金と灰青
金色の目、黒い髪。
言われてみれば同じ色です。言われなければ気付きません。
「言われたから、そんな気がしてるだけじゃないか」という説が頭をよぎります。
脳みその処理が追いつきません。
匂いは、毛皮を身に着けてるとか……試しに男の外套の中に鼻を突っ込んで確認をとるも、それらしきものの気配はありません。
頭、頭が実はあの狼の毛皮製のカツラだったりしませんか?
男が屈んでるのをいいことに頭髪の匂いを嗅いだり、手で触ってみるも地毛でした。
ずれない。
長めの癖毛で量は多いけど、編み込んでも、仕込んでもなさそうです。
やっぱり、服のもうちょっと内側かな……。
『おい、いい加減にしろ』
再び外套の下に潜ったら、男の手で制されました。
私の読みは正しいか?
その服の下にやましい物を隠してるんでしょう?
見せなさい。
『止めろっつてんだろ。慎みを持て』
立ち上がった男に両手を掴まれて、私は強制二足立ちです。
ごめんなさい、やめて、許して、この体勢きついです。
『お前、話せないのか? それとも話さないのか……』
男は考え込むように眉をひそめます。
話せないんですよ!
私、犬ですから!
骨格とか声帯の関係上、無理です。
構造は詳しく知らないので説明はできませんが、納得してください。
そして、早くおろしてください。
『やれない前提で進めるぞ。
まず、俺と触れてるところに意識を集中させるんだ。
そこからお前の言いたいことを俺に送り込め。
単語でも何でもいい』
きゅっと、一瞬、男は私の手首を掴む力をほんの少しだけ強めて口の端を上げました。
口から覗く歯が白い。強者の傲慢ここに見たり。
無茶を言いなさる。
『お前が話すまで、この体勢のままだ』
なんてこった。
とんだ鬼です。
しかし、この男には色々と質問したいことがあるし、意思の疎通ができるに越したことはありません。
信憑性が低くてもやってみる価値はあります。
えーと、手首に意識を集中させて……送り込む? どんな具合で?
電波? 電気? 駄目だ、見当がつきません。
足がプルプルしてきました。助けて。
『口を動かす必要はない。
川に石を投げ込むようなものだ』
川……石……投げる……。
ああ、駄目です。足が辛い、集中できません。
一旦おろしてください。
四足地面についてないと落ち着かない体質なんです。
本当の本気で、
『離して!』
体の奥の血流がまるで男とつながったような、奇妙な感覚が全身を駆け巡ります。
気持ち悪っ。
男が宣言通りに離したのですぐに解放されましたが、えも言われぬ衝撃の影響で、私は受け身も取れずに上半身をべちゃっと地面に落としました。「伏せ」のなり損ないみたいな様子です。
『す、すまん。
乱暴するつもりは無かったんだが
その』
『それは、もうどうでもいいけど
何、この感覚! 気持ち悪っ!』
気遣わしげに額に触れた男の手をそのままに、私は軽く顔を上げ抗議しました。
気持ち悪さを伝えるために、気持ち悪い思いをするとは、これいかに。
男は息を吸って吐くを一回してから、返答をします。
『慣れろ。
身体には障りないから大丈夫だ』
説明になってません。
そうだ、私には聞きたいことが山ほどあったはずです。
私に聞く権利は間違いなくあります。
体勢を立て直し、膝立ちになってる男の太ももに私の手を置いて、ずいと顔を近づけて問いかけました。
『あなたの目的は、何なのですか』
金色の目が揺れる。
昼間、対峙したときと同じように揺れた気がしました。
本当に目の前の男は、あの狼かもしれない。
男は口を開いたり閉じたりを繰り返した後に絞り出すようにして言葉を紡ぎました。
口を動かさなくて良いと言ったのは誰だ。
実際、口の動きと内容は連動していませんし、気分の問題なのでしょうか。
『南の、俺の故郷の狼族は
闇夜の毛皮と金の瞳を持って生まれる。
だが、俺ひとりを残して皆死んでしまった。
……だから、伝え聞いた北の狼族を探していたんだ』
男の荒れた指先は、私の目尻にこわごわと触れました。
『白雪の毛皮と灰青の瞳を持つ狼を
ずっと、探していた』
目はまっすぐと私を見つめています。
そこに宿るあまりに強い光に、私は目を逸らせないでいました。
『俺の妻となり、子を産んでくれ』