エルスの心情 前編
父さんが母さん経由で精霊に救援を出して、リーナがカイトと父さんの下に行き、だけど既に事態は解決しており、リーナが連れ帰ってきた二人はヒドい状態だったわ。
父さんはスッゴく可愛い赤ん坊の姿。カイトは左腕が酷く焼けただれており、見ただけでも腕は機能はしないであろうと分かる状態。
どうして二人がこんな状態だったのかを知る術はカイトと父さんしか知らない。
でも父さんが何故赤ん坊になってしまったのかは、母さんが教えてくれたわ。
母さんの話をまとめると、強大過ぎる神の力が、肉体の成長が遅いエルフの体質に合わない時に使ってしまったのが原因だったそうなの。
なので神の力の代償とも言えるのが肉体の退化。それがエルフである父さん、母さんの躰に起きた現象。先の戦闘で母さんも少なからず神の力を使って、肉体が更に小さくなってしまった事。
でもやっぱりエルフは幼少時から可愛いと言うより、綺麗と言うのが当てはまるほどの容姿をしているのね。
と、少し脱線してしまったけれど、問題はカイトの方ね。
どうしてカイトがこれ程のダメージを負ってしまったのか。それを知るには直接体験した本人と、観ていた人の話を聞かないとどうしようも無いのだけれども、それは本人達の口から聞けそうに無いから、視るしかないわね。
私とリーナがそれぞれ持っている感覚共有のスキルは、お互いの精神状態を感じる事が出来る代物。だけど長年使っていれば派生的なモノも出来てしまうのがこの世界の理。
私とリーナは他人が見た記憶を視る事が出来る様になったの。私達が別々で視る事が出来るのは、相手にその時の出来事を想像してもらう必要があるのだけれど、リーナと一緒に使えば、相手にその出来事を想像してもらう必要がなく、一通りの出来事を覗き見る事が可能になるの。
この二人で行う行為は試行錯誤の時だけしか使った事はないわ。その試行錯誤の最中で色んな人達の秘密の内情を視たから面白かったけれどね。
で、リーナと協力して、未だ寝ているカイトと赤ん坊の父さんそれぞれの記憶を覗き見たのだけれども、それはあまりにも奇跡としか言えない内容だったわ。よく命を落とさなかったと言うしかなかったわね。
それにしてもアグル・ニグルニス。そしてミリテリア。厄介な存在ね。
まずアグル・ニグルニス。彼はガリアーノ様の弟で、魔神信仰教団に属している。まだ教団の情報が少ない為、推測になるけど間違いなく、幹部に位置する存在でしょうね。大抵の組織にはそれなりの役職に振り分けられるはずだから。
その彼が、魔神の力と言える漆黒の闇の魔力を自在に扱えているのは厄介ね。カイトも十全に対応していたけれど、それでも相手がまだ上手だったわね。
その後、父さんが負傷したカイトの代わりに戦っていたけれど、時間制限が掛かっている父さんではキツいわね。剣術を修めていた転生前の父さんは、じっくりいくスタイルであったから、コッチでもそうであったに違いないでしょうし。
更にその後、出て来たのがもっとも厄介な相手と言わざる負えないわね。
この世界と同じ名を持つ漆黒の女性。それらしい事に詳しい転生前の友人の話によると、大抵の場合はその世界の創造主の名前が起因とされているらしいから、その漆黒の女性はほぼ私達をこの世界に送り込んだ女神様と言うことになるのだけど、だいぶ体型が違くなってたわね。
体型もそうだけど、帝国でカイトとサタンの戦闘に介入してきた時よりも、濃い闇の魔力を帯びていたわ。その為か身体能力がかなり向上してカイトを圧倒していたわね。
それからカイトは無理をして神格化に成り、父さんに神の力の一部を分け与えて、カイトはあまりの苦痛で意識を手放してしまった。
その後、少しだけだったらしい神の力を十分に使いきれている父さんがミリテリアを圧倒していたけれども、強制的に成長した躰が神の力に耐えられなくて父さんが危機に陥ってしまった。
その直後、かなりマズイ事が起きてしまったわ。
カイトが暴走してしまった事。それは約2年前にも起きたわ。
友好都市グラティウルから歩いて、1時間程かかる場所にある、入った者の強さによって、出現する魔物の強さが変わる変異型の洞窟ダンジョンでジアン君達の修業場にしていた所。
そこでジアン君が瀕死の重体に有ったこともあり、早々にダンジョンを脱出して、後程私達もその場所に赴いたわ。流石にダンジョン内の魔物の強さにも上限が有り、そこの最下層のボス部屋まで楽々と辿り着き、ジアン君達が対峙した巨人兵二体が再度復活しており、その巨人兵を私達のサポートを受けたジアン君達が再び討伐したわ。
そのあと最奥に進むと玉座の間と呼ぶのが相応しい場所があり、周囲を散策すると台座があり、黒く禍々しい球体が浮かんでいたわ。
―――――だけどそれがマズかったわね。
何か起こるか分からないから不用意に近づかず警戒していたのだけれど、カイトが十分な距離を空けていたにも関わらず、突然黒の球体が禍々しい魔力を吹き出しながらカイトに纏わり付き、直後カイトは苦しみ出したわ。
そして黒の球体ごと禍々しい魔力がカイトに吸収されていくの。
カイトはその後も苦しみ、悲鳴にも似た声にもならない雄叫びを上げたわ。
カイトの雄叫びが終わった瞬間、私は今までに感じた事の無い程の危機感、警告と言う名の悪寒が私の躰を走ったわ。それはリーナも感じたみたいで、私と同時に少し前から神の力を制御出来る様になったから神格化になり、ノエルにも神格化に成るよう早急に促して、3人でカイトに聖浄なる光の結界【セイクリッドフォース】で、カイトが吸収してしまった禍々しい闇の魔力ごと一時的にカイトを閉じ込めたの。
一時的にではあったけど、それでカイトは聖光の球体の中でしばしの眠りに落ち、私達はその後カイトの中に眠る闇の魔力を取り出そうと試行錯誤してみたのだけど、取り出そうとするたびにカイトが悲鳴にも似た雄叫びを上げてしまったわ。
取り出すのが不可能と判断した私達は、私達3人が持てる神の力の全てを使い封印する事しか出来なかったわ。そのおかげでジアン君達の実力をお父様達に見せる半年前まで、神格化に成る程の力は戻らなかったわね。
カイトはカイトで、その間のことは全く覚えていなかったわ。
そして今回、父さんがミリテリアとの死闘で危機に瀕した時に、心身共に疲労が限界に達して動けるはずが無いカイトが立っていた。それは私とリーナが生きてきた中で最も危険と感じて、その先の出来事を阻止した姿の結果が顕現したと言っていいその姿に…………。
カイトの表情は、瞳はドス黒く染まり、目尻は下がり、口元の口角はあり得ないほど吊り上がっていた。明らかに常人がする表情ではない、薄気味の悪い満面の笑みを浮かべていたわ。
その姿を視た私とリーナは、あのダンジョンの時の処置が最善策であると改めて思ったわ。あの時の危険予知と言ってもいい本能に従って良かったと。
ただ私とリーナも父さんと同じで、その姿になったカイトの前ではどうしようも無いと、抗うことはしなかったと思うしかなかったわね。きっと。
そんな父さんが取った次の手は、息子への感謝の言葉。
生憎私は息子から娘へとなってしまったけど、ただ父さんの言葉には私達にも向けてくれている感じがしたわ。この世界では血縁関係は全く無いけど、それでも私達の事を変わらずに父さんの子として受け入れてくれていることに。
それが結果として功を成して、暴走したカイトの動きは止まり、父さんは助かった。
その後リーナが連れ帰ってきた二人は、父さんは私達の都合で、カイトは暴走の影響か昏睡状態で過ごしていたわ。