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徒然怪奇譚  作者: どくだみ
閑話3
25/55

閑話:考察

「……とまあ、こんなところだよ」


 朝の文芸部部室。話を終えた七瀬は、椅子の背もたれにもたれかかると一つ息をついた。短いようで、中身の濃い思い出。七瀬の人生の分岐点。言葉が自然と口をついて出て来て、気づけば結構な時間話し続けていたようだ。

 僅かに視線をさ迷わせた後、渚が口を開く。


「何だか、色々なことが詰め込まれた一日だったんですね」

「正確には一日と、その翌日の朝、になるけどね。でも確かに、時間で言えば二十四時間も経ってないのかな」


 お守りをもらったその後日談と、そして所謂幽霊と称されるものに、七瀬が初めて出会った時の物語。これが全てわずかな内に起きたことなのだから驚きだ。

 机に置かれたままのお守りを仕舞い始める。種が三つ、きちんと数を確認して巾着袋の口を閉じた所で、渚が再び口を開いた。


「サクちゃんとは、その後もう一度会えたんですか?」


 応えようとした七瀬が言葉を詰まらせた。


「……それなんだけどね。実はその時以来、今までサクちゃんとは会えてないんだ」

「会えてない?」

「そう」


 悲しげな表情で、そっと目を細める。視線は天井へと向けられていたが、その行きつく先は白い壁紙ではなく、遠い過去の思い出であった。再び当時の景色を眺めようとするかのように、虚ろな雰囲気を纏わせている。


「勿論、僕だって会おうとはしたよ。サクちゃんに訊きたいことはたくさんあったし、もう一度逢う約束だったから。だから次の年の夏に、僕はまたあの広場に向かった。サクちゃんがどこに住んでいるかなんて知らなかったけれど、あそこに行けばまた会えるような気がしてね。でも……無理だった」

「サクちゃんはいなかった?」

「ううん。いるかいないかの前に、僕はそこまで行けなかったんだ」


 七瀬は渚の方に視線を戻した。渚の顔には疑問符が浮かんでいる。

 七瀬が続ける。


「道自体が無くなっていたんだ。あの時僕が、確かに曲がった筈の道も、その先の木立ちも、丸ごと田んぼに置き換わってた。十字路は三叉路になっていたよ」

「――そんな。有りもしない十字路を、曲がっていける筈がないじゃないですか」

「僕もその時は信じられなかった。それで、近くの人に訊いてみたらこう言われたよ。“此処は何年も前から田んぼだった。勘違いじゃないのか”。……一年前に歩いた道をそのまま辿ったんだから、間違ってる筈はないのに。で、半分パニックになってそれっきりさ。だから、あの時僕はどこに行っていたのか、今でも分からないままなんだ」


 ただし祖母に確認してみると、ちゃんとお守りのことは覚えてくれていた。故に七瀬がサクと会ったという記憶、そのものは確固たる事実なのだろう。しかしそれがどこなのかとなると、途端に話があやふやになる。


「先輩は……迷い込んでしまったってこと、でしょうか。どこか不思議な場所、おそらく、簡単には辿り着けないどこかに。こう言うと、何だか神隠しみたいです」

「割とそうかもね。なら僕が無事に帰れたのは、運が良かったのかな」


 七瀬が苦笑を浮かべた。

 “神隠し”と言えば、古くからある怪奇の一つだ。不可解な形で人が突然いなくなることを指している。

 消えた人は大抵そのまま帰ってこないのだが、稀に、遠く離れた場所で見つかる場合もある。天狗の仕業とも時空の歪みとも言われているが、真相は定かではない。近頃は宇宙人が原因などという説まであるようだ。

 ここで重要なのは。もし七瀬の体験が神隠し、あるいはそれに準ずるオカルト的な事だったならば、彼が出会ったサクという名前の少女は、きっと普通の存在ではないということだ。


「“サクちゃんは多分人じゃない”って初めに言ったのは、こういう理由」


 ひばりの巣がある場所を“お気に入り”と言っていたことからも、彼女がしょっちゅうあの不思議な場所を訪れているのは明らかだ。

 妖怪や。あるいはその他の、オカルトで神秘的な何か。彼女はそんな類の存在なのだろうと、七瀬は思う事にしている。

 暫く沈黙が流れた。渚がそっと口を開く。


「一つ、訊いてもいいですか」

「どうぞ」

「話が少し変わるんですが、先輩がその……“幽霊”のような何かを見たのは、その日の夜が初めてだったんですよね」

「うん。でも、前々から興味が無かったと言えば嘘になっちゃうね」

「……私が思ったのは、サクちゃんに出会ったことと、先輩が幽霊を見えるようになったことが、繋がっているんじゃないかってことです」

「つまり、サクちゃんがきっかけだったってこと?」

「はい」

「……有り得るかも」


 七瀬が頷く。

 幽霊が見える能力は、主に先天的なものと後天的なものに分かれる。七瀬は後者なのだがその場合、何かしらの“刺激”を受けてカが目覚めることが多い。七瀬の場合は―――と考えると、つまりはサクとの出会いがその“刺激”に当たるということなのだろう。


「だとすると、サクちゃんのお守りが余計重要になってくるね」

「……もしかすると、サクちゃんは分かっていたんじゃないでしょうか」

「僕が霊感を持ってしまったことを?」

「そうです。お守りを渡したのは、きっと、将来先輩に危険が無いようにするためだと思います」

「幽霊が見えることは、いいことばかりじゃないからね。サクちゃんには、どこまで視えていたんだろう」


 あの日の夕刻、林の前で別れる時に見た、サクの表情を思い出そうとする。白いワンピースを纏った可憐な少女は、笑っていたのだったか、それとも悲しんでいたか。目を閉じて、記憶を辿ってみるけれど、結局答えは浮かび上がって来なかった。


「真相は、まだ分からないけど」


 苦笑して、七瀬はコーヒーの残りを口に納める。

 “いつか知る時が来るかな”――呟きの続きを飲み下せば、ほろ苦い香りが鼻から抜けていった。

 いたるところに謎が残っている。今はまだこうして推測することしか出来ないが、それでも、いつか答えに辿り着ける気がした。

 “もう一度会える”と、サクは言っていたから。ならきっと、その時に。

 空のコップを手に持って、七瀬は椅子から立ち上がった。


「渚ちゃん、コーヒーのおかわりは?」


 迷いなく差し出される。


「いただきます。先輩」

「喜んで」


 湯気の立つ液体がなみなみと注がれていく。

 片方を渚の前に置いてから、七瀬もまた隣へと座り直した。そうすると自然と言葉が漏れてくる。


「この話をしたの、実は、これが初めてなんだ」


 渚の意識がこちらに向いたのを視てから、続ける。


「幽霊が見えることまでは、何人かの友達に話してる。小学校時代の幼なじみとかね。だけどここまで教えたのは渚ちゃんだけ。全部話せて何だかスッキリしたよ。聞いてくれてありがとう」


 自分一人で秘密を囲い込むのが、得意な人は世の中そうそういないだろう。七瀬もその中の一人だった。


「はい。“幽霊が見えるんだ”なんて、あまり大っぴらに話せないですよね。だから私も、普段は秘密にしています」

「変人みたいに思われるよね」

「ホントに」


 渚の方を向くと、偶然にも目があって、どちらからともなく笑い声が上がった。

 大切な人と何かを共有出来る。たったそれだけのことで、無性に嬉しくなってくる。


「先輩」

「うん?」

「――私、先輩と出逢えて良かったです。先輩と私と、二人だけが、同じものを視ることが出来て、同じものを聞ける」


 台詞の間に、一呼吸。


「こうして一緒にいるだけで、私は心から安心出来るんです」


 その言葉を理解して、七瀬の胸が高鳴り始めるまでには一秒もかからなかった。一息の内に体が火照る。心臓の鼓動が加速度的に早くなっていく。

 何かを一歩間違えるだけで、このまま爆発してしまいそうだった。


「――僕だって」


 動揺が収まらぬままに七瀬は答える。口が勝手に本心を紡ぐ。


「僕にとっても、渚ちゃんは特別な存在だから。そうじゃなければ今日みたいに、幽霊が見えるようになった話なんて教えてないよ」


 すると渚は、顔どころか耳と首までが真っ赤に染まってしまった。その意味を冷静に考える程には、七瀬は落ち着いていなかった。けれども、自分が衝動的に言った言葉を振り替えることくらいは出来た。

 直後。自身の言動を再認識して、七瀬は我に帰るのだった。


「七瀬先輩、私――」


 熱に浮かされたような口調で、自分の名前が呼ばれる。


「い、いやあの、今のはその、ね、何て言うか」


 ――自分は何を言っているんだろう。


 内心で頭を抱える。

 頭に火がついたかのように熱い。このままでは本当に爆発してしまう。

 恥ずかしさのあまりに視線を下に逸らした。渚の綺麗な手が視界に飛び込んできて、また心臓がドキリとする。

 どうすればいいんだ。

 それに応えたのは、部室の扉が開く音だった。


「おはよう二人とも。お邪魔してしまったかな」


 三良坂副部長がそこにいた。隣合わせに座ったままの二人に、意味深な頷きを送ると、そのまま何食わぬ様子で部室へと入ってくる。

 時計を見ると、たしかに。彼の到着も納得の時間だったが、かといってこの戸惑いは無くならない。二人の会話は多少なりとも聞かれていただろう。


「あ、あの、副部長?」

「それにしても今日はやけに暑いね。冷房はかけているのかい?……点いている。にしてはやけに暑いな」

「副部長さん、これは」


 三良坂副部長が右手を上げて、二人を黙らせる。


「まあまあ、落ち着こう二人とも。何を動揺しているのか知らないけれど、俺は別に盗み聞きをしていた訳ではない。健全たる一文芸部員として、部活動に励もうと部室を訪れた、それだけなんだよ。会話が偶然にも聞こえてきてしまったというのは、否定出来ないにしても」

「やっぱりぃ……どこから聞いてたんですか」

「“特別だから”の所から」

「〜っ!!」


 耐えきれなくなった七瀬が机に突っ伏した。


「いったいどうしたんだろうな、七瀬くんは」


 当の副部長は我知らぬ様子でいる。渚は顔を真っ赤にしたまま、意味もなく斜め下を向いていた。

 数秒後、七瀬が照れ隠しに勢いよく起き上がって言う。


「そうです副部長、コーヒー飲みましょう、コーヒー。僕が淹れますから」


 すると副部長は頷いた。こちらにだけ見えるように、小さなガッツポーズをしながら。


「ありがとう。思いっきり濃いのを頼むよ」

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