対面
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「じゃあセフィリア、いこうか」
「うむ」
音の鎖亭で一夜明かした翌朝、フードを被ったセフィリアと俺は様々な検査道具を持ちミストさんの家へと向かった。行きがてらに朝市で少し高めのお茶っ葉を手土産に買い、どこか楽しげなセフィリアと共に朝の喧騒の中を歩いて行った。
「そういえばセフィリアってさ、あの庵に一人で住んでて寂しくなかったのか?」
「そうじゃな…ソーイチローが来る前までは寂しいなどとは欠片も感じなんだな」
切っ掛けが切っ掛けじゃったしな、と小さくセフィリアは付け足していた。
「じゃが…ソーイチローが来てからは一変したな。お主はトライアルアンドエラーとか訳わからんこと言いながら、いろんな描画魔法を作っては失敗したりしたじゃろ。加湿器とか言いながら部屋が蒸し風呂になったときには、こいつをどうしてくれようと思ったが…それをひっくるめて見てて飽きなかったからな。お主が出て行った後、きっともう戻ってこないんじゃろうなと考えた途端にな、猛烈に寂しく悲しくなったんじゃ」
「それはなんというか…すまんな。これからはなるべくセフィリアと一緒にいるよ」
「いや、お主がやりたいようにやるがいい。ワシが悲しくなったのは二度と戻ってこないと思ったからじゃが、お主は戻ってきてくれたんじゃ。また会えるとわかっていれば平気じゃ。ワシはワシで魔力欠損症の研究があるからな、四六時中お主と共にいることもできん。お主はお主でやるべきことを探せ、それでたまには帰って来い。それで十分じゃ」
「なんつうか…男前だな、セフィリアって」
「失礼じゃな、こんな美人を捕まえて」
「自分で美人って言うか…まあそうなんだが」
「じゃろ?」
そうして朝市の喧騒を抜け、ミストさん達が住んでいるあばら屋が立ち並ぶ地域に辿り着いた。この一帯は住んでいる人も少ないため、朝だというのに人もまばらだった。
ミストさんの家に辿り着き、ノックをする。
「ソーイチローです、戻りました」
「はい、只今開けます」
といってティアラが扉を開けてくれ、出迎えてくれた。後ろにはコロネもいてニコニコしている。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「お帰りなさい!おにいちゃん!」
なんかティアラから聞き慣れない言葉が…
「ティアラ?ご主人様って?」
「仕えるべき方なので呼び名を変えさせていただきました」
「そ、そう…まあいっか。とりあえず中に入っていいか?紹介したい人もいるし」
そう断りを入れ中に入っていつも朝食を食べるテーブルについた。すでにミストさんはテーブルについており静かにこちらを伺っていた。ティアラとコロネはお茶の用意をしに台所へ向かっている。
「お帰りなさい、ソーイチローさん」
「只今戻りました、ミストさん。これどうぞ」
朝市で買ってきたお茶っ葉をミストさんに渡しながら言葉を繋げる。
「それで以前話したことがあるけど、この人が俺の師であるセフィリアです」
ミストさんはセフィリアという名前を聞いた時にピクリと眉を動かし何か思う所があるようだったが、特に何か聞いてくることもなかった。
「セフィリアじゃ、よろしくな。ソーイチローがフィールにいる間、世話になったようじゃな。礼を言う」
セフィリアはフードを取り、お茶を仕込んできたティアラとコロネも含め三人に頭を下げた。
「ソーイチローさん、お土産ありがとうございます。私はミストといいます。こちらこそ、私達のほうがソーイチローさんのお世話になっているくらいでしてお礼を言うべきはこちらのほうです。ありがとうございました」
そう言ってミストさんはセフィリアに頭を下げていた。それからふたりとも、いえいえこちらこそという会話を続けていて終わりが見えない。なんとなく、保育園の親同士の会話にみえてしょうがない。
お茶の用意が終わったようで、ティアラがテーブルの上に俺とセフィリアとミストさんの三人分のティーカップを置くと、テーブルの周囲には淹れたてのハーブ茶の香りが漂い、それが切っ掛けでお礼合戦にも一区切りついたようだった。
ティアラとコロネの分のお茶が無いなと思ったが、椅子が足りないせいで二人は立ったまま話を聞くようだった。
「それでじゃな、ソーイチローから聞いているかもしれんが、ワシは魔力欠損症の研究をしておる。それで…ワシに協力してくれないかとお願いに参った訳じゃ」
「はい、伺っています。お仕えするソーイチローさんの願いなら、できうる限り叶えるのが私達の仕事ですので協力致します。ですが、なんでもその手法に秘密があるとかで…詳細は聞いていません。そのためまず私で実験して頂ければと思います」
「うむ、そこは問題ない。それでこちらからお願いしておいて何じゃが、治療方法は必ず秘密にしてほしい。これはソーイチローの安全保障に関わる問題じゃからな、必ず守ってほしい」
セフィリアは口調こそ同じだが、本気だということを表すように彼女の背後で陽炎のようなゆらめきを出し、ミストさんに圧力を掛けていた。言葉にこそ出さないが、周囲に漏らしたらどうなるか分かるか?と。
「え、ええ勿論秘密は厳守します。それで二人が助かるのでしたら、例え地獄に落ちようとも守ります」
一瞬押されたミストさんは圧力に負けないよう心を奮い立たせながらそう確約をしてくれた。しかし、セフィリアはほんの少しの嘘でもあれば見抜こうとミストさんから片時も目を離さず、その様子を見ていた。
しばらくの後ミストさんの言葉を信じたセフィリアは見えない圧力を消し、元の穏やかなセフィリアに戻っていった。
「脅してすまんの。なにせソーイチローの安全に関わることじゃからな、迂闊なことはできんのじゃ」
「ええ、信じて頂けて幸いです」
フウと息を吐いたミストさんは思い出したかのように、
「私の家族を紹介していませんでしたね、長女のティアラ、次女のコロネです。ソーイチローさんにお仕えするということで長い付き合いになるでしょうから、娘二人をよろしくお願いします」
「ティアラです。よろしくお願いします」
「コロネです。よろしくお願いします」
二人はそう挨拶をし、同じタイミングでティアラにお辞儀をした。コロネもまともに挨拶できたのか…などとと少し失礼なことを考えてしまった。
「うむ、こちらこそよろしく頼む。そうだ、ミスト殿」
「ミストで構いません。それで何でしょうか?」
「了解した。ソーイチローとも相談したんじゃが、ミストは元々メイドをやっておったんじゃろ?それでもし良かったらワシのところで働いてくれんかの?」
「喜んで…と言いたいところですが、魔力欠損症に掛かってから体が弱くなってしまって満足に働くことも出来ません。非常に嬉しい申し出なのですが、逆にご迷惑になるかと…」
「出来うる限りでよい。もし治ったら頑張ってもらいたいが、そうでなくても追い出したりすることはせん」
勿論ミストさんの行く末を気にしての言葉だろうが、それだけではなく、俺の秘密を守るための懐柔策の一つでもある。ミストさんはミストさんでなんとなく気づいているのかもしれないが。俺からもひと押ししておこう。
「セフィリアの庵なんだけどね、足の踏み場しかないんだ。足を置く場所だけぽっかり穴が開いてるみたいに物が退けられてて、まるで逆飛び石状態って言えばいいのかな?まあそんな状況をどうにかしてもらえないかな~と」
そんな俺の言葉にミストさんは苦笑いしながら了承してくれた。
「分かりました。微力ながらお手伝いさせてください」
「うむ、よろしく頼むぞ。ではさっそく魔力欠損症の治療に取り掛かって構わんか?」
「ええ、でも一体何をするのでしょうか?」
「簡単じゃ、ソーイチローに抱かれてくれ」
「……は?」
口を半開きにして呆けている。まあ普通の反応だよね。
「まあ話を聞け。ソーイチローの精にはな、どうやら魔力を回復させる効果があるらしい。それを注ぎ込むんじゃ」
しばらくセフィリアの言葉をかみ砕き理解しようとミストさんは考え込んでいた。
「………なるほど、それで秘密であることを押していたのですね」
「そういうことじゃ」
「あ、あのおかあさん。その…、一般的に……精……で回復するものなのでしょうか?」
今まで黙って控えていたティアラがミストさんに尋ねていた。恥ずかしいせいか肝心の部分はつぶやくような声量でかなり聞き取りにくかったが、事が事なだけに普段は控えめなティアラも聞かずにはおれなかったようだった。
だが回答はミストさんの代わりにセフィリアが答えていた。
「ティアラとかいったか。普通ならそんな効果は無いぞ。もしそうであったら女性は男を押し倒してでも絞りとるからな。あくまでソーイチローだけの話じゃ。これが世に知れ渡ると確実にソーイチローには自由が無くなり、最悪は実験動物じゃな。じゃから、先ほどの通り秘密であると念押ししたんじゃ。ティアラとコロネも努々忘れるでないぞ」
「「はい」」
「いい返事じゃ。ミストも覚悟は良いか?」
「ええ、勿論構わないのですが…その、できれば私も色々と時間を頂きたいのですが…」
「ああ、今すぐ事に及ぶ訳ではないぞ。今日はまず事前検査などやらねばならん。それから…」
何故か続く言葉を止め、俺のほうを見るセフィリア。あ~…女同士の話でもあるのかな?
「今日は特に俺の用事無ければちょっと門兵の詰め所まで行ってきたいんだがいいか?」
「そういえば門兵からそんなこと言われてたな。今日はソーイチローにしてほしいことは無いから自由にしてくれて良いぞ」
セフィリアは小さく、すまんと言いながら今日は自由行動であることを告げてくれた。
「分かった。じゃあ終わったら直接宿に帰るよ」
そのまま立ち上がりミストさんの家から失礼した。