エルスの心情 中編
それからカイトが目覚めない数日間、私はリーナと共に今までの情報の整理を兼ねてやれる限りのことをしていったわ。
まず手始めに、リーナが捕獲することが出来た教団の二人──虎人族の女性で名前はドニ。もう一人は人族の男性で名前はバートン。リーナ達が対峙する事になったこの二人からそれぞれ異空間内の部屋で話を聞く事にしたわ。
獣人族は実力主義国家と王城の書物で読んだことがあり、実力差を見せ付けたリーナになら素直に話してくれると思ったら案の定、彼女はリーナに話してくれたわ。
リーナから聞いた彼女の身の上話は、彼女の純真な性格を利用していると思ったわ。彼女は元々獣人国で拳闘士をしていたらしいの。
獣人国は実力主義国家であることから、獣人それぞれが力を誇示する場面の必要があった方が良いと言うことで、闘技場が設けられていて、そこで彼女は拳闘士として過ごしていたの。
そしてそこの闘技場には、並み居る強豪達相手に連戦連勝を保持していた強者が居て、その人物が彼女が尊敬する人で虎人族のビーナ。更なる高みを目指す為にそんな記録を保つ彼女を探し、そして探し当て師事を願った。ビーナが既に教団の幹部となっているとは知らずに………。
それでドニは、ビーナの指示で既に教団に居た男性バートンとパートナーを組まされた。
そのままドニからバートンの事を聞いたのだけれども、どうやら彼は身の上話は話さず、曖昧な返事をして話を逸らすらしいの。今回の戦闘でも彼が魔法を、こちらの世界の人にとっては異質な攻撃手段を取った事も初めて知ったそうなの。
後は、ドニからそれらしい収穫は得られなかったわ。
となれば、もう一人の方から話を聞く事にしたの。
だけど、バートンはこちらの質問を飄々とした態度でのらりくらりと躱すばかり。話の志向を代えても真面に返ってはこなかったわ。このままではらちが空かないと判断した私は、リーナと協力して彼の記憶を覗き見たわ。
――――――彼の記憶を覗き見た私は、国を統治する王族として彼に深く謝罪したわ。
私の突然の謝罪に疑問を感じた彼に、記憶を覗き見た事の説明をしたの。そしたら彼は驚愕の表情を一瞬だけ浮かべ、直ぐに無表情になってしまったの。
そして彼は記憶を覗き見る前の事が嘘のように、ぽつりぽつりと話し出してくれたわ。
彼は元々冒険者だったらしいの。帝国と聖王国の国境付近にある帝国側の村に依頼を請けた彼は不注意で怪我をしてしまい、回復魔法が苦手な事もあり、直ぐには治す事が出来なかったらしいの。
元々ソロで活動していた彼は、静かで穏やかな村の雰囲気だった事も含めてその村を気に入り、怪我の回復と偶にはこういった場所での休養もいいと思い、その村で怪我が治る数日間、お世話になることを決めた。
だけど、ただのんびりするだけよりは何か出来る事はないかな、と思った彼は、村の子供数人に自身が体験した冒険譚や文字の読み書き、魔法の行使を教えていったの。
村の人達は良い人達だった事もあり、彼は怪我が治ってもその村に滞在し続けたの。
彼がその村で暮らしていくにはそう時間は掛からなかったらしいの。彼は本格的にその村で生活をする事をして、村の人達も喜んで彼を迎え入れたの。彼は冒険者だった時の知識と経験を活かしていった事もあり、村の人達から頼りにされていたの。
だけど彼が楽しい日々を送る生活に終止符を打つ悲劇が起こってしまったの。
それは村の壊滅。―――――彼だけを残して。
その悲劇が起こった日の当日の朝。
完全に自給自足をしている訳では無い為、生活していく上で必要な物資の購入を、村から一番近くて馬を走らせて半日は掛かる街に彼が買いに出掛けてくれていた。
ましてや帰り道は荷物が出来、馬車での移動に代わり、村に戻るには丸一日は掛かってしまう。彼が村に居ない空白の出来事だったらしいの。
彼が村に戻る途中、村の方角から黒煙が無数に上がっているのが見え、終いには風に乗ってか、家屋や人が焼け焦げる臭いも微かに漂っていた。
彼はイヤな予感が走り、馬車の速度をあげた。
だけど彼のイヤな予感は見事に的中してしまったわ。
彼が村に辿り着き、目にした光景は家屋が壊され焼かれたり、村人達が地面に血を流して伏していたわ。
そしてその村人達の死体の傍には、村人達を斬り裂き血の付いた長剣を持った鎧姿の者達。
帝国兵の姿がそこに居たの。
恐らくだけど、帝国兵がこの辺鄙な場所に居るのは遠征でもしていたと思われるわ。
彼はその村人達の光景にしばし茫然としていたの。だけどそんな状態の彼に、帝国兵が彼の姿を発見して襲い掛かって行ったの。
だけど彼は魔法を使う才が飛び抜けていた為、自身が危機的状況になった場合、防衛本能で魔力が一定以下になるまで自動で魔法を放つ手段を構築していたの。この世界の人でその手段を独自で思い付く限り、彼は所違えば最高峰の魔法使いとして名を挙げれてたでしょうね。
そうした手段があり、現実を早々に受け入れられない彼はただ茫然とするばかりなのだけど、次々襲いかかる帝国兵を防衛魔法で殺して行ったの。
そして次々に死んでいく帝国兵の中に、他の兵とは鎧の装飾が異なった少し身なりの良い帝国兵が現れたの。その人物がその帝国兵を束ねていた隊長だったのでしょうね。
その隊長らしき人物は彼に色々な事を言っていたらしいのだけど、まだ茫然としている彼にはどんな言葉も聞こえなかったの。
そして彼がその場から動かないまま、村を壊滅させた帝国兵は全滅して、彼がその場から動き出したのは三日後だったの。
その後、彼は簡易的なモノではあったらしいけど、村人達全員の墓を建てていったの。
丁度最後の墓を建て終えたときに彼に接触してきた者達が現れたの。そう、魔神信仰教団。来たのは、カイトと父さんの記憶を覗き見たまんまの、隻腕になる前のアグルと幼子に苦痛を与えて自身の快楽を満たす事が生き甲斐とするジクールの二人が彼に接触して来たの。
彼はその二人に泣き腫らした虚ろな瞳を向け、アグルは村の様子を見渡して無言を貫いており、ジクールが彼に話し掛けてきたらしいの。
ジクールはわざとらしく村の惨状を聞いてきたらしいのだけど、彼は村の人の墓を建て終えたら、自身も後を追うように死のうとしてたらしいの。
だけどそんな彼にジクールは『この惨状を引き起こした帝国に、この世界に、復讐はしたくないか?』と言ってきたらしいの。
その後もジクールが一方的に話し掛けてきて、彼は段々とジクールの話に共感を覚え初めてきたらしいの。
死を覚悟した彼の意識は復讐心に満ちてきていた。そこで私は一つの可能性に気付いたわ。恐らくだけど、ジクールは【言霊】を用いて彼の意識を変えたと言うこと。
私もこの世界に転生して十五年。様々な事を試していったわ。転生前の世界で眉唾物の噂話もこの世界では魔力を用いれば、実現する事が可能と言うこと。勿論、物作りに関しては例外ね。私達が保つ神の力という例外の力を用いての反則行為だから。
だからこそ、相手の意識の改変は容易に変える事が出来るわ。ただ彼は死を覚悟をしていたと同時に復讐心もあったと言う訳だったけども。
そして彼はジクールの手を取り、この世界に絶望した心を隠すように明るく陽気な仮面をかぶり始めた訳。
そこまで話した彼は、一筋の涙を流して沈黙してしまったわ。死ぬ事も生きる事もどうでもいい状態になってしまったの。
そんな彼を異空間の部屋にそっと居座らせるしか、今はしてあげられなかったわ。