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徒然怪奇譚  作者: どくだみ
六夜:クリスマス・エンカウント
47/55

「丘陵公園って言うと、どんなものか中々イメージしにくいけど」


 電車とバスに揺られることおよそ二時間。糸川丘陵公園に着いた二人を出迎えたのは、実物の杉で作られた巨大なクリスマスツリーであった。


「公園って言うよりは観光地みたいなものかな? "遊ぶ"だけじゃなくて、観たり、食べたりして楽しむことも出来るもの」


 そびえ立つその姿は、入場者の度肝を抜かせるのにふさわしいと言えよう。雪を模したであろう綿毛の飾りと三色の電飾コードが、蛇のように全体に巻き付けられ、日の落ちるときを待っている。自分たちが帰路につく頃には、美しく彩られた姿で見送ってくれることだろう。頂では星形の飾りが、ツリーの"顔"として存在感を放っていた。

 ツリーのある石畳の広場――通称「陽の広場」からは、三本の道が伸びている。

 行き先はそれぞれ違う。

 左の道を進めば、子供たちの好奇心を満たすにうってつけの「アスレチックゾーン」に続き。

 右の道を行けば、日本の原風景を再現した「古き良き里山」エリアにたどり着く。

 そして真ん中は、季節の花々をこれでもかと植え込んだ「冬の花壇」エリアへの道だ。これら個性的な三つの区画と、遊歩道が整備された森林地帯によって、糸川丘陵公園の大部分は構成されている。


「あと、パワースポットとしても有名なんだってさ」


 七瀬が言うのは里山エリアの奥にある神社のことである。

 レプリカではなく本物の神社だ。本殿には実際に御神体が祀られており、公園のホームページ曰く、参拝した者は足が速くなるご利益を得られるらしい。

 パワースポットの中には、力に惹かれた悪いモノが集まっている場所もあったりするが。ここは幸いそんなこともなく、余計な気苦労を煩わされることも無さそうだ。


「渚ちゃんはここ来たことある?」


 七瀬が訊くと、渚の視線はツリーからこちらに向いた。


「今日が始めてです。七瀬先輩は?」

「前に一度だけ。こうして誰かと来るのは僕も始めてだけどね」


 前というのは、それすなわち下見に来た時である。


「……さて、どこから回ろうか?」


 入り口で貰った園内マップを渚の目の前に広げる。

 公園の花形は先の三エリアだが、楽しめそうな場所は小さいながら他にも色々とあるのだ。存外に選択肢は多い。


「結構広いんだよね、ここ」

「出来るなら神社は明るい内に行っておきたいです」

「暗がりの神社は不気味だからね。それならこっちの道かな……?」

「それならこう進むという手も」


 二人して顔を付き合わせ、何通りかの道のりを指先でなぞる。丁度その時、遠くから鐘の音が聞こえてきた。

 十二時の合図だった。謀ったかのようなタイミングで、二人の腹の虫が空腹を訴えて鳴き声を上げる。

 七瀬と渚は恥ずかしげに顔を赤らめて、そっと自らの腹部に手を当てた。


「……先に昼ご飯を済ませるのはどうでしょうか?」

「……そりゃ名案」


 ※


 慣れないデートといえど、昼食の予約を予め済ませておく程度のことは七瀬にも可能であった。

 選んだ店は、「カフェ・ド・イトカワ」という名の小さなレストランである。広場に対して南西の方角の、少し奥まった場所にあるため、全体的に静かで落ち着いた雰囲気だ。

 いらっしゃいませ、と出迎えてくれたウエイトレスに軽く会釈をしてから、窓際の席に腰を降ろす。

 窓の外にはちょっとした庭が広がっていた。

 中心にある池をぐるりと取り囲むように石の道が敷かれ、所々に灯籠が立てられている。周囲の木々は実に様々だった。白樺、松、山桃などなど。木体をすっぽりと藁で覆われているものもある。

 その様子を見た渚がポツリと呟いた。


「木も服を着るんですね」

「“こも巻き”って言うらしいよ。形からして中身はソテツだと思うんだけど……。まあそんなことより」


 七瀬は渚の方に向き直り、続ける。


「“木が服を着る”っていいね。今度、小説の一文で使ってもいい?」

「え、ああはい、大丈夫です」


 渚は驚いたように二、三度まばたきをした後、幾分か小さい声でこう訊いてきた。


「そんなに良かったでしょうか」

「うん。人それぞれ好みは分かれるだろうけど、僕は今の言い回し、好きだよ」


 特に深い意味を込めたつもりなどないその言葉に、渚は身体を固まらせた。

 設定温度の高めな暖房のせいか、彼女の頬はわずかに赤みがかっている。唇は何か言いたげに半開きとなり、月夜の色をした瞳が二つ、じっと七瀬の方を見つめてきていた。

 つい数時間前、駅前で見せたものと同じ表情であったが、それに気付くだけの余裕が七瀬にある筈もなかった。

 絡めた視線をほどけぬまま、一秒、二秒と時が過ぎ――


「ご歓談中すみません、お冷やをお持ちしましたー」


 いつのまにか歩み寄っていたウエイトレスが、二人分のグラスをテーブルに置く。七瀬たちはビクリとなって、意味深な硬直は終わりを迎えた。


「メニューはお決まりでしょうか?」

「メニュー!? あ、ああすいません、まだです。少し、もう少し待ってください」

「いえ。どうぞごゆっくりお選びになってください」


 冷や水を浴びせるとはこういう事を言うのだろう。

 しかしその冷や水は、思考回路のオーバーヒートを防いだ点で、間違いなく有益なものであった。


 ※


 文芸部副部長の三良坂にとってクリスマスイブとは、独り身の同胞たちと一日中飲み明かし、語り明かすための日だった。


「ツーペア」

「ノーペアですな」

「スリーカードだ、勝ったな!」

「残念、こちらはフルハウスだよ」


 三良坂が居を構える八畳間には、三人の友人が集結している。学部は別々、年齢も別々という混沌たる顔ぶれだ。しかし恋人を有していないという一点において、互いに通じ合うものを持っていた。

 彼らは現在、柿の種をつまみにポーカーの真っ最中であった。あめ玉を賭けた凄惨なる激戦。それが一段落したあとは、大富豪にオセロのトーナメント戦、麻雀、クトゥルフTRPGと数多のボードゲームに手を付ける予定である。

 これはこれで贅沢と言えよう。


「いやぁ、あっはっはっは。すまないな諸君、俺ばかり一人勝ちしてしまって」


 メンバーの一人、「天使長」とのあだ名を持つ男が両手を広げて高らかに笑った。隣で嘲笑を浮かべているのはその後輩。この中では最年少だ。


「さすが、運の無駄遣いがお上手でいらっしゃる」

「はは。実に素晴らしい褒め言葉だ。もっと寄越すがいい」

「いいでしょう。その荒稼ぎしたあめ玉と交換です」

「取引成立だな。ほれ、あーん」

「あーん」


 仲睦まじいやり取りを横目に、三良坂はふと窓の外に目を向けた。そして、この曇り空の下でデートに勤しんでいるだろう後輩二人のことを思い浮かべる。彼らの事だから、それはもう初々しい空気を漂わせているはずだ。

 不意に肩を叩かれたので振り返ると、残るもう一人の友人がいぶかしげに目を細めている。


「どうした三良坂先生、物思いにふけっているような顔だが」


 文芸部で小説を書いていることから、尊敬交じりおふざけ交じりに「先生」と呼ばれているのだ。


「いや」


 三良坂は首を横に振った。


「この空の下で頑張っているだろう、とある後輩のことを考えていたのさ」

「とある後輩」

「そうとも。哀れで、健気で、不器用な、見ていて飽きない我が後輩だよ」

「もしや、そやつの名前は七瀬とかいうのではないですかな」


 最年少の後輩が会話に混ざってくる。


「君、知っているのかい?」

「はい。七瀬くんは私の友でありまして」

「なるほど。本人経由で話を聞いていたんだね」

「実に嬉しそうに話してくれましたよ。取り敢えず、末永く爆発せよと言っておきました」


 ニヤリと笑った後輩に対して、三良坂副部長はパチリと指を鳴らして応えた。


「すばらしい代弁をありがとう」


 ※


 神社は好きだ。

 石畳の参道を踏み締める一歩ごとに、心が洗われていくような感覚がする。静かなる境内は(うつつ)の気苦労を忘れさせ、自然と一息付きたくなってしまう。

 空気も幾分か澄んでいるように感じる。鳥居の中と外とで空気の成分が変わる筈のないことは分かっているのだが、それでも神社という聖域に特別なものを感じてしまうのは、日本人の性なのだろう。

 ヨーロッパの人が教会に対して感じるものと、本質的には同じかもしれない。

 昼食を済ませた七瀬たちは、里山エリアの奥、白糸神社を訪れていた。世間ではあまり見かけない珍しい作りで、敷地をぐるりと囲むように池が掘られ、あちらとこちらを分けている。

 どことなく三途の川みたいだった。ただし、向こう岸へと行く手段は舟ではなく橋だ。


「不思議。何だか趣があるね」

「何か泳いでいますかね?」


 橋の欄干から身を乗り出して、渚が水面を覗き込む。

 池はそう深くない。水が綺麗なおかげで湖底まで簡単に見透せる。


「さてどうだろう。……あ、渚ちゃん、あそこに何か書いてあるよ」


 橋の縁の看板が、池の生き物たちを写真と共に紹介していた。

 曰く。ガマやオモダカ、ヒシといった植物から、メダカやドジョウ、ゲンゴロウ。ミズカマキリまでいるらしい。しかし残念なことに、真冬の今はそのほとんどが水底で休眠中である。


「……時期外れみたいです」

「今は冬だからね。春になったら賑やかになるんだろうけど」

「暖かくなってから、また来てみたいですね」

「うん。……うん?」


 聞き間違いでなければ、彼女は今“また来てみたい"と言った筈だ。

 天井無き素晴らしさを誇るこの一時に、まさか二度目があるというのか。あり得ない。きっと彼女の言葉に深い意味はなく、もう一度来るにしたって、一人か他の人と一緒にということだろう。

 けれどそもそも。渚がそこまで楽しんでくれた時点で、七瀬としては満足だった。


 ――幸せすぎて死にそうだ。


「どうしたんですか? 立ち止まって」

「ううん、何でもないよ」


 首を振って歩みを再開する。

 神社の境内には、冬らしく落ち葉がそこかしこに散らばっていた。鳥居から一直線に伸びる参道の先、瓦屋根の本殿が大山のごとく身を構えている。狛犬の代わりに二人を出迎えるのは一対の猪像。ここの祭神が猪神らしいので、きっとそのためだろう。

 手水場で身を清めてから、本殿へと進み掛けた時だった。


「ひゃっ」


 渚が小さな悲鳴を漏らして、辺りを見回す。


「い、今、何か首もとを撫でていったような」

「え?」


 聞き返した直後。


「うわっ……! 何これ」


 柔らかい何かが七瀬の頬を掠めた。

 ふわりとしていて、優しく、滑らかで。それでいて少し暖かい。よく手入れされた動物の毛並みを思わせるような感触だった。

 突然の事に驚いたが不思議と恐怖は感じない。

 自身の直感に従うなら、これはきっと……


「……歓迎の合図じゃないかな?」


 応えるように一陣の風が吹き、参道の落ち葉が吹き散らされる。空を薄く覆っていた雲が割れて、射し込んできた陽光が境内を照らした。

 よほど回りくどい神様でない限り、肯定の印と受け取っていい筈だった。


「先輩の言うとおりみたいです」


 渚が七瀬の方を向いて、微笑む。


「お賽銭は奮発しないといけませんね」


 ※


 それからも、二人は連れたって様々な所を見て回った。

 里山エリアの牧歌的な風景に癒やされたり。

 偶然見つけた喫茶店で、紅茶を片手にのんびりと過ごしたり。

 あるいは、特にあてもなくぶらぶらと歩き回ってみたり。

 コマ回し大会なるものに参加したりもした。……結果は惨敗だったが。

 その全てを思い出補正込みで書き尽くそうものなら、もれなく一冊の本が出来上がるだろう。夜の(とばり)が降りるまでの間、渚と過ごした丘陵公園での時間は、それほどまでに幸福に満ち、充実したものだった。


 ただ一つを除いては。

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