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墓王!  作者: 菊次郎
フィールの冒険者活動
79/129

ナルニール

ご覧いただきありがとうございます

 翌朝、コロネは今までの高熱が嘘のように下がり平熱に戻っていた。ただ熱は下がったとはいえそれまで消耗した体力まで復活するわけではないため、もうしばらく安静でいなくてはならない。

 しかし、普段から元気一杯のコロネが素直にベッドの上にいるわけもなく。朝食も昼食もこれまでの分を取り戻すようにかき込んでいた。

 そして俺もそんなコロネの性格を把握しているため、


「ねぇおにいちゃん、コロネ暇だよぅ…」


「まだ万全じゃないんだから、今日中くらいはベッドでおとなしくしていような」


「でもコロネ、元気だよ?」


 手元でりんごのうさぎを作ってコロネに見せる。


「おやつのうさぎりんごだ。コロネがちゃんと横になってたら食べてもいいぞ」


「わーい!あーん」


「ほら」


 小鳥の雛のように口をパクパクしてるところにりんごを食べさせるとすごい勢いでかじり始めた。グラインダーに豆腐でも突っ込んでるみたいな感じだな…。

 それを幾度と無く繰り返して皿のりんごが無くなるとコロネはやっと静かになった、かと思いきや、


「ねぇおにいちゃん、コロネ暇だよぅ…」


「はいはい、ほらスムージーだ。ちゃんと横になってたら飲んでもいいぞ」


「…どうやって飲むの?」


「ちょっと待ってろ」


 手早く統合管理システム『TENGA』の設計ユーティリティを使ってフレキシブルストローを作成する。小さなポンプを付けて自動吸引も可能なようにしようかと思ったが、コロネの顔面が白い液体でベトベトになる様子しか想像出来なかったのでやめておいた。


「ん~~~~~!美味しい!何これ?!」


「バニラのさやを漬けた牛乳とはちみつを凍らせて砕いた飲み物だ。というか何か知らずに飲んだのかよ」


「おにいちゃんのくれたものだし」


 そう言いながらコロネはズルズルと音を立てながら最後まで飲みきり、おかわりまで要求してきた。ちょっと無作法だけど今日くらいは見逃した。

 ちなみにコロネの歓声を聞いた女性陣がスムージーを要求してきたのは既定路線だろう。結構まとめて作ったからまだまだある。


 みんなとコロネのベットの周りでお喋りをしていたのだが西日がきついころ来客があった。


「あら、一体どなたかしら」


 装備の確認をしながら玄関に向かうミストさんだが、ナイフや細い紐をチェックする後ろ姿は中々に怖い。

 しばらくするとミストさんが戻ってきた。


「ソーイチローさん、あなたに来客みたいですよ?」


「俺に?誰です?」


「ナルニールと名乗っていますね。身なりの良い初老の男性と他2名です。お会いになりますか?」


 その名前を聞いた三人は何故そんな人が俺に?と疑問の表情を浮かべていた。本気で知らなかったのは俺くらいらしい…。


「昨日、コロネの薬草の余りをナルニール商会に届けただけだよ。ギルドに依頼があったみたいでね。でも一体何の用だろう?門番に襲われたくらいなんだけどね」


「それじゃ」

「それですわ」

「それでは」

「それだよ!」


「お、おう。まあ一度会おうかな。ミストさん、もし中に入れることになったらリビングを借りてもいい?」


「ええ、勿論です。断らなくても我が家と思って使ってくださいな」


「ありがとうございます。ではちょっと行って来ます」


 ミストさんとティアラは来客の用意をしに行き、俺は玄関に向かった。扉を開けると身なりの良い初老の男とその後ろにナルニール商会の支配人、俺を殴打しようとした門番の三人だった。


「やあ君がソーイチロー君か、はじめまして俺はナルニール・ユーグレーという。ナルニール商会の会頭をやっておる者だ」


 会頭ということは商会のトップということか。


「俺はソーイチローといいます、ご存知みたいですが」


「フィールの英雄に会えて光栄です」


 会頭はお世辞ではなく本当に嬉しそうな顔をしていた。


「いえいえ、みんなが各々の仕事をしただけです」


「そんな謙遜をしなくてもいいじゃないか。それで本日ソーイチロー君に会いに来た理由なんだが…」


 会頭がチラリを横にいる門番に視線を向けると、門番は深くお辞儀をした。


「ソーイチロー様への無礼、誠に申し訳ありません。その罰如何様にもお受けします」


 恐らく俺の倍以上の年齢はあるだろう、そんな大人からそこまで言われて無下にするほど狭量じゃない。


「分かりました、謝罪を受けますので頭を上げて下さい。というか、ここで話すのも何なんで中に入りませんか?」


「それは嬉しいですね!俺も色々と話を聞いてみたいので」


 さすがに偉い人をいつまでも玄関に立たせておくわけにもいかないし。

 リビングに三人を案内すると、室内はとても狭く感じた。いつもは女の園であるため花の香りがする部屋なのだが、野郎4人ともなると途端に汗臭くなる。

 それでリビングにいたのはセフィリアのみで、ミストさんとティアラは台所に控えているようだった。


「やあこれは大魔法使いとして名高いセフィリア様でいらっしゃいますか」


「そうじゃがお主は?」


「ナルニール商会の会頭をしておりますナルニール・ユーグレーと申します」


「ほう、噂に聞くナルニール商会の会頭か。本店は王都じゃろ?なんでまたこんな僻地におるのじゃ」


「いやはや、近くまで商いで来ていたのですが大暴走の噂を聞きましてな。それなら物資を届けねばと思っておっとり刀で駆けつけたわけです。久しぶりに俺が剣を振るう機会があるかと思ったのですが、ソーイチロー君の活躍で見てるだけで済みましたね。いや~、変わった魔法が見れて楽しかったですな!まあその様子を夜遅くまで語っていたら風邪引いてしまいましてな」


 そこで視線を俺によこし、


「それで大事な商談を約束してましてな。意地でも熱を下げなくてはならなかったところに、ソーイチロー君が非常に良い薬草を届けてくれたというわけです。そのときにうちの門番が無礼を働いたことも聞いて、これはお礼と謝罪に伺わねばならん、そう考えたわけです」


「無礼?」


 セフィリアが俺に聞いてきた。


「ほら、昨日コロネの薬草を持ってきたときボロボロだったでしょ」


「うむ、そうじゃな。何ぞ厄介な魔獣とでも戦ったのじゃろ?」


「鎧大トカゲが道塞いでてね、避けようがなくてぶっ飛ばした時にちょっと失敗してローブがボロボロになっちゃった」


「よ、鎧大トカゲ…」


 ゴクリと息を呑み小さく呟いたのは存在感が無い支配人だった。そもそも鎧大トカゲは出会ったら全力で逃げるのが定石、戦うのはアホのすることとは魔獣の森に入ったことのある者なら常識だ。


「なんじゃそんな雑魚にやられたのか」


「ざ、雑魚…」


 今度は門番が息を呑む番だった。


「鎧大トカゲより、自分の魔法の調整をミスって半ば自爆みたいな形だったかな」


「倒したということは鎧大トカゲの鱗はどうした?結構高く売れるぞ」


「バラバラになって飛び散っちゃたんだよね。集める時間も勿体無かったからそのまま放置してきた」


「「バラバラ…」」


「まあその余波でローブがボロボロになってさ。で、薬草は時間優先だと思って着替えもせず薬草を届けに行ったんだけど、姿が浮浪者みたいになっててそれで門番の人から追い出されたって事」


「なるほどの。まあ運が悪かったとでも思っておくことじゃな」


「そう思ってたんだけどね」


「そうはいかん、けじめはつけんとな」


 と、否定してきたのはナルニール商会の会頭だった。


「普段から身なりで相手を判断するなと口を酸っぱくするほど言ってたんだが、どうにも浸透しきれんでソーイチロー君には迷惑を掛けた。なにより追い出す時に暴力を振るったとか。それもソーイチロー君が上手くとりなしてくれて誰にも怪我無く済んだ」


 そう言って会頭、支配人、門番は改めて頭を下げた。


「それで、門番の処分だが…本来なら解雇にでもせねばならん。しかしこいつにも妻と子供がおってな、路頭に迷わせるのは忍びない。それでソーイチロー君の許しを得られるのならば配置転換と減給、半年の社会奉仕という処罰にしたいと思う。いかがか?」


「構いませんよ」


 元から気にしていなかった、と言ったら失礼になるかもしれないが、何の脅威でもない攻撃にさらされても思う所は無かった。ただ面倒くさいことになるのは嫌だったため早く終わらしたかったのも事実だが。

 こんな適当な考えだったのだが、人生の岐路に立っていた門番は俺の返答を聞いた直後声を出さずに泣き始め、ナルニールと支配人は一安心という表情をしていた。


「おお!ソーイチロー君の心の広さに感謝する。それでこれは詫びの品だが受け取ってくれんか?」


 そう言ってナルニールは一枚の紙を渡してきた。内容は…


「『この用紙を提示した者は連れの者含め服装一式を無料で進呈する』」


 ということだった。


 少し話は変わるが、ナルニール商会は会頭のナルニールが一代で起こした商会だ。商会は魔獣の素材をふんだんに使った高級衣料を武器に販路を広げている。

 本来、魔獣の材料は野暮ったい色合いが多く防具としての性能は優れていたが、デザイン性には劣るという素材だった。しかしナルニールの卓越したデザイン能力と魔獣の材料を魔獣の染料で染色する手法を開発したことで状況が一変した。

 デザインに優れ防御性能まであるという服はまさに貴族達が待ち望んでいた服だった。様々な貴族に売り込み、王族にまで食い込んだナルニールは経営手腕にも優れ瞬く間に巨大な商会を作り上げた。

 元冒険者のナルニールの立身出世物語と合わせ、市民には高価なナルニールの服を買うことがひとつのステータスになっている、らしい。服は何もこだわりが無かった俺には縁のない店だった。


「この服装一式進呈って人数は何人まで大丈夫ですか?」


「何人でも、と言いたい所だが5人くらいにしてくれるとありがたい」


「5人か…」


 俺たち5人でちょうどか、なんて考えていたら台所からミストさんはキラキラした目で、ティアラは上目遣いでこちらを見ていた。二人共ものすごく嬉しいらしい。そんな二人から視線を外し、


「ありがとうございます、いずれ伺わせてもらいます」


 俺をターゲットにするのではなく、俺の周囲の人達を喜ばせる物をプレゼントする考え方はさすがというか油断ならないというか。


「あと熱を出したという仲間に食べさせてあげてほしい」


 会頭の言葉の後、支配人はドラゴンフルーツを出してきた。但しサイズはスイカ並という巨大サイズ。

 服のプレゼントでは反応しなかったセフィリアだが、このドラゴンフルーツを見た時には少しだけ驚きの声を上げた。


「ほう、ドラゴンフルーツとは珍しいな」


 単なるドラゴンフルーツがそんなに珍しいのか、なんて思ったがそうではなかった。文字通りドラゴンが食す果物で、ドラゴンの力の源とまで言われている。その味はさっぱりとした甘さで滋養強壮の効果も極めて高く、病中や病後の食べ物としては最適とのこと。

 一方、ドラゴンの食べ物を奪ってくるのだからその危険さは言うに及ばず、価格は同じ重さの金に匹敵するとも言われている。


「なんかすごく高価そうなんですが…」


「なーに、支配人が俺のために買い集めてきたはいいが俺はこの通り元気になってな。それなら同じように熱を出したというソーイチロー君の仲間に食べてもらおうと思っただけだ」


 カラカラと笑いながら会頭は答えた。


「お気遣いありがとうございます。仲間も喜ぶと思います」


 笑顔で俺はお礼を述べた。俺の仲間を慮ってくれる人がいるとやはり嬉しい。


「ところでソーイチロー君が飲んでる飲み物は一体なんだね?」


 興味津々に会頭は聞いてきた。会頭に出されている飲み物は家にある中で最も高価なお茶を出しているが、俺のはコロネに飲ませたスムージーの余りだ。


「スムージーという飲み物ですよ。試しに飲んでみます?」


 俺が尋ねると会頭はうんうんとすごい勢いで頷いていた。この人は落ち着いた見掛けとは異なり好奇心旺盛のようだった。


「ミストさん、スムージーってまだ余ってますよね?」


「有りますよ。お出しします?」


「三人分お願いします」


「かしこまりました」


 ミストさんが台所に戻り、まだまだシャリシャリした食感があるスムージーを出した。

 三人は出された物をおっかなびっくりに飲むと、支配人と門番は目を見開き、ナルニールは喜色満面にあふれていた。


「おお!なんだこれは?!冷たくてシャリシャリしてて甘くてさっぱりしてる」

「美味しいですね、これ」

「うめぇ…」


「お口にあったようでなりようです」


「この香りはバニラか。甘みははちみつか?それを凍らせてシャーベット状にしたのか…これを作ったのはどなたかな?」


「俺ですよ」


 まあネタは元の世界からだが。いち早くスムージーを飲みきったのは一番年上のナルニールだった。急ぎすぎて頭痛が起きているのか、こめかみを抑えながら俺に提案をしてきた。


「あたたた…ソーイチロー君、これ、俺たちに権利を売ってくれんかね?」


「舌で氷を溶かしながら飲めば頭痛は起きにくいですよ。権利を売るのは構いませんがナルニールさんのところって服屋ですよね?」


 と、尋ねたらセフィリアから馬鹿者と言われてしまった。ナルニール商会の柱は服であるが、それ以外にも色々と手を広げているそうだ。そのひとつに「旨いものを世に広める」なんてこともしてると話していた。まあ会頭の趣味のようだが…。

 そこまで特殊な食材を使わず創意工夫で新たな食べ物を作った事を物凄く評価してくれた。そこまでべた褒めされると若干後ろ暗い気もしないでもない。

 しかし、スムージーに食材の問題は無いかもしれないが他に課題があったりする。商業レベルの大量生産するとなると、バニラや凍らせるための魔力が結構必要になる。その魔法使いの確保や保温方法の確立など色々あるだろうが、それを考えるのはナルニール商会の仕事だろう。

 そして自分で作るより誰かが作って売ってくれたほうが俺は楽でいい。


「ナルニールさんならスムージーを様々な街で広めてくれそうなので俺としても嬉しいですね」


 そう言うとナルニールはとても嬉しそうな顔をしていた。


「だろ!いや~ソーイチロー君なら分かってくれると思ってたよ。旨いものは世に広めなくちゃ社会の損失だ」


「まったくです。スムージーが世に広まれば、これに触発されて何か新しい食べ物ができるかもしれない。そうやって連鎖していけば世の中旨いものだらけになりますよね」


「うむ!」


 ナルニールと視線が交差した後、俺達はガッチリと握手をしていた。そんな俺たちを見ていた残りの人は「何やってんだこいつら」という表情を浮かべていた。


 俺はスムージーのレシピを教え、大量生産時の懸念点を何点か伝えた。特に牛乳の鮮度と機材の洗浄については念を押しておいた。季節柄食中毒が発生しやすく、そのせいでスムージーが販売禁止などになったら目も当てられない。

 そんな話をしながら、あの街の食べ物が美味しい、あの店の料理が旨い、あの屋台の味は変わってるなど、お互いの年齢や立場関係なく食道楽の趣味人として友誼を結んだ。

 ちなみにスムージーの売却価格はナルニールにお任せにした。会頭なら悪いようにはしないとおもったからだ。


 謝罪に来たのか雑談に来たのかイマイチ分からないナルニール達は夕暮れ前にミストさんの家を辞した。今後も何か旨いものを作ったら教えてくれ、と念を押しながら。


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