表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墓王!  作者: 菊次郎
大暴走
72/129

宴会

ご覧いただきありがとうございます。

 やりたいことをひと通り終えた頃、18時の鐘が街に鳴り響き、周りの人達も家族が待つ家へと足を向けていた。

 俺とセフィリアはそんな人混みをかき分けながら音の鎖亭へと帰ることにした。


「ふう、なんだか今日はすごく忙しかった気がするよ。あとは宿で飯食べて寝るだけだね」


「そうじゃな、そうなると良いな」


「あと何かやることあったっけ?」


 とセフィリアに聞こうと思ったが、すでに宿の前に着いたため深く聞くことはせずそのまま宿の中に入った。

 鈴が鳴る扉をカランカランと押し開けると、正面のカウンターには宿の女将さんが出迎えてくれた。が、それだけではなく、酒場兼食堂にいた20人以上の人達も一斉に俺を凝視ししてきたため宿の喧騒が一瞬止まった。


「な、なに?」


「あら!あらあらまあまあ!みんな!英雄様のお帰りよ!」


 テーブルの向こうから女将さんが大声を上げると、酒場兼食堂にいた大勢の人達が割れんばかりの歓声を上げ、床を踏み鳴らし、ジョッキをテーブルに叩く音が宿の外まで鳴り響いた。


「おお、マジかよ!!」

「あれが星屑様か、すげえ痩せてるな」

「星屑様、防衛ありがとよ!おかげで息子に怪我が無かったぜ!」

「そそるな…ちょっと掘って?」

「ありがとう、ありがとう!」


 口々にお礼(一部除外)を言いながら酒場に居た人達が俺の周りに集まり、握手を求め肩や背中を叩き、尻を触ってきたりと揉みくちゃにされていると、宿の女将さんが手をパンパンと叩きながら、この狂乱を止めてくれた。


「はいはい、あんたらその子だってお腹が空いてるんだ、せめて席に案内させておくれよ!すまないねぇ、ソーイチローさん、どこから聞きつけたか分からないんだけどこんなに人が集まっちまってねぇ。さあさあ、そんなところで突っ立ってないでこっちにお座り」


「は、はあ…」


 周囲の人達はすでに一杯引っ掛けていたためアルコールの匂いが酒場には充満していた。そんな中を怒涛の勢いに流され言われるがままに案内され座席に座らされた。俺とセフィリアが着席したのを見た女将が、


「すまないねぇ。夕食を食べに来たんだろうけど、まだ市場いちばの物が少なくてね、定食と後はツマミ程度しかないんだけど…それでいいかい?」


 よくA定食やB定食なんてあるけど、それのパターンが選べないコースをただの定食と言う。今まで音の鎖亭の食事は何パターンかの定食があったが、これが地方の食堂にいくとメニューが選べずただの定食が一種類だけ、というのが普通らしい。そのため席に座ると自動的に食事が出されるところもあるとか。

 ふと周りを見渡すと空きジョッキは乱立しているが、確かにツマミが乗った皿は少なそうだった。


「構いませんよ。セフィリアもそれでいい?」


「ワシも構わんぞ」


「ところで…体の具合はどうだい?怪我したって聞いたけど…食事に何か注文あれば聞くよ?」


 女将さんは気遣わしげに訊ねてきた。


「心配掛けて申し訳ありません。治癒魔法のおかげですっかり元通りです。なので気にせず腕をふるってもらえれば大丈夫です」


「あいよ、旦那に伝えておくよ」


 そう言って女将は厨房のほうに向かっていった。女将が居なくなるのを見計らって、周囲にいた人達がまた俺達のいる席に群がり話をせがんできた。

使った魔法について聞かれたり、実演してくれと言ってきた馬鹿には丁重にお断りしたり、ギャランドゥな男が今晩のお誘いに来たり、ギャランドゥの毛が電撃魔法のせいで全身パーマ状態になったりと様々だった。

 その中でも特に聴聞を集めたのがバニルミントとの一件だった。以前の事件を知っている人もいたため、特に隠し立てせず話して聞かせた。話しを聞いてくれた人達は一様にバニルミントの身勝手な所業に怒り、そしてその凶弾に倒れた俺に同情を集めることとなった。

 また驚いたことにバニルミントはすでに処刑され、その首が処刑地で晒されているそうだ。辺境伯は俺の話を聞いた後すぐにバニルミントの処刑に動いたらしい。


 今回の大暴走の話をしていくうちに俺の隣にいるセフィリアにも興味が移ったのか、フードを被っている彼女の顔を覗く輩が何名か出てきた。その男たちはセフィリアの顔を見た後、一様にポケーっと口を開け間抜け面を晒していた。それがさらに周囲の興味を引いたのか、それとなくセフィリアの顔を覗こうとする男達を増やすことになり、それが鬱陶しくなったセフィリアは自らフードを外した。

 フードとともに彼女の絹糸のような白髮がハラリと垂れ、類まれな美貌と合わさり、それを見た男たちは感嘆の声を上げた。


「すげえ…美人だ…」

「おいおいおい…星屑様は力も女もあるのかよ…」

「ケッ!あんな女より俺のほうがいい目見させてやるってのに!」

「綺麗な白髮だなぁ…白髮?」


 さっきから一人変なのが混じってるよね?!もう復活したのかよ…。


 と、違う男がセフィリアに話しかけてきた。だがその男はセフィリアから距離を取り怖ず怖ずとしていて、とても美人とお近づきになりたいという風ではなかった。


「あ、あの、ひょっとしたらあなたは…セフィリア様…でしょうか.?」


「うむ、そうじゃが」


 セフィリアは若干機嫌が悪そうに返事をしていた。それを聞いた男は頭を下げながら後ろに下がるという随分と器用な真似をしていた。また、会話を聞いていた周囲の人達もピタリと話を止め、触れてはいけない事に触れてしまったような、なんとも居た堪れない空気を醸し出していた。誰も何も言葉を発せず、酒にすら手を付けない状況を見たセフィリアの機嫌が更に悪くなっていき、彼女の眉間のシワがだんだんと増えていくのが見て取れた。


「ほら、セフィリア。綺麗な顔が台無しだ」


 セフィリアの眉間のシワを人差し指でチョンと触り、そのまま柔らかいほっぺを手のひらで楽しんでいると、セフィリアの眉間のシワも取れていき、自身の頬を俺の手のひらに擦り付けるように動かしていた。


「ふふ…そういえばこうやって触れ合うのも久しぶりじゃ」


「ああ、確かにそうだね。大暴走の対策や戦闘やその後の収拾やらで忙しかったからなぁ…」


「じゃろ。しばらくは騒がしいじゃろうが、これまでのような忙しさは無いじゃろ」


「じゃあのんびりと過ごそうかね」


「じゃな」


 そんな風にお互いを見合って笑っていたが、ふと衆目を集めているのに気づき見渡すと、酒場にいる客の全員が全員口をポカンと開け目を見開いていた。


「…どうしたんだ一体?」


「それはね、噂が当てにならないという見本みたいなものだからよ」


 振り向くと出来たてで湯気が出ている料理を運んできたロンコがいた。


「どういうこと?」


 4種類の前菜が乗った皿を俺とセフィリアの前にコトリと置き、その脇にスープの入ったカップを添え、フォークとスプーンをセットしながら答えてくれた。


「セフィリア様、ご説明してもよろしいでしょうか?」


「構わんぞ」


 ロンコはまずセフィリアに断りを入れ説明を続けた。


「では。前回の大暴走でセフィリア様が最も活躍されたのは周知の通り。ですがその戦い方があまりに鮮烈で防壁の上から直接見た者達は夢に見るほどだったと」


「俺は壁が傾いたくらいしか聞いてないぞ…」


 セフィリアの方を見ると彼女は明後日の方を見ながら吹けない口笛を吹いて誤魔化していた。


「多くの住人たちはセフィリア様が一度ひとたび魔法を唱えると、炎が空を焦がし、巨大な狼がバラバラになりながら空を舞い、肉片が雨のように降り注ぐのを街の中から見ていたそうよ。その後セフィリア様はフィールの街から姿を消し、人物像が不明なまま噂だけが先行していったらしいわ」


「何してんの…」


「すると誰が最初かは分からないけど、子供の寝物語にセフィリア様の事を聞かせ始めたのよ。悪いことをするとセフィリア様がやってくるぞ、と…」


 恐怖の代名詞になってるじゃねえかよ。そこまで語ったロンコは俺の方に向き直り話を〆た。


「その白い御髪と共にセフィリア様のことはずっと言い伝えられてきたのね。だから…周りの人達のような反応になってるってわけ」


「理解したよ…。でもロンコとシルバーは普通だったよね?」


「私はソーイチローさんから事前に話を聞いてたからね、言い伝えは嘘っぱちだと思ってました。シルバーは…きっと言い伝えと本人が繋がってないんでしょうね」


 そう言ってロンコは笑った。

 シルバーは良くも悪くも素直な性格だ。きっとセフィリアを見たままの姿で捉えていて、危険な人物ではなく単なる美人だと思っているのだろう。


「シルバーらしいって言えばシルバーらしいな」


 そんな事を話していると、酒場にいた人達がセフィリアに近づき、


「セ、セフィリア様!握手してください!」


 頭を下げながら手を出し、その男は握手を求めてきていた。


「う、うむ……これでよいか?」


「ありがとうございます!星屑様もよろしいでしょうか!」


 そう言って俺に向かって握手を求めてきた。星屑様って俺のこと?


「お、おう……これでいい?」


「ありがとうございます!やったぜ!前回と今回の二人の英雄に握手してもらったぜ!!」

「うわってめぇずるいぞ!俺もお願いします!」

「待て待て待て、俺が先だ俺が!」

「俺!俺はセフィリア様に殴って欲しい!」

「じゃあ俺は踏んで欲しい!」

「俺は鞭で叩いて欲しい!ほらこれで!」


「なんで鞭なんて持ってるの?!というかホモか変態しかいないのか…」


「はいはいはーい、みんな一列でねー、握手だけ、一人10秒までだよー」


 いつの間にかロンコは厨房に戻り、シルバーが側に来ていて勝手に交通整理を始めていた。テーブルの上をみると新たに鳥のソテーが追加されていたので、それを持ってきたらしい。

 俺とセフィリアが全員と握手が終わると、酒場は元の騒然とした環境に戻り各々が少ない肴をつまみながら酒を飲んでいた。元の雰囲気に戻ったのを安堵しながら、若干冷めてしまった食事に手を付け始めた。


「これでやっと落ち着けるかな…それにしてもこの鳥のソテー旨いな。って、あれ?こういう肉類って手に入るんだっけ?」


 周りを見渡しても同じ鳥料理を食べているのは俺とセフィリアのみだった。


「多分じゃが…今日は出されるまで結構時間掛かったじゃろ。ワシ達のために鳥を絞めたんじゃろうな」


「そっか…じゃあありがたく頂こう」


「そうじゃな」


 ナイフで切ると肉汁が垂れ、肉の臭みも僅かに香る香草で上書きされていて、掛かっているソースにほんの少しの辛味のおかげで箸が止まらない。箸じゃなくてフォークだけど。


「ふう、旨かった…」


「や、ソーイチロー」


「シルバーか、またサボりか?」


「こういう給仕って波があるからね、話すくらいの時間はあるんだよ。ところでお腹に穴が開いたって?大丈夫?」


「おう、治癒魔法使いが寄って集って治してくれたみたいでな、前より調子いいくらいだ」


「そっか、そりゃよかった」


「ありがとうよ。ところでシルバー、たまに星屑様とか言われるんだが何故か知ってる?」


「うん。なんか今回の活躍で二つ名がついたみたいだよ。”星屑の夜梟やきょう”って名前だってさ」


「………はぁ、なんだって?」


 マジで勘弁してくれ、と思う。外を歩く度に「星屑様!」とか言われると都度穴掘って入りたくなる。なんて思っていたが、セフィリアは「へー、そんな名前じゃったのか」と鳥のソテーを突きながら、さも当たり前のようにつぶやいていた。


「セフィリア…人事だと思って…」


「人事じゃもん。ワシだって白髮しらかみ様とか拝まれた時は全部ぶっ飛ばそうかと思ったもんじゃ。まあ有名税じゃと思って諦めろ」


「ぐぬぬ…」


 広がった噂は二度と戻らない。というか、もうどうしようもない…。


「はぁ…まあいいや。顔が引きつりそうだけど受け入れるしかないのか。なんでそんな名前になったかシルバーは知ってる?」


「それも知ってるよ。ソーイチローがなんか空から星が降ってくるような魔法を使ってゴブリンを倒したんだよね?その変な魔法の様子とゴブリンが死んだ場所に星屑が散らばってるみたいに魔石が転がってたんだってさ。それでソーイチローが魔法を使ってる様子が黒い梟っぽかったらしいよ。それで”星屑の夜梟”だってさ」


「誰が考えるの、こういうのって…」


 誰からの回答を期待したわけではない独り言だったが、セフィリアが知っていたらしく答えてくれた。


「ギルドマスターのはずじゃな。ワシの時も先代のギルドマスターが付けたしの」


「…明日、ギルドマスターに挨拶しにいこう」


「それでソーイチロー」


「なにシルバー?」


「街を守ってくれてありがとう!これでソーイチローに助けられるのは二度目だね」


 そう言ってシルバーは少しも照れる事無く、本心からの笑顔で俺に礼を述べてきた。

 普段のシルバーは、まあ抜けてたり、微妙に浮気性なところもあるが、こういう素直な所をロンコは好きになったんだろう。


「おう、そう言ってくれると俺も頑張った甲斐があったな」


「それにしてもソーイチローが二つ名持ちかぁ、いいなぁ…」


「そんなに二つ名が欲しければ俺が考えてやるぞ」


「ホント?!よし、ソーイチローのセンスに期待だ」


「そうだなぁ…”ロンコの座布団”とかどうだ?」


「ええ?!それじゃまるで僕がロンコの尻に敷かれてるみたいじゃないか!」


「まるでもなにもそのまんまじゃねえか…」


「でもね、この間ロンコを組み敷いたんだよ!」


「へぇ、といっても転んだとかそんなんだろ?どんな状況だったんだよ」


「違うよ!ほら、大暴走の魔獣ってゴブリンだったでしょ。もし防衛に失敗すると女の人達って酷い目にあうんだよね。それでロンコがね、万が一防衛に失敗した時にゴブリンが初めてじゃ嫌だって言ってね、ロンコの部屋で、ゴブルァ!!」


 どこからか飛んできたトレイがシルバーの後頭部に直撃し、吹っ飛んだ頭につられて首が10cmほど伸びたように見えた。


「「………」」


 案の定、酒場内の喧騒はピタリと止まり、またロンコがシルバーを引きずってくのかと思いきや、現れたのは身長2mを超す大男のコックだった。のっしのっしと歩く姿はどことなく森の熊さんを想像させるが、片手に持つ包丁のせいで凶悪な印象しか持てない。

 俺たちのテーブルまで来たコックは俺とセフィリアに小さく黙礼をし、気絶してるシルバーを肩に担ぎ上げ厨房に戻っていった。


「あれってひょっとしたらロンコのお父さん…?」


「そうじゃろうな。昔見たことあるわ」


「…あのままシルバーが調理されたりしないよね?」


「そういえば市場で肉とか手にはいらんとか言ってたの」


「「……」」


「今日はこれ以上肉料理を頼むの止めよっか」


「そうじゃな」


 そうして寝起き初日がやっと終わりを告げた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ