休息タイム
「それで、今ここにあるのが、その時先輩が貰った種ってことですね」
現在へと時間を戻して、ここは朝方の文芸部部室。窓の外からは微かに鳥の鳴き声が聞こえてくる。
七瀬と渚は、二人して机の上に置かれている三つの黒い粒を見つめていた。話の中で、七瀬がサクから貰ったものだ。
「そう。あれからもう十年くらい経つけど、今もこうやって持ち歩いてるんだ。サクちゃんは“お守り”だって言ってたし」
「十年……すいません、気を悪くするかもしれないんですけど」
「いいよ、何?」
「それだけ経っているにしては、やけに新しそうに見えませんか。ずっと持っていたなら、痛んだり色褪せたりしていてもおかしくないのに」
「それは……僕もずっと不思議に思ってるんだ」
もっともな話だ。
種の一つをつまみあげると、七瀬は目の前に持ってきてそれを凝視する。
年単位で保存された種は――大抵、乾燥材と一緒に密閉して冷暗所に置いておくのだが――どうしても古ぼけて、パサパサした質感になる。だがそれにはまるで、今しがた採取されたばかりのような艶と瑞々しさがあった。種をくれたサクと同じで生命力に満ち溢れていて、一度蒔けばどんな花でも咲かせてしまいそうだ。サクとの約束があるので、万一にも蒔いたりするつもりはないけれど。
種を机に置いた後、独り言のような口調で七瀬は呟いた。
「……ただの種じゃあ、ないんだろうけど」
触ってみる?
その言葉に、渚はそっと手を伸ばして、種の一つを取ると手の平に乗せた。少しすると、唇の端が微かに綻びだす。
「どう」
「なんだか……こうしていると、心が落ち着いてきます。不思議と……」
「渚ちゃんも感じるんだ」
「先輩もですか?」
「うん。何というか……ポカポカしてくる、って言えばいいかな?春の陽の光みたいなさ」
小さく肩を竦める。
「何でそうなるのかは、まったく分かってないけどね」
「でも、悪いものじゃあないのは確かです」
「そりゃそうだね」
「それに、もう一つ分かってることもありますよ」
「へえ……なに?」
渚は種を机の上に戻すと、少しおどけた様子で七瀬の方を見た。
「この種は、先輩の大切な宝物ってことですよ」
七瀬が微笑みを返す。
「正解。お守りと同時に宝物でもある。この袋も合わせてね」
袋というのは、普段種を入れている群青色の布地で出来た巾着のことだ。金色の刺繍糸が縫い込まれていて、実際に出来はしないけれど、ラピスラズリで袋を作ったらきっとこんな感じに仕上がるだろう。
「この袋は、その女の子――サクちゃんから貰ったもの、ではないんですよね」
「そう。サクちゃんと別れた後にも、実は結構色々なことがあってね。その日の夜のことだとか、一年後のことだとか――」
サクと出会い、思い出を作って、さよならをして。しかし話はここで終わりではなく、その後日談へと続いて行く。
カップを手に取ると、七瀬はコーヒーを一口啜って息を吐いた。
「今から、まとめて話すよ」




