大暴走対策
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フードを被り直しギルドから出た後、セフィリアが会話中にこちらを見たことが気になり、尋ねることにした。なんとなく予想はつくが…
「セフィリア、さっきの件で何か俺にさせたいことがあるの?」
念のため、大暴走という言葉は使わない。どこで聞き耳たてられているか分からないし。
「アレな、お主ならどう守る?」
「ん~、そうだね…その前に幾つか確認させてくれ」
「なんじゃ」
「主戦場は街と森の間にある平原で、敵が来る経路は森の方角から街に来るでいいんだよね?」
「そうじゃな、前もそうじゃったし、奴らが潜伏してる場所は森の中じゃからな…今回も同じじゃろ」
「こっちの防衛方法は防壁の上から遠距離攻撃が主だよね?主戦場である森と街の間にある平原にこちらから打って出るってことはある?」
「防衛方法はその通りじゃ。こっちから打って出ることは…まず無いじゃろ。数に差がありすぎてすり潰されるのがオチじゃ」
「防壁に取り付く場所は同じ場所って考えればいい?」
「死体を積み重ねてそれを踏み台にして防壁を乗り越えようとするからな、基本的には一点突破で狙ってくるはずじゃ。前回も一箇所に集まってきたからの、吹き飛ばすのは楽じゃったわい。ああそれと奴らが取り付く場所までは予測できんぞ」
セフィリアは見かけは白い髪と白い肌が相成って雪みたいに儚い感じがするんだけど、やってることは燃やすか吹き飛ばすかの二択なんだよね…っと、まあさておき。
「それなら存分に力を振るう余地がありそうだね。俺一人で全部倒せと言われなければ…そこそこ削る事は出来そう…かな?構想はあるけど今から作る描画魔法だから絶対とまでは言えないけど」
「ふむ、いつまでに作れそうなんじゃ?」
「ただ撃つだけなら三日もあればいいだろうけど、制御系の描画魔法作りや訓練のほうが時間かかりそうなんだよね…二週間くらいは欲しいかも」
「そうか。では、それを使うに当たってお主が危機にさらされるとかはあるか?お主が魔獣達の前面に出るとかじゃな。お主が無理して矢面に立つ必要も無いからな?」
「多分無いよ。遠距離からバカスカ撃つのは得意だけど近接攻撃は苦手だしね」
それを聞いたセフィリアはホッとした表情を浮かべていた。大暴走に関わるような事を言っておきながら、セフィリアは俺の身を心配してくれるというのは、若干矛盾が無いだろうか?
「今回の騒動でセフィリアは俺が活躍したほうが良いと思ってる?」
「うむ、いくつかの点でな。まずは金じゃ。ギルドの依頼を受けてると思うが、あれは税金が引かれた後なんじゃ。依頼ランクや報奨金の額、依頼元によって違うがおよそ三割が天引きされてると思ってよい。そして今回の件ならまず間違いなく緊急招集が掛かる。緊急招集に応じ依頼を遂行した者は半年から最長10年の免税期間が設けられるんじゃ。期間は活躍度合いに応じてじゃな。勿論優遇を受けられるのはフィールだけじゃがな」
「三割って結構デカイな。ちなみに緊急招集に応じなかったら?」
「特に罰則は無いが…まあフィールでまともに生活はできんくなるな。街の住人だって自分たちを守ろうともせず逃げた冒険者など相手したくないからな、買い物ができなくなったり施設の使用を拒否されたりと、まあ色々じゃ」
「なるほどねぇ…まあ断る気もないけど。あと他に理由が?」
「お主はこれから妾なりを持つようになるじゃろ?貴族でもない小童が妾なぞ持ったらやっかみやら嫉妬やらで結構めんどくさいことになるんじゃ。やはり妾を持つには力、金、権力のどれかが求められるからな、力があることの表明にもなるんじゃ」
「なるほどねぇ」
「あとは…その、私事なんじゃが、ワシもそこそこ有名でな、ワシの相方ともなると…色々と比べられることにもなる。まっこと悪いが…」
セフィリアほどの女に俺程度では勿体無い!とかいう批判ってことかな。今まで鉄壁だと思われてたセフィリアに突然男ができれば、そりゃ興味持たれて比べられるのは当然だよな。
「俺自身、未だ何ができて何ができないのか判らんけど、情を交わした人と釣り合うよう努力は怠らないつもりだ」
「…そうか、ありがとう」
微笑んだセフィリアとそっと手をつなぎ、宿へと足を向けた。
日は間もなく沈み18時の鐘が鳴り響いた。民家からは家庭で用意している夕食の匂いが漂い、屋台も書入れ時とばかりに出来上がった品物を並べている。様々な惣菜や色とりどりの果物が並び、屋台の店主にお願いして果物をカットしてもらっている姿も見受けられた。
今日の夕御飯を財布と相談している冒険者、惣菜を冷めないうちに持って帰ろうと早足な少女、お菓子を食べたいと駄々をこねる子供とそれを諌める母親…そんな人達の合間をセフィリアと手をとりゆっくりと歩いて行った。
音の鎖亭での夕食の時間になり、セフィリアと共にテーブルについた。今日の夕食は鳥肉の素揚げのトマトソース掛け、パンとサラダと果物とスープという組み合わせだった。いつものようにシルバーが俺とセフィリアの二人分の夕食を持ってきてくれた。
「おまたせ、ソーイチロー」
「おう、シルバー。今日は真面目に働いてるか?」
「やだなぁ、いつだって真面目に働いてるじゃないか。ところで…こちらは?」
「今日から宿で世話になるセフィリアじゃ、よろしく頼むぞ」
「そうでしたか、私達の宿の食事はちょっとした自慢ですから、どうぞ楽しんで……」
シルバーの口上が途中で止まり何事かと彼の方を見ると、セフィリアをぼ~っと眺めている。あ、こいつローブの隙間からセフィリアを見たな。まあとんでもない美人を心構え無しで見たらこうなるかもしれんが…
「おい、シルバー。セフィリアは俺のだからな?」
「…ハッ、そうなのか?!ソーイチロー!!ちょっと後で相談な」
「何を相談するんだよ…あとお前にはロンコがいるじゃねえ…か…」
ギシリと床板を踏みながらシルバーの後ろに一人の夜叉が近づいてきていた。
「勿論ロンコは大事さ!でも言うなれば…そうだね、このパンみたいな感じかな?いつも食べてる感じで。でもこの方は…なんというか、そう、アルバイト山脈にあるという幻のアイスの実のような、美しさと可憐さを兼ね備えた完璧な果物のような感じがするんだよ」
「…」
夜叉は喋らず、ただシルバーの背後に佇むのみ。夜叉の雰囲気に飲まれたのか、水を打ったように店内は静かになった。
しかしシルバーはセフィリアの方ばかり見ていて、全く気づく様子がない。
「い、いやな、パンだって大事だと思うよ?いないと困るよな?」
「そりゃあそうさ、でもいつも食べてるからなぁ…」
「へぇ……、じゃあ私にとってシルバーはお肉みたいな物ね」
「…」
とうとう口を開いた夜叉…じゃなくてロンコ。今度はシルバーが喋らなくなった。
「どういう意味か、ですって?よく聞いてくれたわね」
いえ、聞いてません。
「それは今からシルバーが料理されるからよ。お二人のお時間を邪魔して申し訳ありません。ちょっとこのお肉を調理してきますので今日は失礼します」
ガクガクと震えるシルバーの頭を掴み、引きずりながら厨房の方へと戻っていった。
「ソーイチロー、助けて!頭もげる!!」
「黙祷…」
「黙って祈らないで!口出して助けて!?」
パタンと厨房の扉が閉められシルバーの姿は見えなくなった。扉の奥から何も聞こえないのが余計に恐怖をそそる。そうしてしばらくすると店内は元の喧騒を取り戻した。
「変わった出し物をする宿じゃのぅ」
「いや、あれ本気だからね?」
いつもどおりに平和な夜が過ぎていった。