六話 空を飛んだ
入学試験も入学式も滞りなく終わった。
少し問題があるとすれば魔法の入学試験で魔法を行使しようとした瞬間に「はい、王子ありがとうございました」はないだろ。いくら試験管席に座ってる面子が、魔法で遊んでいると見かける顔だからって、それじゃ僕がインチキしてるように見えるじゃないか?
入学したての頃は、僕にお愛想やおべっかを言いに人が集まっていたが無視してたら寄り付かなくなった。
大体僕は長男じゃないしリーダーシップを取る気もない、勉強も剣も大したことは無い。周りに向かって普通に接しろ、普通に接しろと言い続けたら皆気にしなくなったみたいだ。
ひとつ嬉しいことがあった。学院内でシエラを見かけたので呼び止め、古代語の『魔法の書』の内容を確かめた。簡単に言うとシエラの洗浄液に触れたら再現できるかを確かめた。すんなり僕は洗浄の魔法をマスターした。呆気ないほどに。
感謝の印にシエラとシエラ実家に大量のドライフルーツを届けさせた。
僕の学院生活に一番怒ったのはメグだった。まあ予想通り、メグは兄ちゃんが学校に行くことを理解してなかった。平日、兄ちゃんと遊べなくなると思ってもいなかった。
遊べない日が二日三日と続くと猛烈に怒り出した、母上やリーリアが宥めるのが大変だったらしい。そして朝食後に僕にくっついて離れず学院にも付いて行こううとして皆が苦労していた。休日は朝からべったりくっつき遊ぶ気満々だ。それでも遠慮して半日遊んだら半日はくっついてるだけで満足してる。
「にいさま、何してるの?」
「新しい玩具の開発だよ。静かに見てられる?」
「うん」
僕はハンググライダー1/10モデルを作成した。これは上から糸で吊るし風を当ててバランスの調整用だ。僕はハンググライダーに乗っていたがもちろん市販の製品だ。だからモデルを作ってひとつひとつ部品の形を確認する必要がある。結構うる覚えで忘れているからな。
しかしこのモデルはメグの玩具にならない。メグの玩具に竹ひご飛行機を作ることにした。本体は細い角材、翼は竹ひごを火で炙って曲げ薄い布を張る。ここまでは木工細工職人のニケに作ってもらい、僕がバランスを取りながら組み立てた。
「メグ、できたよ。庭に行こう」と、静かに見てたメグを連れて庭に向かった。
「メグ、これはこうやって飛ばすんだ」軽く飛ばして見せた。
「やる、やる、やる」
「ちょっと待って、調整するから」ゆっくり旋回する調整を翼に施した。数回の調整後、
「どうぞ、ここを持ってゆっくり押し出すように投げるんだ。やって」
慎重に飛ばした竹ひご飛行機はゆっくり左に旋回し着陸した。
走って取りに行って戻ったメグに、
「初めて飛ばしたのにメグは上手だな」
「もう一回飛ばしてもいい?」
「どうぞ、ゆっくりな」
さっきと同様に竹ひご飛行機はゆっくり左に旋回し着陸した。
「メグ、この竹ひご飛行機の前の方のちょっと下から弱い風を少し当てて。できる?」
「うん、できる。飛ばすよ」
ゆっくり飛んでる竹ひご飛行機に風を当てると少し上昇しグルンと僕の周りを一周してから着陸した。
「メグは上手だな、メグの顔まで下がってきたら風を当てて僕たちの周りを何周かさせて」
「うん。飛ばすよ。一周、二周、あっ、落ちた」
「うん、最後に当てた風が強すぎたね。でも上手だったよ。今日はもうお終いにしよう」
「うん」
「さあ、戻ろう」
ハンググライダーの製作も順調だ。
1/10モデルも完成して重心の位置、左右、前後のバランスも確認が終わり。実物大の1/1のモデルの作成に入った。木工職人のニケに頑張ってもらわないと。
最後のボーキサイトも届いた。アルミニウムの精錬も急がないと。
1/1のモデルで継ぎ手の大まかな形も決まり螺子が必要になった。流石に土魔法で螺子は作れないので鍛冶屋と宝石加工職人に螺子の作製を依頼した。僕が炭素鋼で大まかな形を作り彼らにコツコツと削り出させタップやダイスを作製させた。
*タップ、ダイス供に螺子製造の工具
金に貧した僕は、金属卸しの主人ホーガンに螺子の効用を説き、僕の必要な螺子の作製後にタップやダイスを譲り渡し炭素鋼の製造方法を伝えることを条件に螺子作成費用の9割を支援させた。残りの1割は玩具で工面した。
フラフープも竹を止め紙に変えた、紙は城に膨大にある破棄予定の古い書類を使用した。フラフープの型に紙を幾重にも糊付けし中の型を抜き、それを繋ぎ合わせ防水の塗装を施して完成。手間はかかるが材料費が格段に減り利益率が向上した。
問題は竹が残ってしまったことだ。どうやって処分しよう?
1/1の模型も完成した。帆布で翼も張り、革でハーネスやベルトも作り終えた。木で作ったスパー、キール、クロスバー等をアルミパイプに置き換え継ぎ手に合わせて調整すれば完了だ。順調にいけば二十日ほどで完成する。夏休み前に完成させたい。
この世界も元の世界と同様に夏休みがある。7月の終わりに卒業式、すぐ終業式、そこから8月いっぱい夏休み9月に入って直ぐ入学試験、発表、入学式、9月の10日位から授業開始になる。
予定通りには進まない。夏休みまでの完成に至らなかった。継ぎ手の調整が長引いてる。次の問題は初飛行をどこで行うか? 緩やかな足場の良い丘または低い山で海の近く。問題が発生した場合に海に飛び込めば生還の確率は上がるし、着陸に砂浜は持って来いだ。その為、カーメラ商会の伝手で旅商人に良さそうな地を探してもらい。3か所候補地が上がった。ここから先は僕が候補地に足を運ばないと。
「爺、旅行の許可をくれ」
「昨日、行ったばかりです。当分だめです」
実は一昨日1か所目の候補地に足を運んだ。そこはハンググライダーの飛行には向いていなかった。
「いつなら良い?」
「4日後はどうです?」
「もう少し早くならないか?」
「まあ、フランクは良いとしても護衛騎士や侍女が大変ですから」
「先日の場所より近いから馬で行って日帰りにする。侍女は要らない。護衛騎士も2名。フランクも置いて行く。これで明後日にして」
「それなら良いでしょう。護衛騎士は4名です」
「ありがとう。用意は私とフランクで全て行う。護衛騎士はフランクに手当させる。良いな?」
「はい、良いですよ。気を付けていってらっしゃい」
しかし、ここもあまり適さなかった。3か所目に期待しよう。
まあ、次がだめでもその次があるさ。今回の三か所は往路、飛行実験、宿泊、帰路の1泊2日コースだ。ダメなら2泊3日コースの場所を探すだけだ。
2か所目の視察から帰宅した翌日、
「爺、次の旅行だが」
「8日後です。これは決定です。早くなりません」
「ダメか?」
「次の場所は、フランク、侍女3名、護衛騎5名、馬車2台、御者2名、これだけの人間が動くのです。宿泊する予定の貴族の別邸の手配も必要です。どうにもなりません。よろしいですね」
「……分かった」そりゃあそうだよね。無理なもんは無理か。
待ってる間はメグと遊んですごした。これが辛い。
メグが時折、
「にいさま、メグも旅行に行きたい!」
「場所の確認するだけで馬車に乗ってるだけで遊べないよ」
「そうなの」
また少しすると、
「やっぱり、メグも行きたい!」
「ずーっと馬車に乗ってるからお尻が痛くなるよ」
「でも行きたい!」
「本番は連れてゆくから」
「ほんとう?」
「本当」
「ほんとに、ほんとに、ほんとう?」
「誓って、本当」
こんなやり取りがず~っと続いてる。因みにメグの最近のお気に入りは輪転がしだ。竹を利用する為に無い知恵を絞った結果、竹を自転車のホイール状に加工し棒で転がす遊びだ。これでやっと竹が捌けた。
10日後、候補地を確認してハンググライダーの試験飛行の場所が決まった。なだらかな山、山肌は牧草地、すぐ目の前が砂浜、最高の立地だ。難を言えば山がちょっと低いのと山の傾斜が緩やかすぎの思いっきり初心者コース。戻った僕は爺に試験飛行の場所の決定と決行の日時の知らせた。
「爺、試験飛行の場所が決まった。日にちは10日後でよいな?」
「おめでとうございます。10日後ですか、検討させてください」
「なるべく早くな」
翌日、爺に呼び出され、
「15日後になりました」
「見学される方が増えたのです。ハンク様、他貴族3名、私もついて行きます。もちろんメグ様もご同行されます。皆様のスケジュールの都合上もう変えられません。初日は先日宿泊した貴族の別邸に向かい翌日の午前に試験飛行、昼食後に帰途に就きます。これは決定されました変更はございません」
ギリギリだが夏休み中に試験飛行が出来そうなので良しとするか。
試験飛行に向かう馬車の中はメグの独断場だ。馬車から外を見てあれはなんだ、これはなんだ、牛の放牧があれば近くで見たいとうるさくて仕方ない。この馬車はメグが少しでも早く海を見たいと強請るので他の者より早く出発してる。途中の村で食事を取り少し経ちメグがお昼寝を始めると馬車の中が急に静かになった。
「リーリア、日焼け対策は大丈夫か?」まあ、僕はいくら日焼けしても構わないがメグは不味い。砂浜で日焼けさせたら日焼けが痛くてピーピー泣くのが目に見えてる。
「強力な白粉を準備しました。幅広の帽子も、帽子を嫌がった場合の頭巾も用意してます。私たちも日傘、長手袋と準備万端です」
「それなら大丈夫だな。後メグの乗馬服もあるな?」
「はい、準備しました」
「後はメグがどれだけ大人しくしてくれるか? テンション上がりまくりだからな。絶対目を離すなよ」
「はい、もちろん大丈夫です」
馬車が轍にはまって大きく揺れメグが目を覚ました。元気を取り戻したメグがまた騒ぎ始めた」
車窓から海が見え始めた。
「メグ、あれが海だよ」
「ほんと? あっちからあっちまでず~っと海?」
「行く、すぐ行く!」と、メグ。
「ああ、もうすぐだよ」
「リーリア、メグの準備を」
「メグ様、こちらに来てください。白粉を塗ります」と侍女がメグを馬車の隅に連れて行く。
メグを車窓から引きはがし白粉を塗り長袖のブラウスを着せ帽子を被せリーリアと侍女ふたりは大変だ。
「着いたよ! 海に行こう!」と、メグ。
馬車を降りたら直ぐに駆け出すメグ、やはりリーリアは置いて行かれる。予想していた僕はすぐに追いつき手を取り、
「ゆっくり走りなさい」と、メグを抑える。
波打ち際に着くと波と追い駆けっこをし、海水を舐め、楽しさを爆発させてる。ちょっと失敗し波に追いつかれ靴が水浸しになる。
「リーリア、にいさま、ぬれちゃった」とちょっと半べそ。
「大丈夫です。替えの靴を用意してます」と、リーリアが告げ。
メグがリーリア、僕と顔を見回し、僕がうなずくとニパッと笑い遊びを再開した。
気が済むまで遊び終え別邸に着くと、メグは浴場に連れていかれ、僕はハンググライダーの整備を行う。
夕食はメグと兄上、爺、貴族三名と囲み、話題はハンググライダーの値段と作成の日数、それをやけにしつこく聞いてくる。面倒臭くなった僕は、値段は安いですよ、製作日数は二年位かかりますよ。
隣で黙って聞いてる爺も何も言わないので適当に胡麻化した。
メグが欠伸をしたのでそれを言い訳にメグを連れてその場を逃れた。
翌日の朝もひとり早起きをしサッサと朝食を済ませハンググライダーの整備をしている。後でフランクに聞いた話ではひとりの貴族が朝食の席でなぜレオン王子はこんなに朝が遅いのかと当たり散らしたらしい。フランクがレオン王子は既に朝食を終え、庭で整備してると説明するとそそくさと部屋に戻ったそうだ。
僕は飛行場所に赴きひとり山に登り飛行準備を始めた。ちょっと嘘をついた。ハンググライダーは人夫4人で運んでもらった。ハンググライダーを組み立て、空色の飛行服を着用し、ハーネスを取り付け準備万端で皆が揃うのを待った。
ほどなく小山の麓に皆が揃ったので飛行準備に入る。
風が安定した瞬間を狙い人夫にハンググライダーから手を離させ、僕は斜面を走り出した。
翼が風をはらみフッと浮かび上がった。少し高度を上げゆっくりと旋回し久々の空の散歩に酔いしれた。
初めて魔法を覚えた時、空を飛ぶのは直ぐ出来ると思った。神ノ山の事を知った時は飛べないかもと思った。だけど僕は飛んでる。空と同化して、空の一部になって。
僕は砂浜に降り立った。ハーネスを外し突っ立てる僕めがけて皆が走ってくる。先頭はメグだそのままのスピードで僕に抱き着き、
「にいさま、すごい、すごい、飛んだ、飛んだ」と自分が飛んだように喜んでくれる。爺やフランクからもおめでとうと言われた。
「おめでとう。本当に飛べるなんて思わなかった。どのくらいの距離を飛べる? どのくらいの高さまで上がれる普通の騎士が訓練するとどの位の期間で飛べるようになれる?」
ちょっと白けた僕は適当に、
「そうですね2㎞くらいですかね。上には上がれませんよ。風魔法が使える騎士なら一年みっちりやれば可能です」と、貴族に返した。
「それ位しか飛べないのか?」
「そんなことはありません。もっと高い山の頂から飛べばもっと飛べます」
「山の高さが関係するのか?」
「もちろんです。これは飛ぶと言うより滑空ですから。トンビや鷹が上空でゆっくり輪を描いてる状態です。トンビや鷹は翼を動かしますから上に上がりますが、これは翼は動きませんから上に上がりません。もっとぶっちゃけて言うとゆっくりゆっくりと落ちているだけです。ゆっくりゆっくり落ちてる時間を使って距離を稼いでるだけです」
「……これは飛ぶためには人力で山に登らなければいけないのか?」
「そんなことはありません、道があれば馬や馬車で登れば良いのです」
兄上が寄ってきて、
「レオン、長距離は飛べないのか?」
「山の高さに比例します」
「それじゃあ玩具じゃないか?」と怒り気味で兄が詰めよる。
「何を言ってるのですか。これは玩具です」
「何を言ってる、相当金がかかってると聞くぞ」
「兄上、玩具は金がかかります。金がかかるから玩具を作り売って金を稼ぐのです。何か間違えてますか?」
「そうか、そうだ、玩具だ。玩具なんだ……」
「レオン、まだ遊ぶのか?」
「時間の許す限り」
「私は帰る。皆帰るぞ!」
兄上と三人の貴族は支度を済ませるとサッサと帰ってしまった。爺も笑いながら私も帰りますと言って帰ってしまった。
メグに向き、
「メグも飛びたいか?」
「うん、とびたい!」
「それじゃあ、侍女に乗馬服を着せてもらいなさい」
侍女に、
「首の後ろ手首足首に白粉を塗って、首にはスカーフをしっかり巻いて、手首足首は服がはためかないように裾を縛って」
「メグが用意してる間にもう一度飛んでるね。いいかい?」
「いいよ。じゃあ準備してくる」とメグが駆けて行った。
二度目の飛行はゆっくり飛ばせた。今度は上昇気流に乗りずいぶん高くまで上がり大きく旋回した。上空でメグが馬車から出てくるのを待ち、出てきたのを見て徐に着陸した。
メグとふたりで山の中腹まで行き、そこで支度を始めるとメグが、
「もっと上じゃないの?」と不平をこぼす。
「大丈夫、大丈夫」
メグを幾つもの革のベルトで僕の背中に固定した。
「にいさま、全然動けないよ」
「動けなくていいんだ。下手に動かれると危ない」と言って黙らせた。
斜面を走りだし風に乗り空に飛びだした。その瞬間からメグは音量マックスで僕はメグの雄たけび以外の音が全く聞こえなかった。
直ぐに上昇気流を捕まえ上昇し旋回し高度が下がったら上昇気流を捕まえ上昇し旋回を繰り返した。メグの雄叫びが静まり下りるかと聞いたら下りると答えたので着陸した。メグなお花を摘みたかったらしく直ぐにリーリアが馬車の影に連れて行ってた。
戻ってきたメグに、
「十分楽しんだ?」
「うん」
「もう帰るか?」
「うん」
「じゃあ帰ろう、リーリアよろしく」
「はい、メグ様、乗馬服を脱ぎましょう。白粉も落としましょう」
僕はハンググライダーを分解し馬車に積み込み、飛行服を脱いだ。支度が済んだ僕たちは近くの村に向かい食事を済ませ人夫に賃金を支払った。帰りの馬車の中で、初めは僕の膝の上で、途中からリーリアの膝枕でメグはず~っと寝ていた。