表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

棒を避ける知恵がほしい

 晴れわたった空、カラッとした空気と地面。絶好の公演日和です。ついでにこの辺りは温暖な気候で人々の顔は明るく穏やかです。おひねり弾むこと間違いなし!

 ご主人様、私、愛嬌をふるって媚を売って売って売りまくります。そうして、芸は大成功の大盛況のうちに幕を閉じ、豪勢にも夕飯にお肉を戴ける、かも……想像するだけで涎が湧いてきます。

 私の未来はとっても明るい。



 座長は酒に焼けたダミ声を張り上げて客引きを開始しました。

 あれに比べたら風邪っぴきのガマガエルのがよっぽど美声でしょう。しかし、そんな奇妙な声に引き寄せられるように今回も一人、また一人と足を止めていただいてます。

 声だけでなく、年嵩の男性にしたら随分と小さい体で飛び跳ねまわる様子は鞠みたいに楽しげで、通りかかった人々はこれから始まる催し物への興味を禁じ得ないようでした。あんな感じで散歩に付き合ってくれたらよく動けて面白いだろうな。


 隣にいたご主人様は静かな声を発したと思ったら、しゃがんで私の顔の両脇を手で挟み込むようにして顔を覗き込んできました。多分、「落ち着け」とかその辺りのことを言われた気がします。

 別にうずうずしてませんって。……してなかったよね? ちゃんと行儀よくお座りしてますよ。

 ご主人様に精一杯真面目な表情を向けると、私の心が伝わったのかほどなく解放されました。

 しかし、少しばかりぼーっとしてしまったのは事実。ご主人様は三分の一くらい正しい。出番まで時間があるとはいえ仕事中に変わりないし、きちんと気を引き締めなくては。

 私が決意を新たにしている中、公演が幕を開きました。


 最初の出番は“歌姫”さんと“楽士”さんです。

 私は未だに団員さんの名前を把握できていないので、申し訳ないけれど公演での役職を名前として呼んでいます。そうなるとご主人様は“調教師”さん、あるいは“猛獣使い”さんと呼ぶべきなのですが……いかんせん、どちらもしっくりこないのでご主人様としています。


 “歌姫”さんは硝子細工のように透き通った歌声を持っています。声に相応しい美貌の持ち主でもあるのですが、外に出るときはいつも顔に白粉(おしろい)を濃く塗りたくっているのでした。首から下の色が違うので、まるで仮面を被ってるかのようです。

 顔がそんななので、すらりとした肢体も、風に揺れる艶やかな黒髪もどこか作り物めいて見えます。


 “楽士”さんは寒がりで衣を何枚も重ねて着てるので、どことなく魯鈍な印象を受けます。加えて盲目でした。一歩一歩、一つ一つの所作が注意深く、ゆったりとしています。しかし、演奏をするときは普段の様子が嘘のように、情熱的に、時には優美に、物悲しく、激しく……百の曲があれば百すべてを弾いてしまう、恐ろしく器用な男です。


 ある日は雅やかな古典音楽

 ある日は山間部の民俗音楽

 ある日は教会で奏でられるような聖譚曲

 ある日は民謡


 とにかく弾く曲の幅が広く、種類は多岐に渡ります。曲に合わせて楽器を変えることもしばしばあります。

 すべてとは言わずとも、その半分以上には対応できる“歌姫”さんはもっとすごい。

 本日の選曲は、雪深い地で良く聞かれていたものでした。厳しくも幻想的な風景が思い出されます。あと、どれくらいしたら再びあの地に行くことになるのでしょう。

 移動は大変ですが、雪遊び大好きなので待ち遠しいです。


 次は“太刀遣い”さん。がっしりした体格で岩のようなおじさんです。

 あ、足取りがフラフラしてる。しかも禿げた頭が茹でタコのように真っ赤……また、朝っぱらから酒を飲んでやがる……。

 お客さんも不安気です。先ほどの演奏が終わった後とは違う種類のざわめきが起こっています。

 でも大丈夫。


 誰かの罵声を気にする素振りも見せず、的へ向けての第一投

 ――――悲鳴の中、見事命中。

 直前で太刀を落としそうになりながらも第二投

 ――――お客さんが息を飲む中、見事命中。

 第三投

 ――――当然みたいに命中必中。ど真ん中。

 悲鳴はいつしか歓声に変わっています。


 “太刀遣い”さんはどんなに酔っぱらっていても、絶対に的を外さない名手です。

 故に千鳥足はかえって、芸のスパイスだと錯覚させられます。

 でも、外さない、それも毎回ど真ん中に命中させるだけでも十分素晴らしいので、そんな刺激までいらない。初めて立ち会った時は心臓が止まるかと思いましたよ。

 全ての的に当て終わると、“太刀遣い”さんは赤子の頭くらいの大きさの丸い果実を持って、お客さんに呼びかけました。いくらかして、痺れを切らした“太刀遣い”さんがお客さんの一人の青年をひっぱり出そうとすると、座長が飛んでいきました。あのお客さん、泣いてる。

 お客さんの頭の上に乗せた果実に太刀を命中させる……“太刀遣い”さんなら子供から大人まで、どの身長の人にも合わせられるだろうし、絶対に外さないでしょう。

 しかし絶対に誰も呼び掛けに応じないので、座長が毎度この役を請け負ってます。

 おそらく未来永劫変わりない。


 そして、とうとう私とご主人様の出番です!

 座長の前口上の後、お客さんの前へと登場すると悲鳴が上がり……あれ? 歓声じゃないんですか?

 ていうか、皆さん私たちを見ていらっしゃらない?








 男の人の叫び声、女の人の悲鳴、叫び声、悲鳴、叫び声、悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴。









 人垣が割れて、目の前に躍り出てきた黒い獣は……狼。

 


 





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ