25話
カイト達6人が向かったのは、幻惑の森の端に位置する場所。
エルフであるフリッドも精霊の声が聞こえる為、フリッドの先導の下、その場所に身体強化をして、木々を軽々と躱し全速力で走って向かっていた。
一刻も早くその場所に着くために、カイトがフォルティスを、エルスがフリッドをおんぶして向かっていた。ノエルは勿論の事、エルスとリーナに鍛えられたカルトも難なく付いて行くことが出来ていた。
移動中、フリッドが森の様子がおかしいと気付き、注意をするようみんなに警告するも、目的の場所までは難なく着くことが出来た。
そこでフリッドは更に警戒するよう、より一層呼び掛ける。
カイト達が着いた場所は、森が枯れ果てていた。そしてその中心には黒いフード付ローブを目深に被った者が1人いた。
「いやいや。やっと誰か来てくれましたね。あまりにも退屈でこの一帯を掃除してしまいましたよ。鬱陶しい精霊が居ましたしね」
その者は躰から禍々しい魔力を吹き出し、手脚のように動かしてみせる。
その者の声は陽気で男の声であった。
その男が退屈と言うほど、カイト達が異変を察知してからそれ程時間を経たずにこの場所に来ていた。なのに退屈と言った。即ち、あらかじめ待っていた口実であった。
「それにしても、随分とおかしな構成ですねぇ~。………………おっ! そこに居るのはフォルティスさんじゃありませんか!」
「…………誰だぁ、オメェは?」
男はこの場に来たメンバーを順に見ていた。そしてフォルティスの問いに男はフードを取り、顔を現した。
「あっ! オメェは!」
フォルティスはその男の顔を見て思い出す。
オールバックにした赤髪、細い目元と口元が笑みを絶やさない胡散臭い顔立ちに長身体躯。
「ルティス、知っているの?」
「コイヅがワダシにあのイヤな力をくれたヤツだぁ、姐御ぉ!」
「イヤな力とは心外ですね。この素晴らしい力を理解出来ないとは、やはりフォルティスさんは残念な方ですねぇ~」
男はやれやれとした仕草をしてみせる。
「あら、家の大事な子をバカにするような言動は止めてもらえるかしら、ジクールさん?」
「っ!? おやおや~? どうして僕の名前を……………」
そこで始めてジクールと呼ばれた男は、エルスをマジマジと見始める。
「……………そのウェーブの金髪に僕の事を知っている……………もしや、貴女はあの時のお嬢さんでは無いですか? 名は確か……………エルス、嬢…………いや、エルスティーナ姫と呼んだ方が良いですかね?」
「あら? 私の正体も知っていたのね。えぇ、そうよ。貴方には会いたくも無かったけど」
エルスの返答にジクールの細目が目一杯見開き、歓喜の笑い声を上げる。
「そうですかそうですか! あの時のお嬢さんが、今僕の目の前に居るのですか! それにしてもあの時にいたもう一人のお嬢さん、確か名前は──────リーナ嬢! そう、そのお嬢さんは一緒では無いのですか!」
ジクールはかなり興奮していた。
「残念だけど、私だけよ」
「それは残念ですねぇ~! 非常に残念です! ですが、後からのお楽しみと言う事にしときましょうか! その代わりの者が居るのですからね」
「「──ッ!」」
ジクールは満面の笑みで傍に居るカルトを見て、カルトはジクールの笑みに恐怖して悲鳴を上げ、エルスの後ろに隠れ、フリッドは身構える。
「貴方はやっぱり小さい子供が好きなのね」
「それは勿論ですよ!」
ジクールの返答にエルスは、カルトを連れて来て失敗だったと内心で思っていた。エルスは自身が戦っている間、カルトにはフォルティスの面倒を見て貰おうとしていたのだ。リーナはフォルティスみたいな子が苦手であるために。
「子供は素晴らしいですよ! 我慢すること無く喚き散らす様は僕の感性を揺さぶる! その声が聴きたくてその子供の目の前で大切な者を殺し、恐怖と絶望を与える。だけど僅かな希望を残し、その僅かな希望も摘み取り、更に絶望を与えてから殺す! その時の断末魔が非常に最高では無いですか!」
ジクールの熱弁にカイト達は内心で怒っていた。その事を熱く語るジクールは既にそういう事をしていたと言う事だから。
「特に女性は良い声で鳴くんですよ、ね!」
そこで歓喜に満ちたジクールの視線がエルスとその後ろに隠れているカルトに向く。
カイト達はジクールの狙いが3人だと気付き、カイトは破邪の力を持つ白く美しい刀【白雪】、エルスは細剣とフリッドの長剣をそれぞれ異空間収納から取り出し、フリッドは躰に見合わぬ長剣をエルスから受け取り、ノエルは防護壁を直ぐに展開出来る様に手に魔法を準備し身構える。
「っと、イケないイケない」
カイト達の抜刀を見てジクールは、先程まで熱弁していた感情から急に冷静になる。
「あら? 先程の勢いで襲って来るかと思っていたのだけれど、どうしたのかしら?」
「いやいや。思わぬ再会で嬉しくなり忘れる所でしたよ。エルスティーナ姫が居るとなると、其方の男性は噂の英雄殿では無いですか?」
ジクールは白々しい言葉をカイトに投げ掛ける。
「だったら何だってんだ?」
「イヤですね~。そんなに睨まないで下さいよ。怖くなって魔力が暴走してしまいますよ」
ジクールは薄ら笑みを溢し、飄々(ひょうひょう)と応える。
そんなジクールにカイトは苛立ちを覚える。なんせ、少しの間でもエルス、カルト、フリッドを嬲る発言をしたのだから。
「っとまあ、おふざけはこの辺にしときましょうかね」
「……………それで俺に何の様があったんだ?」
「ああ、そうでしたね。実は貴方がいたら呼んで欲しいと言われていたんですよ」
「……………誰にだ?」
「それは勿論決まっているじゃ無いですか。アグルさんですよ、アグルさん。アグル・ニグルニス。ご存じでしょう?」
「…………ああ、勿論知っているさ」
カイトは始めて脅威と感じた相手と対峙したことを思い出す。
「もし僕達の誰かがキミと遭遇したら、自分の所に案内しろと言われているんですよ」
そしてジクールは手をかざし、自身とカイト達の間に人が余裕で入れる程の大きさをした、闇夜渦巻く魔法──ゲートを展開する。
「このゲートの先にアグルさんが居ます」
「それが罠じゃない保証があるのかよ?」
「それもそうですよね~。敵である僕達の間になんか信頼も信用もあったモノでは無いですからね~」
ジクールは白々しい笑みを浮かべカイトに応える。
「でも今は信用して、このゲートに行ってもらいたいですけどね、僕としては」
「……………行かなかったらどうなる?」
「そんなの決まっているじゃ無いですか~。アグルさんをここに呼んでしまうだけですよ。そしたらこの辺り一帯、焦土と化すでしょうね~。いや、ホントに僕としてはどっちでも良いんですよ~、ホントに」
「ひとつ良いかしら?」
と、そこでエルスが胡散臭い笑みを浮かべるジクールに話し掛ける。
「はいはい、何でしょう、姫様?」
「どうして貴方が相手をしないの? 貴方が黙って居れば済むことでは無くて?」
「そんなの決まっているじゃ無いですか~。後で英雄殿の事を知ったら、僕が後で殺されてしまいますよ~。何故、呼ばなかったってね」
ジクールは自身の首を刎ねられる仕草をしてみせる。
「それにしてもどうします? このゲートが開いて、5分以内にキミが行かないと、アグルさんがこっちに来ちゃいますよ~。そしたらこの国を護りながら戦うんですか?」
「………………アグルの居る場所には何があるんだ?」
「何もない岩石地帯ですね。キミと思う存分戦うためにあの人がそこで待ってますよ」
ジクールは最後に細目を見開き、笑みも消し真顔になり、ゲートの脇に来て、カイトに入るよう促す。
「───カイト、行って」
「…………エルス…………? アイツが言った事が本当だと言う確証は無いんだぞ?」
「大丈夫よ。そうよねジクールさん?」
「僕の言った事を信じて貰うしか無いですね、今は」
ジクールは真顔のまま応える。
「更に付け加えるなら、魔神様とアグルさんに誓ってこの事は本当だと言えます」
カイトはそこまで真剣に言ってくるジクールを観、そしてエルスを観て、エルスは頷き返して、カイトはゲートに向かい歩き出す。
そしてカイトはゲートに入って姿を消す。
その後にジクールはゲートを消そうとした。
「ちょっと待ってもらえるかしら!」
ジクールがゲートを消そうとしたのをエルスが止める。
「何でしょう?」
「この子も入れさせてもらえないかしら?」
「……………その子を、ですか…………?」
エルスが言った子──フリッドをジクールは胡散臭い笑みを浮かべ見据える。
フリッドはエルスの突然の話に驚く事はしなかった。
「そんな身の丈に合わない不相応の得物を持った子供をですか?」
「ダメかしら?」
「僕の獲物が少なくなるのはいたたまれますね~。まあ、姫様が僕の相手をキチンとしてくれたら、考えないことも無いですが?」
「いいわ。元々、貴方を見たときから決めていた事ですから」
「…………………まあ、良いでしょう。そんな子供1人が行った所で何か出来る訳でも無いでしょうからね。最悪、アグルさん達の戦いの巻き添えを食って死ぬだけでしょうし」
フリッドはエルスを見据えてから抜刀した剣を納刀して、ジクールが開いているゲートに入って行った。
「(そっちは任せたわよ、父さん)」
フリッドが入った後、ジクールはゲートを消した。
「さあさあ~! 気を取り直していきましょうか、ねっ!」
ジクールは両手を大袈裟に拡げ、残った者達をねっとりとした視線で見据える。
その視線を受けてエルス達はより一層身構える。
「の、ですが、僕も僕で姫様の相手をするだけで手一杯ですし、其方の方の相手をするのは骨が折れますね~」
「その割には楽しそうに見えるわよ?」
「それはそうですよ~。僕は全力で貴女達をここに留めることをするだけですからね!」
そしてジクールは魔力を躰から溢れ出す。
「(あの言い方、やっぱり他の教団の者が来ていると見て間違い無いわね)」
エルスは他の者達の無事を祈りながら、ジクールと相対する。
「さぁ、僕もお仲間を喚ぶとしますかね~!」
ジクールは自身の周囲に濃密な闇を円形状に展開し始める。
「ノエルッ!」
「うん!」
その闇が只ならぬモノだと察してエルスはノエルの名を呼び、ノエルは瞬時にエルスの意図を理解して、エルスとノエルは神格化になり、国に余計な被害を出さないために国全体に守護結界を展開した。
だがその直後、ジクールが展開した闇がエルスとノエルにまでおよび、エルスとノエルは力の脱力を感じた。
神格化になっていた2人は、神の力が吸い取られる感覚を覚え、エルスは危険と感じ、自分達から少し離れて後方に居た、カルトとフォルティスの2人を風の球体の結界で包み、自分達の後方に吹き飛ばした。
「くッ!」
「ううッ!」
エルスとノエルは神の力だけでなく、自身達の力そのものの脱力で、苦痛の呻き声を上げ、片膝を付いた。
あげる
「これくらいで良いですかね~?」
ジクールは、エルスとノエルが立っていた位置で闇の展開を止めており、その闇をジクールは収縮し、自身の周囲2m程で維持をし始める。
「…………貴方、私達の力を…………」
エルスとノエルは突然の力の脱力で、躰が直ぐには順応出来ないため、息を切らしていた。それでもエルスは息を切らしながらも言葉を紡いだ。
「ええ、姫様のご推察の通りですよ。貴女方が人外の力を保っているのは知っていましたからね」
ジクールは胡散臭さが滲み出る笑みを浮かべていた。
「………………貴方達、教団の者は入れない結界を張っていたのだけれど……………?」
「やはりそうでしたか! いや~大変でしたよ、貴女方の情報を集めるのわ! 最初、下位の者達の話だと、王都や周辺の村や街にも入れなくなるし、終いには下位の者達が自分達の目の前から他の者の姿が消えたとか、可笑しな報告が挙がってくるのですからね!」
そうエルスはただ入れない様にしただけでなく、特定の対象者が結界に触れると、転移する仕掛けも施していたのだ。この結界はエルスが神格化に成れて初めて試したモノであった。
そうして対象者が跳ばされる場所は、エルスとリーナの2人が創り出し、2人と2人に招かれた者しか入れない拷問部屋。
そこでエルスとリーナは教団の者から魔神や教団の組織構成を入手しようとしていた。
結果はそれ程、有益な情報が出なかったと言った、残念な結果であった。
「そんな感じで悩んでいた時に、魔神様からの救いの手があったのですよ!」
細目のジクールは、目をカッと開き、両手を大袈裟に拡げた。
「魔神様のお力のお陰で貴女方の包囲網を掻い潜る術を得たのですよ!」
「……………それは聞けば答えてくれるのかしら……………?」
「答えるのは構いませんよ。但し、生き延び続けられたらですけどね!」
ジクールは周囲に留めていた闇を少しだけ拡げて、そこから次々に魔物を呼び寄せる。
「さあさあ、力が衰えた貴女方が何処まで粘れるか見物ですね!」
そしてジクールは、息が整ったエルスとノエルに魔物達をけしかける。
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