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墓王!  作者: 菊次郎
フェーズイン
30/129

失敗

ご覧いただき有り難うございます。

 街の外に出て1時間ほど歩いただろうか、草原と森の境目の手前にある緩い丘の上に辿り着いた。いつもよりゆっくりと歩いたため少々時間は掛かってしまったが、草原を渡る風が草を撫でる時の音を聞きながら、初夏の日差しを浴びて歩くこの時間もまた至福のひとときであった。

 歩みが遅かった理由だが…ティアラの歩く早さに合わせたためだった。もしティアラが何も持っていない状態で俺の早さについてくるだけなら、それほど問題無かったのだろう。しかし、ティアラは二人分の昼食と飲み物、実験に使う機材を一人で運んだためどうしても遅くなってしまった。

 勿論俺は荷物を持とうとしたが、ティアラは頑として譲ることはなかった。なぜそこまで?と思ったが、ミストさん曰く「仕える方に荷物を持たせるなど言語道断」らしく、女性であるより前にメイドであれ、という教えだった。ただいくらそう言っても、ミストさんもティアラの体調は気にしている様子ではあった。


 ともあれ実験の用意に取り掛かった。100mほど先にある木に直径1mの的を括りつけた。これは集弾率を計測するために持ってきている。探査魔法で周囲に人がいないことを確認し、用意が終わった。


「よし、準備完了。今から実験を始めるから、ティアラは俺の後ろにいろ、絶対に前へ出るなよ」


「はい」


 ティアラが了解したのを確認し、能動的迎撃描画魔法『タレット』を起動する。呼び出すと、三脚座に高さ50cmほどのショットガンを支える支柱と動力機構、それと最上部にショットガンが現れた。…本家のタレットとは形が全然違うけどな。

 この『タレット』は命中精度より発射速度を重視し、弾幕を張って敵を迎撃もしくは近づけさせないことで防衛することを目的としている。『楔の盾』は同じ防衛を目的とする魔法だが、あちらは相手の攻撃を受け止めるので、受動的迎撃描画魔法に分類される。どちらも一長一短があるため両方共運用していくことになるだろう。

 『タレット』を作る前は『楔の盾』を出しながらショットガンで攻撃したこともあったが、この『タレット』は相手からの射線を切れるという副次効果もあった。自分で攻撃できる状態は相手からの攻撃も受けるということに、今更ながら気づいたのだ。

 探査魔法の『篠突く雨の輪』でターゲットを設定し発砲をする。ダンッと大きな音を立ててバックショット弾の直径10mmほどの弾丸が複数飛び出し、的に向かっていった。


「発射実験は成功だな。んで、着弾は…分からん…。しょうがない、見てくるか」


 100m先にある的に直径10mmの穴が開いてるかどうかなど肉眼ではさっぱりわからない。自分で撃った時は何となく手応えで判るんだが、『タレット』を使うとそんな感覚は無かった。今度双眼鏡のような描画魔法でも開発するかなぁ等と考えて歩き出そうとしたが、ティアラから声を掛けられた。


「あの、ソーイチロー様。あの的に当たったかどうかですよね?」


「そうだよ。『タレット』のほうを見てて的を見てなかったんだ。と言うことで見てくるから、ちょっとここで待っててくれ」


「あ、いえ、私は的を見れますので判ります。的の中央から右にそれたところにたくさん穴が開いてます」


「見えるのか!そいつは助かる、ありがとうな」


 そうやって褒めてもティアラは無表情のままなのだが、何となく動きにキレが出てきている気がする。


 今度は連射実験を行うため準備に取り掛かった。先ほどは様子見で単発だったが、本来は弾幕を張る魔法のためこれからが本番だ。


「ティアラ、今度は爆音が続くから少し耳を塞いでいてくれ」


 ティアラがまた了解してくれたのを確認し、先ほどと同じ手順で発砲の準備が整えた。今度は何発的に当たるか確認するために、一粒弾であるスラグ弾を100連射する。発射間隔の計測も兼ねているため時間を測ることも忘れない。


「今度も成功してくれよ…撃て!」


 別に声を出す必要も無いのだが、それをトリガーとして連射が始まった。耳をつんざく爆音が轟き、銃身が震え、本体を支える三脚は精一杯大地を踏ん張っている。本当の銃ならば火薬が燃える匂いがするのだろうが、燃焼は魔力であるため無臭なのが少々寂しい。30秒ほど連射が続き、予定弾数を無事発射し終えた。


「秒間3発か…中々の連射速度だな。本体も特に不具合は無い、な。魔力の使用量も最大値から50%以下だったし上々だ。ティアラ、何発くらい当たった?」


「その、最初の一発だけ当って残りは…」


「…ほんと?99発も外れた?」


「はい。一番外れたところは、ここから10mほど離れた地面をえぐっていました」


「そこまでバラけていたのか…」


 ここまで上手くいっていただけに、ガクっとうなだれた。というか『タレット』を見ていれば当たり前の話だったのだ。連射しているときに銃身があんなに震えていれば、まともに当たるわけがなかった。それでももう一発くらいは当たってくれても、などと考えたが根本的な問題の解決にはなっていなかった。


「ぐぬぬ…ちょっと今から改良するから待っててくれ」


 と言って、統合管理システム『TENGA』を起動した。


「でしたらすぐに敷物を用意しますので少々お待ちください」


「うん、たのむ」


 といって地面に敷物を敷き、しばらくすると用意が整ったらしくティアラが声を掛けてくれた。


「どうぞこちらに。それとそろそろ昼食のお時間ですがいかがなさいますか?」


 太陽を見るとちょうど天頂に近く、確かにもう昼時だろう。木陰に移動するにはちょっと面倒くさいのでこのままここで頂くとしよう。


「じゃあ飯にしようか、頼む」


「はい、畏まりました」


 昼食の用意といっても殆ど出来上がっているため用意はすぐに終わった。ティアラはスープまで持ってきていたようで、水筒からコップに注ぎ手渡してくれた。


「このような入れ物で申し訳ありません…」


 と、ティアラは非常に申し訳無さそうにしている。スープ用のカップを持って来られなかったことを気にしているようだった。確かスープ用のカップは陶器製、コップが木製だったから壊れることを気にしたのかもしれない。

 だが俺は今みたいに外で食べる食事に、室内と同じ状況を再現する必要は無いと思っている。バーベキューにフルコースの料理を食べたいと思う人はいないはずだ。


「今のような非日常の食事風景なら、それ相応の楽しみ方がある。こんなところまでテーブル作法を持ち込んだらそっちのほうが無粋だろ?遠くの景色を眺めながらスープを飲みたいんだから、スープカップよりただのコップのほうがずっと便利だ」


 そう言って視線を地平線のほうに向ける。地平線が見えるほど平らな草原ではないが、それでも山裾は霞がかかるほど遠く、降り注ぐ太陽の光はどこまでも照らしていた。

 ティアラも俺と同じ方向をみた後、何か思うところがあったのかそれ以降会話は無くなった。お互い無言で昼ごはんを食べているが、穏やかな空気のなか食事を堪能できた。

 この青空の昼食会でもティアラは俺の飲み物が無くなりかけると隙かさず注ぎ、さり気なく次に食べたいものを俺の前においてくれた。いつどうやって察しているのかがさっぱり判らん。


 そんな昼食を終え、さっそく『タレット』の改良に取り掛かった。タレットの剛性を増やしたり、共振点が無いか発射速度や炸薬量を調整したりと試行錯誤を繰り返していた。

 改良して試射してティアラに命中弾数を聞くというサイクルをしていたのだが、


「ティアラ、今度は何発当たった?」


「…」


 俺は的のほうを見ながらティアラに尋ねたが、何故か返事がなかった。


「ティアラ?」


 ティアラのほうを振り向くと彼女はうずくまっていて若干顔色が青白くなっていた。


「大丈夫か?ティアラどうした?」


「…あ…申し訳ありません。少々立ち眩みしてしまいまして…今、的を確認します」


 ティアラは立ち上がろうとするが、そんな簡単に立ち眩みが治るものでもない。

 ミストさんが言ってたが、ティアラは魔力欠損症もありあまり体が丈夫では無いうえ、睡眠時間を削ってまで従者の勉強を続いている。午後になって汗ばむ気温になり、ティアラは立ちながら的のほうを見続けてくれていた。そうしてティアラは貧血になってしまったのだろう。


「おとなしく横になってろって」


「…いえ、そういうわけにも…」


「今立ち上がってもロクに的なんざ見えないだろ?少し横になって休め」


 それでも立ち上がろうとするティアラを俺は強引に敷布の上に横たわらせた。さらに起き上がろうとするがその力はとても弱いものだった。しばらく押し留めているうちにやっと大人しく横になり、敷布の上でティアラは呟いた。


「…本当に、申し訳…ありません。こんな…大失敗を…」


 そしてティアラは近くにあったタオルで顔を覆うように被せた。タオルを持つ手はギュッと握られている。


「失敗って…こうやって俺に面倒を見てもらってること?実験を止めちゃったこと?」


「…」


 両方っぽいかな。それとも他に何かあるのか。


「いいか、失敗なんて誰にでもある。というか見てみろ、今の今まで俺だって描画魔法を失敗しまくってたじゃないか。失敗することが問題じゃあない、失敗からどうやって立ち上がるかってことだ」


 世の中には、ただ失敗したからとあげつらう人もいる。しかし、問題は失敗したことではなく、失敗に至った状況のほうがよほど大事なのだ。そりゃ結果のみ求められる場面も必ずあるが、今はそうじゃない。

 それに人の失敗を笑う人は本気で挑戦をしたことが無い人が多い。そんな人に構う暇があったら他のことをしたほうがよっぽどいい。


「俺の役に立ちたいと思ってここについてきたんだろ?美味い飯を用意したり、俺が実験に集中できるよう荷物を持とうとしてくれたり」


 ティアラの家庭環境からしても切羽詰まってるため、彼女が役に立つと俺に思わせなくちゃいけないのもあるだろう。だけどそれだけじゃ無いはずだ。俺に売り込むことだけが目的ならもっと言葉を弄するはずだが、今までそんな様子は無いし行動で表してくれている。…若干ミストさんは怪しいところはあるが。


 タオルを握っているティアラの手をそっと解くと、その手は白魚のような美しい手…という訳ではなかった。指にはあかぎれもあれば、最近ついたであろう切り傷もある。そんな手を握りながら俺は言葉を続けた。


「色々と頑張ってくれてるんだろう。俺の役に立ちたいと思って頑張って、頑張りすぎて倒れたんなら…心配はするが怒ったり嫌ったりすることは無いさ」


「…」


「というのが俺の考えだ。だから今は…休んでしっかりと体調を回復して、そのあとどうすればよかったか考えればいいぞ」


「…はい」


 ティアラの頭を軽くポンポンと叩き、彼女が落ち着くまで敷布の上で過ごした。


「…ご迷惑をお掛けしました。もう平気です」


 そう言ってティアラは起き上がった。無理をしていないか顔色を見ても、うずくまっていた時のような青白い顔ではなく、ちゃんと元の白い肌に戻っていた。

 では実験を再開するか、と思ったがちょうど3時の鐘が鳴り撤収する時間になった。


「じゃあそろそろ帰ろうか。帰りは俺が荷物持っていくからな」


「…はい、よろしくお願いします」


 今度は無理を言うこともなく素直に従ってくれた。そうしてゆっくり歩いて家に戻り、また明日と言って今日は終わった。


ティアラは主人公の足を引っ張ってしまいますが、

最初からうまくいくことのほうが少ないです。

本文にも書きましたが失敗そのものに問題があるのではなく、

失敗に至った経緯とそのリカバリのほうがよほど重要です。


なんて偉そうなことを書きましたが、職場の後輩が先輩や

上司に好意を持つ経緯はこんなパターンが多いんじゃ…

なんて考えました。

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