過去からの開放
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簡潔に言葉を交わし外の広い場所に出て行き、そして俺は一息ついた。俺は『TENGA』を起動しここ一週間煮詰めた魔法陣を起動させる。視界の隅には盾の損耗率や状態などを表示させている。
「『楔の盾』!さあこい!」
「結が魔力を穂に獅子搏兎と用いれ『ガルアの火種』!」
そうセフィリアは唱え炎弾を打ち出した。しかしこの炎弾は風船のようにゆっくり動くだけであり、落下地点も俺とセフィリアの中間地点あたりでしかない。炎の大きさも一定ではなく縮小と拡大を繰り返していることから、炎弾の制御を最低限にし威力だけに魔力をつぎ込んだだけのようだ。
「制御に割く魔力を減らしすぎて変なところに炎弾が飛んじゃったのか?これじゃここまで魔法が届かないんじゃ…」
そう考えて視線を炎弾からセフィリアに動かすと、彼女は手に紙を持っていてそれを凝視していた。と、彼女は視点を虚空に移し
「こい!『風炎狼』!!」
セフィリアが叫んだ途端、彼女の正面に大型の魔法陣が現れ、その複雑な紋様の魔法陣から体長3mほどの風でできた狼が出現した。『風炎狼』が走りだしたとたん、セフィリアは脂汗を滝のように流しながら膝をついていた。どうやら最大放出量での魔力放出を連続で繰り出したせいで貧血のようになったらしい。
「セフィリア?!」
「目の前に集中せい!!」
「くっ、でもこの狼程度じゃ『楔の盾』は貫けないはず」
そう考えていたが、セフィリアが打ち出していた炎弾を『風炎狼』は口を大きく開け飲み込んでいた。その途端、不安定だった炎弾は圧縮され青白く輝く小さな弾になった。
セフィリアの魔法は2段階だったのだ。まずは詠唱魔法で全力の火種を、即座に描画魔法で炎弾の制御用に『風炎狼』を呼び出す。詠唱魔法のみでは不可能な、2つの魔法を重ねるダブルスペルが誕生した瞬間だった。
「合わせて『風炎狼の炮烙』…今のワシの全力じゃ。どうか…耐えてくれ…」
そうつぶやきが聞こえたが、俺はそれどころではなかった。
炎弾を飲み込んだ『風炎狼』は俺の目の前まで走りより、大きく顎を開け俺に向かって炎のブレスを吐いてきた。それはまるで巨大ロケットの噴煙の中にいるような火力であった。
「『楔の盾』を全力で補強しろ!」
そう叫び『TENGA』で盾の補強を指示するが、損耗率がものすごい勢いで増えていく。ブレスと盾が接触しているところは白く発光し、こちらに向かって侵食してきている。背後の木々は即座に灰へ、石は灼熱の塊へと変化していった。
盾の積層防御魔法陣を全力で追加していると、やっとブレスが徐々に弱くなり、そして途絶えた。とても長い一瞬が終わりを告げた瞬間だった。盾の損耗率を見ると110%と表示されていた。
「当初の盾だけじゃ負けてたのか…補強分が無ければ消し炭か」
周囲の放射熱のせいなのか、命の危機にさらされた冷や汗なのか、どちらか分からない汗が流れ続けていた。そうして盾の補強を止めて、
「やっと終わりか…」
と呟いた。だが、ふと見上げるとまだ『風炎狼』がまだいる。そしてその狼がニヤっと笑った気がした。
「…っ!まだだ!」
慌てて盾の補強を再開した途端、『風炎狼』が大爆発を起こした。盾の補強が間に合わず一部が貫通し、ピッと頬を切り裂き一滴の血が顎を伝って滴り落ちていった。
「終わったと思ったところに追撃とか、性格悪すぎるぜ」
滴る血もそのままにセフィリアに近づいていく。生まれたての子鹿のような足取りになっているセフィリアだが、なんとか立ち上がるまでは回復したようだ。
「世の中の魔法使いなど、如何に相手を欺くかの化かし合いばかりじゃ。良い経験になったじゃろ?」
セフィリアは俺に近づき、背伸びしながら切った頬を舐めてくれた。
「よくぞワシの攻撃を耐え切ってくれた。ありがとう、ほんにありがとう」
そう言ってセフィリアは、泣きながら俺に抱きついてきた。しばらくそのままにしているとやっと落ち着きを取り戻し、周りを見る余裕ができたので見渡す。
「しっかし、とんでも無い威力の魔法を使ってくれたもんだな。見ろ、200m以上森を切り裂いてるようになってるぞ」
「フフ…当たり前じゃ。今ワシが出来る全力でもって答えたんじゃからの」
「『風炎狼』みたいな複雑な描画魔法をよく使えたな。あそこまで複雑だと記憶するのも大変だろ?」
「うむ、以前ソーイチローが話してくれたじゃろ?直前まで紙に書いた魔法陣を見続けて目に焼き付け、それを描画魔法に使ってみたんじゃ。残像効果?とか言っておったかの。それに今日まで魔法陣を記憶することに注力しておったからの」
描画魔法の応用方法を議論していたときに、ふと思い付いてセフィリアに話したことだった。実際には紙を取り出す手間や、残像のせいで複数の描画魔法を使えなかったりという問題があって諦めた手法だったが、セフィリアが独自に発展させていたようだ。
ぐしぐしと顔を俺に埋めていたセフィリアがようやく顔を離した。
「今日はほんにすまなんだな。ワシの業に付きあわせてしまって。必ずこの恩は返していくぞ」
「こっちだって今まで養ってくれた恩があるし、それは言いっこ無しだ」
「命を掛けた恩は命を持って返す、当たり前のことじゃろ?ワシの我儘に付きあわせたうえ、命を掛けさせたんじゃ。せめてワシが思う恩を受け取ってくれんか」
「本当に強引だなぁ」
「じゃろ?まあまずは今晩から返し始めるぞ」
「…うん、楽しみにしてるよ」
「楽しみにしておれ」
ここまできたら、もうジタバタすることもない。
そして夜、お互いに身を清め同じベッドで向き合う。
「ソーイチロー、これからワシはお主のものじゃ。末永くよろしくな」
「お、おう。こちらこそ。いきなりここにきて結婚することになるとは思わんかったよ」
「ん?結婚などしなくていいぞ。それは嬉しいことじゃが、恐らくワシだけでは収まりがつかなくなるからな」
「どういうことだ?」
「ああ、まだ確証が持てないから判明したら話すぞ。今は…魔法使いではなく、ただのセフィリアとソーイチローとして向きあおうぞ」
そこまで言われたら、もう言葉は要らなかった。触れるだけのキスを交わす。キスをしながらセフィリアをシーツに押し倒し、首元に顔を埋め匂いを嗅ぐと若草の良い香りがした。
そうして、お互いの初めてを交換しあい、白いシーツに赤い印を付けた夜が過ぎていていった。
該当箇所を削除2/5
ちなみに描画魔法を使うときに一々叫ぶ必要はありません。
セフィリアが血を舐めとったのも血液に魔力回復効果があるか確認するためです。
契を交わす時と同じタイミングで行ったらどちらに効果があるか解らないのでは?と思われるかもしれませんが、これから何度も契を交わしていくのでそれとの差異から効果を弾きだしていくつもりです。
これでやっとセフィリアは願いの一部が叶いました。