ランクアップ
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翌朝、いつものように朝食を食べにミストさんの家へ向かった。ミストさんの体調が良くなってからは台所に三人で立つ姿をよく見かけ、娘二人が母親と共に調理出来るのを殊の外喜んでいるようだった。
そんな最近のティアラとコロネだったが、今朝に限ってはどことなく緊張している様子だった。どうしたのかと問いかけても要領を得た返答は無く、そのまま5人で朝食が始まった。
穀物の甘みを十分に感じられるオートミールと干し果物というシンプルな朝食だったが、ここでも市場が機能していない影響が見られた。そんなことを考えているとティアラが、
「ご主人様、申し訳ありません。朝食が質素になってしまって…」
「ああ、今ちょうどそのことを考えていたよ。市場が早く元通りになるといいね。早く三人の腕を振るった料理を食べたいもんだ」
なんてことを言ったらミストさんが、
「うふふ、じゃあ期待に答えなくちゃね。二人共頑張るわよ?」
とティアラとコロネに微妙にプレッシャーを掛け、二人は神妙な顔で頷いていた。それから俺の二つ名の話をしたり酒場での一幕を話しているうちに朝食が終わり、いつもの様に皿を片付けてくれた。
さて、今日はどうしようかとセフィリアと話していると、何やら決意したような顔つきのティアラとコロネが俺のところにやってきた。と、思ったら俺の所ではなくセフィリアの所のようだった。
最初に言葉を発したのは長女であるティアラだった。
「セフィリア様、一つ相談があって伺いました」
「ふむ?何やら深刻そうじゃな。言うてみ」
「あの…出来れば…」
と、ティアラは俺のほうをチラリと見て言い澱んでいた。女同士の話でもあるのかも、と考えた俺はセフィリアに、
「じゃあ俺は冒険者ギルドのところに顔を出してくるよ。大暴走の件について聞きたいこともあるし」
「うむ、すまんな」
「ご主人様、本当に申し訳ありません」
「おにいちゃん、ごめんね?」
ティアラは深々とお辞儀をし、コロネは上目遣いで俺に謝罪をしてきた。
「気にするな。俺も用事があるしな」
まあ女同士の話に男が入って良い事はひとっつも無いからな…これくらいは何の問題も無い。
そうして俺は席を立ち、用意されていた弁当を持ってミストさんの家を辞すことになった。
その足でギルドにのんびりと向かう。かなりゆっくりと歩いたため、ギルドに着く頃は朝とも昼とも言えない時間帯になってしまった。
そんな時間帯にも関わらず、ギルドの中は喧騒に満ちていた。普段は依頼が 貼りだされる早朝が最も混雑し、次いで冒険者たちが戻ってくる夕方が人の多くなる時間帯だ。それなのに今は普段の早朝ほどではないにしても結構な混み具合で中々前に進みづらい。人混みの中をすり抜けて一番空いていそうなカウンターの列に並んだ。
「お待たせしました。どのようなご相談でしょうか?」
「先の大暴走の件ですが、参加者の優遇措置として税が免除されると聞いたのですが、その手続きにどのようなことが必要か確認しにきました」
「わかりました。印章をよろしいでしょうか?」
と言われたので左手にある印章を出した。俺の印章を見た受付嬢は一瞬だけ固まった後、
「ソーイチロー様、大暴走の報奨についてはギルドマスターからお話があるそうですので、そちらで伺って下さい」
「はぁ、分かりました。で、ギルドマスターとはいつ会えます?」
「確認しますので少々お待ちを」
と言って受付嬢は席を外しギルドマスターの予定を確認しに行った。
確認しに行った受付嬢によると、今はギルドマスターが会議に参加しているらしく、30分ほど時間が掛かるとのことだった。まあそのくらいの時間ならいいかと思い、ギルドにあるテーブルに座って待つことにした。
気を利かせてくれた受付嬢が俺にお茶を淹れ、テーブルにコトリと置いてくれた。お茶をすすったり依頼を眺めているとギルドマスターの用事が終わったらしく呼び出しが掛かった。
「待たせたみたいですまねえな。後始末も色々あってよ…」
「いえいえ、俺も美味しいお茶が頂けましたし」
「んで、セフィリアから聞いてるかもしれんが、お前さんが今回の大暴走の英雄だ。お疲れだったな」
「頑張った甲斐がありましたよ」
「腹に穴開けてまで頑張ったからな」
と、ギルドマスターのギザルムはニヤリと笑った。笑ったが、そのすぐ後こちらを労るように、
「で、調子はどうだ?見たところ問題無さそうだが」
「治癒魔法使いの人達が優秀なのでしょうね、特に後遺症みたいのも無く元気ですよ」
「そっか、そりゃよかったな。んで、大暴走の報奨の件だが、ソーイチローが受任する依頼の税金が10年間免除される。ざっくりいうと、張り出してある依頼書の金額から約三割増しになるからガンガン依頼受けてくれ。あとこの特典はフィールの中だけで他の街では適用されん」
「例えばフィールで依頼を受けて他の街で報奨金受け取る場合とかはどうなります?」
護衛依頼などを引き受けた場合はこのような可能性があるらしい。
「その場合は一旦は依頼書に書かれてる金額のみを受け取ることになる。それでフィールに戻ってきた時に差額が支払われることになるな。あと、その逆の場合は税金の免除は受けられん。あくまで依頼受付場所がフィールの時のみだな」
「なるほど、分かりました」
「で、ソーイチローのギルドのランクだが今はEだが、今日から限定Cになる」
「…なんですか、限定って?」
「ギルドに持ち込まれる依頼を大別するとな、討伐・採取・護衛・運搬とその他って具合だ。昔は分けちゃいなかったんだが、どこかのアホが討伐でギルドランクを稼いで護衛依頼を引き受けて対象を裏切るなんてやった奴がいてな、その対策でこうなった。んでソーイチローは討伐のみCランクで他はEのままだ。だから限定Cランクってことだな」
「そういうことですか」
「討伐は戦闘力、採取は知識、護衛はコミュニケーション能力、運搬は移動力と求められる能力はそれぞれ違うからな、ソーイチローが自身の将来を見据えて何をやっていきたいかよく考えておくといい」
「将来を見据えて、ですか」
「そうだ。冒険者なんざ不安定な職業だ、ずっと出来るわけじゃねえ。帰れる故郷がある冒険者ならいい。だがそうじゃない奴が冒険者を引退した後、討伐・採取・護衛・運搬のどの依頼を多く引き受けた奴が出世するか分かるか?」
「冒険者っていうとどうしても討伐の印象が強いですね」
「そう思うだろ。だけど実際にゃ護衛依頼が一番出世する。次いで運搬と採取、んでドンケツが討伐だ。なんでか分かるか?」
「……何故ですか?」
「護衛依頼を引き受けているうちに商人たちとコネが出来てな、そのまま冒険者を辞めて専属になったり、場合によっては商隊そのものを運営している元冒険者なんてのもいる。商人たちも誰とも判らんやつを雇うより、長く接した冒険者のほうが人柄も知れてるから安心できるってわけだ」
「なるほど」
「運搬も似たようなもんで物資を冒険者に預けて相手に届けてもらうってのは結構な信頼関係が必要になる。見も知らん奴よりはってところだ。採取は少し異なるが、採ってきた物の品質が良ければ専属にもなるし、自分で店を出すなんていう事もある」
そこまで話してギザルムは手元にあるお茶に口をつけ、喉を潤していた。
「一方で討伐だけしかやってこなかったやつが問題だ。戦闘力があるなら兵士になれるんじゃないかと思うかもしれんが、対人と対魔物じゃ勝手が違うし集団戦闘なんて経験も無い。さらに言うと、討伐を主にやってる奴らは一癖も二癖もある奴らばかりだから扱いにくいんだ。まあ戦闘経験は豊富だから街の警邏になるやつは結構いるが、ヒラ以上に出世するやつはまあいない。そして警邏にすらなれないと、どこかで用心棒をやるか最悪は盗賊になって討たれるなんてこともある」
実際に元冒険者の盗賊はザラに居る。元冒険者が現冒険者に討たれるというのは、ギルドを預かるギザルムの心情的にも見たくない光景なのだろう。
「まあ何が言いたいかっていうとだ、討伐の限定Cになったからっていって討伐ばかりやらないほうがいいぞってことだ」
ギザルムは自身の経験を交え、話をまとめたが、
「まあここまで言っておいてなんだが、男の魔法使いの前例なんざ殆ど知らんから、今言ったことは当てにならんかもしれんがな!」
「おい!今までの神妙な空気を返せ!」
テヘペロなんてしているギザルムの顔を見て、立場関係なくツッコミを入れてしまった。
「まあ何にしても色々と経験積んでおけってことだ。それで次の件だが、ソーイチローが倒したゴブリンの魔石についてだ」
「魔石ですか?」
「おう。ゴブリンが死んだ所に大量の魔石が転がってたんだがよ、それを回収したんだ」
『雨障の灰瀧』の着弾地点は帯状に設定していたため、魔石はまるで天の川のように散らばっていたらしい。散らばった魔石は太陽の光を反射しとても幻想的でそこで激しい戦闘があったことを忘れさせる光景だったそうだ。
「まあ所詮ゴブリンの魔石だから一つ一つは大した価値は無いんだが…数が数でよ。大体1万5千個くらいだったらしい」
倒した数は2万以上いた記憶しているが、遠くに飛んで行ったり埋もれた物もあるだろうから、こんなものだろう。
「この魔石の所在だがよ、ソーイチローが魔石を拾わなかった…じゃなくて拾えなかったんで、単なる落し物になるから誰の物でも無くなる。ここまではいいか?」
「ええ」
「とはいっても勿体無いからギルドが人を集めて回収させた。その取り分だが集めた人に5割、ギルドに3割、実際に倒したソーイチローに2割でどうだ?」
「いいですよ、本来は俺の取り分は無かったでしょうから」
了解の返事をすると、ギザルムはホッとしているようだった。
「いや~良かった良かった。実はすでに分配した後でよ、ソーイチローにゴネられたら面倒くさいことになるとこだったぜ」
「さすがに見落とした物まで所有権の主張なんてしませんよ。って、そういえば子供達が小さな魔石を持ってたみたいですが、ひょっとして?」
「その通りだ。子供たちもここしばらく遊べなかったからな、こういうイベントで元気づけてやろうってことで、遊びがてらやらせたんだ。楽しそうに拾ってたぜ」
「まるで宝探しみたいですからね、それは楽しいでしょう。でも撃退したとはいえ子供たちを街の外に出すのは危なくありませんか?」
「ああ、護衛の冒険者を雇ってたから問題無かったぜ」
さすがそこら辺は抜かり無いようだった。ということは経費も結構掛かってそうだし、実際にはギルドの取り分はあまり無いのかもしれない。
「ってことで、これがソーイチローの取り分だ」
ギザルムは懐から金貨一枚、1万z取り出し俺にくれた。くれたはいいが…おっさんの懐に入って温まった金貨ってなんか触りたくないと思うのは俺だけじゃないと思いたい。ミストさんの胸の間に挟まれた金貨なら何枚でも取りたいけど。
「ありがとうございます。さすがに数あると良い値段しますね」
「普段ならゴブリンの魔石は5zなんだが、状態があまり良くないのと数が多すぎて値崩れするからな、単価が約3z、切り上げて1万zだ」
「それは重ねてありがとうございます。思わぬ臨時収入ですね」
「街で使ってくれればいいさ。これで俺から言うことは無いが、お前からあるか?」
「あの、二つ名についてですが…」
俺がそう訊ねると、ギザルムは「よくぞ聞いてくれた!」とばかりに満面の笑みを浮かべ、
「いい名だろ!”星屑の夜梟”って俺が考えたんだぜ。いや~、魔石回収までに決めなくちゃいけなくて時間が無かったけどよ、いいのが出来て満足だぜ」
と、胸を張って自慢気に答えていた。
最初は文句でも言ってやろうかと思ってたが、どうやら純粋な親切心で名付けてくれたようだった。
「…ありがとうございます。でも何故二つ名を付けたんです?」
「最功労者のソーイチローが何を成したか覚えるためだ。ソーイチローの場合、星屑を降らせ梟の如くゴブリンを撃退したって意味だな。それにその黒髪の外見を取り入れたってとこだ」
「…梟ってゴブリンを倒すんですか?」
「倒すも何もゴブリンの天敵だぞ、梟は。さすがにゴブリンリーダーまでは無理だけどよ」
ゴブリンの身長は約140cmでとてもではないが梟に倒せるとは思えない、なんて考えていたが詳しく聞いてみると、梟の全高は約2m、羽の長さは8m以上にもなる場合があるらしい。
それだけ大きければ人間の子供も餌になると思ったが、梟はゴブリンと人間をちゃんと見分け、決して襲ってこない。それでいて厄介なゴブリンを倒すため、村の守り神として祀っているところもあるようだった。
「そういう由来があったんですか」
「おう。あとは二つ名が知れ渡れば色々と便利になるぜ。他の街でも指名依頼を優先的に回してくれたり、護衛依頼の報酬に色を付けてくれたり、娼館でモテたりと盛りだくさんだ」
手のひらを上に腕を上げ、おいしいことだとアピールしていたが、
「で、俺はてっきりソーイチローが喜んでると思ったがそうじゃねえのか?」
「いやまあ、なんといいますか、突然みんなから星屑様とか言われて恥ずかしいというかなんというか。あとはセフィリアが自身の二つ名をあまり気に入っていないのを見ると…」
純粋な好意で二つ名を付けてくれたとは夢にも思わなかったとは言えないな…。
「なんだ、大勢の前でド派手な魔法使ってたんだからそんなの今更じゃねえか。有名税だ、有名税、諦めろ」
バッサリだった。だが言いたいことはそれだけでは無いらしく、わずかに眉をひそめながら話しを続けた。
「だがまあ…実はセフィリアの二つ名を付けた時にはちょいと失敗したらしいんだ」
「失敗?」
「セフィリアの様相が変なふうに広まっちまってな、尊敬や感謝より畏怖のほうが強くてよ…終いにゃお伽話に出てくる悪鬼羅刹扱いだ。これが原因とは言わんが、結果としてフィールの街からセフィリアが消えちまっただろ。これが結構痛手だったんで次から同じことを起こさないように、二つ名について色々と手は打ってあるぜ」
ギザルムはサムズアップしウィンクしながら俺に教えてくれた。男のウィンクはキモいだって…。
「ちなみにどんな手を打ったんですか?」
「魔石回収の時にソーイチローの偉業と性格をちょっと喧伝したり、まあ色々だ」
若干ギザルムが言葉を濁したのが気になった。何を言い触らしたんだ…。
「そういえば子供たちがゴブリンの魔石を持って「アマザーノ!」とか言ってましたが、ひょっとして…?」
「あー、お前の真似じゃないか?ソーイチローの魔法を見た人が話して聞かせたんだろうが、詠唱文までちゃんと覚えてなかったんだろうな」
「うおおお…こっ恥ずかしい…」
思わず頭を抱えて唸ってしまったが、そんな俺をニヤニヤしながら眺めているギザルムを一発殴りたい。
どのみち広がってしまったことはどうにもならないし、人のうわさも七十五日と思うしかない。ひと通り悶えた後、
「はぁ…まあなんとか広まった噂に違わないような冒険者になるよう頑張りますよ」
「おう、期待してるぜ。んで、ソーイチローは他に何か言う事はあるか?」
「いえ、特には」
「そうか、今日はご苦労さん。ああ、下でギルド印章を書き換えるから帰り際に寄ってくれ」
そのままギルドマスターの部屋を辞し、1階に降りてギルド印章の書き換え手続きを行った。書き換えられた印章に魔力を通し浮き出させるとC(討伐)の文字があり、それを少しの間眺めニヤけてしまった。なんとなく資格を取った後の認定証を見ているように、たった一文の追加ではあるが努力した結果が見えるというのは幸せな事だ。
ギルドを出た後、依頼を受けるには少し時間が足りなかったため、そのまま音の鎖亭に戻って新たな魔法を作ろうかと考え、街の中をゆっくりと歩きながら向かった。
早い時間に音の鎖亭に戻るとテーブルの向こうで女将が何やら書物をしているようだった。俺が戻ったことに気づいた女将は、
「あら、お帰り!今日はあんたも早かったんだね!」
「あんたもってことはセフィリアも戻ってきてます?」
「ああ、あんたより少し前に戻ってきてるよ」
「そうですか、ありがとうございます」
ミストさんの家での話し合いが思ったより早く終わったのかな、と考えとりあえず自室に戻ることにした。
「セフィリアー、入るよー」
「うむ」
ノックしながら声を掛けると、中からセフィリアの了承の声が返ってきた。カチャリと扉を開け中に入る。
「随分と早かったね」
「まあ簡単な話しだけで終わったからの。ソーイチローはどうじゃった?」
「手続きは終わったよ。ほら、限定Cになった」
「限定とは何じゃ?」
セフィリアは小首を傾げ、それに合わせて白髮がさらりと揺れた。
そんな仕草にドキリとしながら、ギルドマスターより聞いた話をそのまま聞かせた。
「ほー、そんな制度に変わったのか。ワシの時には無かった規則じゃな。む、それにしてはワシは全部Sのままじゃが?」
「後から導入された制度だから、それまでの階級は変更されないんじゃないの?先にランクアップしてた人達が不公平にならないように」
「ああ、なるほどの」
「だから今後、全てのジャンルでSランクなんていう人は出てこないんじゃないかな?ある意味セフィリアの持ってるSランクはすごく貴重だと思うよ」
「こんなものがのう…」
と、あまり興味ないようだった。セフィリアはその後、なんでもないように、
「それでソーイチロー、今晩はミストの家に行ってくれんか?」
なんとなく思い浮かんだのは今朝のティアラとコロネだった。
帰れる故郷の無い冒険者の末路ってどんなのですかね?