26話ー2
「この人達で最後よね?」
「えぇ、そうよ。ありがとう、リーナ、ティアちゃん」
「こちらこそ、お力になれて良かったです、お義母様」
エルスの指示でリーナ、ミント、ティアの3人は、ラムル国の人達を避難させていた。
ミントがギルドマスターの地位に付いているのは国の人達皆が知っている。
常にギルドマスターとしてみんなと親しくしていたので、そのミントが真剣な表情を浮かべて非常事態宣言をすると、本当にヤバイ事態と知り、国の人達は迅速に行動をした。
国の人達が迅速に避難誘導に従ってくれていたお陰で予定よりも早くに済んだ。
「それじゃあ、リーナお願いね」
「えぇ、任せて」
ミントがリーナに頼んだのは、避難場所として大広場に集め、そこにリーナが神格化になっての強固の結界を張ることになっていた。
リーナは瞬時に神格化に成る。するとリーナの躰から吹き出る紫色の魔力は煌めいていた。
そしてリーナは大広場に最硬強固の破邪の力もある結界を展開する。その結界の外側には、フリッドとミントが鍛えていた戦士達が防衛線として囲っている。
結界を張り終わったリーナは神格化を解いた。
すると突然、この一帯を駆け巡る程の魔力があった。
「…………これは、エルス? それにノエルの神力も感じられたわ」
「リーナ、この神聖な魔力は一体何なの?」
ミントは自身にも駆け巡った魔力の正体をリーナに聞いた。
「これが感じられたって事は、エルスに取って良くない事態があったって事よ、母さん」
「…………それってつまり───」
「えぇ。母さんの思っている通りね。この国全体に守護結界を張ったのは、この国に余計な被害を出さないため。逆を言えば、被害を出さずに敵を無力化するのが難しいと言うこと」
リーナはエルスとは元双子であった事もあり、似通った考え方をしていた。その考え方は殆ど、おそらくなどの言葉を付ける事なく、【一緒】の言葉だけ。
考え方は一緒だから、役割も双方同じ事も出来るのだが、そこは分担していた。
だからこそ、エルスが神格化をしてまで、神力での守護結界を張った意味を理解していた。
勿論、リーナがミントに説明をしている傍らでティアも聞いており、自身の神力も使う事もあると察した。
ただ一つ懸念があるとすれば、リーナ、エルス、ノエル、カルトの4人みたくリスクが無いのに比べ、ティアが神力を使うと副作用で7日間の強制睡眠を取る事になっていた。
だがそのリスクもティアのもうひとつの人格、イタズラ好きでやや好戦的な性格のティナが引き受ける為、ティア自身は神格化に成れないだけで問題はなかった。
だけどもう一人の自分を犠牲にしてまで神の力を使うことには躊躇っている。
その事が当たり前に分かるティナは、自身から神の力を使う時だけ無理矢理にティアの人格を押し退けてまで、神の力を使ってティア自身を護っている。
「リーナ様、私達はどうするのです?」
「そうね………………私達はこのままこの場で、周辺の警戒をしておきましょう」
「良いの? エルスのとこは兎も角、社の方に合流しなくても?」
「ええ、大丈夫よ。紅鬼なら必ず護りきる事が出来るわ」
「…………そう。貴女がそう言うのなら信じましょう」
それでもミントはいつでも駆けつけにいけるように、精霊達に直ぐ知らせるように密かに頼んでいた。
「はぁ~、スッゴく怠いんですけど~」
「オメェがモタモタしているからじゃねぇかよ、バカ野郎が」
すると、リーナ達が居る大広場に、怠そうな口調の男の声と勇ましい口調の女の声が聞こえた。
リーナ達はその声がした方向に視線を向ける。
「痛ッ!」
リーナ達が見たとき、灰色のローブを着た猫背で髪がボサボサに伸び、気だるけさが分かる程の男性が、短髪で虎のけもの耳をピンと立たせ、尻尾を陽気に左右に振り、豊満な胸部と下腹部に最低限の衣服を付けた、虎の顔と全身に体毛が生えている獣人族の女性にお尻を蹴られていた。
「ちょっ、痛いですって、ドニさん」
「オメェがもっとシャキッと動かねぇから、アタイなりの激励だよ、ほらもうひとつ」
そう言ってドニは男のお尻をまた蹴っていた。
「痛ッ! ちょっ、本当に痛いですから止めて下さいよ~」
そう言いつつも男は避ける素振りもみせず、何度も蹴りを喰らっていた。それでも男は猫背のままであった。
「チッ! これだけ気合い入れてやってもシャキッとしねぇか。ホント、何でビーナの姐御はこんな奴と行けって言ってきたんだ」
そう言ってドニは男を蹴るのを止めた。
「そんなの僕に言われても知りませんよ。あ~痛かった」
男は蹴られていた自身のお尻を擦っていた。
「それよりドニさん。ほら、任務を果たさないと。ちょうど目の前にそれらしい人達が居ますよ」
男はリーナ達の方に指を差し、ドニの注意を向ける。
「おっ! アレだけ居れば、それなりになるんじゃね?」
ドニは男の言った先にリーナ達が居るのを確認して、その事に笑みを浮かべて、男と近づいていく。
「さて。アンタ達に恨みなどないが、恐怖や絶望を抱きながら、死んでくれるか?」
リーナ達と一定の距離まで近寄ったドニがそんなことを言い放つ。
「はい、喜んで…………って言うわけないでしょ。誰が好き好んで死を迎えいれると思うの」
リーナが自然体で応対する。
結界内にいるエルフ達は互いに身を寄せ合い、戦士達はそれぞれの得物を身構え、ティアは風魔剣ウィンディセイバーを逆手に持っていた。
何故ならその柄頭部分には、握り拳程の大きさより二廻り程小さい魔石が付いており、風属性の魔法が使える魔剣で、持ち方によって魔剣の機能が変わる特性を有しているため。
ミントは無手で精霊魔法をいつでも使えるように身構えていた。
「ププッ! 確かにお嬢さんの言うとおりだ。クククククっ!」
「アンタは黙ってな」
「痛ッ!」
ドニはまたしても男のお尻を蹴っていた。
「これでも、優しく忠告している方なんだけどね」
「ええ、それは感謝しますわ。酷い人なら既に殺りに来ているでしょうし」
「アタイの恩人の教えさ。例え弱者にでも敬意を払えって」
「それはそれは、立派なお方なんですのね。そして弱者とは、それは私達の事かしら?」
リーナは自身の胸に手を充てた仕草をしてみせた。
「まさか」
ドニは両腕を軽く上げて肩をすくめた。
「アンタとそっちの2人は明らかに強者だろ」
ドニはリーナ、ティア、ミントをそれぞれ指差した。
「その他はそれに比べるとそこそこ腕が立つ程度だね。そしてその中でアンタは他の2人に比べると異質な強さを感じる」
ドニは愉快そうに話していた。リーナは自身の強さを感じ取ったドニの認識を改めていた。
「どうしてそんなことが分かるのかしら?」
「そんなの簡単さ。アタイの全身の毛が逆立っているのさ。アタイ達獣人族は見て知るんじゃない。本能で感じるんだ」
獣人族は動物の血が色濃く継いでいる為、動物が持っている野生の勘がある事をリーナは書物で読んだことを思い出していた。
「なら、聞くわ。それでも挑んで来るつもり?」
「勿論さ。ビーナの姐御達みたいな強者と戦える機会をむざむざ投げ出す獣人族は居ないよ」
「あっ。それじゃあ僕は獣人族でもないんで、逃げて良いっすか? って痛ッ!」
ドニはまたしても男のお尻を蹴っていた。
「良くねぇよ! オメェは残った奴の相手をしな。アタイはあの子の相手をするから」
「えっ!? ちょっ、僕の方が圧倒的に相手する数が多いじゃないですか~!」
「なら、代わるかい? オメェなら少しだけでも足止め位はやれるだろ?」
「いえ、結構です! あんなメッチャ強そうな人相手にしたくないです!」
リーナ達はドニと男のやり取りを警戒しながら見ていた。そして相手が決まったと思いリーナが口を挟んだ。
「それじゃあ、私の相手は貴女で良いのかしら?」
「ああ、そうだ。アンタ相手なら久しぶりに本気を出せそうだ」
リーナはドニの言った意味を理解はしていた。これも書物で読んだだけで知っている。獣人族には動物の血が色濃く継いでいる。その血に大量に魔力を与えると、野生動物みたくなると。その状態を【ビーストモード】
動物の種類によるが、【ビーストモード】になれば何倍、何十倍にも身体能力が跳ね上がるのだ。
そうすると幾ら強者でも、あっという間に敗北者になる。その事をリーナは分かっているので、決して油断はする事ないと気を引き締めていた。
「そしたら僕の相手は貴方達ですね~。はぁ~面倒くさい」
男はスッゴく怠いと言わんばかりの体勢と言葉を口にする。
「ああ、それと。僕、メッチャ接近戦が苦手なので魔法をバンバン放ちますね。だから誰も接近して来ないで下さい」
男は両腕を胸の前でクロスさせてバツ印を作ってみせる。
「貴女のお仲間、正直者ね」
「そうみたいだね。アタイは理解に苦しむよ。それよりその後の結界?みたいなのは、ちょっとやそっとでは壊れないんだろ?」
「ええ、そうよ」
その返答を聞きドニは口角を最大限につり上げ、笑みを浮かべる。
「それなら存分に戦えるな!」
そう言ってドニは身体強化をして、虎人族特有の瞬発力を最大限にして、筋力も向上させ鋭いツメを尖らせ、リーナに攻撃を仕掛けた。
そして、ティア達の方も戦闘が始まろうとしていた。
お読みいただきありがとう御座います。