未練の夢
夢を見る。
何ということのない夢だ。私の知己がいなくなる、そのすこし前のこと。
───正確には、彼女はただ死んだのではなく、唐突にいなくなったのだが。ともかく彼女は突然に、この世界から消失した。
私が最後の目撃者だった。私と彼女は仲が良かったから、よく一緒にいたし、その日もそうだっただけなのだが。私はいつものようにゴスロリじみた服だったし、彼女はいつものようにユニセックスなパーカーとジーンズだった。本当に、いつも通りだった。
ぼんやりとした夢の残滓の中を漂っていると、ふっと意識がある醒めた。母の声が脳味噌をゆらしている。おきたよ、と寝起きの喉で声を張ったが、呼び声は止まない。これまたまったくもって、いつもの朝だった。
部屋を出て、廊下を歩きながら、指をおおった袖をめくった。爪がずいぶんと汚い。もともとは、服装にあわせて綺麗にしていた。形を整え、マニキュアまでして、美しい爪であるようにしていた。このところほうっておいたから、マニキュアが中途半端になったうえ、爪の先もムダに長くなってしまっている。
休みの私と違い、今日も仕事に出てゆく母にいってらっしゃいを言って、寝間着のままで朝ご飯を食べた。
それから久しぶりに、お気に入りの服に手を伸ばした。黒の、フリルのたっぷりついたワンピース。いつもあわせているニーハイソックスを、愛用の靴下留めで留める。レースのペチコートをはいて、髪と化粧もととのえた。
最後に、爪を切った。マニキュアも綺麗に塗って、乾くのを待つ。彼女が、似合うと笑ってくれた、ワインレッドの爪。
この格好をするのはたぶん、彼女への未練だ。あの日と同じ格好でいたら、彼女は戻ってきてくれないかなんて、無残な夢の形をした、未練。
彼女は言った。
「ねえ、私あっちに行きたくないよ。まだ一緒にいたいよ。ねえ、」
彼女は私の名を呼んで、そして声にならない吐息で、助けてと言って、私に縋った。
さばけて、冷めていて、ときどき漢前と言われる私。女の子らしくて、可愛いという表現がだれより似合う彼女。私たちはいつも、外見詐欺だと言われたものだ。服装から想像する中身が逆だ、と。
彼女は泣きそうな声で、私の名前を呼んだ。そしてふと顔をあげて、時間切れかと顔をゆがめた。
「行きたくないよ、」
彼女が私の名前を呼ぶ。抱きついて、しがみついて、泣きそうな顔で、彼女は私の唇をふさいだ。
そして消えてしまった。
驚いた私が瞬きをする刹那で。
私のこれは、ただの未練だ。そう、夢に見るほどには、彼女の泣きそうな顔と、唇の感触が忘れられない。
───────ただ、それだけのこと。