2ー31話
※ノエル達と別れ住民の避難を呼びかけ、カイトがアグル・ニグルニスとドラゴンの相手を仕始まる頃──
【リーナ&エルス】
「ここ一帯の住民は避難を終えたようね」
「そうね。魔物の数も少なくなったし、皆と合流しましょうかリーナ?」
「えぇそうね。………………だけど、まだ相手が居たみたいよエルス」
リーナの視線の先には、黒のフードを目深に被ぶりローブを着ていた者が居た。
しかも、禍々しい魔力まで感じていた。
リーナとエルスは警戒を最大限まで高めて身構えた。
「おやおや? 大量に居た魔物は貴方達が始末したのですかな、小さなレディ達」
陽気な声のその者はフードを取り去った。
オールバックにした赤髪、細い目元と口元が笑みを絶やさない胡散臭い顔立ち、長身体躯の男性であった。
「……………………貴方が今回の首謀者ですか?」
「いえいえ、首謀者ではありませんよ?」
リーナの問いに男は飄々と躱すように応えていた。
「僕はただの一員ですのでね」
「…………一員とはどう言う意味です?」
「いえいえ、深い意味はありませんよ。魔神信仰教団の者ってだけですので」
エルスの問いに男は何でも無いとして、飄々と躱すように応えていた。
リーナとエルスは、男が何でも無いように応えた内容に驚きを禁じ得なかった。
「そうですか、貴方は魔神信仰教団の者なのですね。では、貴方を鎮圧、拘束しますね?」
「おやおや、怖いですねぇ金髪のお嬢さん」
「貴方には色々と聞かないといけませんのでね。女神様からの要望ですので」
エルスは好機と思い、男の出方を伺っていた。リーナも同様に。
「怖い、怖いですねぇ。どうやら貴方達は僕達の事を知っているようですねぇ?」
胡散臭い笑みを絶やさない男は、身振り手振りを交えて飄々と躱すが、最後の言葉には少し殺気を交えていた。
「あら、怖いと言いながらもそのような殺気を放てている方が、何を怖がるんです?」
「紫髪のお嬢さん、それはですねぇ………………………加減を間違えて貴方達の肉体がなくなる程に愛でてしまう恐れがあるからですからですよぉ! 小さく素晴らしい身体付きのお嬢さん方!」
その最後の言葉には、先程よりとんでもない殺気を交えていて、笑みを浮かべていた目元は細く開かれ、舌舐めずりをしていた。
リーナとエルスは悟った。
死の危険では無く、身の危険を感じてしまった事に。
「「(………絶対ロリコンだわ!………)」」
「おっと、いけませんねぇ僕と為たことが」
男は殺気を鎮めた。
「僕は、ジクールと言います。出来ればお名前を教えてくれませんかねぇ、お嬢さん方」
ジクールは最初に現れた時と同じ胡散臭い笑みをし、舌舐めずりをしていた。
リーナとエルスはその行為を見て、背筋に悪寒が走った。
「………………ちょっと聞きたいことが出来てしまったのだけど良いかしら。魔神信仰教団の事では無く、貴方自身の事で」
「おや? お嬢さん方の名前を教えてくれませんか、残念ですねぇ。まぁ、いいでしょう。それで何を聞きたいのです。金髪のお嬢さん?」
「貴方ってもしかして、大人の女性に興味は無い人かしら?」
「そんな事ですか。 えぇ、僕は大人の女性に興味はありませんねぇ。12を越えたのは僕の範囲外ですのでねぇ。 まさか、その容姿で12を超えているとは言わないですよねぇ!?」
「失礼ですわ! まだ10歳です!」
「落ち着いてエルス。 でも、これで決まったわね?」
「えぇ、そうね」
「おや? 何が決まったのですかねぇ?」
「「貴方を完全駆逐する事よ!」」
エルスが手をかざし、数本の光の鎖が地面から出て対象者に絡み付き拘束する【光の拘束】を放った。
「おや?」
詠唱も無しにいきなり魔法を使われ、動きを封じられた事にジクールは胡散臭い笑みを絶やさずに驚いていた。
リーナはエルスが魔法を放つ前から、魔力を圧縮した【氷の檻】を放てるように準備をしていた。
そして、リーナはジクールが動けなくなったのを確認して、氷山の様に分厚い氷の塊【氷の檻】を、ジクールを悠々と閉じ込められる、二廻り大きく作り閉じ込めた。
だが、二人は警戒を少しも緩める事はしなかった。
そしてそれは的中した。
ジクールを閉じ込めた氷にヒビが入り、次の瞬間、氷が粉々に砕け散った。
氷を粉々に砕き再度現れたジクールは、禍々しくドス黒い魔力を身体の外側に漂わせていた。
「ビックリしましたよ、お嬢さん方。 まさか、サヴァン君が言っていた詠唱も無しに魔法を放てる子供が、サヴァン君が言っていたカイトとノエルの他にも居るとは。しかも僕も知らない魔法を使うとは」
「私も驚きですけどね。 結構強力に魔力を込めて閉じ込めたと思ったのですけど、あっさり砕かれるなんて」
「この力が無ければ危なかったですけどねぇ!」
リーナの問いにジクールは、自身に漂わせていたドス黒い魔力を、自分の手脚の如く動かして見せていた。
「出来ればその禍々しい魔力の正体を教えて欲しいのですけれどね?」
「おやおや? 僕にはお嬢さん方の名前を教えてくれませんのに結構グイグイと質問してきますねぇ」
「それはそれ、これはこれよ」
「まぁいいでしょう。お嬢さん方が僕の範囲内に免じて教えて差し上げましょう」
ジクールは舌舐めずりしながら、エルスの問いに応えようとしていた。
のだが、リーナとエルスはジクールの舌舐めずりの行為を見るたんびに、背筋に悪寒を感じていた。
「「(早く、この男から離れたい!!)」」
二人が身の危険を感じてしまう程、二人にとって気持ち悪いと思う人物であった。
「この素晴らしい力は、魔神様の力なんですよぉ!」
「魔神様の力?」
「まぁ魔神様の力と言っても一部なんですけどねぇ。この力はある条件を満たすと急に授かるみたいなんですよねぇ」
「ある条件とは何ですの?」
「知りたいです? でもきっとお嬢さん方には無理ですねぇ。希望に満ちたその眼をしている限りでは」
ジクールはリーナの問いに飄々と躱すように応えていたのだが、二人はジクールが最後に言った言葉に気付いていた。
『希望に満ちたその眼』と言った言葉の中の“希望”。
つまり“希望”のその対極は“絶望”。
「つまり貴方達、魔神信仰教団は、何かしらに絶望を感じて、そのおかげでその力を授かったのですね?」
「っ!?」
「あら? 図星のようですわね」
エルスの核心を突いた言葉に、ジクールは驚き眼を見開いていた。
だが、ジクールは再び胡散臭い笑みを浮かべていた。
「やれやれ、末恐ろしいお嬢さん方だ。これ以上喋っていると危険ですねぇ!」
そしてジクールは胡散臭い笑みを浮かべたまま、殺気を放っていた。
「名残惜しいけれど、お別れですねぇ! 小さなレディ達!───闇よ、かの者達を貫け、【闇影の槍】」
ジクールは両手かざしリーナとエルス、両方目掛けて【闇影の槍】をそれぞれ5本、計10本を放った。
ジクールの放った【闇影の槍】は40cm程の鋭く尖った槍の形状にドス黒い禍々しさをしていた。
リーナは魔力を圧縮して強度を高めた【光の防護壁】を、隣に居るエルスに更に近寄り、二人がすっぽり入る程の大きさのドーム型の光の壁を展開した。
ジクールの放った【闇影の槍】は、リーナが展開した【光の防護壁】に当たった。
だがジクールは、リーナの展開した【光の防護壁】が易々と壊れないと悟り、バラバラに放った【闇影の槍】を一点突破をして壊すべく、同じ箇所に攻撃を当てた。
そして、勝ったのはジクールの放った魔法であった。
リーナの展開した【光の防護壁】にヒビが入った瞬間に破られる、と悟り、リーナとエルスは自身の身を守る為に、身体強化を瞬間的に最大まで高めて防御に徹した。
リーナの魔法を破り、威力が低下した【闇影の槍】2本、手をクロスして身構えて居た二人に当たり、二人は少しでもダメージを軽減しようと咄嗟に後ろに飛び軽減を図った。
ジクールは続けざまに、【炎槍】を4本を放った。
リーナとエルスはそれぞれ吹き飛びながらも、ジクールの攻撃を注視していた。
そんな二人は足下だけ【雷装】状態になり、地に着いた瞬間に、二手に別れ左右からジクールを挟むようにした。
ジクールの【炎槍】は、二人が吹き飛んでいた方向に向かって虚しく消えた。
感覚共有を持つ二人は同時に手をかざし、リーナが展開した【光の防護壁】より更に魔力を圧縮して【水牢】を発動して、人が溺れる水球を作りジクールをその中に閉じ込めた。
ジクールは水の中に閉じ込められた為に、呼吸が出来ずにジタバタしていた。
外側に出していたドス黒い魔力も動かして、二人が作った【水牢】を破壊しようともがいていたが、中々破壊出来ずにいた。
そしてジクールは動かなくってしまった。ドス黒い魔力も大人しくなっていた。
動かなくなったジクールを見ていた二人はそれでも、【水牢】を解くことはなかった。
※※※
それから10分程経ってから二人は【水牢】を解いて、合流した。
エルスは特に魔力が無い状態になってしまった。
そしてジクールはその場に横たわっていた。
「流石に息絶えたわよね?」
「そうで無いと困るけどね。リーナと違って私はスッカラカンなのだから」
エルスはヤレヤレと肩透かしをして見せていた。
「それでどうする、エルス。この死体」
「どうするも何も、詳しい話が聞けないのだから焼失しないと」
「それはあんまりにも酷いじゃ無いですかねぇ、お嬢さん方」
リーナとエルスは有り得ない者の言葉に戦慄が走ってしまった。
二人が見ていた先にはジクールの死体しかなかったのだが、それが動いて服の汚れを落とし初めていた。
「やれやれ、本当に容赦のないお嬢さん方ですねぇ。魔神様の力が無ければ死んでいた所でしたよ」
「出来ればそのまま永眠して良かったのですけどね」
「またまたご冗談を」
エルスが本当に嫌な顔で皮肉を言ったのを、ジクールは舌舐めずりしながら応えていた。
「ですが、流石の僕でもここまで追い詰められたのは、初めてですねぇ。さぁ、続きをしましょうか!」
ジクールの言葉に二人は、満身創痍ながらも身構えた。
リーナはまだ魔力があるが、エルスは無いに等しいから。
「と、思いましたけど、都市での成果は残念ながら果たせそうにありませんからね、ここで引こうと思うのですが、一つ条件があるのですけどいいです?」
「何ですの?」
「貴方達の名前を教えてくれませんかねぇ? それだけで僕は手を引くと約束しますよぉ?」
エルスとリーナは互いに頷き合った。
「私はエルス」
「私はリーナ」
「エルス嬢にリーナ嬢ですか。ありがとう御座います。そして僕は決めました」
「それは一体何ですの?」
「貴方達二人は、僕を初めて死に際まで至らしめた方達だ。貴方達はこの先、12歳を越えようとも僕の範囲内としますよぉ!エルス嬢、リーナ嬢!」
ジクールは細い眼を見開き、舌舐めずりをした。
そう言ってジクールは自身の姿が見えない程の闇を纏わせて消えていった。
「かなりヤバイ奴に遭遇してしまったわね、エルス?」
「そうね。出来れば二度と会いたくは無いのだけど、そうはいかないでしょうね」
二人はしばし、ジクールが居た場所を見つめてから、カイトが居る平原に向かった。
途中、衛兵が対応していた魔物退治と住民の避難を手伝いながら。
お読みいただきありがとう御座います。