う。

「さてどうするんです教授? 蒐集鬼退治なぞ、話に聞く程度にしか知らんものだが」 

「あなた方が界の境を開いてあれを引きずり出してくれれば、後はこちらでどうにかします」

「どうにか、ねえ……」

「私は制限上、界を越えての介入だけはできませんから」

 行動制限さえなければ、誰の手も借りなかった。暗にそう告げた青年に、ローブで身を隠す者は溜め息をついた。

「あれをこちらに差し出す手段は?」

「問いません」

 表情からは窺えないが、彼は大事な子供達に手を出され怒り心頭のようだ。

「代償さえもらえるのなら、応えよう」

「ええ。必ず用意しましょう、智海の王」

「書痴の物欲は単純で良いな」

「黙れ擬態者(ミミクル)

「では、急ぎましょう。あの二人の精神を取り返さなくては」




   ◆




 羽虫や小動物が足元で跳ねるのを無視し、草原を駆ける。

 自分が探している相手もこの空間にいるはず。

 何故かそう信じて疑わなかった。

 こんな事態になってしまったのは、自分が原因であるとも。

 だから、謝らなくてはいけない。

 謝って許されるかはさておき、二人でここから逃げ出さなくては。

 その想いだけでこの澱んだ空間を走り、少年はやっと相手を見つけた。


 少女はぼんやりとした表情で座り込み、白い毛皮に包まれた耳の長い小動物を撫でていた。

 自分がここにいる理由も、この空間が悪意による創造の場であることにも気づいていないようだ。

「ゲルダリア」

 少年からの呼びかけ。

 それに対して、少女はゆっくりと振り向いた。

「……ヴェルヴェディノ」

「逃げよう、ゲルダリア。ここにいるのは、よくない」

「どうして? ここはとても静かなのに」

「静かで邪魔は入らないかもしれないけど、変なのに監視されているから」

「楽園というものに来たわけじゃないの?」

 らしくないこと言う、と少年は感じた。

 この少女は、都合がよすぎるものを手放しで信用することはない。

「……そんなものじゃないよ。あればいいなと思ったことはあるけど。こんなの、ただの押し付けだよ」

「危害を加えるものはいなくて、安全なのに。ずっとここに二人でいれば、余計なことに悩まされなくて済むでしょう?」

 それは少年の望んだ言葉であれど。

「……違う。本物のゲルダリアはどこだ?」

 否定の言葉を投げかけられ、少女はうつむいた。

「酷い。どうしてそんなこと言うの?」

「ゲルダリアは、こんな場所に閉じこもって満足なんてしない」

 相手と共に居たいと願えども。

 そこを無視してしまうわけにはいかなかった。

 少女の形を借りた何かは、偽物と看破されども動じない。

 そのまま、彼が今まで伏せようとしていた想いを口にする。

「自分が故郷に帰ってしまえば、二度と会えない。相手が魔術師であることを辞めても同じこと。であれば、ずっと二人でこの空間に籠ってしまえばいい。二度と離れることはない」

 望まぬ代弁。

 それに腹を立て、少年は言い返す。

「……でも、どこにも行けない。そんなこと、ゲルダリアは望まない」

 少年は、自分勝手な都合で相手を巻き込むことだけは避けたかった。

 見損なわれたくはない。

 側にいようと、嫌われてしまっては無意味だ。

 そして。

 少年は、弟のような相手のことも思い出す。

 少女も、あの子を弟のように可愛がっていた。

 あの子を忘れてしまうこともできない。

「本物は、どこだ」

 相手がこの姿でさえなければ、殴っていたかもしれない。

 そんなことを考えた少年に、どこかから声が届いた。


『見透かしたフリして、勝手なこと言わないで!』


「……ゲルダリア」

 どうやら少女も、こちらと同じく得体のしれない誘いを受けているらしい。

「僕達をここから出せ」

 言い募る少年に、それまで平静を装っていた相手の表情が変わる。

「何故だ。何故拒む。最上の園を用意したというのに」

「最上? そんなもの、お前の思い込みでしかない!」

 少年がいつになく声を荒げたところで、濁った空間に青い(ひび)が走った。


 硬質な音を立て、世界が裂ける。

 どこか見覚えのあるその色に、少年は躊躇わずに触れた。

 あの子に会わなくては。




   ◆




 少年の姿が投げ出された先は、先ほどと似た草原だった。

 縦に裂け歪んだ空間は、澱みが外へと流れていく。

 このままこの園とやらは壊れていくのだろう。

 そう感じながら、少年はやっと少女を見つけた。

 草むらの上に座り込み、静かに肩を振るわせている。

 泣いているようだ。

「……ゲルダリア。あの変なのに、酷いこと言われた?」

 少年の問いかけに、相手は慌てて振り返る。

「……本物?」

 泣き顔で見つめられ、少年は落ち着かない気分で答えた。

「そう聞かれると、証明できないけど。僕はゲルダリアを探しに来たんだ」

「……ヴェルヴェディノ」

「君に、謝らないと。僕のせいでこんなことになって」

「どうして?」

「あれに付けこまれるようなことを、僕が考えたから」

「……そんなの。誰にだってあるでしょ。逃げたいこととか、行きたくない場所とか」

 どこか痛ましい、と感じる物言いだった。

 自分に言い聞かせるかのようでもある。

「ゲルダリアにも、そういうことがあったんだ?」

「そうじゃないなら、私、秘めの庭には来なかったから……」

「そっか……」

 手を差し出すと、少女はそれを躊躇うことなく取った。

 立ち上がり、向かい合う。

「僕は、ゲルダリアやテトラと離れたくない」

「……私も、二人と一緒にいたい。でも、いつか私が問題を起こしたら、二人から見放されるかもって言われて」

「そんな。僕らもう、簡単に愛想を尽かすような間柄じゃないよ」

「悪いことをした人間は、周りに誰もいなくなるでしょう?」

「そこまで酷いこと、君がするとは思わない」

「私だって、他の人に酷いことなんてしたくない。でも、おかしくなってしまうかもしれないから」

「だったら、そんなことになる前に、僕が止めるよ」

「……ありがとう、ヴェルヴェディノ」

 そこでようやく、少女は泣き顔を拭った。


 濁っていた世界は、空と海の色に侵食され、消えていく。


「帰ろう。テトラが待ってる」

「うん」




   ◆




 赤毛の少年は、友人二人がそれぞれ寝かされた寝台の間で泣いていた。

 どれだけ待っても、二人の目は覚めない。

 涙が枯れた頃に、頼った相手が部屋を訪れた。

「……教授」

「もう大丈夫です。心配要りません。しばらくすれば、二人とも目を覚ますことでしょう」

「本当に? 大丈夫?」

「はい」

 その言葉に、少年は二人に視線を戻す。

 鼻をすすり上げる少年に、青年は告げた。

「今回のことは、誰も悪くない。不幸な事故のようなもの。ですから、忘れてしまいましょう」

「……忘れる?」

「そうです。あれと遭遇したことなど、なかったのと同じことです」

 その言葉に、赤毛の少年は静かに目を閉じた。

 相手が眠ったのを確認すると、青年は部屋の扉を開く。

 そこには少年の母親が居た。

 彼女は自分の子を抱き上げると、その友人二人を心配そうに見つめる。

「この子たち、もう大丈夫なんですか?」

「はい。今日のことは、ただの悪い夢ですから。明日には、いつもどおりです」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ