帰宅
ご覧頂きありがとうございます。
5話連日で投稿をしたいと思います。
フィールを出たあと俺は魔獣の闊歩する森の中を駆け抜けている。と言っても、手にはセフィリアへのお土産である宝石箱を持っているため、それほど早く走れていない。この宝石箱もそんなにやわでは無いと思うが、念のため気を使って走っている。なにせ宝石箱の天板は薄く透明なハトバチの女王蜂の羽を使っているため、一見するととても脆そうに見えるのだ。と、言っても触ってみると思ったより硬く出来ているためあまり神経質になる必要もないだろう。
野宿を一泊挟んで、あと30分ほどでセフィリアの庵にたどり着くほど近づいた時、ちょっとした広場に焦げた地面と黒い物体が転がっていることに気づいた。
「なんだこの黒い人型は…炭になった人間?じゃないな、この形はゴブリンか。一回り大きい個体もいるが…漏れ無く炭になってるな。よしよし、これならセフィリアは元気そうだな、よかった」
連絡が出来なかったためセフィリアの状態が気になってただけに、少しでも早めに彼女の元気さを知ることができて一安心だった。黒焦げの死体だらけだったからセフィリアが元気だと推測できることに、少し引っかかりが無いわけでもないが…
更に足を進めると、懐かしの庵が目に飛び込んできた。セフィリアの元から旅立ってから一年も二年も離れていた訳ではないが、畑に植えられている作物が俺が出立した時とは違っている分だけ過ぎ去った時間を感じさせてくれた。
庵に近づくほどに心臓の高鳴りが大きくなっていく。別に悪いことをして旅立った訳でもないし、お互い納得して離れたんだから「ただいまー」と言って庵に入ればいいだけの話だ。だけど…なんでドキドキしてるんだろうね?
一つ深呼吸をして、いざ扉を開けようと扉の前に立ち手を伸ばそうと行動に移すより先に、勢い良く扉が開けられた。
頭を若干下げていた俺は勿論…ゴンッと頭を打ちつけのた打ち回るしかない。
「ぐおおおおおお…」
「ソーイチロー!!」
うずくまって痛みを堪えながら見上げると、そこには以前と変わらない光輝く白髮を揺らし、目に涙を浮かべる赤い瞳がそこにはあった。
「た、ただいま、セフィリア」
痛みを堪えて立ち上がり笑みを浮かべてセフィリアに臨む。彼女を見ると以前と変わらない美貌がそこにはあり、泣き顔から泣き笑いの表情を浮かべこちらを見上げていた。
「お帰り、ソーイチロー!」
と、言うやいなや俺の胸にセフィリアが飛び込んできた。俺の胸に顔を埋めるセフィリアを抱き寄せ、久しぶりに彼女の若草の香りを胸いっぱいに嗅ぐと、ああ帰ってきたんだなと実感した。
グリグリと顔を胸に押し付けていたセフィリアは唐突に動きを止め、顔を上げると物欲しそうな表情を浮かべていた。そっと頬に手を当て軽くキスをするとセフィリアは笑顔を深めた。
頭をぶつけた衝撃で落としてしまったお土産を拾い家の中に入る。家の中も変わらず…汚い。俺がいた時よりも汚い。しかも何か急いで荒らしたような痕跡まであるし、なんだろう?
「んん、よく帰ってきたな、ソーイチロー」
セフィリアは取り繕って再び挨拶してくれたが、先ほどの喜びようが無かったことになるわけでもない。
「おう、ただいま。それでこれお土産」
例の宝石箱を机の上にコトッと置く。壊れて無ければいいんだが…
「うむ、ありがとう。見ても良いか?」
「勿論」
布袋からゆっくりと取り出し、セフィリアは机の上に置いた。宝石箱を見た時、一瞬目を剥き、直ぐに上から横から下からと返す返す見ている。
「これは…見事な逸品じゃな。天板は…魔獣の蜂の羽か?」
「ハトバチの討伐を請け負ったからね。そこで採れたやつだよ。宝石箱だけど宝石以外にも色々と入れてくれれば大丈夫だから」
「うむ、大事に使わせてもらうぞ」
本当にニコニコとしながら受け取ってくれた。
「そうしてくれると俺も嬉しいよ」
「ソーイチローも街で頑張ったようじゃな。で、街での生活どうじゃった?」
狩りや依頼、宿泊場所や知り合った人達について面白可笑しく、情緒たっぷりに言って聞かせた。そして、肝心の話になる。
「それでだ、セフィリア。魔力欠損症の患者を見つけた。母ひとり、娘ふたりの3名だ」
「…真か?」
「うん。条件によってだけど、こちらに協力すると話を付けてある」
「そうか…」
そう言ったセフィリアは目を瞑り、見えない空を仰ぐ。体重を掛けた椅子がギシリと鳴り、奇妙な沈黙の時が流れた。何を思う所があったか判らないが、沈黙を始めたのがセフィリアなら沈黙を破ったのもセフィリアだった。
「して、その条件とは?」
「その…な。俺のメイド兼妾になること、らしい」
「それだけか?」
「それだけらしい。娘のほうふたり共だけどな」
「しかし…メイドになるとはまた珍しいな」
「え?驚く方ってそっち?」
「妾は何も驚くことはあるまい。身の安全を図るなら当然の提案だと思っておる」
「そういえば同じようなことを言ってたな…」
「じゃろう?あとワシのことを気にして妾にするのを即断しなかったのだろうが、気にせんでもいいぞ。まあ嬉しかったがの」
そう言って小さく笑った。だが、すぐに目を薄くし表情を締め言葉を繋げてくる。
「お主のそういった気遣いは、長らく忘れていたワシの女心をくすぐる。非常に嬉しいものじゃが…お主は前に居た世界の倫理観に強く囚われ過ぎておる。ひょっとしなくても、お主は人を殺したことが無かろう?」
「まあな…」
「冒険者の最初の壁が何か知っておるか?人を殺せること、じゃ。このためにランクが上がらない、もしくはわざと上げない冒険者がおるくらいじゃ。こればかりは良い悪いという話ではないし、普通の者なら他の選択肢があるから問題は無かろう」
「…」
「じゃがお主は違う。お主の体質を付け狙う者が襲ってきたりもするし、魔力欠損症というハンデを背負った者を守ることもあろう。そんな時にほんの少しの躊躇いで…差を分ける。殺し慣れておけとは言わん。じゃが、いざという時に躊躇わない程度には慣れておけ」
「…」
「想像してみよ。お主が躊躇ったその一瞬で大切な者が傷つき二度と帰ってこない。それを防ぐ手立てはその手に有るのに、じゃ。心持ちがほんの少し違うだけで助けられた者が助からないというのは、ひどい後悔に苛まれるぞ」
「言いたいことは解ったが、じゃあどうすれば…俺、殺しにいきまーすって訳にもいかないだろ」
「そうじゃの、まあ在り来りなところで盗賊の討伐かの。冒険者ギルドの依頼書に無かったか?」
「どうだろうな。自分が見たランクには無かったと思う。俺より上のランクは見てないからちょっと判らないな」
「まあある程度のランクなら確実に盗賊の討伐依頼はあるからの。ワシと一緒にギルドに行けば依頼受けられるじゃろ」
「複数人で同じ依頼を受ける時って…メンバーのランクの平均値から一つ上までの依頼まで受けられるんだっけ?」
但し、仮組みと言われる冒険者見習いには適用されないそうだ。このようなシステムであるため、同じランクの冒険者が合同で依頼を受けることが多い。ランクが異なる人の場合は高いランクの人にはあまりメリットが無いため報奨金等の分前を融通するか、知己故に共にすることくらいだそうだ。
「そうじゃ」
「セフィリア、ありがとう。あとフィールの街に来てくれるのもありがたい」
「その母娘3人の体調があまりよろしくないんじゃろ?本当はこの庵のほうが色々できて都合はいいんじゃがな」
「やっぱ知ってたか…」
「ワシが何年研究してきたと思っておる」
「あ、でも体調が悪いのは母と姉の2人だけだな。妹のほうは問題無いように見える」
「む?本当か?そんな症例は見たことがなかったな」
「聞いた話ではコロネ…妹のほうは生まれつき魔力欠損症だったらしい。残りの2人は途中から魔力欠損症に掛かったって言ってた」
「ふむ…」
「推測でしかないけど、妹のほうは魔力が無い前提で身体が作られているから、魔力が無くても普通に動けるんじゃないかな?残りの2人は魔力がある前提で身体が出来ているところに、魔力が無くなったから体調がよろしくないとか?」
「ありえそうな話じゃのう。となると、母と姉のほうは普通にソーイチローの精を注ぎ込めばいいかもしれんが、妹のほうは慎重にせねばいかんな」
「普通に注ぐってすごい言葉だな…というと?」
「ソーイチローの精が薬から劇薬になるかもしれんのじゃ」
「ああ、効きすぎるってことか。じゃあどうするんだ?放置するわけにもいかんよな」
「うーむ、本人を見てみんとなんとも言えんが…まあ結局やることは同じじゃな。他の2人より経過観察を特に気をつけることになるだろうがな。考えられる対策は取るから、そこは任せてもらおう」
「了解、いつ出立できそう?」
「そうじゃの、明日の朝には出立するとしよう。のんびりする時間が無くて悪いの」
「こういうことは早いほうがいいからな、そのほうが助かるよ」
「ではワシは機材の用意をしてくる。ソーイチローはどうする?」
「うーん、特にやることもないからな。部屋の掃除でもしてるよ」
「分かった。では…また夜に部屋へ行くから待っておれ」
「楽しみにしてるよ」
と、笑いながらセフィリアは機材を拾い集め始めた…拾い集めるってどうなんだろうな?もうちょっと整理整頓したほうがいいんだけどね。まあそれはさておき、久しぶりに燃え上がりそうな夜が楽しみだ。
お互い別々な部屋があったにも関わらず、出立する前は俺の部屋にセフィリアが居着いていた。俺の部屋兼セフィリアの部屋に戻ると、出立した時と比べて知らない本が多少増えているくらいで殆ど前と変わらない模様だった。改めて帰ってきたんだと実感する。しかし、面倒くさがりなセフィリアらしくあまり掃除をしておらず、使われていないエリアに少し埃が積もっていたため早速掃除を開始した。