ドラゴンの飛び方
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翌朝、完全復調したコロネはこれ以上ベットに縛り付けられるのは嫌だとばかりに暴れまわった。まあ暴れまわったという表現はおかしいかもしれないが、誰よりも先に起き家事に勤しみ元気なことをアピールしていたのだ。
そんなコロネの様子を見かねたセフィリアがとうとう折れ、
「分かった分かった、コロネよ、もうベットで寝てなくても良いからもう少し落ち着いておれ」
「ほんと!やったぁ!!」
コロネはガッツポーズしながら飛び上がった。チラリと見えた白いお腹とおへそがとても眩しかった。
◇
コロネが全快してから一週間が過ぎた。そして今日はティアラとコロネの魔力を測定するとセフィリアは言っていた。本来なら抱いた翌日にでも計測するのだが、コロネの高熱のため延期していたのだ。
とはいってもティアラは魔力欠損症特有の倦怠感が無くなっていると言っていたため、魔力はすでに回復しているだろうとセフィリアは診断していた。
一方、よく分からないのがコロネだった。元々先天的な魔力欠損症であったため、魔力があるというのがどのような状態か分からないのだ。しかし変化点もあり以前より体がよく動くとコロネは言っていた。そのせいでお皿やコップを割ったりと被害も馬鹿にならないものがあったが…。
実際に簡易測定を行った結果、ティアラは母親のミストさんと同じような傾向を示し普通に魔法が使えるようになっていた。一方、コロネはというと最大放出量は極めて小さいが体内に保持している魔力量はティアラと同じくらいという結論に達した。
魔力を水に例えるならば、樽に入っている水の量は変わらないがそれを汲み出す入れ物がティアラ達はジョッキ程度あるがコロネはコップほどしかない、ということだ。
まあトドのつまりコロネに詠唱魔法はロクに使えないだろうということだ。但し、外部に放出する魔力が少ないだけで身体強化など体内に作用する魔法は問題ないため実生活に困ることはない。
二人に魔力があると確定した日の翌日、ミストさんはティアラとコロネを連れて役場へ向かった。そう、ミストさんが半ば諦めかけていた、ティアラとコロネに戸籍登録証の魔法陣を施してもらうためだ。
ミストさん達が外出してる間、俺とセフィリアは今後のことについて話し合っていた。
「さて、今後はどうするかの?」
「一旦セフィリアの庵に戻りたいかな」
「ほう?何故じゃ?」
「生活するだけならフィールの街でいいんだけど、とにかく魔法の実験がやりにくい」
「やはりそうか」
とにかく街中では魔法の実験がやりにくいのだ。特に攻撃魔法は街中での使用は厳禁であるため、改良しようと考えている防御魔法の実験ができない。セフィリアのような高威力の攻撃魔法などもってのほかだ。今更ながらセフィリアがあのような僻地に住み着いた理由が分かった。
「ワシも魔力欠損症の精密測定は庵に行かないと無理じゃからな。ミスト達に意思を確認するとしようか」
「だね」
「ソーイチローは何か新しい魔法を作るのか?」
「うん。ああそれで思い出した、セフィリアに聞きたかったんだけどさ魔法で空を飛ぶことって出来る?」
「魔法で空を飛びたいというのは魔法使いが誰しも夢見る事じゃな。しかし…人の身では不可能という結論になっておる」
「そうなんだ…ん?人の身ってことは人以外なら魔法で空飛んでるのっているの?」
「おる。例えばドラゴンじゃな」
「ああ、なるほど」
ドラゴンのような巨体で空を飛ぼうと思ったら、それこそ魔法でも使わないと飛ぶことなど出来ないだろう。
「昔な、とある貴族が大のドラゴン好きで身代が傾くほど研究に没頭したそうだ。それで若いドラゴンに山ほどの金銀財宝を積み、ドラゴンの背に乗せてほしいと交渉したそうだ」
「へー、ドラゴンと交渉って出来るんだ」
「ドラゴンはそもそも知性ある竜の事を指すのじゃぞ。その代わりどれだけ図体がでかくても知性の無い竜は亜竜でしかないんじゃ」
ただ、単純な強さではどちらが強いとも言えないそうだ。知性は無いが強力な亜竜もいれば知性はあるが非力なドラゴンもいるらしい。あくまでドラゴンの中では、という前提条件になるが。
「それでドラゴンの背に乗せてもらい飛び方を研究した著書が残っておる。その本によればドラゴンは飛ぶ時に二種類の方法があるらしい」
セフィリアは手のひらで鳥の羽ばたきの真似をしていた。
「まずは飛び立つ時と着地の時じゃな。翼の羽ばたきから強力な風が放たれ、巨体を空へと押し上げておる。この風を受けた者によると、まるで水の中で水流を受けているような感覚だったらしい。実際、ドラゴンの羽ばたきを受けると目を開けられず立つこと叶わず息すら吸えなかったようじゃな。このドラゴンの羽ばたきは”重き風”という名で有名じゃ」
今の話から推測すると、ドラゴンは羽を打ち下ろす時に重い粒子のような物を出す魔法でも使っているのかもしれない。普通の空気だけで巨体を押し上げられるほどの浮力を得られるとは考えにくい。
「なるほどね、もう一つは?」
「飛行するときじゃな。魔法を尻から出して飛んでおる」
「……なんだって?」
「飛行しているときは翼をあまり動かさず、尻から魔法を出して飛んでおったそうな。急加速する時には糞を撒き散らし、その反動も利用してたと書いてあった」
つまりドラゴンの飛行はジェット機と同じなのだろう。そして糞はカウンターマス代わりにして加速をしているのか。
理屈は分かる、わかるが…
「ドラゴンっていったい…」
「うむ。このせいでドラゴン好きだった貴族は印象を大きく崩され真っ白に燃え尽きたらしい。ドラゴン研究の著書を認めた後、そのまま隠居しおった。ちなみに著書名は「ドラゴンの幻想」じゃったぞ」
若干頭痛がしてこめかみを揉んでいる。魔法は尻から出るとか、俺と魔法陣対決でも出来そうな気がする。
「それでソーイチロー、お主は空を飛ぶ魔法を作るつもりか?」
「防御魔法の改善と飛行魔法の研究の両方かな。まあどこまで出来るか分からないけどね」
まず、前回の大暴走での改善点は防御につきる。『楔の盾』はちゃんと展開できれば堅牢無比な防御魔法ではあるが、使い手たる俺が発動できない場合は宝の持ち腐れ以外なんでもない。それに俺は身体強化で多少は頑丈にできるが、反射神経や思考速度まで強化出来るわけではないため、そこの自動化なり補助できるような描画魔法を作るのが目的になる。
もう一つ、空を飛ぶ魔法が欲しいと思ったのはコロネの薬草採取に起因している。どうしても地上を走るのは限界がありいっそのこと空でも飛んじまえ、なんて考えたのだ。困難な描画魔法になるだろうが、やる価値は十分にあるだろう。
セフィリアとの会話が終わり、各自が黙々と作業をしているとミストさんたちが帰宅した。
「ただ今戻りました」
「おかえりなさい、ミストさん。それでどうだった?」
どうだった、とは役所で戸籍登録が出来たか否かということだ。大丈夫だとは思っているが現物を見るまではどうしても安心できない。
そんな俺の心配を他所に、ティアラとコロネは左手の甲を見せフィールの戸籍登録証を浮かび上がらせた。
薄っすらと浮かび上がる戸籍登録証と二人の満面の笑みがとても眩しく、俺もつられて笑顔を浮かべていた。
二人におめでとうといいながら、今後の事についてミストさん達に相談をした。
「さっきセフィリアと話していたんだけど、今後のことについてなんだ」
そう切り出すとミストさん達はテーブルにつき聞く体制を取り始めた。
「俺の実験もセフィリアの検証もフィールの街だと難しいんだ。それで一旦セフィリアの庵に戻ろうとおもう。それで出来れば三人には付いて来てもらいたいがどうだ?」
「私はご主人様のおられる所が私の居場所です」
真っ先に返事をしたのはティアラだった。脊髄反射レベルの早さだったぞ。
「コロネもおにいちゃんと一緒にいる!」
コロネは特に何も考えていないようだった。そしてミストさんはというと、
「以前お話ししたことがある件よね。もちろん一緒にいくのは構わないけどその前に色々と聞かせて下さいな。まずはそうね…そのセフィリアさんの庵というのはここから遠いのかしら?」
「遠いですね。片道150km以上は離れています」
「どんな場所か教えてもらえる?」
「魔獣の森の奥深くにポツンと一軒だけ建っている庵です。周囲には魔獣が跋扈していますがセフィリアがいるおかげで滅多に近寄ってきません。水と料理…じゃなくて素材は美味しいですね」
「おいソーイチロー、何故素材と言い直した?」
すこしセフィリアが憮然とした表情をしている。
「だってさ、いつも食べてたのなんかの葉っぱだけじゃん。あれを料理というのは食事に対する冒涜かと」
本人にも自覚はあるのかそれ以上言い返してくることはなかったが、あさっての方向を見ながら「あれはあれで美味しいのに」と小さく呟いていた。みんなに聞こえてるぞ。
「外見はとても洒落たログハウスですが、中はカオスです。足の踏み場”だけ”あるような状況です」
セフィリアはまたあさっての方向をみながら「お、天井にシミがある。いくつあるじゃろうな」と誤魔化していたが、余計に四人から視線を集めていた。
「まあ俺も研究にかまけて掃除はあまりしていなかったので、セフィリアに言えることでは無いんですけどね」
そうじゃそうじゃお主も同類じゃと話しているのはセフィリア。そんな仲良しは嫌です。
ミストさんは俺とセフィリアのやりとりを苦笑いしながら見ていた。
「今後はずっと庵にいるんですか?」
「いや、お金も稼がなくちゃいけないからちょくちょくとフィールに出てくるつもり。だけどメインは庵になるってこと」
そういうと、ミストさんはしばらく考えたあと、
「分かりました。ではこの家を引き払いましょう。ティアラ、コロネもそのつもりでいてね」
「「はい」」
そう娘たちに宣言していた。
実はこのミストさんの家、不法占拠だったらしい。家の中は掃除も行き届き整頓されていて居心地は良かったが、外見は殆どあばら屋同然で雨がふれば室内でも傘が欲しいような環境だった。ある意味セフィリアの庵と正反対だ。
さらに奴隷狩りから襲撃されることも想定し、逃走する用意もしていたというから驚きだ。この世界は女性も強いのだが、それは魔法を使えることによる。その魔法が使えないミストさん一家などまさにカモネギであって本人たちもよく理解していたのだろう。
そんなミストさん達なので持っていくものは驚くほど少なく、食器などを処分すれば背負えるくらいらしい。そんなお手軽な引っ越しとなり三日後に出立となった。
三日という少し短い時間だが、ギルドや音の鎖亭など挨拶周りをこなした。ギルドでは大暴走の英雄がいきなり居なくなるととらえられてしまい少し騒動にもなったが、拠点となる街は変わらないということで納得してもらった。
そうして、色々あった日々はフィールからセフィリアの庵へと再び移っていった。
これで書き溜めは一旦終わりになります。また出来上がりましたら
投稿しますので、その際にはお付き合い頂けると幸いです。
ドラゴンはどうやって空を飛ぶのだろうと考えた結果、
魔法は尻から噴出させるのが最も効率いいのでは?と考えました。
魔法陣@@の有名なフレーズですが、ある特定環境下では侮れない
魔法の使い方だと思いました。