26話ー3
「───何故幼児が居る、カイトよ?」
エルスに言われて、ジクールと呼ばれた男が開いたゲートに入り、次に見た景色は岩や崖などが当て嵌まる渓谷。ここが岩石地帯と言うわけか。
そこで聞こえてきたのが、目の前に居るカイトの先からであった。
「えっ!? 父さん!?」
先の声の主の発言で初めてカイトが気付き、後ろに居た俺に向き直った。
「どうしてここに!?」
うーん? ここは素直に話すべきか? それとも誤魔化すべきか?
「……………エルスに放り込まれて」
よし、ここは誤魔化そう。こっちの世界では直接の血縁関係はないが、精神的には家族であるし……………と言うより、カイト達も俺の事を未だに親と思って呼ぶからそれでいいと言うことで、娘である次女のリーナが何かあれば、長女のエルスに責任を擦り付ければ、大抵の事は上手くいくからって言っていたから、とことん誤魔化そう。
「アイツ、一体何考えているんだよ、まったく…………」
おぉ、何だか上手くいったぞ! よし、今後はマズイ事が出来たらエルスの所為にしよう。娘に責任転嫁するのも可笑しな話だが仕方ない。なんてったって、今の俺、メッチャ幼児だし!
「父さん、とてもじゃないけど、父さんの事を気にしてられない程、これから激しくなるんだ」
「そんなことは分かっている。だから、俺は全力で逃げ回るさ」
「逃げ回るって、それなら今、ゲートを開くからここから離れた方がいいと思うけど?」
「そうもいかないんだ(エルスに頼まれた事もあるからな)。だから俺の事は気にせずに──」
「──カイトよ。話は終わったのか?」
少しして、先の声の主が再び声を掛けてきた。
「いや、ちょっと待ってくれアグル!」
カイトが振り向き、アグルと呼んだ左腕が無い無精髭の生えた男に、手をかざし待ったを掛けた。
「ほらほら、呼んでいるぞ。早く始めたらいいんじゃないのか?」
と言うより、アイツ、スッゴい睨んで来ているんだけど? こんな無垢な幼児を睨みつけるなんて、こっちも睨み返してやろうか、この野郎!
「………………ふん」
おお。奴め、俺のキラキラした無垢な瞳を受けて、目を伏せやがった。ふふん、これで無害アピールが出来……………無かったな。俺、手に今の幼児の身長並の剣──精霊剣を握っていたんだった。
──────ふぅ~。仕方ない。ここはさっさと隠れるのが先だな。
「あっ! と、父さん!」
カイトが後ろで呼ぶ声が聞こえたけど無視して、俺は空かさず身体強化をして全速力でカイト達から離れた。まあ、1㎞程離れれば取り敢えず大丈夫だろう。お陰で会話は聞こえないけどな。
で、少ししてカイト達が戦闘を始めた。
俺は岩陰に隠れて…………は居らず、大岩の上で胡座になり、精霊剣を抱くようにして2人の戦闘を観ていた。
カイトはどうやら、先程手に持っていた白く美しい刀を仕舞い、黒い刀で戦っていた。
相手のアグルも黒い刀を使っているが、その刀に乗せている魔力は途轍もない程、禍々しいモノであると物語る様に、果てしないほどの憎悪や嫉妬、怒りを体現するかのような漆黒の闇を纏っていた。
カイトはそんなアグルの刀と激しい剣戟を繰り広げていた。
まだ双方共、様子見なのだろう。戦塵が舞う中、剣戟が段々激しくなり、それに合わせるかのように、戦塵も激しく舞うばかり。
ふむ。エルスに背負われて念話で聞いていたが、カイトの奴、剣の腕が中々上達したじゃないか。幾ら、スキルレベルがあるからと言っても、その道を極めるには日頃からの弛まぬ努力があってこそだ。
スキルレベルがあるからといって、研鑽を積まないのは自身の成長を止めるに等しいからな。
おっと、今度はカイトの奴、早々に雷属性を躰に纏わせたぞ。アレが【雷装化】か? 電気の力を利用して一時的に反射速度を上げる技術。魔力を持つ事が出来るこの世界ならではの戦法だな。
それにしても、格段に素速くなったカイトの攻撃をアグルの奴、易々と受け止めているよ。それに受け止めるだけじゃ無く受け流して、そのほんの僅かな隙を突いて、カウンターを入れている。やるな、アイツ。
精霊達に協力して貰ってカイト達の状況把握をしてはいるが、アイツらの戦闘で戦塵が舞いすぎて、よく戦闘が観れないのが難点だな。あんまり近すぎるとカイトの邪魔になるしな………………って、ヤバッ!
アグルは闇を纏い、その闇で戦塵を勢い良く払いのけ、その余波がこちらにまで来たのだ。
咄嗟に精霊達が風を纏わせてくれたから、土埃まみれになる事はなかった。いや~本当、精霊様々だよ。って、ちょっと褒めると直ぐじゃれついてくる精霊達。ちょっとくすぐったいぞ、お前たち。
と、今度は空中戦か。高速戦闘をしているから、展開が早いな。
カイト達は魔力と風の応用で飛翔出来る手段を手に入れたって言っていたな。慣れるまでは繊細な魔力制御が必要だとも言っていたっけな。
それにしても、アグルも闇を翼に見立てて飛翔し始めたな。
空中戦で戦塵が舞う事は無くなったが、両方とも刀に魔力を流して強度を上げて強化している所為で、両方の刀がぶつかる度に、魔力が飛び散り、その魔力の残滓の余波で直下の岩山が崩れたり、岩肌が削れている。
流石に先程みたく、激しくこちらにまで土埃は来ないが、たまに俺の近くに来ている時は戦塵が舞っていた。まぁ、それも精霊達が防いでくれたから被害は無いけど。
それにしても…………ふむ。確かにエルスが言っていた通りにカイトの奴、圧倒的な力を持ったが為に強者故の驕りに陥っているな。
身の丈に合わない圧倒的な力を持った時、誰しもが陥る現象。
強大な力を手に入れ、相手との実力差があり過ぎると、いつでも倒せる事が出来ると錯覚して、本人の意思とは無関係に無意識にリミッターを付けてしまう事がある。
それがカイトが今、陥っている現象。
元の世界では、優斗と優菜が、武道や学問など、あらゆる分野でなにをするにもすんなり出来る天才肌であった。料理はそこそこだったらしいが…………。その事を我が親友である弘一郎が、今カイトが陥っている現象になると心配していた。
だが、それは杞憂であった。
そもそもあの2人の行動原理は晴斗の為であった。
晴斗の事をかなり愛でていたし、幼なじみでもあったノエルの事も妹の様に接して、可愛がっていた。
だからこそ優斗と優菜の行動原理は、晴斗と雫が何不自由なく暮らしていける環境を作る事だったのだ。
優斗と優菜が武道や学問などあらゆる分野に手を付けていたのは、いつでも晴斗の目標や憧れであり続けたいが為にやっていた事と、本人達が言っていた。
だから優斗と優菜が他の者達より秀でて、『アイツらは天才だから』とか、そんな事を周りから言われても気にせず、圧倒的な実力差を持っても陥る事をしなかった理由でもある。
アイツらは自分のためでは無く、愛する家族の為にやっていた事なのだから。
だけど今、目の前でアグルと戦っているカイトは違う。
初めて手にした力を存分に発揮出来ていない。
エルスの話だと、カイトが何故か神の力を手に入れて、その力が馴染んで手にした力の影響で、自分達も能力数値が測定不能な程の力を手にしたと言っていた。
スキル鑑定で観ても、アグルの能力値が靄が掛かったようにハッキリとは観れないが、かなりの数値である事は分かる。もしかすると奴も能力数値が測定不能の可能性はあるだろう。
だけど仮にアグルに数値があり、能力値だけの推測での戦闘だと、カイトはあっという間にアグルを無力化する事が可能な程の一方的な力を持っている。それがこの世界の理でもあるのだから。
だけど今のカイトの戦闘を観る限り、明らかに本来の力を存分に発揮仕切れていないのだ。
アグルの奴も薄々は気付いているであろう。たまに戦闘が近付いて来る時のアグルの笑みを浮かべた表情を観るにアグル自体、戦闘を楽しむ戦闘狂の類いであるし、自身の力を存分に振るえる相手でもあるのだから、余計な事は喋らないだろう。
それと、カイトが実力を発揮仕切れていない理由はもう一つある。アイツも命懸けの戦闘を楽しむ戦闘狂だった事だ。それもまた強者が陥る現象の一つ。
ここで正しておかなければこの先、カイトは邪の道に堕ちるな…………。
※フリッドがカイト達の戦闘を観て懸念を抱いていた頃、カイトが空中戦をしている最中───
やはりアグルは強い。【雷装化】の状態の俺の攻撃は容易く防がれる。このまま速度重視が主の【雷装化】や【雷光化】の纏装では奴の闇の衣は破れない。
アグルが闇を出してから奴の戦闘力が格段に跳ね上がった。
奴の纏う闇は変幻自在で、腕の様に使えるみたいで触手みたいな攻撃もしてくるし、飛翔も可能にする。それ程有効性が高い闇だ。
「さあ、カイトよ! お前の力をもっと見せてみろ!」
「ぐぅっ!」
アグルとの鍔迫り合いで、アグルは力任せに刀を押して、俺は後ずさった。
仕方ない。ここは火力重視の纏装になるしか無い。
俺は【雷装化】を解き、新たな纏装を纏う為に、黒刀【晦冥】を手放し、周囲1mまで任意での出し入れが可能になった異空間収納に仕舞う。
その様子をアグルは嬉々として観ていた。
「今度はなにを見せてくれる!」
アグルの歓喜の声を無視して、俺は火力重視の纏装のイメージをした。それは全身を猛々しくも静かに、それでいてあらゆるモノをその灼熱で断ち切る、燃え盛る炎を纏うイメージを──。
次の瞬間、俺のイメージした纏装を具現化するために、魔法を発動する。
「それが新たな力か、カイト!」
「あぁ、そうだ。お前を灼ききる力だ!」
俺が新たに纏ったのは炎と光。
髪から身に纏う服から何もかも、俺の全身はユラユラと微かに揺らめく火が立ち上り、パチパチと音を鳴らし、淡く赤く静かに煌めいて燃え盛る。
「名を【焔纏光羅】。この力でお前の闇を斬り裂く!」
「───ハハハハハハッ! 面白い! 面白いぞカイトッ!」
アグルは声を大にして笑っていたが、黒刀を構える素振りも見せず、闇すらも動かす素振りも見せなかった。
「だが残念だ! その力を見ることはどうやら叶わない様だな!」
奴の言った意味が分からなかった。だが次の瞬間、左腕に途轍もない痛みが走った。
「──グッ! うぐぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」
俺は叫び声を上げながら左腕を見ると、左腕から煙が立ち上り、左腕が爛れていた。今までの纏装状態ではあり得ない現象が今の俺の左腕に起きていた。
俺は直ぐさま【焔纏光羅】を解いた。案の定、俺の左腕は肩から指先まで火傷を負った状態で、皮膚が焼け爛れていた。この纏装を修得した時は何ともなかったはずなのに──。
「折角の力を存分に味わう事が出来ずに残念だよ、カイトよ!」
奴は言葉とは裏腹に、満面の笑みを浮かべていた。
それを見てある事を思い出した。それはカイゼルが5年前に教えてくれたこと。
『アグルはガリアーノの弟じゃ。奴は目的の為なら手段を選ばん。そして奴は手始めにアイリーンを自分のモノにする為、その当時既に桁外れの強さを有していたガリアーノに勝負を挑んでは、ガリアーノは返り討ちにしていた。その事をガリアーノが言っていた。そして幾度かの勝負があり、ガリアーノが奴の呼び出しに赴き、そしてガリアーノとアイリーンは戻ってこなかった』
つまり、俺のこの状態は奴の仕業って事になるが…………。
それは兎も角、爛れてしまった左腕を回復させるために俺は、状態回復魔法【キュアヒール】をかける。
「ッ!?!?!?!?!?!?!?!?」
状態回復魔法をかけた瞬間、更なる痛みを感じ、声にならない程の苦痛を感じ、魔法を止めた。
そして苦痛に耐えながら左腕を見ると更に悪化をして、肉が焼け焦げる匂いまでしてきた。
「───クックックックックッ! やはりと言うべきか」
「…………どう言う、意味だ…………?」
愉快に独りでに笑うアグル。俺は既に左腕の感覚がなく、だらんと垂らし、奴に原因を尋ねた。
「いや、なに、対したことはしていない。魔神様の使いの者と名乗る者から話を聞いただけのこと。真偽は確かめ様が無かったが、お前のその苦痛の表情を見れば、ホントの事であった、と思ってな」
状態回復魔法でダメージを負う為、現状を打破する思考をしつつ奴の言葉に耳を傾ける。
「お前達が魔神様と相反する力を持っている事は知っている。なにせ、俺の左腕を落としたのだからな。そんな桁外れの力に対抗する力を使いの者が来て、我らに寄越したのだ。それがこの闇の力だ。心当たりがあるはずだろ?」
その話が本当なら確かに。帝都でそれらしい人物と相対した時に力を吸われていく感覚はあった。それを自分達の力に変換したって事になるが?
「その者はお前の躰に、魔神様のみが生み出せると言われるごく少量の闇──闇黒を紛れ込ませていたらしい。それは意識しないと分からない程のモノらしいがな。そこに俺が魔神様から授かった闇黒でも攻撃したのだ。尚更、お前にとっては毒となり得る力──聖なる魔力は最早、その身を焼く力でしか無いって事だよ、カイトッ!」
その後にアグルは高笑いをしていた。会ったのは今回で2回だが、それでも奴は魔神の事を様付けで呼ぶ事はしてなかった。だが、今の奴は魔神様と呼ぶし、前は自身の事を私とも呼んでいた。それもアイツが出した闇が関係していると言うことだ。
「さあさあ、カイトよ! これでキサマと俺は同じ条件になったぞ! これからがホントの死合いが始まるのだよ!」
歓喜の笑みを溢すアグルは今までで最高の表情を浮かべていた。奴の歓喜に応えるかの様に闇は一層濃くなり、ますますうねり出していた。
「───その死合いとやらに俺も混ぜてはくれないかね、アグルさんよ?」
その声の主は下から聞こえ、上空に居る俺とアグルの間に入り、俺の眼前に留まった。
そして次の瞬間、感覚が無くなった左腕に何か温かいのを感じたのだ。
「…………キサマは、誰だ?」
「つれないねぇ。純真無垢な俺を散々睨んでおいて、俺の顔を忘れるなんてな」
次いで、その声の主は俺の方を向いた。
そこに居たのは、濃い緑色の腰までの長髪に、エルフの特徴を表す長い耳、筋肉質で長身の背丈、緑を基調とした服装、顔なんか芸術的と言わんばかりの造形美、所謂美人、イケメンと呼ぶのが相応しい人物が、背丈にあった抜剣状態の長剣を片手に携えていた。
「それに俺の息子に何か仕込んでいたとは、剣士の風上にも置けない奴だな、アグルさんよ?」
その声音はわざと低くしたのか迫力満点であった。
……………えっ?って言うか今なんて?………
「今俺の息子って…………」
「ああ。この姿は初めて見せるな。そうだよ、フリッドだよ、カイト」
おいおい、マジかよ……………どうしたら、幼児が大人になるんだよ。
お読みいただきありがとう御座います。