お届け
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「まあ二頭のほうは王弟だがな。これをどうした、とは聞かないほうがよさそうだな」
「そうですね、迷惑を掛けたくないので聞かないほうがいいかもしれません」
こちらの事情を話さず情報をもらうのは気が引けたが、それでもペタッキは構わないと笑いながら説明してくれた。
この国はユライ・コインズ・イカルス王が治め、多少変わった所はあるらしいが堅実な運営をしていると評判だ。一方ペーター・サガン・イカルスは王の弟で軍関連のトップを務めている。こういうパターンだと軍部を掌握してる王弟が王の座を狙ってクーデターでも起こしそうだが、ペーターにはそんな気はサラサラ無いらしく、安定した治世を喜び自分が暇なのはいいことだと言いまわっているそうだ。
「それは中々出来た兄弟ですね」
「と、思うだろ。それでも先王から王位継承の時は一悶着あったんだ」
少し暗い顔をしながらペタッキは話を続けた。
「兄弟がな、お互いに「お前が継げ!」と喧嘩を始めてな…」
「普通、逆じゃないですかね?!」
「そう思うだろ?まあ、元が冒険者が興した国だから束縛より自由を欲したらしくてな。それで弟が勝って兄が王に、それで負けたままじゃ悔しい兄が弟に軍部を押し付けたって訳だ」
「いいのか、この国は…」
「さあ?どちらにしても王と王弟は庶民から人気あるからいままで何とかなってるんだろうな。あとはペーター様はご自身もかなり強いからな、それで軍を統括することができてるかもしれん」
「王族なのに強いんですか?」
「ああ、騎士相手に100人抜きしたとか、亜竜を一人で倒したとか、単身突入して盗賊団を壊滅させたとか、まあ色々だ」
若干呆れ気味な返事をし、ペタッキからペーターのお屋敷の場所を教えてもらった。それから少々の雑談をした後、ペタッキと別れペーターのお屋敷に向かった。
ペーターのお屋敷は貴族街の中でも王城に近いところにあり、白い塀に囲まれたとても大きいお屋敷だった。また貴族街は治安維持のために多くの巡回員がいて、一冒険者の俺が普通に歩けるものなのか少しビクビクしていた。しかしすれ違った巡回員から呼び止められることも無く、ペーターのお屋敷の近くにまで到着することができた。
「うーん、俺のような怪しげな冒険者が歩いたら、捕まるのかなーとか思ってたんだがな」
その疑問にはティアラが答えてくれた。ちなみにコロネは周囲の大きいお屋敷に驚いて「ほえー」と口を開けながらキョロキョロしていた。
「あの、こう言ってはなんですが、ご主人様はあまり冒険者に見えません」
「あー…そうだったね…」
それでよく揉め事に巻き込まれるんだし。
「あとお召のローブも分かる者には価値が分かります。ご主人様の容貌と従者である私達を見て、どこかの高名な魔法使いと考えたのではないでしょうか」
「なるほどなぁ」
あと武器の類を携帯していなかったのも、相手の警戒心を下げる役目があったようだ。初めて冒険者らしくない様相が役に立った気がするな。
ペーターのお屋敷の入り口には門番が二名おり油断なく周囲を警戒していた。壁の向こうがどうなっているかは分からないが、何らかの訓練をしているのか様々な掛け声が俺たちにも聞こえてきている。
「さて、特に約束もコネも有るわけではないが…どうするべきかな」
俺がペーターのお屋敷というか、盗賊討伐の時に手に入れた小剣を届けに来た理由は、俺が最後に看取った女性と旦那、子供の最期について知らせるためだ。あの女性の旦那が小剣の持ち主かどうかは確定出来ないが、身なりと状況はそれを示唆している。
「むー…思い浮かばん、しょうがない、正面突破してみるか。正直こんなでっかい所だと思わんかったからノープランだよ…」
俺たちが門に近づくと門番の二人が少し怪しみながら誰何の声を上げた。
「止まれ。ここはペーター様の屋敷である、何用か?」
「俺はフィールで冒険者をしているソーイチローといいます。ある依頼の最中、このような小剣を手に入れたのですが…この紋章、ペーター様のお家の物でしょうか?」
取り出した小剣で一層警戒心を煽ったが、柄の方を門番に向け紋章を見せると、俺に声を掛けてきた門番が近寄り紋章をまじまじと確認した。
「ふむ…確かにそう見えるな。これをどこで?」
「ええ、それをお伝えしに伺いましたが…この場で話しても?」
人通りが無いとはいえ、ここは天下の往来、さすがに立ち話で済ますことでもないと考えたのだろう。
「そうだな…分かった、おい、カサドール様を呼んできてくれ」
「はっ」
一人の門番が中に走って行き、その途中で警ら中だった他の警備員に一声掛け、遠くのお屋敷に向かっていった。声を掛けられた警備員は席を外した門番の代わりかこちらに近づいてきた。そんなバックアップ要員が来たことを確認して残っている門番は、用意が整うまでの暇つぶし代わりに雑談を始めた。
「この小剣を届けるためだけにフィールから来たのか?」
「いえ、護衛依頼で王都に来たのでそれに合わせてですかね」
「なるほどな。フィールと言えば、この間大暴走が…」
と、いい天気な空に合わせてのんきな会話をしていたのだが、そんな空気を引き裂く男の声が周囲に響いた。その男は俺と同い年くらいとまだ若いながら、着込んだブリガンダインは使い込まれ、腰につけている長剣も違和感が無い。
「きさま!その剣、どこで手に入れた!!」
声をはりあげた男が指差したのは、俺が持っている例の小剣。
「ぼ、ぼっちゃん、この人はですね…」
世間話をしていた門番が少し冷や汗を垂らしながら、ぼっちゃんと呼ばれた人をたしなめようとしていたが、彼は耳を貸そうとは考えなかったようだった。
「構わん!この者を捕らえて聞き出す!!」
ブリガンダインを着込んだ男は長剣に手を掛け、一歩踏み込みながら剣を抜き放とうとしていた。しかしそれより速く反応したのはティアラとコロネだった。ティアラはナイフを抜き俺の前で構え、コロネは一足で男の近くにまで踏み込み、足の爪先で剣の柄を抑えこんで抜剣を阻止していた。
「なっ?!」
まさか自分より小さな少女に抜剣を防がれるとは思っていなかった男は、驚きの声を上げていた。しかしそれでも諦めない男は一歩下がって、今度こそ抜剣を果たした。コロネもまた俺の方に下がり、腰を落として油断なく男を観察していた。
「ぼ、ぼっちゃん!だからですね、この人は!」
門番はぼっちゃんと呼ばれた男の前に立ち、一生懸命に彼を止めようとしているのだが、ぼっちゃん呼ばれた男も自身の行動が阻害された事で更に頭に血が上り、いきり立っている。
「ええい、黙れ!こいつは兄の剣を持っているのだぞ!!離さんか!!」
もう一人の警備員は羽交い締めしてなんとか動きを止めようとしているが、どうやら男の力はそれ以上にあるらしくズルズルとこちらに近づいてきている。俺には無い力はちょっと羨ましい。
それはさておき、ここまで頭に血が上っていると冷静になるには時間が掛かることだろう。かといって強引に取り押さえたりしたら、それはそれで問題がある…か。
さらに悪いことに人通りが殆ど無いとはいえ、散歩中の人や警ら中の衛兵もいて少しづつ騒ぎが大きくなってきている。
さすがに人のお屋敷の前で押し問答するのは醜聞も悪かろうと考え、一旦街に戻ることにした。頭に血が上っている男をちょっとだけ冷静にさせるため、ペーター家の紋章が刻まれている小剣を彼の方にぽんと投げ渡した。
「あまり歓迎されていないようなので、本日は宿に帰らさせていただきます。もし御用がありましたら、宿の方まで…」
そこまで言いかけたところ、お屋敷からパリっとした燕尾服を着込んだ執事がやってきた。
「お待ちください。バッソ様がご迷惑をお掛けしました」
カサドールと名乗った執事は折り目正しく頭を下げたが、それに納得していないバッソはさらに声を上げた。
「カサドール!そいつは兄の剣を持っていたんだぞ!とっ捕まえて吐かせてやる!!」
「バッソ様、ソーイチロー様はその事情を説明しにわざわざここまで来たのです。それを…」
「そんなの盗んだに決まってるだろ!いいから捕まえるんだ!!」
カサドールは若干目を細め、しばらくバッソを見ていたかと思ったら、
「……フンッ」
「ゴファ!」
「「「「あ」」」」
短く息を吐きつつ霞むほど早く打たれた手刀はバッソの首筋に叩き込まれ、彼の意識を吹き飛ばしていた。