辺境伯
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しばらくすると再びノックされ、アリオス侍従長はギルドの会議室で見たフィール辺境伯と共にやってきた。
「やあソーイチロー君、体調はどうだね?」
なんか妙に口調はフレンドリーな人だが、目つきはかなり鋭いし手の皮も厚い。腰に下げている剣も結構使い込まれている。怒らせたらやばそうな人だな。
「おかげ様で起き上がれるくらい良くなりました。本来ならちゃんと立ってお出迎えしたいところでしたが…」
「はっはっは、怪我人に無理言って面談を求めたのはこちらだ。寧ろ礼を言うのは私達のほうだ。フィールを守ってくれてありがとう、住人を代表して礼を言う」
そう言って辺境伯は小さく頭を下げてきた。貴族なのに冒険者相手に頭を下げられるってすごいな。
「冒険者として当たり前の事をしただけです。と、かっこ良く言ってみましたが俺も欲があったから頑張っただけです」
「ほう?良かったらそれはどんな事か聞かせてもらってもいいかね?」
「大したことじゃありません、いや、俺に取っては大したことありますが。その、俺とセフィリア達は”いい仲”なのですが、セフィリアは最強と言われる魔法使いです。釣り合うとまでは言わないまでも、見劣りしない力を証明したかったんです。それにミストさん、ティアラ、コロネは俺に仕えてもらっています。彼女たちに仕えられる価値のある冒険者であろうと考えています」
そう辺境伯の目を見ながら、そう話した。
「ふっ、女のためか。そのほうが分かりやすくて良いし、納得できる。それなら…どうだ?私の所で仕える気はないか?」
「…俺のような怪しげな冒険者にそのような誘いを?」
「セフィリア殿の弟子なのだろう?それ以上の身元保証など有りはしないさ」
そうだった、忘れてた。一応セフィリアは世界最強の魔法使いって言われてるんだった。
「おいソーイチロー、お主はまさかとは思うがワシの立場を忘れてはおらぬか?」
目ざとく指摘してきたセフィリアだったが聞こえなかった事にするに限る。
「…お誘いは大変光栄な事だと思います。ですがまだ冒険者として未熟な身、まだまだ精進して行かなくてはいけないと考えています。しばらく冒険者として過ごし経験を積み、自分が辺境伯の目に叶うようでしたら、再びお声を掛けて頂きたいと思います」
そう答えると辺境伯は一瞬だけ目を眇めた後、ニカッと笑い、
「そうか、残念だ。又の機会を見つけて声を掛けるとしよう。それでは次の話だ。バニルミントの処遇についてお前の意見を聞きたい。何か思う所はあるか?」
「特にはありませんが、どんな処遇になりそうですか?」
「死罪は確定だ。その死罪の中でも石打ち刑になるだろう」
石打ち刑とはその名の通り磔にされた罪人に石を投げて殺すという、苦しみが最も長く続く死刑方法だ。石を投げるのは街の人達であり、この死刑方法は放火や通り魔のような不特定多数の住人に危害が及んだ時に選ばれるそうだ。
「死罪はいいのですが…そうですね、斬首くらいにできませんか?」
「理由を聞いてもいいかね?」
「街を危機に陥れたのは事実ですが、結果として怪我人は俺だけで死者は出ていないのがひとつ。もう一つは俺自身がバニルミントに手を下すならいいのですが、街の人達が憎しみを持って石を打つ姿はあまり見たくないと思いました」
日頃仲良くしている人達が例え相手がバニルミルトとはいえ、石を投げて人を傷つけている姿を見たいか?と言われれば、迷いなくNOと答えられる。
それともう一つ、言えば辺境伯の能力を疑うことになるので口には出せないが、石打ち刑のように時間が掛かる処刑方法で万が一バニルミントが逃げ出したら、今度こそ俺の周囲に被害を及ぼさないとも限らない。
「ふむ…分かった。お前の意向にはなるべく沿うようにしよう」
「ありがとうございます」
これでやっと一息付ける。それにしてもバニルミントはどうしてあんなことしたんだろうな…。
と、口に出したつもりは無かったが口端に登ったらしく、フィール辺境伯はアリオス侍従長に目配せしたあと、侍従長が説明をしてくれた。
「これから話すことは内密にお願いします。彼女が現在の性質になったのはその過去によるものと思われます。彼女の両親は行商をしており、両親と共に様々な街を渡り歩いていたようです。そしてある時、盗賊に襲われ両親共々攫われてしまいました」
「両親共々って、護衛は居なかったのかな」
「冒険者の護衛は盗賊とグルだったらしく、殆ど抵抗はできなかったようです。そこで両親は殺され、少女だったバニルミントは…筆舌に尽くし難い扱いを受けたようです」
「…」
「その後、魔法使いに救助されたバニルミントはその魔法使いから魔法の才能を見出され、魔法使いギルドの門扉を叩きました。やはり才能があったのでしょうね、評議会の議席を得るまでになったバニルミントですが、その過程で冒険者の結婚詐欺師に騙され結構な被害を受け、これが決定打となり今の思考になったようです」
「なるほど」
「魔法使いギルドにも極少数ながら男の魔法使いも所属していたそうですが、これをバニルミントは尽く叩き潰したようで、自身の経験と相成り男は下等で弱い生き物だから何をしても良いと考えていたと推測されます」
「…色々な意味で救われませんね」
かと言ってバニルミントがやったことが許されるかと言えばそんなことはない。それはそれとして罰は受けなくてはいけない。
男の冒険者で魔法使いの俺は、バニルミントからすれば仇敵が自分と同じ土俵に上がってきたようなものだ。そして散々俺に邪魔され、議席を剥奪され、魔法使いギルドからも追い出され、そんな怨敵とも言える俺が道の真ん中でぼ~っと立っていた。そんな姿を見てしまったため大暴走とか関係なく攻撃を仕掛けてきたのだろう。
ちなみにバニルミントの情報が何故この短時間で集まったかというと、元々危険人物として辺境伯側はマークしていたそうだ。さすがにこんな大事になるとは思っても居なかったようだが…
「よく分かりました、ありがとうございます。ところでバニルミントが所属していた魔法使いギルドのほうには何らかの処罰はなされないのですか?」
と尋ねると、辺境伯は若干眉を顰め、
「ギルド側が言うには「すでにバニルミントは除籍した身であり、我々とは一切関係は無い」だそうだ。しかも本当に大暴走前に除籍していたらしい」
「うわ…なんか一番の問題ってそこなんじゃ…」
そういえば大暴走が発表される会議でレニィは魔法使いの人数を一名減らしていたが、そういうことだったのか。まったくレニィの組織防衛術は大したものって言えば大したものなんだが、何かやりきれないものがある。
「でも魔法使いギルドでバニルミントと決闘した後、ギルド長はちゃんと後始末するって言ってたんですけどね」
だよね?とセフィリアに尋ねれば、うむ、という返事が返ってきた。それを聞いた辺境伯は、
「ふむ…そうか、では私達がしてやれることはあまり無いが、助言くらいはできるな。魔法使いギルドに行ってこう言ってみろ「酒場で少し声が大きくなるかもしれない」と」
なるほど上手い手だ、と思った。
バニルミントは俺と決闘し負けている。それを逆恨みしないようにギルド長に伝えてあったにも関わらず俺を傷つけた。見方によっては魔法使いギルドが面子のためにバニルミントを使って俺に害をなした、と言えなくもない。この際は事実かどうかは関係ないのだ、街の人からどう見えるかが大事なのであって。
またバニルミントが魔法使いギルドから除籍になっているといくら言い募っても、不祥事を起こしたから除籍しただけで蜥蜴の尻尾切りだ、と普通の人は思う。
これは予期した訳ではないが、バニルミントの処刑方法が石打から斬首に変われば、そこに何か温情をかけるに値する理由があったと推察する人もいるだろう。それに噂が流布していれば、バニルミントは単なる捨て駒で黒幕は魔法使いギルド、という話に真実性を持たせることになる。
「…ありがとうございます。後ほど魔法使いギルドで”相談”させて頂くことにします」
辺境伯はニヤリと笑い、
「そうしろ。ではそろそろ私は失礼するよ。怪我が癒えるまで好きなだけここにいて構わん。ではな」
そう言ってフィール辺境伯はアリオス侍従長を連れ部屋から出て行った。
しばらくみんな無言であったがセフィリアが、
「で、ソーイチロー、どうするつもりじゃ?」
「バニルミントは…まあこれ以上はしょうがない。問題は魔法使いギルドだな。ギルド長が対処するって言った結果がこれじゃ納得できるわけがない。かといって表立って批判するのもちょっと難しいし、セフィリアに「やっておしまい!」ってお願いするわけにもいかない」
「じゃからお主は一体ワシのことをなんだと…いや言わんでいい…」
「言わなくてもいいのか…まあ結局は魔法使いギルドに実利を兼ねた意趣返しする程度かな。コロネ、こういうの作れる?」
と、コロネにちょっとしたアイテムを作ってもらった。その後、体調が戻った俺はフィール辺境伯の別邸を辞した後、セフィリアと共に魔法使いギルドに向かった。




