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徒然怪奇譚  作者: どくだみ
三夜:七瀬のお守り
20/55

ある木立の中にて

 心臓が飛び出してしまうかと思った。自分しかいないと思っていた所に、後ろからいきなり声を掛けられたのだから。


「……誰?」


 七瀬が振り向くと。そこには、丁度同い年くらいの女の子が立っている。

 まるで夏そのものを人の形にこね上げたようだった。短めの黒髪に日焼けした肌。それと対照的に、来ているワンピースは純白だ。全身に活発そうな雰囲気を漂わせていて、家の中でおままごとをするよりは、陽の下を走り回っていた方が似合う気がする。浮かべている微笑みが、七瀬の警戒心を自然と解かせた。

 このあたりに住んでいる子だろうか。これまで帰省した時には、見かけなかった顔だけれど。


「なにをしてたの?」


 もう一度彼女は言った。少し迷ってから、七瀬が後ろを指差す。


「……花が、折れてたんだよ。だから支えを作ってた」

「その大きな花?」

「うん」

「へえ……お兄ちゃん優しいんだね」


 手を後ろで組んで前屈みになりながら。少女は七瀬に顔を近づけてきた。それは丁度、下から見上げてくるような形になる。澄んだ瞳で見つめられていると、段々恥ずかしくなってきて、思わず七瀬は視線をそらした。


「……そんなことないよ。何だか可哀そうだったってだけで、みんな同じことをするよ」

「そうかな?」

「いや、でも、困っている人がいたら、誰だって助けるじゃない」


 少女は首を横に振った。


「助けない人だっていっぱいいるよ。そんなオトナをわたしは一杯知ってる。それに本当に優しい人じゃないと、お兄ちゃんみたいにはっきりとは言えないって。だからお兄ちゃんは優しい。分かった?」

「わ、分かった」


 そこまではっきりと断言されては、頷くしかない。


「そういえば。お兄ちゃん、名前なんていうの?」

「名前……七瀬。七瀬俊」

「しゅん、お兄ちゃん?」

「うん」

「しゅんお兄ちゃんだから……しゅんにい。しゅんにいだね!」


 少女は目を細くして笑った。何がそんなに嬉しいのかよく分からなかったが、見ているとこちらまで、自然と温かい気持ちになってくる。


「わたしはサクっていうの。“花が咲く”の(さく)って字だよ」

「サクちゃん」

「そう」


 よろしくね。サクが差し出してきた手に、七瀬は自分の手を重ねる。芝生のような、柔らかくてふわりとした感触がした。


「そうだ。ねえしゅんにい、何かして遊ぼう?」

「え」


 一瞬戸惑って、七瀬は視線を下げた。何しろサクとはまだ出会ったばかりなのだ。遊ぼうといきなり言われたのは嬉しいし、彼女に変な気は無いのだろうけれど、何だか緊張してしまう。

 どうしようかと思ってサクを見ると、そこには無邪気な笑顔が咲いていた。断ろうという気は失せた。


「う、うん。いいよ」

「ありがとっ。それじゃあ何をしようか」

「えっと……かくれんぼ、とか?」

「かくれんぼ! いいね、それにしよう。隠れていいのは、この広場とその周りだけね。」


 初めは私が鬼。

 そう呟くと、サクは両手を目に当ててカウントダウンを始めた。


 ※


 それから計八回、鬼と隠れる役とを交互に変えながら、二人はかくれんぼを楽しんだ。

 ちなみにその結果は、七瀬の全敗。こと見つけることにかけてサクは、地元の子というのを差し引いても鬼のように強かった。七瀬がどこに隠れてもすぐに見つけ出してしまうのだ。ここまで簡単に負けると、もはや悔しい気持ちを通り越して、ただただすごいとしか言えなくなる。

 隠れることにかけてもサクは凄かった。七瀬も途中からムキになって探したのに見つからず、そうして降参を宣言した後には、いきなり後ろから声をかけて驚かしてくる。まるで魔法でも使っているみたいだった。

 そして今。二人は一緒になって、広場に端っこにあった丸太の上に腰かけている。最初抱いていた緊張みたいなものはどこかへ飛んでしまっていた。きっと、隠れた場所にでも置き忘れてきたのだろう。


「ふわーあ。よく遊んだねえ」

「本当に。しゅんにい、今日はありがとうね」


 サクは微笑み、おもむろに七瀬の肩をつついた。


「ねえ、ちょっとついてきて。見せたいものがあるの」

「見せたいものって?」

「ひみつ。着いてからのお楽しみ」


 サクに手を引かれる形で二人は林の中へ入った。茶色い幹と幹の間を縫うように歩いていく。七瀬にはそこは道無き道に見えたが、サクは迷う様子もなくどんどん奥へと進んだ。


「ここ」


 笹の茂みの前で、サクは立ち止まると唇に指を当てて七瀬を黙らせた。そのままゆっくりとしゃがみ込み、茂みの根本を指差して目くばせしてくる。

 七瀬も真似をしてしゃがんだ。すると深緑色をした葉に隠れた、鳥の巣が目に入った。そこには小さな雛が四羽。身を寄せ合って動かない。


「……ゎあ、すごい」

「最近生まれたばかりの、ヒバリの赤ちゃん。他の鳥とは違って地面に巣を作るの」

「へえ。サクちゃんは、これまでに何回か見に来てるの?」

「うん。親鳥に怖がられちゃうから、そんなにたくさんは来れないけどね。私のひみつの場所」

「そっか。……ひみつなのに、僕に見せてよかったの?」

「大丈夫。私がしゅんにいに見せたいって思ったんだから」

「……ありがとう」


 少し恥ずかしくなって、七瀬は明後日の方向を向いた。

 そのままの体勢でどのくらい経っただろうか。二人の間に流れていた静けさを打ち切って、七瀬が口を開いた。


「……ねえ」

「なあに?」

「サクちゃんは、この近くの子なの?」

「うん、そうだよ」


 サクは笑って頷いた。けれど七瀬は、複雑そうな顔で黙り込む。

 せっかく友達になれたのにもうお別れなんて、少し早すぎる。もしかしたらという願いを込めた質問の答えは、決して甘くはなく。

 七瀬は明日帰らなければならなかったから、次に会えるとしたら一年後になる。たった一年だと思うだろうけれど、子供の一年は大人のそれよりずっと長い。


「……大丈夫だよ、私たち、またもう一度会えるから」


 サクは七瀬を見ながら、優しくその背中を撫でた。

 しゅんにいなんて言うが、これでは彼女の方がお姉さんみたいだ。


「そうだ。しゅんにい、手を出して?」


 言われた通りに右手を出すと、その上からサクの握り拳が被さってくる。それが除けられた後、七瀬の掌には三つの粒が残っていた。黒くて艶がある、アーモンドくらいの大きさ。


「これは何?」

「種。しゅんにいにあげる」

「蒔くの?」

「蒔いちゃダメ。このまま大切に持ってて。……“お守り”だから」


 今までとは違う真剣な口調だった。


「分かった。ありがとう……大切にする」


 家に帰るまで万一にも落とさないように。それをしっかりと掌全体で包み込む。サクの温かみがまだ微かに残っていた。

 その様子を見ていたサクと、ふと視線が交わる。逸らすタイミングを七瀬が図りあぐねていると、サクは二,三度瞬きをしてから、また微笑んだ。つられて七瀬も笑った。

 どこからかカラスの鳴き声が聞こえてくる。サクは立ち上がると、七瀬に言った。


「そろそろ帰ろっか」

「カラスと一緒に?」

「正解」


 こっち。

 来た時と同じように、サクに手を引かれる形で林の中を進んだ。見渡す限りの全てが、幹の茶色と葉っぱの緑。どこまでも続くように思えるそれは唐突に終わりを迎える。視界が開けたかと思えば、そこは実家のすぐ近くで。突き刺すようなオレンジ色の夕日を見て、思った以上に時間が立っていた事に気がついた。


「それじゃあ、ね。しゅんにい。わたし、家は逆方向だから」


 サクとの別れも存外に早く訪れる。繋がっていた手が離れる時、心の底が締め付けられたような気がした。


「またね」


 長々と話せばその分だけ名残惜しくなりそうだったから、別れの言葉は短く済ませた。

 サクに背を向けて歩きだす。そのまま二十数歩進んだ所で、だけどやっぱり名残惜しさが込み上げてきて。

 たまらず七瀬が振り向いた時、そこにはもう彼女の姿は無かったのだった。

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