閑話 王都にて
大陸の中央に位置するザカリア神王国。
周りの国とは国境沿いで小競り合いがあるが、今は平和に安定している国である。
この国は全体的に敬虔な国民が多く、各地に神殿があり週に一度は祈りを捧げるのが慣習になっている。
神を信仰し、敬う真面目な国民達に神もそれに応え恩恵を与える。
神の守護と特別な力を持つ子がごくたまに現れ、そういう子は「神の愛し子」と呼ばれ、国に繁栄と安寧にもたらす存在として大事にされる。
ザカリア神王国の王城近くにあるこの国で一番高い塔、ザカリア特別神殿の最上階、神託の間。
この部屋の中央に膝をつき熱心に祈りを捧げる一人の姿があった。
真っ白い衣に身を包む、小柄な老婦人である。
ぴんと張り詰めた緊張感の中、フッとそれがゆるみ婦人の瞼が開く。
今行われた神との対話は混乱をもたらすものだった。
もう一度会話を思い出し、整理したい気持ちにかられたが、まずやらなければいけないことがある。
部屋の隅にある小テーブルの上に置いてあるベルを鳴らす。
涼やかな音を聞きながら、しばし待つと扉の向こうから声がかかる。
「最高神官長様、何か御用でしょうか。」
「王をここに呼んでちょうだい。神託が下りた、と。」
「はい、かしこまりました。」
「あ、ちょっと待って…」
王以外はどうしよう、王妃は大変な子煩悩で嘆く姿が容易に想像できる。
聡明で思いやり深い王太子ならば、神の意をくみ取りフォローしてくれるだろう。
「王太子も共に。」
「ただちに。」
神官の遠ざかる気配を感じ、やっと頭の中の整理を始める。
「神よ、我らが愛しいトリックスターにお慈悲を。」
神の言葉を一通り思い出し、王にいかに伝えるかをまとめると足早に近づく人の気配があった。
気持ち早めなノックに応え、入室を許可すると焦り気味な王と冷静な王太子が素早く入り込む。
供の者もここには近寄れない。
3人の間に沈黙が落ちる。
まず、最高神官長である自分から切り出さなければいけないのに、なかなかその言葉が出てこない。
押し黙る私を見て、王が思わず声をかける。
「悪い、神託なのか…。」
甥の心配そうな表情は妹のリーザそっくりだ。
見ていられなくて、目を伏せた。
リーザの悲しむ姿は昔から苦手なのだ。
可愛い私の妹よ、ごめんなさい。
「神託を伝える、速やかに実行するように。
まず一つ目は、第四王子の廃嫡。その後、魔の森に向かわせ、そこで生きること。
二つ目はザクリーニ公爵の嫡男を西の地、シュバルツバルド地方を治めさせること。」
神託を聞いた二人は思いがけないお告げに言葉が出ないようだ。
それもそうだ。
第四王子は「神の愛し子」なのだから。
それも何度もこの国の危機を救ってきた王子とその腹心にこの仕打ち。
魔の森とは凶暴な魔獣が棲むと言われ、森に入った者がニ度と戻ってこない未開の地である。
そこに住むとは死ねと言っているのと同じこと。
シュバルツバルド地方はその森に隣接してある西の辺境の地だ。
当然人気はなく、そこの領主になったら最後中央には戻れず、はずれくじをひいたも同様、貴族の墓場と呼ばれている。
そんな場所に王国の綺羅星と呼ぶべき二人を向かわせるのだ。
「なぜ、…こんなことに…」
「父上、…」
崩れ落ちる王を支え、王太子が気遣う。
優しい心を持つ甥は茫然自失の状態だ。
やはり、芯の強い王太子を呼んで正解だった。
この家族思いの子なら、これから先うまく立ち回って国を守ってくれるだろう。
今は亡き友のくれた護符を握りしめる。
あなたはこのことを予期して、私にこれをくれたのかしら。
あなたの贈り物、初めてありがたく使わせてもらうわ。
最高神官長は、ありがた迷惑な物をいろいろ創り出しては送ってきた友人に思いを馳せた。