一話 転生と魔法
「爺、爺は生まれ変わりを信じてる?」
「レオン王子、なにを唐突《唐突》にいいだすのですか? もちろん『聖なる書物』を信じていますから、輪廻転生は信じていますよ」
「じゃあ、爺は誰の生まれ変わりなの?」
「王子、人は死ぬと全てを忘れて生まれ変わるのです。私が誰の生まれ変わりなどわかりません」
「でも、誰かが『生まれ変わっても前の人生の記憶を覚えてる人がいる』と話してくれたよ」
「誰です? そんな嘘を王子に話したのは。そのような話もありますが、見世物小屋や吟遊詩人のお話の中だけです。実際にはあり得ないお話です」
「そうなの?」
「そうです」
僕はこの国の第二王子、レオン・グレンフィート。数日前に6歳になったばかりだ。心配なことがあって爺に相談した。
爺、レイモンド・ハーゼン元伯爵。前宰相で今は家督を息子に譲り僕たち兄弟の教育全般の監督をしてる。僕が一番信頼しているお爺ちゃんだ。心配なことを上手く説明する前に話が途切れ、なんとなく有耶無耶になった。今も心配なことは不安になり、膨れ上がってる。
心配で不安なこと、僕の中に僕じゃない記憶があること。僕の中のこの記憶は何なの? 数日前に頭の中で読めるようになった、凄く凄く長い長い本みたいな記憶は何なの?
僕はこの記憶に蓋をしてる、開けたら気が狂いそうで怖い。怖くて怖くてどうしようもない。もう誰にも相談できない。誰かに知られたら、気が狂ってると思われ『白い塔』に閉じ込められそうで怖かった。
爺に相談し損ねたことで、僕はひとりで何日も何日も悩んでいた。平静を装いながら何日も何日も悩んでいた。
熱がでた、僕は熱がでて寝込んだ。熱でうなされ意識が朦朧とし記憶の蓋が開いた。熱が下がり眠りから覚めると僕はふたつの記憶を持っていた。そして僕は気が狂わずホッとしている。
僕のもうひとつの記憶、柳田翔の記憶。だけどまだ詳しく知らない、考えると最初に刺された記憶がよみがえる。怖い、だから彼の記憶を意識の外に追いやる、そうすると忘れていられる。でも、知りたい、彼の記憶を。
「爺、日本って知ってる?」
「どうしたのですか、藪から棒に。爺は聞いたことがありません。それはどのような物ですか?」
「物じゃなくて、国だと思う』
「国? 聞いたことありません。王子はどこで聞いたのですか?」
「聞いたんじゃない、夢で見て、頭に浮かぶんだ」
「ああ、それで以前、輪廻転生の事を聞いてきたのですね? そのようなことが時たまあるみたいですな、知らない事柄を知っていたり、知らない物の名前を知っていたり、行ったことのない場所の方言を話したり、楽器の演奏を習わないのに弾けたりする例があるそうです」
「知らない名前が頭に浮かぶのですか、役に立つと良いですね王子、ははは」と、笑いながら爺は行ってしまった。
そうか、記憶まるごとは無いが細切れならあるんだ。爺の説明にすごく気が楽になった。
昼食、
「にいちゃま、きょうはこわい顔してない!」と、メグに指摘された。
「そうだなレオン、熱を出してから難しい顔をしてたから心配してたぞ」と、兄上にも指摘された。
「レオンが悩んでいたのは熱を出す前からですよ。心配していましたよレオン」と、母上まで。
僕は全然平静を装れてなかったみたいだ。
「もう大丈夫です。ちょっと変な夢を見ただけですから」と、上手く誤魔化せてるかな?
「兄上もメグもありがとう。母上、心配をお掛けしました」
僕が刺された記憶を見た、痛くて怖かったけど気持ち悪さはなかった。それからは刺された記憶を避けて、ほかの記憶を普通に見られるようになった。
たぶん僕の記憶と翔の記憶が徐々に融合しているんだ。その証拠に、透き通る青い空を滑るように飛ぶ僕の姿を夢で見た。また魔法に強いあこがれを抱くようになった。以前は魔法に関心がなかった僕が。
今の僕は魔法で空を飛びたいと願っている、とても強く。
爺の執務室、
「爺、魔法をやりたい!」僕は爺に交渉しに行った。
「レオン王子、藪から棒にどうされたのですか?」
「魔法ができるようになりたい!」
「読み書きができれば自然と魔法の勉強もできます」
「そうか? ?」ちょっと疑ってる。
「そうです。読み書きの勉強をしてください。だいぶ滞っていると聞いていますよ」
「うん、勉強する」
真面目に勉強をしだすと、自分が全然勉強ができないことを思い知らされた。自分の馬鹿さ加減が悲しかった。
それでも頑張った、そうしたら僕の前世の記憶が効率的な勉強の仕方を教えてくれた。噓みたいに勉強が楽になった。
「先生、この単語の意味あってますか?」
「正しいです」
「先生、この意味だと文章が繋がらないと思います」
「大丈夫です。気にしないで先に進みましょう」
この先生の説明、全然わからない。なんか噓ついてる、いい加減だ。
爺にこの先生の教え方じゃ分からない、先生を変えてと頼むが『今までさぼっていたからです』と全く取り合ってくれない。爺にひとりじゃ対抗できないと悟った僕は強力な援軍を呼んだ。金髪碧眼の美幼女、僕の三つ年下の妹。妹とふたり連れだって実力行使を行った。
「爺、爺、爺、爺、爺、話を聞いて、話を聞いて、話を聞いて、話を聞いて、話を聞いて」と僕。
「じい、じい、じい、じい、じい、はなしー、はなしー、はなしー、はなしー、はなしー」とメグ。
ほんの十分ほど爺の部屋で騒いだら爺に雷を落とされた、予想通りに。そして予想通りにメグが泣き出す。
焦ってマーガレットをなだめる爺を横目に見ながら、一度授業を見に来てと頼んだ。爺が諦めて見に行きますと言ってくれたのでメグを宥め泣き止ませた。
*メグはマーガレットの愛称
翌日、爺がふらっと見に来てくれた。爺に気が付かない先生はいつも通りにいい加減な解答を連発していた。授業が終わると、
「君、私の部屋に来なさい」と、先生を連れて行った。ラッキー。
夕食後、爺が僕の部屋に来て「すまない」と言い帰っていった。翌日から教師が変わった。
新しい先生の授業は一般的で可もなく不可もなくだが、質問、特に単語の意味について真摯に調べてくれる素晴らしい先生だった。この時代の辞書はまだまだ貧弱で収録語が少なく、ちょっとした専門用語は全く掲載がないので調べるのに難儀する。
半年ほど勉強を続けたら王宮図書室の本をひとりで読めるようになった。魔法の書が読めるようになった。
レオンの自室、
「兄ちゃん、あそぼう」とメグのお誘い。
「兄ちゃんは、本が読みたい」取りあえず一度は断る。
「あそぼう」
「……何がしたい?」
「グルングルン」
*グルングルンとは庭でメグを抱えてぐるぐると振り回し、目の回ったメグと鬼ごっこをする遊び。因みに自分はフィギュアスケートの回転の要領で目を回さないようにしてる。
メグと庭で小一時間グルングルンをやった。メグは疲れて付き人のフランクの背中でぐったりしてる。
「フランク、メグを部屋に連れて行って寝かせてやって」
「今寝かせますとお昼寝をしないとリーリア(メグの付き人)にまた苦情を言われますよ」
「黙殺、黙殺。メグの子守をこちらに投げたのだから、それくらい我慢してほしい」
「母上、メグの遊び相手、リーリアや侍女はさぼり過ぎではないですか?」
「レオン、あなたがメグに断れば?」
「断れないから、ここにいるのです。リーリアや侍女にせめ僕との遊びの時間を二時間にするように指示してください」
「でも、メグが遊びたいのはレオン、あなたと遊びたいのよ」
「リーリア、メグと僕の遊び時間を減らせないか?」
「メグ様はレオン様と遊びたいそうです」
「そこを何とかするのが付き人だろ」
「レオン様はメグ様のお誘いを断れますか?」
「断れないから頼みに来てるんだ」
「メグ様は、レオン様が大好きなんです。諦めてください」
「……」
母上とリーリアと僕でメグを説得した。午前中は兄ちゃんと遊ぶ。午後はリーリアと侍女と遊ぶ。長い戦いだった。よく考えると以前と大して変わらん。
図書室、
やっと魔法の書を読み進められる。爺から許可が出た。
読み書き以外の勉強が人並みに達したので図書室の出入り自由を勝ち取った。算術は前世の記憶がある僕の敵ではない。歴史と地理は大変だった。歴史は人の名前が覚えられない。字数が多いし、似た名前が多すぎる。地理はいい加減な地図が頭の中をぐちゃぐちゃにする。これは前世の記憶がある弊害かもしれない。
時間がかかったが王宮図書室の魔法関係の書物は全て読破した。ほとんど流し読みしただけ。そして僕の魔法の教科書に一冊を選んだ。書名が『魔法の書』そのまんま。他の魔法の本は全てこの本の解説本だと思う。
僕はこの魔法の書を抱え自分の部屋に陣取り魔法の練習を開始した。
この魔法の書は読めば読むほど難解極まりない。だけど元の世界の物理学を理解していれば理解できる。裏を返せば、物質の三態、気体、液体、個体の関係、イオンや分子原子の関係等を知らないこの世界の人は、この本の理解は無理ゲーだ。この魔法の書には違和感ありありで何かがおかしい。だけどそんな想いは頭から消し飛んだ。なぜならその日のうちに魔法が使えるようになったから。
初めは「素晴らしい。こんなにすぐ魔法を覚えるなんて僕は天才だ」と自画自賛した。
しかし次々と魔法を覚え練習を繰り返すうちになんか違う。僕は戸惑いと落胆に暮れた。
アニメやラノベの天を裂き、地を砕き、大空を駆け巡る魔法。そこまでは無理としても風の刃で切り刻み、炎で火だるまにし、高圧の水の力で鉄や岩をも一刀両断。僕はそんな魔法を期待してたんだ。
現実の魔法と妄想の魔法は違った。魔法がしょぼい。弱っちい。力がない。A5ランクの和牛すき焼きを頼んだのに吉〇家の牛丼を食べたみたいだ。看板に偽りありだ。始めの勢いは微塵も無くかなり落ち込んでる。
空を飛ぶことも、岩を砕くことも、木を燃え上がらせることすらできなかった。
風魔法は扇風機並み、水魔法は洗濯機に遠く及ばず、土魔法はおはじき程度。手を使った方が何倍も素早く力強い。火魔法は高性能な火打ち石。
レオンの部屋、
「メグ、なにしたい?」
「にいちゃま、元気ない」
「魔法が上手くいかないんだ」
「どんな風に?」
「これぐらいしかできなかった」
自分の髪の毛を下から上に風魔法で逆立て笑わせた。
「キャッ、キャッ、キャッ、とメグが変な声で笑ってくれた」
「にいちゃま、にいちゃま、わたしも、わたしも」
メグが僕を鏡の前に引っ張って行き、
「メグもやって、メグもやって」とせがんでくる。
メグに下から風を当て髪の毛を上に向かって翻らせると思いのほか喜んだ。メグのセットした髪が乱れるのを見て侍女やメイドがものすごい目つきで睨んできた。だが僕の荒んだ心が黙殺させた。
これが現実の厳しさなのか。打ち拉がれた僕はメグの専用扇風機に成り下がった。
翌日も、その翌日も
「にいちゃま、もう一度」これの繰り返しをず~っと続けた。
数日後、図書室で本を読んでいると母上の使いの侍女が呼びに来た。ここでのこのこと付いて行ったのが間違いだった。どうも僕は危険察知能力が低いらしい。
「母上、何でしょうか?」
「あなたは、メグに何を教えているの?」
「は、?」
「昼食の時、あなたはどこで何をしていたの?」
「図書室でサンドウィッチを食べながら本を読んで……」どうも僕は怒られていることに気づいた。
自分には心当たりがないので、
「メグが何かしでかしたのでしょうか?」
「食事中に陛下の髪を風魔法で翻らせたのですよ! 髪はぼさぼさ、パンは飛んでく、スープはこぼれると、大変だったのです」
ここから延々とお小言が続いた。魔法の練習を止めろ。メグに魔法を見せるな。メグとの遊びをもっとお淑やかに等の要求を突き付けられたが、長時間の攻防の末に全てを退けた。ただメグに魔法を使ってはいけない時と場所を教えることを課せられた。これは……難題だ。
メグに魔法を遊びながら教えているうちに、僕は魔法の可能性を諦め切れてない事を悟った。
ここで妄想から離れることにした。そう、僕はアプローチを変えたんだ。