説明
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「さて、バッソ様は騒ぎすぎてお疲れのご様子、改めまして私はペーター様にお仕えするカサドールと申します。ご事情を聞かせて頂けるということですので、部屋を用意致しました」
若干引きながら俺も改めて挨拶をし、執事の後に続いてお屋敷に案内された。なお、気絶したバッソも門番に引きずられながら俺たちの後を付いて来ていた。
お屋敷は王都の喧騒が届くことは無いものの、鍛錬の掛け声や木剣を打ち合う音は変わらず響いている。カサドールの歩調に合わせ敷地内を歩いていると、三階建のレンガで出来た建物が現れ、頑丈さと華やかさを両立させていた。押し開けた扉もまた重厚で、一見は木材のはずだがそれが疑わしいほど重い音を立てていた。
そしてある一室に案内された俺たちはお茶を出され、ここでしばらく待つようカサドールから言われた。
「あれ?俺はカサドールさんに説明するかと思っていたんですが…」
違うソファーに寝かされたバッソを横目に見つつカサドールに尋ねたが、彼が答えることはなかった。なぜなら、
「待たせたな」
扉を開けて入ってきたのは、この屋敷の主であるペーター本人だった。ペーターは身長2m越えの年は30代位だろうか、とんでもない偉丈夫がそこには居た。そして立って挨拶をしようと思った俺をとどめ、正面のソファに寝かされているバッソを一瞥した後、彼をソファから蹴り落としていた。
「痛っ!誰だ一体!」
「俺だ」
「…ち、父上でしたか」
蹴り起こされたバッソは最初だけ威勢は良かったが、目の前にいるペーターを見た途端、よく躾された犬のようになっていた。
「バッソ、貴様また人の話しを聞かずに暴走したらしいな?あとで100人稽古な。まったく、一体誰に似たんだか…」
俺の存在を忘れて子供を叱り始めたペーターと、ある意味そっくりな気がするんだが。同じことを思ったのか執事であるカサドールが軽く咳払いをすると、ペーターも何しにこの部屋に来たのか思い出したようだった。
「と、すまんな。お前さんがこの剣を持ってきた奴か?」
ペーターはいつの間にか手にしていた小剣の紋章を確かめ、それを俺に見せながら尋ねてきた。尋ねられた内容を頷いた俺は、その小剣を手に入れた背景の説明をつぶさに始めた。
そしてやはり盗賊のアジトで見たあの親子はペーターの息子ラチェットと屋敷の女中で、赤子もこの二人の子供だったらしい。頑強な人物が多数輩出されるペーター家において、亡くなった息子は生真面目な学者肌な性格だったようで、貴族の義務や自分だけ性質が違うことに悩んだ挙句の駆け落ちだったようだ。
「俺の息子、ラチェットは確かに貧弱で武の欠片も無かった。だがそれでも…違う道はあった、あったんだがなぁ」
ペーターは本当に悔しそうに呟いていた。
また、俺が女中の安楽死に関わったことも正直に告げた。その上で、もし女中をここに連れてきた場合に彼女の扱いはどうなるのかと聞くと、これも碌な結末ではなさそうだった。
ラチェットがここまで思い悩んだ理由が彼の母親にあるらしく、母親は武の名門としてラチェットに強くあれと願い、様々な教師をつけ学ばせようとしていた。しかし一向に強くなる気配もなく、母親は願望と現実の狭間でイラつき、ラチェットにきつくあたっていた。そんな最中の駆け落ち騒動だったため、もし生きて戻ってきても立場の弱い女中がまず間違いなく詰め腹を切らされることになる。
そんなやりきれない思いが部屋に満ち、変わらず剣の打ち合う音とそれを煽る濁声が遠くに聞こえ、誰も口を開かない中、ペーターはそれを破るように陽気にしゃべりだした。
「まあ何にしてもだ、ソーイチロー、行末を教えてくれて助かった。あとスマンが、この件はしばらく秘密にしておいてくれるか。他に知っている人物が居たら、口止めも頼む。金が必要なら払うからよ」
口外する気もないので了解し、また後のほうの依頼も合わせて引き受けた。
「それで礼をしたいんだが…何がいい?」
そう言った時のペーターはまるで子鹿を前にしたトラのような、獲物を見る目で俺を見ていた。なぜそのような目で見られるのか、何か失礼なことを言ったのかと思い出そうとするがどうにも分からない。
分からない事を考えてもしょうがないと頭を切り替え、ペーターが言うお礼の事を考える。
「うーん…単なる自己満足なので考えてないんですよね…」
元々は盗賊のアジトにいたあの家族の行く末を看取りたいというか、この手で送った人の家族に知らせたいという、100%自己満足の世界だった。この感情は果たしてどのような名前が付いているのだろうか。
「…」
ペーターは辛抱強く俺の回答を待ち、バッソやカサドールも真剣な目で見ていた。注目を集めている中、俺はゆっくりと貰いたいお礼を述べた。
「では、どなたか対魔法使い戦に優れた近接戦闘職の方に手ほどきをお願いできないでしょうか?」
考えた結果、こんなお願いを述べた。
良くも悪くも、この世界は実力本位。あの親子のような被害に会わない為には自分で実力を付けるしか無い。勿論その努力を怠ったつもりは無いが、問題は俺の経験の少なさ。先の護衛依頼の襲撃で、敵は俺のショットガンをほいほいと避けていた。こんな簡単に避けられる状態を放置しておくことは出来ず、その対策をどのようにしたらいいかのアイデアを得ようと考えたのだ。
そう考えをまとめていたら、正面に座っているペーターがニカッと笑い、
「そうかそうか!じゃあとっておきの奴を紹介してやるぜ、楽しみにしてろ!」
とてもとても嬉しそうな顔をしていた。そんなペーターを見た息子のバッソは「あーあ…」と言いたげに天井を見ていた。これはひょっとしたら変なフラグを立てたのか?
「それで戦うのはお前だけでいいのか?」
ペーターは俺だけじゃなく後ろに控えているティアラとコロネを眺めている。俺もなるほど、と考え、ソファに座りながら後ろを振り返り、二人に問いかけた。
「どうする?二人共?」
「手ほどき、よろしくお願いします」
「じゃあコロネも!おねえちゃん以外の人ともやってみたかったんだ」
と、元気にコロネは手を上げた。ティアラは控えめにお願いしますと言い、これで三人とも教えを請うことになった。
ティアラは母親であるミストさんから、コロネはセフィリアからそれぞれ戦い方を学び、かなりきつい修練を積んでいる。見ていて体罰なんて言葉じゃ生ぬるいほど過酷な修行なのだが、二人は挫けることもなく師に付いていっている。
「お、元気が良い奴はいいぞ!んじゃ、後ろのメイドはカサドールが相手してやれ」
「畏まりました」
ティアラはゆっくりお辞儀をし、相手をしっかりと見ていた。
「で、その元気のいいお嬢さんは…」
「父上!自分がやらせてください!」
コロネに劣らず元気に手を上げたのは息子のバッソだった。そういえば、バッソは剣を抜くことすら出来ず完封されてたっけ。バッソの目は復讐というより、今度こそ勝つ!という闘志がみなぎっていた。
「バッソか…まあいいや、コロネとやらもいいか?」
「いいよ!よろしくね!」
向日葵のような笑顔を浮かべ、コロネはバッソに握手を求め手を伸ばしていた。バッソはポカンとしていたが、差し出されていた手に気づき、汗だらけの手を拭って慌てて握手をし、少しどもりながら「こ、こちらこそ…」と先程の元気さがどこかに飛んでいったように、小さく返事をしていた。握手を終えたバッソは頬を赤くしつつ、先程まで握っていた手のひらを眺めている。
「よし、じゃあさっそくいこうか!」
ソファから立ち上がり、ペーターは外に向かった。いつ戦うかなどの調整をしようとも考えていないのは、ある意味王族らしい傲慢なのかもしれない。
ペーターの後に慌ててついていき、正面玄関とは違う扉から外に出ると、王都とは思えないほど広い敷地が広がっていた。綺麗に石畳で舗装され、騎士と思われる人達が素振りや武器を使った試合、素手での組手をしたりと様々な練習を行っていた。そんな騎士たちの間をぬって適当な空き地に向かって歩いていた。
ペーターは気にせずどんどん歩いて行くが、さすがによそ者の俺は近くにいる騎士たちに小さくお辞儀をしながらついていく。
「ペーター様が近くを通っても、騎士の方達はお辞儀しないんですね」
誰にともなく呟いた言葉だったが、カサドールには聞こえていたらしく、
「最初は騎士団も敬礼を持ってお迎えしておりました。しかし閣下は「俺が通るくらいで鍛錬を止めるとは何事だ!」と仰り、この練兵場での敬礼を一切禁じになられました」
「それはまた…」
しかし騎士をよくよく観察すると、練習の手は止めないが明らかにこちらへ意識を向けている様だった。
「とはいえ、やはり騎士の方もこちらが気になる様子。そして気にしすぎて手元が疎かになった者は…」
「おい、そこの!!気ぃ散らしてんじゃねえよ!!ちょっと俺が乱取りしてやる!」
ペーターは組手をしていた騎士の一人を捕まえ、相手を変わり組手を始めてしまった。一瞬だけ戸惑った騎士だがすぐに気を入れ替えペーターに挑んでいく。騎士は顔を狙ったパンチを放ったりタックルをしたりと色々と攻撃を加えているが、ペーターは全ていなし、偶に反撃を加えながら相手の悪いところを指摘していく。そして疲れの見えた騎士の動きが止まった瞬間、ペーターは一気に踏み込み防具の上から殴り飛ばした。5mほど吹き飛んだ騎士はごろごろと転がり沈没していた。
「ソーイチロー様も腑抜けた事をなさいますと、あのようになりますのでお気をつけ下さい」
騎士が飛んで行く様子を見ていた俺にカサドールが小さな声で教えてくれたが、あまり嬉しくない情報だった。
「さて、ここら辺でいいか。武器が必要ならあそこにおいてあるのを使え。なきゃ自分の使え。最初は…よし、そこのちっこいやつからでいいか、バッソ行け」
指名された二人は少し離れた所で対峙し、バッソは長剣をすらりと抜き去った。バッソの持つ長剣は最初から刃引きした物であるようで、練習用の武器と交換せずそのまま剣を抜き正眼で構えている。
「あのちっこいやつ、あの体躯で無手とかすげえな」
ちっこいやつとは勿論コロネのことだが、他の騎士達と比べ三回りほど小さい。バッソも他の騎士たちより一回り小さいとはいえ、それでも特に目立っていた。
「さてさて、どんな戦いを見せてくれるか…」
試合形式を採っているが、別に決闘でもなんでもないため審判は付けない。お互いが納得したタイミングで戦いを始める。
コロネが静止状態から一気に駆け出し、バッソの三歩手前で高くジャンプする、かと思ったがフェイントらしくさらに低い姿勢で突撃した。
「上か!」
バッソはフェイントにきっちり引っ掛かり、視線を上に向けている。
「うはっ、ちっこいの速えな!」
ペーターの驚く声を背後に、コロネは剣の下を掻い潜りつつバッソの前腕を強く蹴り上げる。
「ィダッ!」
痛みに顔をしかめたバッソだがまだ戦意は衰えておらず、打ち上げられた剣を強引に引き戻そうとするが、強く蹴られた腕にしびれが残っているためか振り下ろしは遅い。その隙を逃さずコロネが踏み込み、片手は柄を抑えつつもう一方で掌底をバッソの胴体に叩きこむ。
「ゴホッ!」
踏み込んだ力を存分に乗せた掌底は体重差をものともせずバッソを吹き飛ばし、コロネは追撃とばかりに彼を追う。吹き飛ばされたバッソは何とか倒れる事だけは堪えまだ戦えるとばかりに剣を構え直そうするが、コロネはすでに懐に入り込んでいて掌底を顎の下で寸止めし、決着はついた。
「ま、参りました…」
「あの嬢ちゃんすげえ!」
「速かったな!」
「可愛いのに恐ろしいな…」
「あの子があともう5歳若かったら嫁にもらうのに…」
「おい、ロリコンはだれだ?!」
コロネより5歳若いってどう考えても一桁だろ…一体誰がロリコン宣言したのかここからでは分からなかったが、それとなくコロネに注意を促しておこう。
「はぁ…はぁ…んっ、はぁ…参りました」
次はティアラ達の番かと彼女の方を見ると、何故か吐息が聞こえてきたと思ったらいつの間にかティアラとカサドールの試合が終わっていた。ティアラの喉元にカサドールのナイフが突きつけられていたのだ。
「うお!ティアラの試合始まってたんだ…じゃなくて終わったのか、すでに」
「はぁ…はい、お互いの主に近寄られたら負けというルールで戦っていました。まったく歯が立ちません…」
そう言ってティアラは俯いていた。カサドールは悔しそうなティアラを、まるでかわいがっている孫娘を見るような目で見ていた。
「ほっほ、その若さでその強さなら十分どころか望外ではないでしょうか。ですが、主を守る事ばかりに意識を向けて自身の身を守る事を疎かにし過ぎでしたな。あなたが死ねば主も死ぬのです。どちらが大事というよりどちらも守り切るよう意識を切り替えたほうがよろしいかと」
「…ありがとうございます」
さて、コロネはどうかと目を向けると、顔を赤くしぽ~っとコロネを見ているバッソの姿があった。
「…か、可憐だ。わた、私の名前は、バッソ・サガン・イカルスと申します。よ、よろちければお嬢さんのお名前をお聞きききかせ願えませんか?」
「?コロネだよ?」
噛み噛みなバッソをコロネは不思議な生き物を見る目で見ていた。
「コロネさんか…可愛らしい名前だ。コロネさん、コロネさんはどこにお住まいに?もし宜しければ自分とケッ、ケッコ、ケッコ…」
「あ、おにいちゃんがこっち見てる!じゃーねー!おにいちゃん!見てた見てた?」
バッソは胸に手を当て若干前のめりになりつつ一生懸命に話しかけていたが、俺がコロネを見ていると気づくと、バッソの様子には目もくれず一直線に駆け寄ってきた。取り残されたバッソは胸に手を当てた姿で硬直していた。
「哀れバッソ…」
褒めて褒めてと言ってくるコロネを撫でながらの呟きだった。
その後もカサドールからの指摘や指導を受け、ティアラは学んでいた。コロネはコロネでペーターから色々と指導を受けているようで、シャドーボクシングのようなことをやっていた。
ちなみにバッソは仲間の騎士たちから揶揄われ、顔を真っ赤にしている。
そして一通りの指導が終わったのか俺の番になった。相手は誰かというと…言うまでもなくペーター本人だった。
「よし、ソーイチロー!殺ろうか!」
「その言い方おかしいよね?!あ、じゃなくて、おかしいかと思います」
思わす素でツッコミ入れてしまい慌てて訂正したが、そもそも言い返すこと自体が烏滸がましい事ということに後で気づいた。しかしペーター本人はツッコミを入れられた事は嬉しいようで、男臭い笑みを浮かべていた。
そして試合を行うエリアまでゆっくりと歩いて行った。
◇
ソーイチローはまっすぐ会場まで歩いて行ったが、ペーターは自身の武器を取りに一旦倉庫にまで戻っていた。その間、残された四人はどんな試合になるのかと想像を巡らせている。その中でも年長者であるカサドールが話の水を向けた。
「ティアラさん、コロネさん、閣下とソーイチロー様と試合はどのようになると思いますか?」
「勿論おにいちゃんの勝ち!って言いたいけど…」
コロネはティアラの方をちらりと視線を投げ、
「引き分けかなー」
「引き分けかと思います」
ティアラとコロネは異口同音で結果を予測した。しかしその予測に納得できないバッソは、怒りとも馬鹿にしているとも言える口調で反論した。
「お前ら何言ってんだ!?父上が魔法使い如きに勝てない道理は無いだろ!!」
しかし、カサドールは「ふむ」とあごひげをさすりバッソの声を無視しながら、その根拠について問いかけた。
「閣下は対個人戦では無類の強さを誇るお方。遠距離戦はソーイチロー様が有利かと思いますが、この距離では彼の特性も生かせないと考えますが?」
「その通りかと思います。恐らくご主人様の攻撃は全て防がれ、ペーター様に通じることは無いでしょう」
そうティアラは断言した。それを聞いたバッソは得意げに胸を張り、そうだろうとばかりに頷いていた。
「ですが、ペーター様の攻撃もまた、ご主人様に通じることは無いかと存じます」
「ふんっ、馬鹿言うな、あの男に父上の剣を退ける力は無い!」
バッソの断言にティアラは冷たく一瞥をくれるだけで、反論も訂正もすることは無かった。