2ー32話
※エルス達と別れ、カイトがアグル・ニグルニスとドラゴンの相手を仕始める頃──
【ジアン視点】
「終わり!」
「お疲れ様ジアン」
「お疲れ二人共。 流石に力が付いた事もあってこの程度の魔物相手は苦にもならないな」
アームドグリズリーと呼ばれる、腕の筋肉が極端に発達したグリズリーの変異種を倒したときに先生が言ってきた。
先生曰く、その個体の変異種は一つか二つ危険度が上がるため、ランクが高くなるとの事。
つまり、このアームドグリズリーは通常の個体より更に凶暴なために、Aランク相当の実力が無いと討伐するのが難しいと言っていた。
「さて、ここら辺の住民の避難もあらかた終わったな」
「まだ避難が終わっていない地区に向かうんでしょ、先生?」
「あぁ、そうだ。………………だが、他の地区に向かう前に対処しないとイケナイのが居るみたいだな」
俺の問いに先生は険しい表情を浮かべていた。
先生が見ていた方向に視線をずらすと、黒のフード付きローブを目深にかぶり、羽織っている人物が二人居た。
だが、獣の鼻が見えていた。
「そのグリズリーを殺ったのはお前達か?」
「衛兵よりやるんじゃ無い、コイツら」
フードを取った二人は、狼の顔と虎の顔をしていた。
「(ジアン、ルセ。コイツらは獣人族だ。気を付けろ、人型の獣人では無く、獣型の獣人族だ。獣型の獣人族は我々、人族より身体能力が格段に上だ。油断していたら死ぬぞ)」
先生は俺達にだけ聞こえるように話してきた。
獣人族になんて初めて会ったけど、そんなにヤバイ奴らなんだ。
先生がかなり警戒して身構えていた。
それからは、二人の獣人族はローブも取り払っていた。
二人共、高身長の筋肉質の獣の体格に、軽装をしていた。
「どいつがグリズリーを殺ったんだ? 今度はオレ様が相手をしてやるぜ!」
「ワルスだけじゃ無く、私の相手もしてもらおうかな?」
狼の方が男でワルスと言うらしい。
虎の方が声からして女の人らしい。
「オイオイ、だんまりかよ!」
「それじゃあひとまず自己紹介をしますかね。 殺してしまう前に」
虎の獣人が一瞬だけ殺気を放ち、鎮めた。
「ハハハハッ! 良いねアンタ達、今の殺気にビビるどころか対抗しようとするその姿勢。気に入ったよ! 私はビーナだ。そして隣のコイツが」
「ワルスだ。やっぱりお前達良いねぇ!食い応えがありそうだ!」
「それでアンタ達の名前でも教えてくれると助かるんだけどね」
俺とルセが先生の方を向くと、先生は首を横に振っていた。
「見ず知らずの貴方達に教えるなんて普通すると思う? ましてや殺すと言っている人に」
「アハハハハッ! そりゃあそうだね、アンタの言う通りだ! けど、このやり方がアタシ達の流儀なんだけどね。 仕方ないな」
「待ちくたびれたぜ! それでオレ様の相手はどいつがしてくれるんだ」
狼の獣人ワルスが、拳を作り身構えて、軽く小刻みにジャンプを繰り返して、拳も左右交互に突き出しを繰り返していた。
「(ジアン、ルセ。獣人族には種族ごとに身体能力が特化している。そして奴は狼人族でその脚力が発達していて、スピードに特化している)」
それを聞いて俺は先生に頷いた。
「(そしてもう一人は、虎人族でスピードとパワー、両方に特化している種族だ)」
そっちの獣人はルセと先生が対応すると、頷いていた。
そして、それぞれ離れて対峙する事にした。
「オッ! 小僧がオレ様の相手をするのか?」
「あぁそうだ」
「どいつがグリズリーを殺ったかは知らねぇけど、早々にくたばってくれるなよ!」
そう言った途端にワルスは、俺の視界から消えていた。
そして次の瞬間に、とてつもない衝撃が右頬から伝わり吹き飛んでいた。
吹き飛んでしまった俺は、そのまま地に伏していた。盾が衝撃で手元から離れてしまった。
「小僧さっきの一撃で終わりではねぇだろ?」
俺は躰を起こし、改めてミスリル剣を身構えた。
「速いとは聞いていたけど、まさかこんなに速いとは思わなかったよ」
「油断しているとあっという間に死ぬぞ、小僧」
「そうみたいだね」
正直、アームドグリズリー達の相手をしていたままの身体強化を止めていたら死んでいたかもしれない。
かなり重たいパンチだったしな。
もう少し魔力を流して身体強化を高めた。
「そしたら今度はこちらからだ!」
地を蹴り、ワルス目掛けて剣を振り下ろした。
だが、俺が振り下ろした剣が虚しく空を切っただけだった。
「こっちだぜ!」
「うっ!」
今度は左頬に先ほど喰らった重たいパンチを受けたが、何とか持ちこたえた。
吹き飛ばずに持ちこたえた俺は、直ぐさま反撃したが、また虚しく空を切った。
「遅いぜ!」
次に、身体に数発の衝撃があり、吹き飛んでしまった。
「オイオイ小僧、もう終わりかよ?」
ワルスはその場で拳を交互に突き出しを繰り返し、小刻みにジャンプを繰り返していた。
奴の動きが速すぎて今の俺の実力じゃ、勝ち目が無い。
どうすれば良い?
どうすれば奴の速さに対応出来る?
『──なぁジアン。この先、お前より強い相手が現れ、対峙する時が来るだろう。 例え、強敵と対峙しても最後まで諦めるなよ。 チャンスが来る時が必ずあるからな』
そうだ。
カイトが言っていた。
アイツが俺達に修業を付けてくれていた時、いつも言っていた言葉だ。
「まだ終わりじゃ…………無い!」
「良いね! そうで無くては面白くないぜ! さぁ、続きといこうか!」
立ち上がり構えた俺を見たワルスは笑みを浮かべていた。
その後も、ワルスの素速く重い攻撃に俺は空振りしながらも反撃を繰り返した。
※※※
「オイオイ、いつになったらオレ様に攻撃を当てられるんだ?」
「(ペッ!)ハァ…………ハァ…………ハァ…………ハァ…………」
クソッ!口の中が切れて血が出てしまった。何度も何度もワルスの攻撃を喰らってしまっていたから。
それに段々と奴の動きがほんの少し見え始まったが、このままアイツの攻撃を食らい続けていたら、今のままじゃ本当に勝ち目が無いな。
その前に俺が倒されてしまう。
ヤツの素速い動きに付いていくには、カイトとの約束を破ってしまう事になるな。
「オッ!」
ワルスは少し嬉しそうな声を上げていた。
俺は身構えて深呼吸を仕始めた。
カイトが教えてくれた【雷装】は出来ないから、魔力のみの身体強化に頼るしか無い。
ひとまず筋力の強化を辞めて、脚と目の強化を上げた。
「準備は出来たかい小僧?」
「あぁ」
「いくぜ!」
言葉と共にワルスはまた消えた。
「(クッ!まだ完全には見えないか!)」
そしてワルスの重たい攻撃を身体に数発受けてしまった。
「グッ!(もっと、魔力を上げないと!)」
素速く動くワルスの姿を微かに捉えた。
だが、ワルスはこっちに関係なく攻撃を繰り出してきた。
俺は致命傷にならないように防御に専念した。奴の姿を捉えきるまで。
「(もっと、もっとだ!)」
──ブシュ!──
「(グッ! 目が痛ぇ!)」
あと少しで奴の動きが見える!
だが、視界が赤く染まってきた。
ギリギリで奴の攻撃を躱し、
「オッ!」
奴は喜びの笑みをこぼしていた。
「(グッ!あと少し!)」
──ブシュ!ブシュ!──
そして次の瞬間、ワルスの動きがゆっくりと見えた!
「終わり、だぁー!」
パンチを撃ってきたタイミングを見計らい、瞬時にワルスの傍に移動し、脚と目に集めていた魔力と、残りの魔力全部を右腕に集めて右腕の筋力を格段に上げて、ワルスに剣を振り下ろした。
「ぐはぁっ!」
ワルスは俺の地面もめり込む程の渾身の一撃をモロに喰らい動かなくなった。
そして、ミスリル剣も折れてしまった。
俺は横たわったワルスの傍らで立ってられなくなり、跪ついていた。
腕からも血が流れ出してしまい、左手で右腕を抑えた。
「ハア………ハア………ハア………グッ!(目と腕が痛ぇ!)」
「──小僧………………最後に………………名前を……………教えてくれよ…………」
「ハア………ハア………ジアン(うぅっ! 痛ぇ!)」
「ジアン…………見事だったぜ………………………」
赤く染まってしまった視界で最後に見た景色は、ワルスが笑みを浮かべて完全に動かなくなっている場面だった。
その後の俺は、辺りの声だけしか分からなかった。
そして、段々と意識も保て無くなり薄れてきた。
※ジアンがワルスと対峙する一方──
【ルセ&ナリア先生】
「私の相手はアンタ達かい」
「そうだ」
「それじゃあ私達も初めようか!」
「あぁ。だけどその前に、獣人族である貴方達は一体なにが目的でこんな所にいる?」
「おやおや? 名前も教えてくれ無いのに、こちらの情報は教えろってか?」
先生の質問に、虎人族のビーナが殺気を二人に向けていた。
「まぁ、教えてやっても良いけど…………………私を楽しませてくれたらな!」
ビーナは猛烈な勢いで先生に向かい、右腕の筋肉がモリッと膨れる程の力を込めてパンチを撃っていた。
それを先生は、素手の状態の両腕をクロスにし、防御して受けたが、衝撃で吹き飛んでしまった。
「ぐぅっ!」
「まだまだいくよっ!」
ビーナは吹き飛んだ先生の後を追いかけて、攻撃を繰り出していた。
先生は吹き飛んだのに体勢を崩す事無く、ビーナの攻撃を防いだり、躱したりして対処していた。
「(このままじゃあ、先生が危ない! 精霊さん力を貸して!) 【水矢】」
先生に攻撃をしていたビーナに、ルセは精霊の力で威力が上がった、30cm程の長さの10本の矢の形をした水を放った。
「ハハッ! そんなの当たるか!」
ビーナはナリア先生の相手をしながらも、ルセの事もしっかりと見ていたから、ルセの放った魔法も通常の魔法と思っていた。
獣人族のビーナにとっては、止まって見える速さであった。
「っ!? なんだこの魔法は!?」
ビーナはいつも通り避けたのだが、ルセの放った魔法は精霊の力で威力上昇と追尾の特性が付いていた。
そしてビーナはその身に受けてしまった。
「やれやれ、参ったね。 こちらの姉ちゃんが要注意と思っていたのに、お嬢ちゃんの方が要注意だったとはね」
ルセの魔法をその身に受けたビーナは、無傷であった。そして手で汚れを払うかのように払っていた。
「良いねぇ! これは楽しめそうだよ!」
「そう。 楽しめそうなら、貴方達の目的を教えてもらえないかしら?」
「…………………まぁいいか。 私達の目的はこの都市で生贄を捧げる事だよ」
「生贄だと!?」
「そうさ。 私達の目的は魔神様の完全復活を成し、この世界に同じ痛みを与えることさ!」
ルセと先生は驚愕の表情を浮かべていた。
「同じ痛みとはどう言う事! そんな事をするお前達は一体何なの!」
「私達は魔神信仰教団。魔神様に素晴らしい力を授けてもらった集団さ。 痛みは生きている者全てに存在するある感情の事だよ」
「ある感情?」
「いずれ分かるさ。 それより続きを初めようかい! 今度は殺す順番を間違えないからさ!」
ビーナは素速い動きでルセに向かって、攻撃を繰り出していた。
ルセはビーナの動きに反応出来ずに、直撃を受けるかに思われたが、ビーナの鋭く、切り裂くような爪とルセの間に、風が渦巻いてビーナの攻撃を防いだ。
「くっ!? もしかしてと思っていたけどお嬢ちゃん、アンタ精霊魔法を使っていたとはね!」
ビーナはそう言いながら後退していった。
「アナタがどうしてその事を知っているのです!?」
「なぁに、仲間にそれに詳しく聞いたのさ。まさか人族で精霊の力を使えるとは知らなかったけどね」
「なら、どうするのです?」
「どうもしないさ。 ますます楽しみが増え食い応えが出来ただけだろ!」
ビーナはまた、ルセに狙いを定めて攻撃を繰り出そうとしたが、その間に先生が入り、ミスリル剣でビーナの鋭い爪を防いだ。
ルセは先生が助けてくれ安堵していた。
ルセの持つ精霊の力は限度があるから。今は。
カイトがセリカからアイテム創作の話を聞いてから、ギルドに向かった日に、ルセはセリカから精霊の加護の話を聞かされた。
セリカ曰く、自然と共に暮らすエルフで無い他の種族では、精霊にはその時に感じた感情を気に入り、その感情を糧に力を貸すのだと言う。また、精霊はその者が危険に陥る時に、自動で最善の魔法を使うとのこと。
ルセの場合はまだその力に目覚めたばかりだから、一定時間の間しか使えず、使うたんびに使用可能時間が無くなる制限が付いていた。
ルセは予め、先生も含めたカイト達に説明していた。
「くぅっ!」
「どうした! ほらほらほら!」
身体強化をしているとは言え、先生はビーナの鋭く重い攻撃に防御に徹して居なければいけなかった。
「(【大地の鉄槌】)」
ルセは丸太の形をした、1m程の細長い円形状の岩の塊をビーナに向けて放った。もちろん精霊の力による威力上昇と追尾型。
「っぐぅ!?」
ビーナは避けても追尾されると悟り両腕をクロスして防御に徹っしたが、【大地の鉄槌】が自身が思っていた以上に強く吹き飛んでいた。
ビーナが吹き飛んで離れていった所に、防戦一方であった先生が空かさずに、魔力を圧縮した【炎槍】を10本作り、放った。
ビーナは続け様に攻撃を受けてしまい戦塵が舞い、姿がみえなくなっていた。
二人はそれでも魔法攻撃を繰り返していた。
※※※
ビーナに魔法攻撃を繰り返していた二人はしばし攻撃の手を休めて様子を見ていた。
「良いねぇ良いねぇ! やはりこう出なくてはな、命のやり取りは!」
再び姿を見せたビーナは、視認出来るほどのドス黒く禍々しい魔力を纏っていた。
そして、腕に多少の傷があるだけで他は無傷であった。
「それは一体!?」
「あぁん?」
ビーナは先生がどうして驚いて聞いてきたのかと疑問に思っていた。
そして、自身の身体から噴きだしているモノを確認した。
「あぁ。 コレこそ魔神様の力だよ。 まぁ、一部だけどね」
ビーナは纏っていたドス黒い魔力を手脚の如く動かして見せた。
「私位の熟練者だと、この程度造作も無いけどね。 因みに、アッチに居るワルスは最近入ってきたから扱いに慣れていないから、使わずに追い詰められてしまっているみたいだけど」
そう言ったビーナは、離れて戦っているジアンとワルスの方角を指差していた。
そこには、ワルスの攻撃で傷だらけの姿のジアンが居た。しかも、目から血を流していた。
「あ~あ。 あの小僧、ワルスの速さに食らい付こうと目を強化したようだねぇ。 このままいくと代償を払うというのに」
「代償?」
ルセはビーナの言っていた意味が分からずに、先生に尋ねるように向いていた。
「…………………目の魔力強化の過剰負荷の代償は、回復魔法でも治らない完全な失明だ……………」
「えっ!?」
そして次の瞬間、ジアンが素速いワルス動きを捉えて渾身の一撃を叩き込んでいた。
終いには右腕からも血が出ていた。
ジアンもその場に横たわった。
「やるねぇ! あの小僧! 代償はデカいが賞賛に値するよ!」
「ジアン…………」
「さぁて──」
「クッ!」
ジアンの姿を見て戦意喪失したルセ、そんな姿を見て一人で対応し無ければイケナイと身構える先生。
「と。 あの小僧の勇姿を称えて一つ、提案があるんだが」
「なんだ!」
「アンタ達の名前でも教えてくれたら手を引こうと思うんだけどね」
「なにをバカな事を!」
「いいのか? このまま続けてもお前達に勝ち目は無いぞ? 私はそれでも構わないけどな」
ビーナの視線はルセに向けられていて、先生はそれを悟った。
「で、どうする?」
「分かった。 私はナリア。コッチの子はルセだ」
「ナリアにルセか。 因みに、アッチの子は何て言うんだい?」
「ジアン」
「そうかい、そうかい。 それじゃあ、私はこれでお暇させてもらうかね。またいずれ、相対するまで更に力を付けておいてくれよ」
そしてビーナは、ジアンの方に向かい、動かなくなったワルスを回収してその場で闇を作り出して姿を隠し、そして居なくなった。
「ジアン!!」
ルセはジアンの下に寄っていった。ルセの後を先生が付いていった。
「先生、ジアンに回復魔法を!」
現在のルセでは、精霊の力を借りて魔法を使った反動で、魔力をかなり消費しておりジアンの傷を治せる程の魔力が残っていなかった。
「あぁ。 だけど私でもジアンの傷は塞ぐことは出来ても…………」
先生はそう言って回復魔法【リカバリーヒール】をかけた。
ほぼ全ての状態異常を治せる回復魔法【キュア】を使えるのは創作者のアイリーンであり、他に使えるのはセリカとカイトとノエル、リーナにエルスしか現在は使い手がおらず、身体疲労や精神疲労などの目に見えにくい内部以外の一般的な毒や火傷、麻痺や出血の外傷を治す【リカバリー】しか使えない。
だから、ギルドマスターであるカサドラも【キュア】の事は知らなかった。
そして、ジアンの傷を塞いだ二人は、気を失っているジアンを運ぶ為に避難場所になっている武闘場まで退避した。
お読みいただきありがとう御座います。