27話─1
「きゃあぁぁっ!」
「っ!? 織姫っ!」
織姫が悲鳴と共に後方に吹き飛ばされる。
社の護りを任された鬼人族の紅鬼と織姫。そしてペガサスのカルマの2人と1体での護り。
その紅鬼達の相手は、生け贄を媒体として召喚され、確実に喚ぶ事が出来る方法の召喚魔法。そして魔法陣から出て来たのは───体長6mは優にある二足歩行型のドス黒いドラゴンであった。最初は。
今現在、最後の1体である漆黒のドラゴンは体長10mは優に超えていた。
最初は3体のドラゴンが召喚され、紅鬼達はあっさりとドラゴン達を一刀両断したり、鋼鉄より硬い皮膚を魔法で貫いたりと一撃で倒していた。
だが、そのドラゴン達は簡単には消滅しなかった。
躰がふたつに分かれた先から別々に再生をしていき、1体が2体に増え、魔法で貫いた躰もキズが塞がると言う事態になっていた。
終いには、そんな事を繰り返すドラゴン達は20体近くにまで増えていく。
紅鬼達の攻撃も一撃では倒れなくなり、二撃、三撃目と手数が増えていく。紅鬼達は違和感を感じながら、それでも紅鬼達は自分達の実力を遺憾なく発揮していき、ドラゴン達は次々に倒され溶けていく。
そして最後の1体も倒そうとしたら、先に倒して溶けてしまった元ドラゴンの跡に残ったモノ──漆黒の血溜まりと化していた闇全てが最後の1体に纏わり付き、吸収されていった。
そして最後のドラゴンは躰が徐々に大きくなり、漆黒に染まっていった。
紅鬼達はドラゴンの変化をジッとは待つ事なく、今まで倒していった攻撃を同時に仕掛け、それは合技となり変化途中のドラゴンに襲い掛かる事になる。
紅鬼達は今までの中で最高の威力となった技を受けたドラゴンを、警戒態勢を解くことなく見据えていた。
紅鬼達の予感は的中してしまい、ドラゴンは咆哮を上げて紅鬼達の合技を掻き消して姿を現した。そのドラゴンは無傷であった。
そのドラゴンは体長10mを優に超え、皮膚から翼爪に至る全てが完全に漆黒に染まり、双房の瞳は赤黒く、躰から噴き出て纏わり付いている魔力は邪悪さを増していた。
紅鬼はそれでもドラゴンに向かっていき、大太刀【轟焔】を振るい、ドラゴンを斬るが、【轟焔】の刃はドラゴンの皮膚を斬ることかなわず、金属同士のぶつかり合いの様に甲高い響きを上げ、それでいて弾力も備えており、【轟焔】を受け止めていた。
紅鬼は合技が破られた事で、自身の攻撃が通らない可能性に気付いていた。そんな紅鬼はふと、ドラゴンの顔を見て、ドラゴンが笑みを浮かべて見えた事に寒気が起き、紅鬼はドラゴンから後ろに飛び退いた。
その後に織姫、カルマと魔法攻撃を繰り出すもドラゴンの躰にキズらしいキズは付けられなかった。その場からまだ動かない漆黒のドラゴンは、紅鬼達の攻撃の全てを無効化していた。
一通りの攻撃を無抵抗で受けたドラゴンは今度はこちらの番と言わんばかりに、その大口の口を開いて、紅鬼達が護っている社目掛けて黒炎のブレスを放とうとしていた。
唯一、社の前に居るカルマだけでは社を護りきれないと悟り、離れていた紅鬼と織姫も社の前に駆け付ける。
そしてそのドラゴンの黒炎のブレスにより紅鬼と共に得物で防御態勢をとっていた織姫が、あまりの威力に耐えきれなくなり、飛ばされていた。
今だに放ち出し続けるドラゴンのブレスが、後方に吹き飛んだ織姫を襲わないように紅鬼は残りの魔力を使い1人で防ぎ続ける。
ドラゴンのブレスが止んだ時には、紅鬼の着物の所々に焼けた証として煙りが立ちこめ、紅鬼は大太刀【轟焔】を地面に突き立て、片膝を着いて【轟焔】を杖代わりに寄りかかっていた。
紅鬼は吹き飛ばされた織姫の心配で直ぐさま駆け寄りたかったが、躰が体力魔力の限界に来ていた為、息を切らしながら代わりにドラゴンを睨みつけていた。
織姫の下には、社の前で結界や自身の魔法でドラゴン達の攻撃を防いでいたカルマが駆け寄って、吹き飛ばされた衝撃で気絶とその前からケガもしていた織姫に治癒魔法をかけ始める。
だがカルマは、魔法を主体に戦闘する為、いかに魔力があろうとも無限ではない。その魔力の限界が来るときがあり、それが今まさにその時であった。
限界を迎えそうなカルマはいつ倒れても可笑しくない状態だがカルマの性格上放っておけない為、織姫に治癒魔法を掛けるが、魔力不足から織姫のケガはほのかにしか治すには至らなかった。
そんな紅鬼達の状態を見知ってか、ドラゴンは再び黒炎のブレスを出そうと大口を開く。
紅鬼はドラゴンの行動をただ観ているしかなかった。
そしてドラゴンが最後と言わんばかりに、先ほどよりも強大で巨大な威力のブレスを放つ。
『ねぇ、紅鬼。今だに貴方が守りたい人は織姫だけなのは分かっているわ。1人でも守りたい人が居るだけで人は底知れぬ力を発揮することが出来るの。だけどね、貴方はこの郷の長でもあるのよ。貴方の強さに憧れて、貴方と肩を並べたいと思う者達も居るの。その人達は一歩先を行く貴方の背中を見て、貴方の生き様を感じ、知る。だけど、まだ力が足りないから力を持つ者が守らなくちゃいけないと、私は思うの。だからね、貴方を慕ってくれている人達が居ることをちゃんと認めなさい。そうすれば──』
突然エルスの言葉が走馬灯の様に蘇る。それは、鬼人の郷の紅鬼が住まう居城で、エルスが治安を良くして外の景色を観ていた時に話していた事であった。
ドラゴンのブレスが徐々に襲い来る間際、紅鬼はエルスの言葉を思い出し、これまでの出来事を思い出していた。
郷の中で長となり、織姫と出会った。郷で強者は現れるも紅鬼を満足させる程の強者ではなく、毎日が退屈であった。その退屈な日々の中で途轍もなく強大な魔力を感じ、その魔力に応えた瞬間、紅鬼はカイトと出会う。召喚魔法で呼び寄せられたのだ。
それから紅鬼はカイト達の傍で過ごす事になる。その時に、ジアンとルセを紹介され、血縁関係も無い全くの赤の他人である2人を“家族”と言われる。その他にも屋敷で働く者達の事も“家族”と言われる。紅鬼は可笑しなヤツらと思った。
その中でもエルスとリーナが不可解であった。力はカイトが優れているが技量は圧倒的に2人の方が上。しかもその2人、全く同じ思考を持っている。こんな可笑しなヤツらがどうして影に徹しているのかが理解出来なかった。
それから暫くして織姫が召喚される。破天荒な紅鬼の抑止力として。紅鬼は余計なことをと思いながらも、内心は嬉しかった。なんせ紅鬼が唯一惚れた人物だから。
そんな可笑しなカイト達と織姫が居る生活は楽しかった。中でもカイトを筆頭にエルス、リーナ、ノエルの4人は明らかに人を超越していたから。ノエルは戦闘向きではなかったが、他の3人には全く勝てなかった。その事に紅鬼は悔しさより、己の力を存分にぶつけられる相手が見付かった事の方が嬉しかった。
だがそんな紅鬼も限界が迎える。郷での生活より実力を伸ばせることが出来たが、幾ら修業してもそれ以降伸びなかった。
諦めていたそんな時、エルスが紅鬼達の郷を見てみたいと言い出す。織姫は頻繁には帰っているが、紅鬼は久しぶりの帰郷。久しぶりに見た郷はとてもではないが淀んでいた。織姫も頑張ってはいたが、長が不在だった為の惨状。その惨状を見たエルスが見かねて、紅鬼を敬いつつ郷を良くしていく。その期間僅か七日。
そこでエルスが紅鬼に先の言葉を掛けた。
「(ああ、そうだな。正直アイツらと出会って楽しかった。漸く強敵と出会えたと思って嬉しかった。結局勝つことは叶わなかった。それでも楽しかった。エルスがオレの郷を、郷の者達を纏め始めた時は心がザワついた。だが郷の様子が明るく活発になった時、正直悔しかった。郷の現状から目を背けていたオレが言えたことではないが、それでも悔しかった。その後にエルス嬢ちゃんが言った言葉の意味が今分かった。ああ、そうだ。オレは郷を、郷の者達をもしかして傷付けられる、と思ったからだ。それはオレが郷を、郷の者達を大切に思っていたからなんだな)」
紅鬼がその事に気付いた時には、ドラゴンの黒炎のブレスが紅鬼が呑み込まれる時であった。
その景色を見ていたのは息も絶え絶えなカルマだけであった。カルマは紅鬼をの名を叫ぼうとしたが、体力がギリギリで魔力はない状態な為、叫ぶことすら叶わず歯がゆい思いを抱きながらただただ見ているしか無かった。
そのまま黒炎のブレスは紅鬼を灼き尽くす勢いのまま、紅鬼が居た場所で火柱に変わる。
ドラゴンはブレスを吐ききると、次の標的を定める。それはその場に座りこんでいるカルマと、その傍らで気絶している織姫であった。
ドラゴンは再度大口を開け、黒炎のブレスを放とうと狙いを付ける。
「───おいおい。オレ様を灼き殺していないのに良いのかよ?」
ドラゴンは突如聞こえる声に、ブレスを放つのを辞める。
「やっぱりお前、知性があるな?」
その声は火柱の中から聞こえる。そう思った瞬間ドラゴンは標的を火柱に変え、再度ブレスを放つ。
新たに加わったブレスによって火柱は二廻りも太く大きくなる。
「残念だが、もうお前の黒炎ではオレ様に焦げ目も付けられねぇよ」
そう言い放ち、強大になった火柱は見る見るうちに収縮していく。
「有り難くお前の魔力をもらうぜ」
そうして火柱は、ユラユラと揺れる焔の人影を残して消え去った。
その人影が見えた時ドラゴンは初めてその場から大きく後退した。その人影から少しでも距離を置きたかったのだ。
その焔の人影は地面に刺さり傍にあった得物の柄を握り、地面から引き抜き軽々と振るってみせる。それが自分の得物で当たり前の様に。
その直後、その人影を中心に旋風となり風が巻き起こる。それと同時に焔の人影は段々と落ち着きを取り戻すかのように、その人物は姿を見せる。
その外見はその者の唯一使える属性を現すかのような姿となっていた。その者の唯一の属性は炎。但し、神焔となり、その者は身に纏っていた。
身体付きは一廻り大きくなり、髪や着物は神焔の焔がユラユラと揺らめいて代わりをなし、鬼人族であるその者の自慢のツノはより一層大きく鋭さを増していた。中でも男の鬼人族に取ってツノが大きく鋭さがある事は、名誉ある誇りとされてきた。それは誰しもが認めるほどの力の持ち主である証でもある。
更に変化はその者──紅鬼だけではなかった。紅鬼の愛刀大太刀【轟焔】も使い手に合わせる様に、柄の部分はそのままに刀身が紅鬼と同じ神焔となり、焔が刀身の代わりとなっていたのだ。
「これがエルス嬢ちゃんが言っていたことか……………」
紅鬼は手を握り溢れ出る力を確かめながら、エルスの言葉を再度思い出す。
『そうすれば、私達が力を授けることが出来、貴方を新たな存在へと昇格させる事が出来るわ』
その言葉の意味が漸く分かった紅鬼。カイト達に気を許していながらも、何処かまだ完全に馴れ合う気がなかった。壁を作っていた。だけど、エルスが言った言葉を思いだし、郷の者達の温かみを確認した時、突如、躰の内側にあった何かが溢れ出し、紅鬼の魔力と混じり合った。
それは紅鬼の魔力の片隅にいつの間にかあった、エルスの神の力を媒介にして、エルス達の力の源となっているカイトの神の力の一部。それが解放されたのを紅鬼自身理解していた。紅鬼は今まさに鬼人から鬼神へと昇格した。
そして紅鬼は、左手の掌に収まるほどの小さな焔を二つ生み出し、それを後ろに居るカルマと気絶している織姫にそっと投げ飛ばす。
動くことままならないカルマは紅鬼の行動を素直に受け止めるしか無かった。そのまま小さな焔はカルマと織姫の躰に吸収される。そして次の瞬間、カルマと織姫の躰が淡く発光する。
「こ、これは!?」
カルマは驚愕した。それもそのはず、カルマは体力魔力共に回復して、キズもなくなったのだから。カルマの傍に居る織姫も直ぐに目を覚まし始める。
「こ、ここは………?」
気絶していた事もあり、記憶が曖昧な状態である織姫。その織姫も体力魔力共に回復し、キズが無い状態となっていた。
「…………カルマ………様…………それに…………旦那…………様…………?」
辺りを見渡して直ぐ傍に居たカルマ、次に紅鬼を確認する。
「もう心配いらねぇ。今のオレ様ならあの野郎を叩っ切る事が出来る。だから織姫はカルマと共にそこで寛いでな」
そう放ちドラゴンに向き直る紅鬼。織姫は紅鬼の表情から本当に大丈夫と確信する。紅鬼の表情は自信に満ちて、柔らかな笑みを浮かべていたから。
「もうお終いにしようか。この後、織姫が煎れてくれるお茶を飲みたいんでな!」
紅鬼は【轟焔】を片手に一気にドラゴンとの間合いを詰める。
ドラゴンはカウンターを狙い鋭い爪を持つ右腕を振りかざす。
だが、金属の様に硬く弾力があるドラゴンの皮膚は呆気なく両断される。
そして【轟焔】の神焔の刀身はドラゴンの右腕の切断面を灼き、落ちた右腕は灼ける。
本来なら漆黒のドラゴンは再生能力を有している。だが神聖なる力である神の力と焔が合わさった神焔は、ドラゴンと相反する力の為、ドラゴンの力を阻害する。その為、ドラゴンは片腕を失った。
紅鬼はその事が分かっていたのか、続け様にドラゴンを容易く斬っていく。ドラゴンは斬られる度に、呻き声を上げるが、紅鬼はそれでも攻撃の手を休めることはしなかった。
そして四肢、翼を失ったドラゴンは最後の攻撃手段として、鋭く尖った歯を持つ口を大きく開け紅鬼に噛みつく。
紅鬼はその事を予想していたのか一歩後ろに下がり、ドラゴンの攻撃を躱して、代わりに【轟焔】を刺して、そのまま【轟焔】の刀身の神焔を解き放つ。紅鬼の手に残されたのは柄だけであった。
解き放たれた神焔はドラゴンの躰を包み込み、ドラゴンの禍々しい魔力すらも根絶やしにするかのように、激しく燃え盛る。
そしてドラゴンは跡形もなく消える。
ドラゴンを燃やした神焔は残り、紅鬼の手にある柄に吸い寄せられる様に全ての神焔が収まり、再び刀身と化す。
全て終わったと確認した紅鬼は織姫とカルマの傍に近寄る。
「さぁ、終わったぜ。ひとまずはお終いだな」
紅鬼は本当に終わったとして、満面の笑みで織姫とカルマに言った。
そして本当に終わったんだと安心して、紅鬼を労う言葉を織姫が掛けようとした途端、紅鬼が倒れる。更に紅鬼の躰が強く発光する。それは目が開けていられない程、眩く光り出す。
織姫とカルマは目をつぶり、手で、翼で更に光を遮る。
光が収まったと思い、次に見た織姫とカルマが目にしたのは、赤ん坊であった。着物が乱雑に覆い被さる状態で。
「この着物は旦那様の………………それじゃあ、この赤子は…………?」
「紅鬼様……………?」
赤子は1人と1体を余所に、スヤスヤと眠っていた。
お読みいただきありがとう御座います。