28話
カイト達が魔神信仰教団と対峙してから十日が過ぎた。その間カイトは眠り続けて、十日目の朝にようやくカイトが目を覚ます。
「…………………」
一体どういう状況何だろうか? 和の雰囲気を醸し出している見慣れない部屋で、ベッドに何故か寝ていた俺。今は上体だけを起こして部屋の状況を観ている。
部屋には元の姿で居る織姫が、愛おしそうな表情を浮かべて謎の赤ん坊を抱っこしている。赤髪で額には小さく出っ張りもある。多分、紅鬼達鬼人族の者だと思うけど、紅鬼と織姫の子供なのか? それならそれでいつ、何処に隠して?ってのも可笑しいが、いつの間に出来たんだ? 今まで一緒に居て初めて観たぞ?
織姫に抱っこされている赤ん坊がノエル、ティア、アンナ、ユノ、ミカと代わる代わる抱っこされていっている。
「……………やっぱり赤ちゃんは可愛い。癒される」
やや感情の乏しいアンナが緩みきった表情を見せてくる。それ程までに赤ん坊は可愛いと言うことだろう。
そしてその赤髪の赤ん坊とは別の、濃い緑髪の赤ん坊がシルフィさんに抱っこされている。そっちにもエルスやリーナ、カルトちゃんとカルトちゃんと同じくらいの背丈の濃い緑髪を三つ編みにしている美少女が、織姫達のグループと同じく赤ん坊を抱っこしていく。
「やっと目を覚ましたのね。おはよう」
そこでエルスが俺に気付いて声をかけてくる。その声で他のみんなも声をかけてくる。
「あ、あぁ。おはよう。それで何だが、どういう状況か教えてくれ」
「えぇ、それは勿論教えるわ。まず確認したいのだけど、カイト。貴方自身の状態から教えて欲しいわね。その左腕、動くのかしら?」
エルスの問いに、俺はまず掛かっている掛け布団を避けて、自分の躰の状態の把握をし始める。
エルスが最初に尋ねてきた事もあり、左腕を確認した。だが感覚は全く無い。痛みも無ければ、動かす事も出来ない。左腕は包帯がしっかりと巻かれていた。その他の右腕と両脚は問題なく動かす事は出来た。
「いや、全く動かないよ。感覚も完全に無い」
「そう…………。それでなのだけど、貴方が覚えている限りで良いのだけど、どこまでの記憶があるかしら?」
「確か………………。アグルと戦っている時、手負いになった俺を何故か大人の姿になった父さんに助けられて、その途中でまた漆黒の女性ミリテリアが現れて、そこでこれと言った決め手が無いから、父さんに神の力の一部を譲渡したんだ。そして手負いの状態で神格化に成った俺は、その力の反動で満足に動けなくなったんだよ」
そう。その後俺は横たわって父さんを見ているしかなかったんだ。
「本当にそれだけ?」
エルスが改めて聞いてきた。
「あぁ。俺が覚えているのはそれだけだよ。そして気付いたらみんなが居る、この訳の分からない状況に陥っているんだけど?」
「そうなのね……………」
エルスはとても複雑な表情を浮かべていた。
「それはそうと、その赤ん坊達は誰の子なんだ? それにその三つ編みの子は誰?」
「あぁ、そうね。まず織姫が抱っこしているのは紅鬼よ」
「……………んん!?」
「カイトが驚くのはいつもの事と思ってスルーするわね。紅鬼は神の力を使った代償に肉体が小さくなってしまったのよ」
何気に辛辣なエルスが話を続ける。
「元々、神の力の源を持つ貴方の力を軸に、私経由で紅鬼に授けていたのよ。紅鬼自身まだ私達に壁を作っていたみたいで、紅鬼の魔力に馴染む事は出来なかった。だけどその壁が無くなり、紅鬼の魔力と神の力が混ざった。いえ、混ざったと言うより、無理矢理に混ぜてしまい、その力を使った代償が肉体の退化に繋がったのね」
エルスが俺の代わりに色々と仕込んでいたみたいだな。それにエルスが言った意味は分かる。紅鬼の強さは限界にきていたのだ。ジアンの使い魔であるバロンが使い魔の中で一番の実力者で、強さを表すとするならSで、紅鬼は二番手でAとなる。それ程までにバロンは実力が高い。それにまだバロンは伸び代があるから尚更だ。
「それじゃあティアや先生みたいに真面に使えないって事か?」
「そうね。現状はそうなるわね」
「現状なら?」
「そう現状なら。私かリーナが師事するけど、紅鬼自身がじっくりと自身の魔力と融合させていけば反動は無くなるわ」
「そうか。でもどうしてそんな事分かるんだ?」
「検証済みだからよ。これに関しては私も盲点だったわ」
エルスが呆れた様子でティアを見据える。
「カイト。貴方、無意識にだけどティアと先生に過剰すぎる程の神の力を分け流していたのよ」
「どういう意味だ?」
「貴方の力を真面に受け取っていたのよ。ティアと先生にまで無闇に干渉しない様にしていた私達も悪いのだけれどね。貴方がティアと先生を護ろうとするあまり、二人の許容量を超えた力を分け流して、それをそのまま二人は素直に受け取って神格化に昇華していたのよ」
「………………それはつまり?」
「妬けるくらい愛し合っていたのよ。純粋な程にね」
ティアは頬を赤くしてしまい、他のみんなは微笑ましい表情を浮かべていた。それはそれでなんだか恥ずかしい。
「でも今は私とリーナがティアと先生にそれぞれ対応策を教えたから、私達と変わらずに反動は無くなったわ」
「そうか。それは良かったよ。ありがとうエルス、リーナ」
いざ使って7日間も眠ってしまっては辛いからな。ティアはもう一人の人格のティナがその代償を受け持っていたが、先生は真面に受けてしまうから使わない事が無い様に思っていたから。
「そしてこっちの赤ちゃんは父さんよ」
またしてもエルスは何でも無いようにシルフィさんに抱っこされている赤ん坊の正体を教えてきた。
「父さんの方は種族による代償ね」
「それは?」
「父さんと母さんも神の力を使えたらしいのよ。だけど強大過ぎる力を使うには心身共に成熟した状態が良いのはカイトも知っているでしょ?」
「ああ、それは勿論」
試行錯誤の末に神の力を何とかモノにしたからな。まだ反動はあるけど。
「カルトちゃんは私とリーナがちゃんと手解きしていたから問題無く使えるけれど、その事を母さん達はまだ知らなくて、初めて力を試した時の反動で躰が縮んでしまったらしいのよ。だからカルトちゃんと同じ背丈で居る彼女が本来の姿らしいのよ」
「えっと、それはつまり……………母さん?」
「えぇ、そうよ。本来ならこの姿が当たり前だったのだけどね」
三つ編みの美少女──もとい母さんが苦笑して答える。
「えー。でもそれが本来の姿って………」
「ええ、そうね。年齢はカイト達と同じだけど、身長や体格は少し遅いわね。エルフは不老長寿の種族だから他の種族に対して身体的な面は遅く成長するの。勿論魔法や魔力は別よ」
「そっか。でもどうしてあんなに小さかった母さんが、その本来の姿に戻れたんだ?」
「それは先も言った事に関係するわ」
エルスが母さんの代わりに説明を引き継ぐ。
「母さんの幼児化の影響は神の力を使ったことに対する代償。これはさっきも説明したわよね?」
「ああ」
「それを解消する術を私達は既に知っているでしょ?」
エルスがイタズラな笑みを浮かべる。
「………………ノエルか」
「そうよ」
確かに。俺が神格化した後は極度の空腹感に見舞われる。だがノエルが作った料理一人前分を食べると解消する事が出来る。
「母さんもノエルの料理を食べて元に戻ったって事か?」
「そうよ。本当に残念だったのだけど、母さんには元に戻ってもらったの。本当の本当に残念だったけど」
「ん? その本当に残念だったってどういう意味だ?」
エルスよ、なぜ二回も言った?
母さんは苦笑しているけど。他のみんなも残念がっている表情を浮かべているし、何があったんだ?
「紅鬼の姿にも繋がるのだけど、やっぱり私達の向かった後に紅鬼達の所やリーナ達の所にも教団の者が現れたのよ。無事撃退したのはいいのだけど、無茶して力を使った反動を受けて紅鬼と父さんは赤ちゃんに。母さんだけは何とか更に幼くなっただけで済んだのだけど、それがもう可愛くて可愛くて!」
エルスは本当に悔しそうにしていた。
「で、それがその時の母さんの姿ね」
エルスは懐から1枚の手帳位の大きさの紙を渡してくる。それを受け取りよく見ると写真だった。
「カメラを早めに作っておいて良かったわ」
その写真に写っているのは園児服を着ている1歳児位の背丈をした三つ編みの美幼女。と言うより、小さいときから可愛くて綺麗なんだなエルフって。
しかもこれが母さんだろ? すっげー満面の笑みなんですけど?
「母さん結構ノリノリだった?」
「そうね。だって自分の子供達にこんな事されるなんて、元の世界だったらないでしょ? 貴重な体験だと思って。楽しめるときは楽しまなきゃ」
母さんって結構ポジティブな性格だよな。プニプニされたり抱っこされたりと結構受け入れていたし。
「因みに他にもあるわよ」
リーナが更に異空間収納から写真を取り出し俺に渡してくる。そこにはナース服だったりサンタの格好(スカート姿)だったりと色々な服装で撮っている母さんの写真だった。しかも全て、楽しいのか満面の笑みだ。それにみんな(元の姿の織姫とシルフィさん、ルティスも含めて)も着替えて一緒に撮っている写真もちらほら。
「おいおい、流石に楽しみ過ぎじゃないか?」
「そう? だって元々母さんとあったら着るために準備していたからね」
「は?」
リーナは何でも無いように言ってくる。
「あっ! カイトは知らなかったわね。母さん、元々こういった衣装を趣味で結構集めていたのよ」
リーナから母さんの衝撃の秘密を聞いてしまった。
「でも流石のエルスもこの衣装の数々、どうしても幼児用のは用意出来てない筈だろ?」
「そんなの簡単よ。ノエルに作って貰ったからね。要望した衣装を一晩で作ってしまうほどノエルもノリノリだったわよね?」
「いや~。滅多にない機会だから張り切っちゃった」
ノエルがとても嬉しそうな笑みをこぼす。
「あっちでもたまにお母さんとコスプレして遊んでいたから、衣装のサイズを直す位だったしね」
ノエルよ、俺の知らない所で母さんとそんな事をしていたのか…………。
「やっぱりノエルちゃんの作る衣装は精度が高いわね。コッチに来てますます腕をあげたんじゃない?」
母さんは母さんでノリノリだった。それから母さん中心の話題で話が盛り上がった。
「それで父さんと紅鬼はどうして今も赤ん坊のままなんだ?」
「そんなの決まっているわ! 私達が愛でたいがためにノエルが作った料理を食べさせてないからに決まっているでしょ!!」
エルスが自信満々に言い切る。他のメンバーも頷いて同意していた。
「………………………分かった。その事に関してはエルスに任せるよ。それでルティスの姿を見ないがどうしたんだ?」
「ああ。あの子なら今、鍛練させているの。もうそろそろ戻ってくる筈よ」
目覚めたときからルティスの姿が見えないのはそう言うことだったのか。
すると勢い良く部屋の扉が開かれる。
「姐御ぉ! 言われた通りの課題、済ませだぞぉ!」
「もう、ダメでしょルティス。静かに開けて入ってこないと」
母さんが静かにルティスに怒っていた。
「すまねぇだ! カイトォが目覚めたってウォルス様が言ってたがらぁ、急いで戻ってきだんだぁ!」
それはそれで嬉しい事だけど、さっきから気になることがある。
「もうウォルス様ダメじゃないですか、教えるなんて」
「すまんすまん。堪忍したってや、御子はん。ついつい子ぉらが教えてくれたもんで、つい口に出てしもうたんや」
エルスが窘めた相手が、ルティスの頭に納まる位の大きさの人型が寝そべりながら話している。しかも、すっごくやる気がないのか、格好といい顔付きといい雰囲気といい全身がぐでーっとしている表現が当て嵌まる。あと、少しばかり発光している気がする。
「ようやっと目覚めよったな、カイトはん」
その人型は俺に挨拶をしてきた。
「……………………エルス、説明ヲ求ム」
とりあえず、また俺の寝ていた間に色々と状況が変わった事だけは分かった。
お読みいただきありがとう御座います。