逢魔が刻のニアミス(1)
母方の実家には、家庭菜園をするのに丁度いい広さの庭がある。顔ぶれは季節によりけりで、夏真っ盛りの今はトマトやキュウリやらの夏野菜が植えられており、それらはサラダや浅漬けに変身を遂げて食卓へと登場する。
勿論どれも美味しいのだが、特に氷水で冷やしたミニトマトは一口でいくのに最適だ。噛んだ直後、冷たい汁がはじけるように口内を満たして、喉を駆け下りていく時の快感は何物にも代えがたい。
庭で草むしりをしていた祖母が帰ってきた七瀬の姿に気付いた。引き抜いた草の束を足元に置くと、七瀬に向かって微笑みかけてくる。
「おかえり。こんな遅うまでよう遊んどったねぇ」
もう六時を回っとるがね、と祖母が言う。夏だからまだ辺りは明るい。だが確かにそれは、小学生が帰宅するには比較的遅めの時間だった。いつもなら母から口を酸っぱくして注意されるだろう。今は帰省中だから色々と緩くなってはいるが。
「そんなに?」
「なかなか帰ってこんから、少し心配しよったところよ」
自分の記憶を遡ってみる。サクと出会ったのが、二時かそこらだった筈だが、そうなるとのべ四時間近くもあの木立の中にいたことになる。七瀬の感覚では精々二時間程度のものだったので驚いたが、それくらいに楽しい時間だったのだろうと思いなおすことにした。
「何か楽しいことでもあったんね?」
「偶然出会った子と仲良くなって、一緒に遊んでたんだよ」
「ほう、友達が出来たんか」
祖母は眼を細めて笑った。
「ええことええこと。楽しかったか」
「うん!」
「よしよし。そんで、その子はどんな子だったん?男の子かえ?」
「女の子だよ。髪は短かったから最初は男の子みたいにも見えたけど。サクちゃんって名前で、この近くに住んでるって言ってた」
「サク……? はて、そんな子この辺におったかねぇ」
祖母が首をかしげて呻る。
いたもいないも、七瀬は実際に合って遊んできたのだが。まさかあれが夢や幻だったなんてこともないだろう。今七瀬の手にある、彼女から貰った三粒の黒い種が何よりの証拠だ。
どんなふうに出会ったか、どんなことをしたか、一つ一つ丁寧に話して聞かせた。
「最近、引っ越してきたんかねぇ……。聞いたことのない名前じゃ」
「……本当に、一緒に遊んだんだよ」
「いいんよ。俊は嘘をついてない。声の調子で分かっとる」
祖母は優しい手つきで、七瀬の服に付いていた、冒険の残りかすを払い落とした。
「そうだ……お祖母ちゃん」
「ん?」
「これを見て。その子から貰ったんだ。お守りにしてねって」
七瀬が手の平を開いた。
汗の滲んだ手の平の上、三つの種が夕焼けの下へ躍り出る。艶めきはまるで宝石のようだ。祖母はそれに顔を近づけると、目を見開いてじっと眺めた。
「種、か……?その子は何て言いよったん?」
「……“種”だって言ってた。何のかは秘密だって」
「何の種じゃろ……見たことないね」
「お祖母ちゃんも分からない?」
「うん……俊、種を少し貸してもらってもええか?明日帰るまでには返すけん」
「いいよ。はい」
七瀬の手から、種が祖母へと移った。祖母は種をしっかりと掌で包み、もう片方の手を七瀬の背中に当てた。
「さ、入りんさい。じきにご飯が出来る。ジュースもたんとある」
「うん。でも僕お茶の方が好きだよ」
「じゃあ、キンキンに冷やした麦茶の方がええかね」
家の中から漂ってきたカレーの匂いを感知して、途端に腹の虫が大声で鳴きだす。
ふと後ろを振り返ると、夕焼けの空、一羽のカラスが飛んでいた。




