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徒然怪奇譚  作者: どくだみ
四夜:角部屋の女霊
27/55

焦燥テレフォン

 九鳥大学文芸部部室では、副部長が到着した後さらに二人、計五人の部員が揃って南部長が来るのを待っていた。

 次の文化祭で配布する冊子に掲載される小説の原本そのものは既に用意してあるが、さすがに部長抜きで“相互閲覧会”を始めることは出来ない。ちなみに後から来た二人は今、部室の隅でトランプに興じている。

 何故か上座に腰かけている三良坂副部長が、おもむろに時計の針を眺めて目を細めた。


「……それにしても、遅いじゃないか」


 その人差し指が机を小突く。


「おかしい。南さんにしてはやけに遅いぞ。いったいどうしたんだろうね。何か聞いてないかい?」

「特には。……部長が時間に遅れるなんて、珍しいですよね。これじゃいつもと立場が逆じゃないですか」

「それは俺の事を言ってるのかな、七瀬君」

「何の事でしょうか?」


 そこに横から、渚が会話に加わる。


「遅刻のイメージは思い浮かびませんけど……部長さん、いつもはそんなに早く来てるんですか?」

「うん。……そっか。渚ちゃんは、“相互閲覧会”今回が初めてだもんね。こんな感じの集まりがある時はいつも、部長は早めに来て僕らを待ってるんだよ。“五分前行動は私のアイデンティティだ”って。時間があるときだとコーヒーを淹れてくれたりもする」


 七瀬が応えると、渚は感心した様子で頷いた。


「……憧れます」

「シクラメンの花でも、プレゼントしてみる?」


 すると、照れ臭げな笑顔が返ってくる。


「先輩もさすがです。シクラメン、花言葉は“憧れ”でしたっけ。でも、たしか時期は冬だったはずですよ?」

「あ、それもそうだね。今シクラメンは時期外れか」

「……そこ、話に華を咲かせているところ悪いんだけどさ」

「副部長、今上手いこと言いましたね」

「うんそうだな。それで、いつもは早く来ている南さんがまだ姿を見せていない。これはおかしいんじゃないかと俺は思う。もう十時半だぞ十時半。猿が木から落ちるのはよくあるが、南さんが三十分遅れはちょっと信じられない」


 そう言い切った三良坂副部長は、手元のカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干した。ちなみに彼自身はいつも五分遅れてやってくるタイプの人だ。今日早めに着いたのは、単に時間を間違えたのだそうだ。

 それはともかくとして。南部長が今だに来ていないというのは、たしかに奇妙だ。


「それは僕も同意見です。部長からの連絡はまだ無いんですよね?」

「ついさっきLINEを送ってみたが、まだ既読がつかないな」

「何か用事が出来たなら、連絡をくれるでしょうし」

「そうだ。何も言ってこないなんて南さんらしくない」


 三良坂副部長が机に頬杖をついて、片手でスマホを操作する。少し経ってからため息。どうやらまだ、部長からの反応は無いようだ。


「……あの」


 渚が遠慮がちに声を上げる。


「どうしたの?渚ちゃん」

「もしよければ、私から部長さんの携帯に電話をかけてみようと思うんですが、どうでしょう」

「いいと思うよ。電話なら、(そば)にいればまず間違いなく気がついてくれるもんね。それで出てくれなかったら、本当に何かあったってことになるけど」


 “はい”と短く答えてから、副部長の方に目を向ける。小さい首肯が返ってくる。


「お任せするよ」

「任されました。それじゃあ……ちょっと失礼しますね」


 スマホを持って渚が部屋を出ていくと、副部長はチラリと七瀬を見て、微かに唇の端を持ち上げた。


「何です、その笑いは」

「いいや別に。ただ単に、二人の進捗状況はどんなものか気になっただけさ。今だって後ろ姿に視線が向いていただろう?」

「どうして分かるんですか……。特に何もないですよ、何も」

「そうか。これは心苦しいことを訊いたね。……いつも一緒にいるんだから、アプローチの一つや二つかけてみたらどうだい」

「いつも一緒にいるって……おおげさですよ」

「生憎、俺の中ではそんなイメージなんだよな。今日の朝も二人きりでいたじゃあないか」

「……どうせ僕はいくじなしですから」

「はは、いじけるないじけるな」


 そうこうしていると渚が電話を終えて戻って来たので、話を引き上げて出迎える。


「上川さん。南さんの様子はどうだった。時間からするに電話には出てくれたのだろう?」

「はい、そうです。ただ……」

「ただ?」


 言い淀む彼女の表情は困惑を帯びている。先ほど扉の向こうで電話越しに交わしてきた会話を受け止めきれていない様子で。それはつまり、非日常な何かがそこであったということだ。


「部長は何て言ってたの?」

「……“暫くそっちには行けない”と言っていました。そして“今はアパート近くのファミレスにいる”とも」

「……穏やかじゃないね」

「はい。あの……何て言うんでしょうか。まるで、誰かに追いかけられている時のような、落ち着かない感じの声でした」


 話を聞くにどうやら事態は大ごとのようだ。こちらに来れない、というのはつまり、今部長は余裕を失っているという事になる。そして、ファミレスにいるということは――状況を鑑みて推測するなら――何らかの理由で(・・・・・・・)自宅に戻れない(・・・・・・・)という意味だ。


「部長は何かから逃げてる……? としたら、その何かって何だろう」

「ふむ、あの人らしくないな。“落ち着かない”なんて、南さんに一番似合わない形容詞だ。まあ俺よりは、落ち着いていないかもしれないが」

「――他に、部長は何か言ってた?」

「“行けない理由は電話では話せない”と。出来れば会いに来てくれないかと頼まれました。だから……あの、すみません。これから部長さんがいるファミレスまで行ってこようと思うんです」

「そうするべき、だろうね」

「ただ……」


 再び言葉を詰まらせた渚に、七瀬がそっと頷いて続きを促す。


「いいよ、言ってみて」

「はい。それが、もう一つ頼まれたことがあって」


 渚は七瀬の方に体を向けた。七瀬も体を動かして真っすぐに向かい合う。こうして改まった風にしていると、何だか緊張してしまう。

 しかしその後に続いた言葉は、その緊張の質を百八十度塗り替えるようなものだった。


「先輩と、一緒に来て欲しいそうです」


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