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徒然怪奇譚  作者: どくだみ
四夜:角部屋の女霊
28/55

料理屋オカルトトーク

 “二人でファミレスに来て欲しい”

 不可解な伝言を受け取った約二十分後、七瀬と渚は部長がいるというファミレスに到着した。移動手段は徒歩だったので時間がかかってしまった。

 副部長からは“とりあえず任せる”旨の了承を貰っており、予定していた相互閲覧会はまた別日に延期するらしい。

 部室を出る際に“一緒に行きますか”と訊いたところ、“俺が必要なら呼ばれてるだろうさ”と苦笑混じりの返事を返された。二人だけで来たのはそんな理由がある。


 空模様は申し分のない快晴だった。

 冬場なら諸手を上げて歓迎するところだが、季節が夏に突入した今は、もう少し太陽には自重してほしいものでもある。直上からの直射日光と道路からの照り返しで二倍の光線量だ。ようやく梅雨が明けたと思えばこの暑さである。

 看板を確認して、目的地を間違っていないか確かめた。


「ここで合ってるよね」


 それなりに、というよりも結構有名な、全国チェーンの店だ。大学から手頃な近さであるためか、学生のバイトも多く働いていると聞く。


「その筈です。……あの、早く中に入りましょう、このままだと茹だってしまいそうです」

「僕も萎れる一歩手前。歩くよりもバスの方が良かったかな。大学から此処まで思ったより遠かったね」

「すいません、私が自転車を持ってないばかりに先輩にも歩かせてしまって」


 恐縮そうに体を縮めたので、慌てて取り成す。


「……っ、ごめん。今のはそんな意味で言ったんじゃないから。……ああ思い出した、こっち方面は今の時間帯バスが少なかった筈だよ。バスなんか選んでたらきっと待たされて熱中症になってた」

「……はい。でも、夏休み中には自転車を買っておきますね」


 店内に入った。

 時間帯が中途半端だからか客の姿はまばらで、部長の姿はすぐに見つけることが出来た。店の奥にあるテーブル席で、グラスを片手に一人茫然と外を眺めている。普段の笑顔や、見惚れる程にキリっとした姿とは正反対だ。

 それほどの事があったのだと、緊張が強まる。

 二人を見つけてウエイトレスがやってきた。


「いらっしゃいませ、二名様ですね。お席にご案内します」

「結構です。待ち合わせをしてるので」

「失礼いたしました。ではどうぞ、ごゆるりと」


 適当にあいづちを返してから、七瀬は足早に部長の下へ向かう。渚も後ろから付いてきた。

 机の傍に立った二人を見上げて、南部長は彼女らしからぬ、弱々しい笑みを浮かべた。近くで見ればその焦燥っぷりが手に取るように分かる。顔色が悪いし目の下には隈がある。ただその原因までは……まだ見えてこない。


「……やあ。いきなり呼び出して悪いな」


 薄手のパーカーを羽織った、その下に着ているのは寝間着のようだが。大学に来ず、そんな服装でファミレスにいるというのは凡そ普通の状況ではないだろう。


「“やあ”、じゃないですよ、南部長。どうしたんですか」

「うん、ちょっとな。昨日の夜、色々あったんだ。それで今、アパートの部屋には帰れないし帰りたくない――とりあえず、座ってくれ」


 二人が部長と向かい合って椅子に腰かけると、彼女は再び口を開いた。


「私が部屋を出てきたのは夜中の二時ぐらいだ」

「まさか、それからずっと今まで?」

「ああ。コンビニとネットカフェを梯子して、朝まで時間を潰してた。今はここにいる。ここだと、ほら、近くに人がいるからな。財布は持って出たから、お金はあったんだ」

「そうしていた時に、私から電話がかかってきたんですね」


 渚が言った。


「そうだ。お前たちを呼んだのは、知っている誰かが傍にいてほしかったからだ。恋人は……遠くに出掛けていて会えない。それに私が大学に行くのも、な。さすがにこの姿で大学を歩きまわるのは……。ほら……今の私は“寝間着のまま”だろう」


 消え入るような小声で呟かれたその言葉の意味は、数秒で察することが出来た。極力部長の胸元には目を向けないようにしつつ、七瀬が訊く。


「――部屋にいられなくなった、というのはどうしてですか。もし良ければ僕たちに話してください」

「うん、まあ、そう、だな。それを話さないとな」


 南部長は机の上に肘をつくと、二人をじっと見つめて言った。


「ただ……私の話をする前に、一つだけ訊いておきたいことがある」

「訊いておきたいこと、ですか」

「ああ。とは言っても別に大したことじゃない。確認だけ、しておきたくてな」

「……はい」


 頷き返してから、南部長が口を開く時を待つ。彼女の口調は穏やかなものだったけれど、決して冗談じみてはおらず、それがますます緊張を誘う。


「七瀬、渚。お前たちは――」


 部長が続きを口にするまでのコンマ数秒で、何を訊かれるのかとあれこれ予想を立てた。

 実際の所質問は、どの予想にも当てはまらないようなものだったけれど。同時に、ああだから自分たちなのだなと、腑に落ちてしまうような内容でもあった。


「――幽霊を、信じているか?」

「――はい?」


 まさか部長の口から、“幽霊”なんて言葉を聞く日が来るとは。

 戸惑う七瀬の隣で、渚も言葉を探しているようだった。部長はそれを見ると、思い切った様子で続けた。


「昨日の夜、私は幽霊に会ったんだよ」


 ※


「……ぁ」


 絞り出した声は悲鳴にもならず。自分に纏わり付いてくる何かの吐息を耳元に感じて、南理恵は体を動かせずにいた。

 今の時刻は丑三つ時。丑三つ時と言えば昔から不思議なことが起きる時間とされている。だがだとしても今ここにいるのは、一体何モノなのか。

 人でないこと以上は毛頭分からないけれど、逃げないといけないことは直感的に分かっている。しかし体が動いてくれないのだ。金縛りという現象を、理恵はまだ経験したことが無かった。


「つぅ……どうして……っ」


 右足を、一歩前へ。たったそれだけのことが、今はこんなに難しい。まるで首から下が土に埋められているようだ。


『……ぃ……。ぉ……が……ぃいいぃ』


 しゃがれた女の囁き声が、耳の穴から入ってきて頭の中を揺さぶってくる。何と言いたいのかは分からない。ただ、聞いているだけで体が震える。

 今部屋にいる何か、それは女性なのか。生きた人間だろうか。もしかしたら話が通じるだろうか。そう思った矢先、それが動いた。

 月の光に照らされて床に映る人型の影、その両手(・・)が理恵の肩に乗せられた。そのまま体を持ち上げて、丁度理恵に後ろからもたれかかる体勢になる。

 体重が多少なりともかかる筈なのに、重さはまったく感じない。

 そこからそれは前屈みに。理恵のものではない長い髪の毛が眼前に垂れ下がってきた。


 ――覗きこもうとしてる(・・・・・・・・・)!?


 この後起こることを予想して、彼女の心臓が縮まる。

 このままだと互いにくっつきそうな距離で、何モノかと目を合わせることになる。それは――考えるだけで恐ろしい。


「やめろ……」


 せめて片方の腕だけでも動いてくれれば、振り払うことが出来るのに。

 理恵の額に生温かい吐息がかかる。それは獲物に食らいつく寸前の、獣のような息遣いだった。


「ぁ、あぁ……」


 その時。

 軽快な着信音が枕もとの携帯から鳴り始め、途端に体の硬直が解けた。同時に覆いかぶさっていた何者かの気配も消失する。

 おそるおそる背中を確かめたが、見えたのはガラス窓越しの夜景だけだった。十数秒前此処に入った時にはそんなもの見えていなかったと、ふと思い出す。今思えばあの時異変に気付いておくべきだった。


「いなくなった……のか?」


 動悸が激しかったので、一度大きく深呼吸をしてから、携帯に手を伸ばす。

 さっきの着信は丁度三コールで切れてしまった。だが履歴を見ればこちらからかけなおすことは出来るし、そもそも確認する必要もなかったりする。何故ならあのメロディーは、恋人から電話がかかって来た時にだけ鳴るものだからだ。

 理恵の彼氏は同級生の幼馴染で、今は生憎と遠方に出かけている。もちろんそんな彼が理恵の置かれている状況を察知出来るわけないのだが、それでも。偶然であれ奇跡であれ、危ないところを救ってくれた彼に、無性に逢いたくなった。

 当然すぐには無理な話だ。けれどせめて好きな男性ひとの声を聞いてから、安心して眠りたい。


 たった三コールで切ったのは、らしくないような気もするが。


 頭の中で彼の顔を思い浮かべながら、履歴の画面を表示させたところで手が止まった。

 最終着信の日付が一日前の昼間になっていた。通話相手には友人の名前、課題のことで電話をした覚えがあるからそれは別におかしくない。

 ただ。


「……うそだろ」


 今しがたの着信が、履歴に残っていない。


「……というか、ちょっと待て」


 理恵はいつも携帯をマナーモードにしてから寝ている。確かめると今もちゃんとそうなっていた。

 ならば本来、着信音が鳴るなんて起こり得ないのだ。

 安心が反転して不安になった。周りにあるもの何もかもが恐ろしげに見えてくる。ベッドの下から、鏡台の後ろから、何かが這い出してくる想像をする。

 人が怖いと感じるのは第一に、それがよく分からないからだ。そして、皆からはよくカッコいいと言われるけれど、理恵だって一人の女性だ。

 訳の分からないことは、当然怖い。


 これ以上ここにいると恐怖でおかしくなりそうだったので、理恵は部屋を出ることにした。

 とりあえず人がいる場所へ。近くのコンビニを目指すことにする。それからどうするかは、明るくなってからでいい。

 クローゼットから薄手のパーカーを取り出して羽織った。最低限必要なものをポケットに仕舞って足早に玄関を目指す。

 後ろから視線を感じたが、振り返る勇気は無かった。

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