27話─2
所変わって場所は大広場。そこではリーナ、ティア、ミントが魔神信仰教団の者と戦闘をしていた。
リーナは観察していた。まだリーナは相手である虎の獣人ドニと戦闘をしている。勿論リーナに取って他愛もない相手。リーナ自身、早々にけりを付けるつもりでいた。だが、そうもいかなかった。
己の肉体を駆使してでの接近戦を得意とした戦闘スタイルのドニは、身体強化を施して鋭い爪を用いて、リーナに攻撃していた。
身体強化して身体能力が格段に向上したドニの攻撃を、リーナ自身も身体強化して楽々と避ける。そして、ドニの一瞬の隙をついて蹴りを入れる。だがそこで、【ファイアボール】が2人の間を割って入る様に飛んでくる。それを躱す為にリーナは途中で回避行動に移り、バックステップする。
後腐れないようにと、リーナは素手でドニの相手をしていた。同じ土俵で相手をねじ伏せる。それがリーナが取った戦闘スタイル。そのドニとの戦闘に突然魔法が割り込んでくる。しかもこれで十五回目。
そんな偶然そんな数で起こる訳が無い。リーナがそれに気付いたのは三回目の時。
リーナはその事に気付いてからは、ドニの攻撃を躱しながら、その魔法を放った人物をドニの攻撃を躱す片手間で観察していた。その人物は今まさに接近戦を得意とするティナの攻撃を飄々と躱している男。
風魔剣ウィンディセイバーを順手──ちゃんと持ち攻撃しているティナの双剣を男は騒いで避ける。
「だから危ないですって!? 接近戦はイヤだって言ったのに何で近寄るんですか!?」
「早々に終わりにしたいからよ!」
飄々と躱す男にティナは苛立っていた。
「それ僕が痛い思いをするじゃないですか!? それに貴女、やっぱり先程までと雰囲気が違いますよね!?」
「それが何か! あと、痛い思いは一瞬ですむわよ……………多分」
「何でそこは多分なんですか!?」
「もう、うじうじと煩いわね!」
それでも男はわめき散らしながら避ける。苛立つティナの攻撃は手数は多いが段々と大振りになっていく。
そこでティナと男の間に【ウォーターボール】が飛んできて、ティナはその魔法に気付き攻撃を辞める。男は大きく後退する。その魔法は男を狙ったモノであったが為。
その魔法を放ったのはミントであった。ティナの援護をするために、後方──国の人達を護っている結界を張った近くで行っていた。
「ティアちゃん、攻撃が単調になっているわよ!」
ミントはティアが二重人格者と言うことは聞いていたが、それはティナが神格化の代償で寝ていたときの話。ティナが起きたときにはミントは用事があり傍に居なかった為、その事を知らずに戦闘になると変わる子なのだと認識していた。
「ごめんなさい、ママさん!」
戦闘中で誰も指摘するものが居ないため、ティナはそのまま答えていた。
ティナはミントに指摘されて、苛立ちを抑えるように深呼吸をする。
ティナが落ち着いたタイミングで多属性の百個の球体の魔法が飛んでくる。
ティナはその魔法を風魔剣で斬り裂いてしのぎ、ミントにも迫る魔法は、ミントは魔法で相殺して対応する。その中でも誰にも当たることなくどうしても無意味になる球体が多数存在する。
普通なら地面や障害物に当たって終わりとなるのが当たり前。だが、男が放つ魔法は違った。男の放つ魔法は地面や障害物に当たる前に軌道を変え、再び標的を狙う。リーナはその芸当をして見せた男が、タイミングを狙ってドニとの間に魔法を放ってきたのを確信した。
それまで男は数個の魔法でティナとミントに魔法を放っては、2人の攻撃を躱していたのだ。
「流石に躱し疲れたので、休ませて下さい」
男はそう言い放ち次々に魔法を放つ。ティナとミントは斬り裂いたり、魔法で相殺し続ける。
「余所見とは、流石のアタイも舐められすぎてイヤになるね!」
観察していたリーナが魔法で援護をしようとした時、今までの攻撃の中で最速のパンチをドニが放つ。
それをリーナは両手をクロスさせて受け止め、そのまま後ろに押し込まれる。
「それはごめんなさい」
リーナは平然と答える。骨折や捻挫の類いは全くしていないと言わんばかりに。
「貴女のお連れさんが結構奮戦しているみたいだから、つい興味深くてね」
「そうみたいだな。アタイとの戦闘中殆どがアイツを観ていたみたいだしな。それにアタイもアイツがあんなに出来るなんて知らなかったけどな」
ドニは見構えたまま男達の戦闘を観ていた。
「そうなの? もしかして能ある鷹は爪を隠すタイプなのかしらね」
「それはどう言う意味だい?」
「そうね……………有能な者は自分以外に知られないように、普段は鋭い爪──本当の実力を隠しておくこと。簡単に言うなら、いざという時にだけその真価を発揮するということよ」
「確かにその言葉は今のアイツに当てはまるな」
「それだけに、どうしてあの人や貴女みたいな人が魔神信仰教団の一員になっているのか不思議なのよね? 理由を聞きたいわね」
リーナは男の観察を辞め、真剣な眼差しでドニを見据える。
「はん! そんなことアンタに話しても仕方ないだろ」
「そうかしら? 案外何とかなるかも知れないわよ?」
「無理だね! だからこの世界はマジンサマとやらにジョウカされるべきなんだよ!」
「(…………魔神様に…………浄化…………? この子もしかして……………)」
ドニは話はお終いと言わんばかりに再びリーナに攻撃を行う。リーナは反応が遅れてしまいギリギリでの対応になってしまう。
ドニは好機とばかりに再び最速の攻撃を繰り出す。リーナはギリギリで対応するが、代わりに服が段々に切り裂かれる。
リーナは魔力弾をドニにぶつけて距離を置く。ドニは魔力弾を腹に受けて、後方に吹き飛ぶが四つん這いになりながらも着地する。そのタイミングで再び男の魔法がリーナ目掛けて迫り、リーナはその魔法を手で弾く。
「まったく。こんな格好エルス辺りがするものなのだけど」
リーナは自身の服の惨状を見てため息をついた。
リーナの躰を隠しているのは胸元と腰辺りの一部。その一部も辛うじて下着が見えない程度を残して、その他は張りと艶があり色白で綺麗な肌が出てしまっていた。
「ハハハッ! 余所見をしているからそうなるんだよ!」
今までの鬱憤を晴らすかのようにドニは立ち上がり愉快に笑い出す。
「そうね。それは認めるわ。その代わり次の攻撃では本気を出して挑んできなさい」
リーナの最後の言葉にドニの毛は逆立つ。リーナの表情は笑みを浮かべて優しそうだが、言葉には今までに無かった重みを感じたからだ。
「でないと、貴女を捕らえて話を聞くとき素直に話してくれないだろうから。私の実力はこんなものじゃないって言って、ね? その時は再戦をしてあげてもいいけど、今回以上に悲惨な結果になるわね」
今のリーナが言った意味をドニは理解する。生け捕りにして拷問でもするつもりだと。だが、そんなことを抜きにしても次の攻撃には本当に本気で挑むしかなかった。敵いっこないのは承知。それでも獣人の本能が告げる。全力を出して良い相手であると。
「……………分かった。但し、本気を出すには少し時間がいる」
「構わないわ。貴女が持てる力全てを出しなさい。ねじ伏せてあげるから」
「…………言ってくれる…………」
ドニはやれやれと言わんばかりに言うが、表情は嬉しそうに口元がニヤけてしまう。そしてドニは四つん這いになり、獣人が持つ本来の力を解放する。獣人族は生まれ持っている獣の力を魔力で鎖のように何重にも縛り封印している。その鎖を外すには一定量の魔力をその鎖に与えて縛りを外す。
リーナはその変化を目をそらすことなく見届ける。勿論、男の魔法が来るかも知れないから魔力感知を拡げて警戒も怠らない。
「あぁー! しつこい!」
「僕、接近戦はダメって言ったのに。だから近付けたくないんですよ」
「だからってアンタ、魔力いつ尽きるのよ!」
今も尚、男の魔法に防戦一方になっているティナは再び苛立っていた。ミントは相殺し続け、精霊の力を借りて男に魔法を撃ち込むも、男もミント同様に魔法を操り相殺する。
「そんなの内緒に決まっているでしょ。そこまでバカ正直に答える訳ないじゃ無いですか~」
男はそう言って魔法の発動を辞めない。むしろ、魔法を使っている時が楽と言わんばかりに、欠伸も交えて眠たそうにしていた。
その様子にティナは更に苛立つ。
「アンタねぇ! 真面目に戦う気あるの!」
「ふぁ~。そんなのあるわけ無いですよ~。僕、本当はダラダラと生活していけば良いんですから~。ふぁ~」
「それならどうして魔神を崇める組織なんて所に入っているのよ!」
「それこそ貴女達に言う必要ないですね~。僕にもそれなりの理由があって教団に入ったので~」
男の瞼が段々と閉じていく。終いには、魔法を発動しながら舟を漕ぐ様に、頭や躰が前後に揺れ動く。
終いに男は立ったままスヤスヤと寝始める。それでも魔法の発動は止まらない。むしろ魔法の威力が上がり、ボール系だけでなくなりランス系などの多種多様多属性の魔法が混じり出す。
「なんなのコイツ!? 立ったまま寝ているのも可笑しいけど、魔法の発動も止まらないなんて!?」
男の魔法の威力が上がってもティナは気にすることもなく、男の魔法を斬り捨てていく。
段々と激しさを増す男の魔法の殆どがティナに集中していた。ティナは風魔剣だけでなく、防護壁の魔法も駆使して防ぐがそれも厳しくなっていく。
「(くっ。このままじゃ………………ジリ貧ね。やっぱり神格化に成るしか)」
「『それはダメ! またティナが眠っちゃう!』」
「(でもこのままじゃ、状況はますます悪くなるばかりなのよ!)」
「『それなら今度は私が代償を受け持つわ!』」
「(それじゃあティアが旦那様にしばらく会えなくなる!)」
「『またティナが寝てしまう位なら、カイト様に会えなくなるのは我慢出来るわ!』」
ティナは困惑する。意固地になってしまったティアは何を言っても自分の意見が通るまで揺るがない。時と場所によればそれは嬉しいことでもあり、邪魔になる感情。
度々自分の意見を通すティアを嬉しく思うティナは神格化に成る事を躊躇う。
「ティアちゃん。何だか悩んでいるみたいだけど、心配ないわよ?」
その声と共にティナを襲っていた魔法の数々が、ティナを中心に一定の範囲を開けて視えない壁にでもぶつかっている景色に変わる。
ティナはその後に声のした方向──後方を向く。国の人達を護る結界を張っていた所には、ミントが居た筈なのだが姿が見えず、代わりに先程まで居た筈のミントの場所には見慣れぬ、色が濃い緑色の髪を三つ編みおさげにした、何故か窮屈そうな薄緑を基調とした服装を着ている、背が高い巨乳で細身の美女が立っていた。
ティナは『誰!?』と困惑していた。
「ティアちゃん。貴女を中心に彼の魔法を無力化しているから、そのまま彼に近づいて無力化して頂戴」
ティナはそこでその人物の正体に気付く。
「ママさんっ!?」
「さぁ、早く! 私のこの状態も長くは続けられないの!」
突如大人の女性に変わったミントは驚愕するティナを急かした。
そう言われ直ぐさまティナは一気に男との間合いを詰め始める。男は立って寝て魔法を発動をしているため、無力化されていても尚発動し続ける。
ティナはミントが言っていた通りに自身を中心に障壁が一緒に移動もしている事に安心していた。そしてティナは落ち着きを取り戻して男の下にたどり着く。
ティナは未だに寝ている男の正面に立ち止まり、ティナは両手に持つ風魔剣を腰に着けている鞘に納刀する。そして両腕を腰の両脇に身構え深呼吸をする。
「鬱憤を晴らさせてもらうわよ」
そう一言添えてティナは容姿なく男の鳩尾を殴り付け、そこで男の意識は覚醒するが続け様に、顎を下から殴り挙げて男はそのまま気絶する。
たった二撃だけどティナはスッキリとしていた。無防備の状態で人体の急所を容赦なく殴ればそれ程爽快な事はなかった。
そして気絶した男は空かさず地面に現れた眩い光を放つ【ゲート】に呑み込まれる。
「お疲れ様ティナ」
やったのはティナではなく、衣服がボロボロになってしまったリーナであった。
「そっちも片付いたの?」
「えぇ」
リーナは優しげな声音で答える。
リーナの相手であったドニは完膚なきまでに叩き潰されていた。
虎の獣人であるドニの完全解放状態は体格が二廻りほど大きくなり、パワー、スピード共に二十倍にまで身体能力が飛躍していた。
そしてその状態になったドニは虎そのものでもあり、その性能を最大限活かす格好が4足歩行。その状態でドニが持つ最速最高の突進&噛みつき&引っ掻きの攻撃をリーナは目も含めた身体強化のみでねじ伏せる。
リーナはドニの両の前足での爪による引っ掻きを捌き、噛みつこうとする口を下から軽く弾いて上にずらしてそのままドニの懐に入り込み、無防備になってしまった腹部に容赦なく渾身の一撃となる蹴りを入れる。
そしてドニはリーナの脇にドサリと音をたてて横たわる。その拍子にドニは完全解放状態から通常に戻る。しかもリーナはその動作をその場から一歩も動かないで行った。
リーナは直ぐに【ゲート】を発動して、ドニを“例の部屋”に送る。そしてその後にティナの下に来ていた。
「もう最悪。アイツ立ったまま魔法を使うって異常過ぎよ」
「そうね。だからこそあの人達に話を聞きたいのよ」
「その手の話はリーナ達に任せるわ。それにしても結構大胆な格好になったわね?」
「否定はしないわ。でもこういう格好ってエルス辺りがするのが良いはずなのよね」
「確かに同意するわ」
二人は可笑しくなり笑い合った。その後で二人は改めて向き合う。結界の傍に1歳児位の存在に…………。
お読みいただきありがとう御座います。