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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
ブラコン役 ゲルダリア編
1/155

ブラコン姉さんは隠居魔女になります

 可愛い弟と良い両親に囲まれた私、公爵家の長子であり長女のゲルダリア・ソーレントは、幸福な日常を送っていた。

 七つの歳までは。


 傍系の親族の家へ招かれたとき、悲劇は起きた。


 その家で飼われている大型犬が、一つ歳下の弟のタリスにじゃれかかろうとした。けれど、気の弱い弟は怖がって、つい逃げてしまった。

 犬は遊んでもらえると勘違いして、尻尾を盛大にふりながら追いかけた。

 弟のことが大好きで仕方のない私は、いつものように弟を庇おうと、大型犬の前に立ちふさがる。

 だけども。

 はしゃぐ犬は勢いを止められず、小柄な私を突き飛ばしてしまった。

 宙に飛ばされた私と、それを見ていた弟は同時に悲鳴を上げる。

 そして、遠くから親戚と家族の叫ぶ声。駆け寄ろうとした助けは間に合わない。

 地面に落下し、後頭部を強打して私の意識は遠退いていった。



 じんわりと痛みが引いて、意識が冴えていく。

 でも、体がうまく動かない。

 何かがおかしい。



 目の前には、誰かが私へ伸ばす腕。

 叫び声も聞こえた。

 次の瞬間には、私の体は落下する。



 崖から落ちたのだ。

 確か、ここは断崖絶壁の名所で、真下は海。

 落下による酷い衝撃を身に受け、再度私の意識は揺らぐ。



 おかしい。

 わたしの暮らしている地域に、海なんてないはず。

 ああ、そうだ。

 わたしは崖から落ちて死んで、今は、海のない土地で生まれ変わったのだ。



 そう気付いたところで、ずきりと頭が痛む。


 思わずうめいて、目を覚ます。

「ああ、お嬢様、良かった、お目覚めになったのですね!」

 安堵の声。聴き覚えがある。ソーレント家の分家で働くメイドの声だ。

 ぼんやりと返事をする。


「ええ、私は平気。タリスは無事?」

 私は大型犬の突撃で後ろへ倒れ頭を打って、今まで気絶していたらしい。弟は無事だろうか。

 真っ先にそう気にかけた。

「大丈夫です、お嬢様。お嬢様のおかげで、タリス様には怪我一つありませんわ」

 メイドの言葉でほっとした私は、再度目を閉じる。

 まだ頭が痛い。

「ならいいの。私はまだ頭痛が酷いから、お父様とお母様への挨拶は後にさせてほしいのだけど……」

「では、お医者様を呼んで参りますね」

「ええ、お願い」

 付き添ってくれていたらしいメイドは、私と会話を終えると慌てて部屋を出て行った。



 部屋に一人になって、ぐるぐるまわる意識に耐えながら、湧くようにして戻ってきた前世の情報を受け止める。

 私は何故か崖から落ちて死んだ。

 その直前の記憶はないけど、前世の段階で、私はゲルダリア・ソーレントという名前を知っていた。

「うーん、なんだっけ。誰かから聞いた話に、そんな名前が……」


 考えるうちに、前世の私はゲームが好きな学生だと思い出した。死んだ時期は定かでないけど、高校は卒業していたと思う。

 それから。

 私はゲームが好きで、日常の合間によく遊んでいた。


 友人もゲームが好きだったけど、好きなゲームジャンルは一致しなかった。

 でも、他に自分の好きなものの話を聞いてくれる人はいなかったから、互いに自分の好きなものを持ち寄って話をしあったのだ。


 友人が言う。

「最近ハマってる乙女ゲーがあってさ。王立アストロジア学院っていうタイトルで」

 聞く側に徹する私は、ふんふんとうなずく。

「全キャラ攻略しようとしてるんだけど、後輩系キャラの攻略に手こずってるんだよね。ゲソちゃんが邪魔して」

「ゲソちゃん?」

「えっとね、攻略対象にタリスっていうキャラがいるんだけど、そのお姉ちゃん。ゲルダリア・ソーレントっていう名前のブラコンでね。攻略サイト見てたら、ゲソって呼ばれてんの」



 …………。



 思い出さなくていいことって、ある。

 あんまりだ。いくら非実在令嬢が相手だからって、そこまで悪意を込めた呼び方はしなくても……。

 それだけこのご令嬢は、ゲームプレイヤーにとって不愉快な存在だったのだろう。


 息を吐く。

 ゲソちゃんと同じ名前の子に転生してしまったのか、私は。

 そう思ったけど。


「ん? タリス……?」

 弟の名前まで、友人の好きなゲームのキャラと同じ名前なのか。


 ゲーム名は、王立アストロジア学院。

 ……。

 私が今暮らす国の名は、アストロジア。王家アストロジアが統治する国だ。

 どういうことだろう。


 痛む頭で、友人の話を必死で思い出す。

 あの乙女ゲームの内容をまとめると……。



 攻略対象は以下の七人。



 アーノルド・アストロジア。

 俺様王子で現王の第二子。金の髪に、魔力の高さを表す赤い眼。月の魔術を使う。



 イデオン・ミュング。

 聖者のような騎士見習い。王国騎士団長の息子。俺様王子の護衛にして、太陽の魔術と剣技を併せて使う。銀髪に翡翠の色の瞳。



 フェン・ロロノミア。

 王家の傍系の、地方領主の息子。栗色の髪にハシバミ色の瞳。普段はダルダルしている面倒くさがりだが、王族として影でこの国の経済を回している。王族の中では珍しく、魔力はゼロ。



 タリス・ソーレント。

 ぽやんとした後輩のシスコンで公爵子息。風属性の魔術の顕れである、緑の髪に青の光が粒子のように散って輝いている。



 ナクシャ・ジャータカ。

 褐色の肌に金の瞳の、神秘的な隣国の王子で、マイペース。周りに騒動を巻き起こすトリックスター。



 ディー・シェルメント。

 青髪青目の、寡黙で読書家の魔術士。学院で魔術講師の代役としてやってきた青年。



 そして、隠しキャラのラスター・メイガス。

 紫の目と髪の、王族狙いの暗殺者。金環蝕の魔術使い。



 主人公のノイア・ミスティちゃんは、赤い髪にトパーズの瞳をした、天真爛漫な笑顔の少女。

 地域の学院に通っていた庶民の子で、優秀さから首都の王立学院に引き抜かれてゲームが始まる。

 親友の女の子の助けにより七名の男キャラと仲良くなって、最終的には誰かと恋仲になるというゲームだ。

 友人が必死にこのゲームのキャラの良さを解説してくれたので、遊んでいないながらもある程度は把握していた。

 その情報と、今の私が暮らす世界の情報が、一部重なっている。


 第二王子アーノルドは実在する。王家の護衛の騎士団を束ねるミュング家も、同様に。

 アストロジア・ロロノミア・シルヴァスタは、王族御三家と言われ、国の始祖王の血を引く一族。

 我が家の領区の隣が、王家の傍系・ロロノミア家の管理区域だ。

 最近聞いた話によると、隣国の名前は、ジャータカ。

 お父様から、いずれ王族御三家の皆さんへご挨拶に行く日が来るから、礼儀作法をちゃんと身につけるようにと言われたばかり。


 記憶の中で友人から見せられたゲームのロゴデザインは、王族御三家の紋である、月、太陽、八芒星が合体したデザインだった。

 これは、もしかしなくても、友人の好きなあのゲームの世界。



「……そうか……私はゲソちゃんなのか……」

 いやいや、どうしてこんなことに……。

 伝聞でしか知らないゲソちゃん。


 ゲームユーザーから疎まれて変な呼び名をつけられてしまうほどに、ゲルダリア・ソーレントのブラコンは末期らしい。

 そんな子に転生してしまったとは。

「いやいや、ないでしょ。一晩寝たら覚める夢でしょ、こんなの」

 そう思って、私は寝倒すと決めた。



 数時間後。 



「お嬢様、お加減はいかがですか?」

 その問いかけに、目を覚ます。

 ……お嬢様? 私が? 何故?

 そう思いながら目を開けると、そこには老齢の紳士がいた。公爵家専属のお医者様だ。


「……えっと、あの。まだ悪い夢でもみているかのような状態なのですけど」


 正直に今の気持ちを吐露すると、お医者様は、ベッドから起きあがろうとする私を制する。

「後頭部を打ちつけてしまわれたのだから、無理はなさらずに」

「はい……」

 子供の身には余りすぎる大きなベッドに、広い部屋。簡素ながらもセンスの良い調度品に囲まれた中で、お医者様の顔を見上げる。

 どうやら、目が覚めても、私がいる世界は変わらない。

 この乙女ゲームの舞台になっている世界が、今の私の暮らす世界なのだ。

 何かもう、溜め息しか出ない。

 お医者様を見送って、入れ違いに両親とメイドが部屋に入ってきたけど、落胆してろくに会話できずに終わった。



 夕飯も喉を通らず、一人ベッドの上で天井を眺める。

 どうせなら、乙女ゲームの世界より、RPGの世界に行きたかったのに。

 魔法使いとか錬金術師になりたかった。

 この世界にも魔法使いはいて、魔法の概念はあるようだけど。


 そこまで考えて、自分の肩まである長さの髪をすくう。

「……緑の髪に、青い輝き……」

 ああ、そういえばソーレント家の人間も、魔法を使う素質はあるのだ。王家の人間ほどではないにせよ。

 公爵家の責務を果たすのを優先したから、魔法使いらしいことができないだけ。

「……だったら」

 私は決めた。

 このまま公爵令嬢として成長して、残念なブラコン姉さんとして家名を汚すくらいなら、この家を出る。

 そして、魔法使いになるのだ。


 思えば、ゲームのチュートリアルが終わった途端に故郷の村を焼かれる主人公よりはマシ。

 RPGでたまにあるあのイベントに比べれば、私の今の転生先なんて、人生イージーモード。

 この程度のことで未来を悲観してはいけない。うん、いけるいける! 




 翌日。

 まだ私の具合が悪そうなことを心配する両親に、大事な話があると言って嘘をつくことにした。

 おそらくこれは、ゲルダリア・ソーレントの人生最大の博打になる。

 心配する親に対して酷い仕打ちだと思ったけど、仕方ない。これがきっと、私だけじゃなくこの家の皆にとっても最善なのだ。

「頭を打ちつけて寝込んだことで、お父様とお母様、そしてタリスにはとても心配をかけてしまいました。けれど、それ以上に、みなに謝らなくてはいけないことがあります。

 寝込んでいる間に、夢を視たのです。

 近い未来で、私の愚行によりこの家と大事な人に不幸をもたらしてしまうという酷い夢を。

 このまま私がここでソーレント家の皆に甘えて暮らしていては、きっとその夢は現実になってしまう。

 それを避けたいと思い、ここ数日、色々と考えました」


 それは嘘であり、嘘ではない。

 ゲルダリア・ソーレントは、弟のタリスがノイアちゃんと恋仲になることを阻止しようとし、ノイアちゃんへの嫌がらせに走る。

 その手段は、正気とは思えないようなものもあり、最終的に悪事が明かされ家名を汚す事態になる。

 それは事実。

 未来予知の夢を見た、という点だけが嘘になる。

 私の大好きなゲームの中でも言われていたのだ、信じ込ませたい嘘には本当の話を適度に混ぜるといいと。


「みなを不幸にしてしまう未来を避けるため、これから私は家名を捨て、田舎で隠棲したいのです」


 元々私は、貴族生活への憧れよりも、魔法使いへの弟子入り志願のほうが強い。

 魔法使いになれる素質があるなら、それを活かさないなんてもったいない。

 前世の私がお貴族様の暮らしに向かない庶民育ちなのもあるけど。


 私の唐突なこの宣言に、当然ながら両親は混乱した。

 貴族として体面を保つ訓練を受けて育った人達なので、取り乱すことはなかったけど。

 七つの娘のこの発言はとても衝撃的だったようだ。二人は信じようとしない。

 確かに、自分の娘がこの家の存続を脅かす存在になるなんて、真面目に生きてきた公爵様には信じがたいだろう。

「頭を打ったのが原因で悪い夢をみたんだ。そんな未来などあるはずがないよ、ゲルダリア」

 そう言って私を思い留まらせようとする父。良い人だ。

 でも、ゲソちゃんは残念な子なんです。今の年齢ではかろうじて許されるブラコンを、そのまま引きずって成長してしまう。

 それは弟であるタリスのためにもならない。

 私はソーレント家の者が使う風の魔法で自分の髪を軽く吹き上げる。

 ぶわりと舞う緑の髪。

 ここが一番の演じどころ。

 精一杯の悲しそうな表情をして、私は言う。

「私が能力の過信で身を滅ぼすことに、皆を巻き込みたくありません。どうか、私が悪名高い魔女になる前に、この家から追い出してくださいませ」



 この世界では世間一般での魔法に対する理解は乏しい。その手の知識は王族にしか共有されないからだ。

 そのため、私が未来で魔法を暴発させる可能性を匂わせたことで、両親は黙って考え込む。

 数日かけて、聡明な両親は決心した。

 この国には魔法を研究している施設がある。首都の隣にある第二都市の郊外。その施設の管理者にかけあって私の身を引き取ってもらうそうだ。

 どうやら、野良の魔法使いにならなくて済むみたいで、私としても安心した。

 この提案がされるまで、私はサバイバル生活について思いを巡らせていたからだ。

 悲しそうな表情のまま、お父様は言う。

「ゲルダリア、おまえはどうしても家名を捨てねばならないと言うが、私達両親は、おまえを娘として忘れることはできないよ。それだけは覚えておいてほしい」

 とことん良い人過ぎて、申し訳なくなってくる。

「ありがとうございます、お父様。私、きっとお父様とお母様への感謝を忘れる日はありません」

 冗談抜きに私も悲しくなってきて、涙が止まらない。

 ゲソちゃんのブラコンが治るなら、こんな嘘をついてまで家から出る必要もないかもしれない。

 だけど、私は尋常じゃなく弟が大好きなお姉ちゃんなのだ。このままこの家で暮らしていては、ブラコンを治すことができないだろう。

 前世の記憶が戻った状態の今の私は、ノイアちゃんに対して悪意も何も無いけれど、実際に顔を合わす日が来たらどうなるかは分からない。

 大丈夫だと油断してあの学院に行って、結局ブラコンが悪化してゲームどおりに恥を晒すかもしれないのだ。

 ならば、私があの学院に行く未来なんて、さっさと潰してしまうほうがいい。

 そうすることで、タリスやノイアちゃんにも良い未来になるんじゃないだろうか。



 泣いて別れを寂しがる弟の頭をゆっくりと撫でる。

 ゲーム本編にて、ヒロインちゃんに弟を取られまいとするブラコン令嬢ゲルダリアと、そんな姉が善良な人間だと盲信するシスコンの弟。

 それは、私の行動に関わらず、この子にとっても良くない。

 貴族の世界だもの。私という悪役が居なくても、性悪な人間とは出会うだろうし、ゲーム的にも第二第三の妨害役は現れる。

 そのときに私の弟が、ヒロインであるノイアちゃんへの悪意に気付かない昼行灯であっては、姉として悲しい。

 悪意を抱えた人間を見抜けないまま育ってしまっては、この子がノイアちゃんと出会う前に破滅してしまう可能性もある。

 きっとゲームの中では、弟に降りかかる厄介ごとは私が全て潰してきたんだろう。

 でも、私はこれから田舎で魔法の研究に没頭する予定なのだ。

 この子には、自力で悪意を見抜いて生き延びるだけのたくましさを身に付けてもらわないと。

 泣き声がだんだん静かになっていくので、私は頭を撫でる手を止める。そして、優しく言い聞かせた。

「私も、貴方に会えなくなるのはとても寂しい。けれど、この別れは貴方を不幸にしないために必要なの」

「そんな……姉さんに二度と会えなくなること以上の不幸なんて、ないよ……」

 可愛いことを言う。でも、ここでほだされてはいけない。ぐっと我慢して、続ける。

「人は誰しも、道を踏み外す可能性があるの。完璧に見える人でも、善良に見える人でも、何かの拍子に、間違った道に踏み出すことがあるの。それは私も同じだし、タリス、あなたも同じ。もし、あなたの大事な人が悪いことをしていたら、ちゃんと止められるようにならなくてはいけない。それがあなたのためでもあり、大事な人のためでもある。情に流されて、身近な人の悪さを止められないようにはなって欲しくないの」

 つい一息に言ってしまったけど、理解してもらえるだろうか。

「わるさを、とめられない……?」

「そう。止められないと、皆が不幸になるの。だから、私は貴方にも良い人と、良い人のふりをして悪いことをする人の区別がつくようになってほしいの」

 タリスは不思議そうな顔だ。私が近い将来、弟を理由に女の子をいじめる犯罪級の残念な子になるなんて思っていないのだろう。

 でも、この純粋な信頼を、ゲームの中のゲルダリア・ソーレントは裏切るのだ。

 だから、重ねて言う。

「私は悪い人になるかもしれないし、ならないかもしれない。悪い人にならないために、この家を出るの。でもそうなると、貴方は自分の身を自分で守らないといけない。私はそばにいてあげられないから」

 可愛い可愛い私の弟は、涙を流すのを止められない。

「……もしかして、姉さんは、僕が今までワガママを言いすぎたから、キライになって出て行っちゃうの? 僕は自分一人じゃ、何もできないから」

「違うわ」

 そこは即答する。

 前世の記憶とか、ゲーム内の設定とか関係なく、この家でこの子と生活してきたのはとても楽しくて幸福だった。

「私は、貴方の事がとても大事。大好きよ。それでも、一緒に暮らせないことはあるの」

「そっか……僕のワガママのせいで姉さんがいなくなるんじゃないんだね」

「ええ。だから、私はとても心配なの」

「うん、分かった。僕は、今まで姉さんがかばっていてくれたことを、自分でできるようになる」

 そう言って、やっとタリスは頷いてくれた。そして言う。

「僕が一人でも頑張れるようになったら、もし姉さんが悪い魔女にならなくてすんだら、そのときは、また僕と会ってくれる?」

「もちろん。そのときが来るように、私は頑張る。だから、貴方も頑張って欲しいの」

 そう言うと、これまで一度も見たこと無いような真剣な顔で、タリスは頷いた。

 ……これで、大丈夫かな。

 ぎゅっと抱きしめると、タリスは鼻声で懇願した。

「姉さんが家を出る日まで、同じ部屋で眠ってもいい?」

「ええ。いいわ」



 よく考えたら、乙女ゲームの攻略対象の後輩って、人懐っこいワンコ系が多いと思うんだけど、何故かこのゲームはシスコン後輩っていう配役なんだよね……。攻略の面倒くさい後輩ってあんまりいないんじゃないかな。

 シスコンの後輩を攻略するためには姉からの嫌がらせを耐えないといけないなんて、面倒くさすぎない?

 ゲームプレイヤーに、タリスを純粋な気持ちで気に入ってくれる人はいたんだろうか。

 隠しキャラルートを解放するためには全エンディングを見ないといけないから、仕方なく攻略していただけでは……。

 さっきのやりとりで、あの子も考えを改めてくれただろうから、成長する頃にはシスコンが治っているといいんだけど。

 弟が未来でヒロインちゃんに会ったとして、ヒロインちゃんから好かれるような一人前に育っているだろうか。

 現実的に考えても、ヒロインちゃんを惚れさせるほどの強さがないと、公爵家の存続が危うい。

 私が弟を甘やかすのを止めた影響で爵位剥奪されて家が潰れられても、それはそれで罪悪感がわく。

 そんなわけで、可愛い弟よ、どうか立派に成長して欲しい。



 やがて私が公爵家を出る日がやって来た。

 見送ってくれる家族と使用人達に手を振り、私は公爵家の紋の描かれた馬車に乗る。

 これから一週間かけて、魔法使いのための施設へ向かう。

 旅に出るのは初めてではないけど、これからはもう二度と生まれ育った家に戻ることはないのだ。

 馬車から見える景色を、可能な限り覚えておきたかった。

 魔法使いとして生活することへの憧れとドキドキだけでは、郷愁なるものは抑えきれない。

 公爵家に仕える料理人から渡された焼き菓子の包みを見る。

 これからはおやつらしいおやつが食べられることもないだろう。この国の庶民の食文化には詳しくないけど、これがきっとお菓子の食べ納め。

 良いご身分であることを捨て、家の皆にこんな大掛かりな迷惑をかけたのだから、立派な魔法使いにならなくては。





 読了後にいいねなどをいただければ、キャラとか書き手とかが救われるのでよろしくお願い致します。

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