お花畑と帰還
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「こんにちは~」
狭い店の中に入ると、前と同じく一見誰も居ないように見えるが、テーブルの向こう側では頭だけもぞもぞと動いているのが見えた。俺はそちらの方に近づくと、来店したことにようやく気づいた店主のドワーフは顔をあげ端的に言い放った。
「できてるぞ」
「見せてもらってもいいですか?」
「これだ」
カウンターの上にティッシュ箱ほどの大きさの宝石箱が差し出された。
宝石箱の天板は俺が渡したハトバチの女王蜂の羽から出来ていて、透明でありながら虹色に輝くという特性を存分に活かすようにどの角度からも見えるようになっていて、その輝きが宝石箱の中の宝石を一掃際立たせることだろう。四方と底板は木目を活かしたシンプルな木板であるが、それが一層のこと天板の羽を映えさせている。八ヶ所の角は彫銀で装飾されていて頑丈さと見栄えを両立させている。天板の羽を軽く叩くとコンコンと硬い音がしていて、依頼したときにドワーフが言った通り硬くなっており、そこそこの強度を保っているようだった。
「いや見事な逸品ですね。これは渡すのが楽しみだ」
「ふん、当たり前だ。それで女王蜂の羽の切れ端はどうする?なんだったらこっちで買い取るぞ」
「じゃあお願いします」
「じゃあ5000z返却する」
「あれ?結構安くなったんですね」
「ケッ、切れ端でも結構いい値段するんだよ。あと…すまん!この箱の出来が良くてな、非売品だが通りの陳列棚に飾っておいたんだ。そしたら…」
厳つい小さなおっさんが頭を下げると余計に小さく見えるな、とかしょうもないことを考えていると、《呑んだくれ》の扉が乱暴に開けられ、ローブを着た若い女が飛び込んできた。
「ちょっとそこのあなた!その宝石箱を寄越しなさい!」
と、開口一言いい放った。
「これ、なんなんです?」
変な女を指差しながらドワーフのおっさんに聞く。
「…陳列棚に非売品で飾っておいたら、その女がどうしてもその箱を寄越せって言ってな。何度断っても諦めなくて、とうとう箱の持ち主と直接交渉するとか言い出してな。迷惑が掛かるから早くここから出て行けと言おうとしたんだが…外で見張っていたらしい…」
どんだけ暇なんだ、この女は。
「あんたみたいな冴えない男がそのような美しい宝石箱を持つべきではないわ。私のように美しさと実力を兼ね備えた高潔たる人物こそがその箱に相応しいわ。もう分かったでしょ?分かったらとっとと寄越しなさい!」
思ったより若いこの女性、容姿は悪く無いんだがこちらを酷く見下し横柄な態度を取っているため、表情は歪んでいてとても醜い。だがこんなのでも一応は女性、いきなり殴り飛ばす訳にもいかない。
「申し訳無いがこれは渡せない。あんたもハトバチの巣を退治してこればいいんじゃないか?もしくは冒険者ギルドに依頼を出すとか」
この手の人の話を聞かない人物には無駄だろうな、とは思いつつも現実的な案を提案するが、
「私は い・ま! 今!欲しいのよ!なんで待たなくちゃいけないのよ。あんたがその箱を置いて、また新しく取りに行けばいいじゃない。それにあんたも嬉しいでしょ?私のような魔法使いに奉仕することができて。又とない光栄でしょ?」
「あんたも魔法使いだったのか…」
確かに魔法使いらしいローブを着ているのに今まで気づけなかったのもおかしい話だが、もっとおかしい話をしている女がいるためそれどころではなかった。
「あんた“も”?なぁにあなたまさか…男の癖に魔法使いを名乗ってるの?フフッ、あなた漫談師の才能があるんじゃない?男ができる魔法なんて魔石を弄る道具屋か精々汗臭い労働者くらいでしょ?男が魔法使いを名乗るんじゃないわよ」
よく喋るなぁなどと思って黙っていると気を良くしたのか、パサッとフードを脱ぎ自己紹介を始めた。
「良い事?魔法使いを名乗るなら、魔法使いギルド評議会議員席次6番オウル=バニルミントの許可を獲ることね!まあ男が魔法使いギルドに来ても意味無いけど。あ、その宝石箱を寄越したら栄えある魔法使いギルドの掃除夫で雇ってあげても構わないわよ。どう?光栄でしょ?」
こちらを挑発するのではなく、本気で言ってるのが見て取れた。大丈夫かこいつ?と思って装飾品屋のドワーフに顔を向けるが、ドワーフのおっさんはただ首を横に振るだけだった。
「まあ、なんだ。とても光栄?な事かもしれないが辞退させて貰うよ。あと何度も言ってるけどこの箱を渡すことは出来ない。俺の大事な人へのプレゼントだからな」
「あなたみたいな自称魔法使いがプレゼントを送る相手なんて精々娼婦くらいでしょ?娼婦の御機嫌取りにその宝石箱は勿体無いわ」
カチンと来るがここは人の店の中、装飾品屋であるから繊細な商品が多いため暴れる訳にもいかない為、我慢しなくてはいけない。
「娼婦なわけないだろ。いつも研究熱心な」
バニルミントは俺の言葉を遮りながら、一層侮蔑した表情を浮かべ言葉を重ねてきた。
「研究ってどうせ床の研究とかでしょ?彼女にはあなたがお似合いだけどその箱は似合わな」
我慢出来なかった。
「『ショットガン』」
呼び出した瞬間、手元には弾薬が装填された無骨なショットガンが現れる。傍から見れば単なる黒い筒にしか見えないが、バニルミントが見たことも無い魔法であることと自身の怒りが混じりあい、容易く命を刈り取れる魔法であると解った彼女は小さくヒッと呻き声を上げ硬直した。怒りの赴くまま、銃口をバニルミントの腹に押し付け、
「未熟な俺なら何言われてもいいが…俺の大切な人まで貶されちゃ黙っていられん。おっさん、扉を開けてくれ。こいつを外で始末する」
ショットガンでバニルミントの腹をゴリゴリ押しながら外に向かうとおっさんもそれに合わせて扉を開けてくれた。
「ほら、開けたぞ…程々にな」
始末とは言ったが殺すとは言っていない。それに気づいたドワーフのおっさんは窘める程度しか言ってこなかったが、バニルミントはそれどころではない。
店の外に連れ出し、銃口で押すとバニルミントは腰砕けへたり込んでしまった。高々これだけで腰を抜かすとか、こいつ本当に魔法使いか?
「で、さっき言ったことを訂正するか、魔法使いらしく決闘するか、好きな方選ばせてやる」
「…」
「黙ってないで答えたらどうだ?」
「そ、そんな虚仮威しに私が…」
一歩離れ、少し離れた地面に向かってショットガンを放つと乾いた土は大きくえぐれ、その威力をまざまざと見せつけた。その穴を見たバニルミントはそれ以上言葉を紡ぐことができなくなった。
「で?決闘を選ぶってことか?それならとっとと立て、黙って構えろ」
先ほどの銃声を聞きつけたのか野次馬が集まりだし、何事かと話し始めている。気にせず話を進めようとしたが、野次馬を割って憲兵がやってきた。
「何の騒ぎだ!誰か説明しろ!」
「あーじゃあワシが説明してやる」
さすがに騒動が大きくなりすぎたのを心配したのか、装飾品屋のドワーフのおっさんが憲兵に説明を始めた。事の起こりと顛末を簡潔に説明したのだろう、憲兵が硬い顔をして俺の方にやってきた。
「話は聞いた。取り敢えず街の中で魔法使いの決闘は禁止されている」
言われてみれば当たり前の話だった。こんな所で大規模な魔法を使ったら街中での被害が大きくなってしまう。どうやら俺もかなり頭に血が上っていたらしい…
「…すみません。仰る通りですね」
少し深呼吸して心を落ち着かせることにした。ショットガンを消し戦闘態勢を解除すると、憲兵も魔法使い同士の騒動に巻き込まれずに済んだことにホッとしたのか、表情が柔らかくなったようだった。
「そこのあんたも、人の物を横から奪うと場合によっては窃盗罪になるぞ。今回は揉めただけだから何もしないが、あまり無茶は言うものじゃない」
と憲兵はバニルミントを諭し、再びこちらに近寄ってきた。
「で、あんたももう平気か?」
「ええ、彼女から発言の訂正を聞いていないのが少し気になりますが、まあいいでしょう。あまり騒ぐと周りの人や憲兵の人に迷惑かかりますからね」
そう言うと憲兵は苦笑いを浮かべ、こちらの肩を叩いてる。
彼は俺とバニルミントの双方を注意したことで、この騒ぎに終止符を打つつもりらしい。
俺としても長引かせる気はないので、この場は手仕舞いとして憲兵と雑談しながら大通りのほうへ足を向けた。
「そう言ってくれると助かる。あんたあれだろ?ソーイチローとかいう男の魔法使いだろ?コワードから話聞いてるぜ。奴から聞いた話だと温厚そうな性格って聞いたんだがな」
「門兵のコワードさんにはいつもお世話になっています。まあ流石に自分の大切な人を侮辱されたら怒りますって」
「まあそりゃそうか。あとあんたがいつもモグラ退治してるんだろ?モグラの掘った穴を埋めるのも俺たちの仕事でな、その面倒くさい仕事が最近減ったんであんたには感謝してたんだよ」
ギルドの常時依頼のうちの一つにモグラ退治があり、このモグラは街道を穴だらけにしてしまうため害獣に指定されている。地中にいるため中々退治出来ないが俺は小銭稼ぎがてらモグラ退治を行っていた。
「そう言ってもらえると頑張った甲斐が」
「…男のくせに…男のくせに!生意気よ!『白き炎よ舞い踊れ…』」
大人しくしていたと思ったバニルミントだが、恐怖から立ち直るとすぐに怒りへと置き換わったらしい。しかも詠唱の内容から広範囲の火炎魔法か?
「なっ!?こんな街中で!」
憲兵が詠唱を止めようと駆け出すが、距離は10mほど離れているため間に合わない。野次馬は魔法を察したのか蜘蛛の子を散らすように逃げはじめた。
「『ショットガン、ゴム弾』」
手にはいつものショットガンにゴム弾が装填される。バニルミントに銃口を向けつつ、一歩横に動き射線を確保。ダンッという発砲音と共にゴム弾が発射される。発射されたゴム弾は直ぐに十字状に開き憲兵の横をすり抜け、狙い違わずバニルミントのお腹に着弾。
「『壁を焦がし倒壊させよ、け』ごぶぁ!」
その威力はバニルミントの詠唱を妨害しただけに留まらず、彼女の意識を刈り取るには充分であった。
「『楔の盾』…は要らんかったか。ふう、詠唱が止まってよかったぜ…憲兵さんまで守れなかったからな」
『楔の盾』は自分を中心とした描画魔法であるため憲兵は範囲外だった。バニルミントが使った魔法によっては憲兵が消し飛んだ可能性もあったのだ。
憲兵は駈け出した姿のまま硬直していたが、すぐに役割を思い出しバニルミントの捕縛に動いた。憲兵の備品なのだろう、魔法使いを無力化するための猿轡をバニルミントに装着し、後ろ手に縄を結んでいた。
「怪我人がでなくてよかったですね」
気絶しているバニルミントを怪我人に入れるのを忘れていたが、まあ自業自得だろう。
「まったくだ、協力に感謝する」
「それでこの後どうすればいいです?なんか騒動が大きくなった気が」
「少し調書を取るのに協力してくれ。なーに、そんなに時間は取らないから」
「今からですよね?明日から少し街を離れるんですが…」
「じゃあこいつを連れてくついでに詰め所で取ろう。すまんが付いてきてくれるか」
「ではちょっと店主に挨拶してきます。すこし待っててください」
憲兵に断りを入れ、装飾品屋のドワーフの元に向かう。
「商品ありがとうございました。ちょっと憲兵さんと一緒に詰め所に向かうので、今日はこれで」
「おう。その…なんだ、騒動になってすまんな」
「それだけこの宝石箱に人を惹きつける魅力があったってことですよ。そんな箱を作ってもらえたんだから、ありがたいことです」
「…俺の名はドフレだ。また何かあったら来い」
「ソーイチローです。こちらこそ何かあったら寄らせてもらいます。では」
「おう」
商品の授受が終わった後の自己紹介に意味あるのか無いのか判らないが、しないよりずっといいだろう。
「もういいのか?」
「はい、行きましょうか」
俺の用事が済んだのを確認した憲兵は脇にバニルミントを抱えて歩き出した。そのまま後ろに付いて詰め所まで行き、調書を取り終わった後解放された。直ぐに終わるとおもったら2時間も掛かった…
戻った宿でまたシルバーとロンコに今日の騒動について色々と聞かれ適当に返答をし、やっとベッドに横になった。
セフィリアへのお土産を作ってもらっただけなのに、なんでこんな騒動に巻き込まれたのか…せめて夢の中くらいはゆっくりとしよう。
翌日の朝早くに起床した俺は、音の鎖亭の女将に暫く部屋を開けることを告げ外に出た。手土産の宝石箱を渡したらどんな顔をしてくれるか楽しみにしながら、懐かしのセフィリアの庵を目指し駈け出した。
男の集団の中では「女のくせに」
女の集団の中では「男のくせに」になるそうです。
某女性用下着メーカの開発チームに唯一の男性がいたようです。
男に下着がデザイン出来るわけがない、と言われていたそうですが
男性がデザインした下着がびっくりなほど売れたとか。
訂正:揉め事時の距離感がおかしかったため追記。ご指摘ありがとうございました。