五話 魔法の宝石
メグと魔法で遊んだ日の午後、
カーメラ商会の主人が僕に先日の留守を詫びてる。
「いや詫びられても、私も約束も取らず世間話をしたかっただけだから」
「その世間話はお金のお話ではありませんか?」
「ホーガンから話を聞きましたか?」
「ええ、もちろん。金額の大きさも。話が纏まるかどうかも」
「やきもきしてますか。私はどうあっても纏めます」
「話は変わりますが、王子は土魔法が大変上手だとか」
「普通だ」
「土魔法の普通が珍しいのです」
「平民は少ないが、貴族には結構いるよ」
「土魔法で宝石を作ってみませんか?」
「紛い物の宝石なんか作ったら、この国から放り出されてしまう」
「土魔法で作った宝石は偽物ではありません」
「? なぜ?」
「古王国の初代国王が大陸統一を果たした時、功労著しかった女王に宝石をお送りした事をご存じありませんか?」
「ああ、思い出した。たしかティアラを送った話だろ」
「さすがによくご存じで、エメラルドのティアラとルビーのイヤリング、サファイヤのブローチを贈られてます」
「あれ魔法で作ったのか? 昔は土魔法の高度な使い手がいっぱいいたから土魔法で作った宝石もゴロゴロあるのか?」
「一個も出回ってません。初代国王ジョージ・キャンベルフィート以外は宝石が作れなかったのです」
「もしかして魔法で作られた宝石は女王のティアラとイヤリングとブローチだけなの?」
「ええ、そうです。たぶんダルモフィート王国の宝物殿の中にしか在りません」
「そうか、試す価値はあるな」
「試されます?」
「ああ、ホーガンに伝えて。やってみると。それから当分、午前は忙しいので午後に来てと伝えて」
「承りました。では失礼させていただきます」
翌日の午後、
「主人、心配かけてすまないな」
「いえ、些細なことで御座います」
「で、カーメラ商会から聞いたか?」
「はい、土魔法で宝石を作られるとか」
「そう、それで用意してほしいものがある」
「用意させていただきました。こちらをどうぞ」
箱を取り出し中を見せてくれた。中には最上級のルビーからくず宝石まで沢山の宝石が詰まってた。
「おお、すごいな。でも仕舞ってくれ。用意してほしいのは普通の鉱山の雑多な鉱石だ。取りあえず国中の鉱山から各2、3キログラムの鉱石を集めてくれ。それから赤い鉱石の一回目はいつ届く?」
「はあ、赤い鉱石は10日後位だと思います」
「よし、その日までに鉱石も急いで集めてくれ」
「はい、承りました。ええと、この宝石のサンプルは必要ありませんか?」
「取りあえずは必要無い。10日後に期待してるぞ」と、話を終わりにした。
翌々日の午後、カーメラ商会の主人を呼び出して、
「今日は、どのようなご用件で?」
「いろいろ頼みたいことがあってな。先日届いた帆布を染めてくれ。染め終わったら油加工も」
「何色に染めましょうか?」
「……空色、薄い青にしてくれ」「それから木工細工の職人を紹介して欲しい。届けてもらった竹、あれはだめだ細すぎる」
「木工職人は手配いたします。竹は細すぎますか?」
「うん、赤い石が見つかったから重要度は低いけど。竹は中央を固定して両端に人がぶら下がっても大丈夫な太さが欲しい」
「ああ、分かりました。大分南方の竹になりますね。これも難しいですね。それだけ大きな竹だと運搬性が悪く、竹自体の十倍二十倍の運賃がかかりそうです」
「それは高いな、見積もりをくれ。細い竹、どのくらい仕入れたんだ?」
「百本ほど」
「安くするなら買うぞ」
「どうするので?」
「木工職人に玩具を作らせようかと」
「わかりました。お安くします」
「ありがとう」
「話は変わりますが、ホーガンが宝石が出来そうなのか出来なさそうなのか訳が分からないと、首をひねってましたよ」
「フフフ、カーメラどう思う?」
「王子を見てるとできそうだと思いますが」
「奇遇だな僕もそう思うよ」
「ははは、今日は面白いお話を有難うございました」
赤い鉱石の搬入日、
「王子、こちらが赤い鉱石です。こちらが国内6ヵ所の鉱山の鉱石です」
「ありがとう。では、始めようか」
「そろそろ御暇を」
「見ていかないの?」
「見てよろしいのですか?」
「もちろん、どうぞ」
そうは言ったが全然自信はない。宝石は酸化アルミニウムと微量の混入物のはず、だけど混入物の成分が全然思い出せない。取りあえず雑多な鉱石を分解してたくさんの元素を取り出そう。片っ端から酸化アルミニウムと化合させ運を天に任せる。
時間をかけ幾つもの元素を取り出した。次にボーキサイトを還元し純粋なアルミニウムを取り出し、アルミニウムを酸化して微量元素を混入し結晶構造を組み立てる。成分や割合を変えてコメ粒ほどの石を次々と作り出した。殆どが黒や濁った色の石だが十数個目で薄い青の半透明な石ができた。
「ホーガン、どうだ?」
「信じられない。本当に成功するなんて」
「いや、宝石の価値が知りたい」
「あ、すみません。青が薄過ぎますが透明度が高いので十分に凄いです」
「良し、少し大きな石を作ろう」
ウズラのたまご程の薄い青の宝石、サファイア擬きの石を作り上げた。
「ホーガン、この石に幾らの価値を付けます?」
「今日の赤い鉱石の価格に少し足りないくらいの価格を付けます」
「そうか、もう少し品質を上げれば10個で足りるな」
「フランク、爺を呼んで赤い鉱石の支払をしよう」僕の斜め後ろで目をむいて固まってるフランクに爺を呼ばせ。メイドにお茶のお代わりを命じた。
「王子、先日は手前どもの店員がくだらないことを申し上げて、すみませんでした」
「いや、とても美味しいお茶菓子でしたよ。菓子も雲母も有り難く頂戴しましたし」
「遅くなって申し訳ない」と、爺が入ってきた。
「早速だが、その宝石を見せてほしい」
僕は先ほどの薄い青の宝石を爺に渡した。
「これは、〇〇〇位の価値があるのか?」と、爺が金属卸しの主人に問う。
「ええ、それ位のお値段をお付けします」
「主人、赤い鉱石の支払いは、帰りがけに私の部屋に来てくれ用意させとく。王子、この宝石は預からせてください。それから魔法で宝石を作るのは当分禁止です。良いですか!」
「主人、王子、来た早々で悪いが用事ができたので失礼する」と、宝石を持って出て行ってしまった。
「ホーガン、ここまで大事になるか?」
「まあ、致し方ないでしょう」
「しかし、これで支払いは何とかなるな。もし、宝石の作成が禁止されても爺が国からお金を引き出してくれるだろう」
「……」
「ホーガン、そなたが損をする事はないから良いじゃないか?」
「ええ、まあ、今日はこれで失礼させていただきます」
国王執務室、
「レイモンド、至急の要件とは何だ?」と、ジェロルド・グレンフィート国王陛下が問う。
「父上、打ち合わせに割り込むほどですか?」と、現宰相。
「こちらをご覧ください」と件の宝石を陛下に渡す。
「なかなか素晴らしい宝石じゃないか。これがどうした?」
「大きな石ですね」
「こちらは、つい先ほどレオン王子が土魔法で作り上げた宝石です」
「……」
「おお、素晴らしいじゃないですか!」と、現宰相は無邪気に喜ぶ。
「ザカリア、何を言っておるのだ」と、爺が一喝する。
「この事がハンク王子の取り巻きやその反対勢力の貴族に知れたら大もめじゃ」
「レオンはこの事を沈黙し宝石を作らないと約束できそうか?」
「お金次第です」
「何ですか? 学院前の子供が!」と、宰相。こいつは五月蠅い。
「先日お話しした空を飛ぶ魔法の補助の道具、その代金に充てる算段をしてます」
「ああ、そんな話をしてたな。で、幾らかかかるのか?」
「〇〇〇位かかるそうです。そのため出入りの商人といろいろ知恵を絞った結果です」
「そんな出来もしない事、禁止してしまえば良いじゃないですか」
「レオン王子は古王国初代国王しか為しえなかった土魔法で宝石を作ることを為し遂げたのじゃ。空を飛ぶことも不可能と言えない」
「……」
「……」
「レイモンド、レオンに道具の代金は国庫から出すと伝えよ」
「少しお待ちを、いくら何でも金額が大きすぎます。他の者に説明がつきません」
「レイモンド、レオンに代金分の宝石を作らせろ。ザカリア、宝物殿から代金分相当の宝物を出させろ、そしてレオンの宝石を宝物殿に仕舞え、それで帳尻が合う。レイモンド、レオンと出入りの商人の口止めをしっかりやっておくように。これで、この話はすべて終わりだ、良いな」
レオン自室、
やめろと言われても工夫と練習はしないとな。雑多な鉱石からいろいろな元素を取り出し、酸化アルミニウムと組み合わせてみた、ルビーはクロムだった。サファイア(青)がどうしても上手くいかない、もしかしたら複数の成分が必要なのか? お手上げだ。エメラルドは組成が難しかったと思い断念。後は時間のある時にでも考えよう。
机の上の赤い鉱石を見ながらぼんやりしてると、爺が部屋に入ってきた。
「爺、声が聞こえなかった」
「王子、部屋に入る前に声をかけなければいけませんよ」と、なんで僕が怒られるの?
「金属卸しへの支払いでお話があります」
父上と宰相(爺の息子)と爺の話し合いの結果を聞いた。まあ妥当だろうな。アルミニウムさえ入手出来れば他に高額な物はないから快く了解した。それから代金分の宝石も早々に作り届けると伝えた。
「爺、明日カーメラとホーガンを呼んだのか? 私も会いたいから帰りがけに顔を出すように伝えてほしい」
爺が去ったら早速宝石を作り始めた。作り方は分かってる、後は集中して時間をかければ出来上がり。2時間弱でで小ぶりな鶏卵程の血のように透き通ったルビーの2個できあがり。1個でウズラのたまご4個分くらいだから大丈夫だろう。
翌日の午後からアルミニウムの精錬だ。三時間ほど集中して1㎏の精錬が終わった。出来たアルミニウムは250ℊ。僕は真っ青になった。100㎏精錬しても25㎏しか取れないじゃないか。僕は昨日作ったルビーを持って爺の部屋に向かった。
「爺、入ってよいか」
「どうぞ、どうしました?」
「赤い鉱石の輸入量を増やしてほしい」
僕は精錬すると予想より少ない25%しか取れないので、後500㎏増やしてほしいと頼んだ。頭を抱え込んだ爺に頼まれた宝石を渡した。それを受け取った爺はさらに頭を抱え込んだ。
「王子、検討しますから。後で連絡しますから」と、そそくさとどこかに行ってしまった。予想はつくけどね。
爺は父上と宰相と話し合い、僕の要求を受け入れてくれた。追加の宝石も必要ない。もう作るなとしつこいぐらい念を押された。
僕もその考えに賛成だ。魔法の宝石など。宝石の価格の暴落。宝石の商会や商店の破産。宝石産出国の破綻。その次は覇権争いの戦争。碌なことにならないのは目に見えてる。
翌日、カーメラとホーガンが僕のところに来た。爺、宰相との打ち合わせでいろいろ言われたみたいだ。
ふたりは明暗はっきり分かれてる。カーメラは国のお偉方と太いパイプができご満悦、ホーガンは幻の土魔法の宝石を扱えずがっかりしてる。まあ、ふたりとも損してないから気にするのをやめた。
「ホーガン、500㎏増えた納期はどう変わる?」
「来年の6月までかかります」
「そうか……」「カーメラ、竹はどうだ?」
「良ければ明後日にお届けに参ります。またその日に木工職人を同行させます」
「よろしく頼む」
「王子、よろしいでしょうか?」
「何だ?」
「幾つもの鉱山で集めてきた雑多な鉱石をどうしましょうか?」
「今集めたもので終わりにして。今そちらにある鉱石は全て私のところに運んで。それで全て終わりにしよう。この件は無かった事になる」
「はい、承りました」
「ホーガン、赤い鉱石はまだ探してほしい。もう少し良質なもの、もっと近い国にあれば嬉しい、この国で見つかれば文句なく嬉しい」
「はい」
帰っていくホーガンの後ろ姿が寂しかった。僕は騒動などに関わりたくないから宝石の件は忘れる。
翌日、カーメラが木工職人を連れてきた。一目見て若い、実際は三十ちょい前らしい。ニケ・ジェントは木工細工職人で僕の仕事は木工職人より細工職人の方が向いてると思って連れてきたらしい。カーメラは良く考えてくれてる。庭で三人で話してるとメグがお供を引き連れてやって来た。兄が何をしてるのか興味深々のようだ。
メグに新しい玩具の相談だと言い。できあがるのを良い子で待ってなさいと戻らせた。玩具と聞いてニコニコと素直に戻っていった。
納品された竹の太いものを集め竹馬を作らせる。細いものを使いフラフープを作らせた。売れると嬉しいな、玩具を売ってこずかい稼ぎだ。
竹馬のサンプルが届いた日、なぜかニコニコしてるメグが僕の部屋でちょこんと座ってる。明日の午前の遊びの時間まで待てないのでやって来たらしい。まあ待たせるのもかわいそうなので。
「遊ぶか?」
「はい、にいちゃまあそぶ」
「庭に行こう」
「はい」
「これは、竹馬と言います。まず兄ちゃんがやって見せるので見てなさい」
僕は、さっそうと、じゃなくてぎこちなく乗って見せた。
「やる、やる、やる」
「ちょっと待ちなさい。少し変えるから」
足置きの位置を20㎝から50㎝に変えた。自信がないが妹にかっこいいところを見せたくてやった。ほんの、四、五歩だけ転ばずに歩けた。メグはもうやる気満々に見えた。
「低くしてから始めようね」
足置きの位置を20㎝に変え、僕とリーリアが左右について始めさせた。直ぐに十数歩は歩けるようになり足置きの位置を30㎝に変え転んでも怪我のない芝生に移りで遊ばさせた。僕は芝生に腰を下ろし楽しそうなメグとリーリアをぼんやり見ていた。
数日後、今度はフラフープのサンプルが届いた。フラフープが軽くない、ちょっと重たい。このちょっとした重さがフラフープの人気に影響しないことを願ってお披露目をした。
メグとリーリア、沢山の侍女、今回の遊びはウエストが引き締まると宣伝したらいっぱい集まった。
しかし、メグはご機嫌斜めだ、竹馬遊びの中断がお気に召さないらしい。リーリアに話を聞くとリーリアや侍女を見下ろせる位置まで来たので乗りに乗ってるらしい。
しかし、兄ちゃんの小銭稼ぎに協力してもらう。これは最重要事項だ。
「みんな見てくれ。これが新しい玩具のフラフープだ。遊び方は簡単、先ずは僕がやるから見てくれ」
昔取った杵柄、かーるくグルングルンと腰で回し始めた。皆ほほーという感じで生暖かく見てる。
「これはバラン感覚が良くなり、そしてウエストが引き締まる、どうだやってみないか?」
食いつく食いつくメグを含めて5人に試させた。メグともうひとりは何とか回せてる。順繰りに試させ2、3割は何とか回せている。
ふと見回すとメグとリーリアがいない。あれれと思ってると竹馬を持ってこちらに向かってるのが目に入った。メグの評価は分かった。
侍女たちの話を立ち聞きするとコルセットの所為で出来ないだけ、コルセットを外せば簡単にできると話す女性が何人もいた。
皆の話をまとめるとメグよりもう少し上の子供には喜ばれると思う。竹馬は、保護者は怪我をしないかハラハラしながら見てるがフラフープは安心してみてられる。子供や孫に与えたいのはフラフープだそうだ。どうも子供に人気がある竹馬、保護者に人気のあるフラフープが僕と侍女たちの意見だ。ニケに同数作らせて売れ行きを見て考えよう。
この玩具作りは大事だ。僕が小銭を稼げる、周りもレオン王子が小銭を稼いでる事を知る。僕が訳の分からない玩具に国庫の金を使ってると疑っていた奴らが、自分が作った玩具で稼いで自分の金で玩具を作ってると認識すれば気にならなくなる。それが女子供の玩具となれば尚更だ。今の僕は目立ちたくないんだ。
玩具の売れ行きは、初めはフラフープが売れ今は竹馬が売れている。初めは城に来た子供達がメグの竹馬姿に虜になったらしい。メグの頭の位置が大人の頭の位置より上にある。子供にはたまらないでしょう。ここから売れ始めた。買った子供が自分の家で披露しそれを見た子供がまた欲しがる。
竹馬用の太い竹が底を尽き軽く硬い木に変更、製作費が削減し利益も増大した。初めから木で作ればよかったと思う。
また馬鹿な金持ち貴族が装飾を入れ一品物にして馬鹿みたいな金額を支払ってくれた。
売り上げの2割を取る僕も潤ったが、多数の貴族と面識ができたカーメラ商会は笑いが止まらないだろう。
ボーキサイトが定期的に届くようになった。僕はボーキサイトの精錬に励んでいる。これは時間がかかるが僕がやるしかない。それから法律のお勉強とメグの遊び相手、これだけで一日が終わる。
爺から法律の勉強を始めるように言われた。入試に無いと反論すると、この科目は必須で授業数は少ないが覚える量が膨大だから今から始めなさいと云うことらしい。まあもっともだと思い始めたがこれが辛い、言い回しが難しい、難解、今は運用されてない、初めから実情に合わないので運用適用外、運用を止めるため後から条文を追加し該当無し。
馬鹿な法律が多すぎる。僕は爺に文句を言いに行った。
「爺、この法律はなんだ?」
「? 法律です」
「なぜ、こんな法律がある?」
「法律は一度作るとなかなか取り消せないのです」
「じゃあ、運用した事の無い法律はなんだ?」
「作った人間が実情を知らなかった。あるいは作っている最中に実情が変わったものと思います」
「分かった、それらは譲ろう。しかし必要のない法律をなぜ覚える必要がある?」
「発布された法律は、全て新たな法律の立案、運用に関わる可能性がありますから覚えるように指示してます」
「僕は関わらんぞ!」
「王族の王子が関わらないでどうします。王子には覚えていただきます。これは覆りません。議論しても時間の無駄です。勉強してください」
僕は追い出され、トボトボと自分の部屋に戻った。
学院の入学試験が一月後に迫ったある日、
「レオン、お前騎士課程に進まないそうだな」と、父上。
「ええ、そうしますが?」と、僕。
「えっ、にいさま騎士にならないの?」と、妹。
「お前、騎士課程に進まないのか?」と、兄上。
なぜ?、なぜ?、何か僕不味いこと言ってるの?
「ええと、不味いのでしょうか?」
「不味くはないが、好くはないだろう? 王族の男子が騎士課程を取らなくてどうする?」
「それに、お前未だに剣の訓練を始めてないそうだな」
「にいさま、ずるい、ずるい、わたしにべんきょうしろと言うくせに」
「えっ、えっ」周りを見回すと母上が目をそらした。もしかして四面楚歌か。
しどろもどろで言い訳をして、その場は切り抜けたが剣の訓練は始めることになった。
剣の訓練、もちろん早朝に行う。それもみっちりと。その後メグと遊ぶ。三日続けた僕は死んでた。全身筋肉痛と打ち身で午後は起き上がれない。それに湿布が臭くて臭くて、僕が通るとみんなが避けて通る。
最悪なのは全然上達しないことだ。いや僕に上達する気がない。嫌な剣の訓練より体力作りを優先したい僕は、先生(護衛騎士が先生をしてる)に切々と説明し訓練時間の大半をランニングに充てることに成功した。
翌日から僕は城の城壁の内側を延々と走ることにした。どうも僕は剣やトレーニングに対して信用がないらしく護衛騎士がず~っとついて来る。
だけど一月もすると信用したのか走りだしと到着を確認するだけになった。しかし今日は違う、メグが纏わりついてるのだ。メグは僕と遊ぶ時間が減ったことに不満を抱えていたが母上もリーリアも取り合ってくれないので怒っている。そして今日は僕に纏わりついて監視してるつもりらしい。
「メグ、どうする気だ?」
「いっしょについてく」
「兄ちゃんは、走りに行くんだぞ。ついてこれるか?」と、暗に断っているのだが。
「だいじょうぶ」
リーリアや侍女は死にそうな顔をしてるぞ。
「リーリアはどうする?」
「もちろんついて行きます」と悲壮な顔で肯く。
僕は後ろでニヤニヤ見ていた先生(護衛騎士)について来るように伝えると途端にげっそりした顔になった。こいつ等(護衛騎士)は騎士の訓練で散々走るし、僕について来るときは最低限の装備を着ける必要がある。見てるだけで重くて疲れそうだ。
「メグ、行くぞ」
「うん」
返事は良いがメグのスピードに併せる僕は変に疲れる。それに走り始めて10分もするとメグが愚図り始める。僕は立ち止まり。
「メグ、どうする? リーリアたちと戻るか?」
「にいさまは?」
「もちろん続けるよ」
「……おんぶ」
何でここでおんぶなの?
「ええと、兄ちゃんが背負って走るのか?」
「そう! おんぶ、おんぶ」
周りの皆は、目を丸くして成り行きを見てる。僕は諦めてメグを背負い走り始めた。
しばらく走ってから僕は立ち止まり、
「リーリアともうひとりの侍女は?」と残りのふたりの侍女に聞くと、だいぶ前に脱落したそうだ。
「そこのふたり(護衛騎士ふたり)、戻ってリーリアと侍女を拾い城に戻れ」
「そこの侍女ふたり、ついてこれる?」
「ダメです」と、侍女ふたり。
「先生(護衛騎士)ふたりについて城に戻って」
それを見ているメグは、僕の背中で何かぶつぶつ言っている。彼女らの苦労はお前の所為だと思いながら僕は走り始めた。
いつもの二倍以上の時間をかけて走り終えダウンしてる僕に向かってメグが、
「まあまあ楽しかったよ。また、いっしょにはしろうね、にいさま」と元気よく走り去った。