開発
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ミストさんの家での開発が始まった。テーブルの上にあった朝食は片付けられ、今は何もない綺麗な状態になっている。ミストさんは自室に戻ったのか姿は見えず、ティアラとコロネが同じ部屋に残りこちらを見ている。どうやら俺の作業を見ていたいようだ。
「ふたりともそこで見ていても暇じゃないのか?」
「いえ。もしお邪魔でなければ、このままここに居させてもらいたいです」
「おにいちゃんが何やるかみてみたい!」
「ん、別にいいよ。というか俺の家じゃないしな。あと大して面白いものでもないぞ?」
「ありがとうございます」
「ありがとー!」
俺の部屋でも何でもないのだから許可は要らない気もするけど、ティアラとコロネはきっちりお礼を述べてきた。
大鷹討伐では素早い動きをする相手に対して俺の動きが追いつかなかった。俺がショットガンを練習して練度を上げるのもひとつの手だが…やはりここは描画魔法の使い手らしく、新たな魔法を作り上げるとしよう。暖かいお茶を飲み、今考えた方針で設計を始めるため統合管理システム『TENGA』を起動する。目の前に複数のディスプレイが拡張現実の状態で前回の設定のまま立ち上がった。操作はキーボードとマウスをイメージしているため、手の動きをトレースして入力装置としている。
しかし普段はディスプレイの類を他人から見えないようにしているため、テーブルの上で手をワタワタ動かしている変な人にしか見えない。エアキーボードとエアマウスを動かしているようなものだし。
大鷹討伐で必要であったであろう要求事項から仕様をまとめていく。仕様書を入力していると、コトッとテーブルの上にお茶が置かれた。ティアラがお茶を持ってきてくれたらしい。どうやら先に飲んでいたお茶もティアラがそっと出してくれた物だったようだ。
「どうぞ」
「お、ありがとう」
「ねえおにいちゃん、何やってるの?」
今まで静かにしていたコロネが尋ねてきた。ティアラはコロネを窘めていたが、俺は構わず解説を始めた。意外とこういう雑談で新しいアイデアが生まれるものだから、決して邪険にする話ではない。
「傍から見ると俺が何やってるかさっぱり判らないよな。今見せる、『TENGA、一般表示』」
と言うと同時に手元にはキーボードとマウス、正面には3つのディスプレイが浮かび上がった。セフィリアの庵にいたときには彼女にも見せるように開発をしていたのでお手の物だ。
「わぁ!なにこれなにこれ!?」
「これは…」
コロネはディスプレイを触ろうと手を出すが、すり抜けるだけで一向に触れない。しかしそれが面白いのか何度も手を振って触ろうと楽しんでいる。レーザー光を追う猫かよ、おまえは…
ティアラはティアラでいつもの無表情とは違い、目を見開き驚きの表情を浮かべていた。
「俺が描画魔法を開発するときは大体この画面を見ているな。普段はこの正面の画面だけを小さく浮かべ、常駐させている描画魔法の状態や出力を管理してる。描画魔法の開発のときは今みたいに3つの画面を表示させてる。ひとつは描画魔法の構成表と組み立てた状態の表示、ひとつは各パーツ毎の詳細な情報、もうひとつは参考情報とか色々表示させてる。何もないテーブルの上で手を動かしていたのは、手の動きで操作していたからだ。傍からみると怪しいことこの上ないがな」
元開発者として環境にこだわった結果がこれだ。セフィリアからはこだわり過ぎだと変態扱いされたけど。
「その…これが描画魔法に携わる方の一般的な魔法なのですか?」
「いや、俺の師匠は「ありえん」って言ってた。描画魔法はそもそも魔法具の作成と印章くらいしか使われてないから、こんな複雑なことをする必要ないんだ。俺はちょっと特殊体質でな、描画魔法のほうが水に合ったからこんなのを組み上げたんだよ」
まあ『TENGA』が必要になった原因がOナホとか絶対に言えないけど。
「そうですか…作業の邪魔をして申し訳ありません。コロネ、昼食の用意を始めますよ」
「はーい!」
ティアラがコロネを連れて台所に向かったため、再び静かになったところで作業を再開する。
射撃は俺がやるのではなく、銃座とショットガン、ショットガンを動かす動力機構を召喚し探査魔法である『篠突く雨の輪』とリンクさせて攻撃させることを考えた。『篠突く雨の輪』で対象を補足し、その方向に向けてショットガンを自動的に発砲できるようにするのだ。
『篠突く雨の輪』に敵だけではなくこちらが発砲した弾道も捕捉できるようにして、目標と弾道のズレを修正するようにすれば何とかなる…かな?そうこうしてるうちに昼食になったようでお呼ばれした。豆のスープに焼き立て厚切りハムのサンドイッチで、暖かい食事はとても美味しい物だった。
お腹も膨れて若干眠気が襲ってきたが、それを押して開発を再開する。といっても難しい探査魔法はもうあるし、リンク機構はそもそも『篠突く雨の輪』に含まれているためそこに加えるだけでいい。あとは銃座や動力機構が実践に耐えうるものを設計するだけだ。
そんな事を考えながら、爽やかな香りのするお茶をひとくち口に含んだ。
そして同じような日々を一週間ほど過ごし、大体の形が出来上がったため試射を行う段取りになった。試射を行えるほど広い場所が思い浮かばなかったので、朝食の時にミストさんに尋ねることにした。
「ミストさん、ちょっと魔法の試射をしたいんですが、広くて音出しても問題無い場所ってあります?」
「ちょっと街中では無いと思います。街の外に行くしか…」
「そうですか…じゃあ俺はちょっと街の外で実験してきますから、昼食は弁当でお願いします。弁当にできる?」
最後のセリフはティアラに向かって話した。
「はい、大丈夫です。30分ほどお時間よろしいでしょうか?」
「大丈夫だ。俺もその間にやることもあるから、しっかり用意してくれ」
畏まりましたとティアラは言い、再び台所で用意を始めた。俺は今日の確認項目と銃座を再チェックしてる間にティアラが昼食の用意をし終えてくれたようだった。礼を言い昼食を受け取ろうとすると、なぜか2人前用意されていた。なんだろうと思ってティアラを見ると、
「あの…ソーイチロー様、私もお供できないでしょうか?宜しければ昼食のお世話もしたいです」
と、聞いてきた。ティアラはお腹の辺りで手を組み、いつもの無表情に若干不安気な様子を浮かべながら、俺の様子を伺っている。だれでもそうだが、やはり断られるのは辛い。
今日の実験は魔獣討伐でもないし、半ば散歩でも行けるところだから俺のほうは問題無いんだが…
「ミストさん、俺が行こうと考えているのは草原と森の境くらいですが、そこって魔獣などの危険はありませんか?」
「そうですね…聞いた話だと出てきてもゴブリンくらいかと。森の入り口は冒険者の方々が魔獣を殆ど討伐しているはずです」
「ゴブリンは何匹くらいの団体になるか知ってます?」
「普段は多くて5匹程度、大きい群れので10匹程度らしいです」
魔獣の危険は殆ど無さそうだが、ティアラはどうやって街の外に出られるのか疑問が浮かんできた。
「ティアラってどうやって街の外に出るんです?確かまだ戸籍登録はしていないんですよね?」
「子供用の戸籍登録証がありますので、これを門兵に見せれば行き来できます。有効期限は今年までですが…」
戸棚から何やら色々と書いてある書類を出して見せてくれた。
あとで聞いたら、ミストさんはティアラとコロネを産んで届け出を出したとき、そんな証書を発行してもらったそうだ。
「じゃあ外に行くのも問題無さそうだな…分かった、ティアラ行こうか。コロネはどうするんだ?」
「私もいく!」
「コロネは家でお勉強です」
「ええ…そんなぁ…」
と夏休みの一幕にあるような会話を繰り広げていた。
ティアラを連れて街の外に向かうと、門では門兵のコワードには逢引かとからかわれつつ目的地に向かった。
開発という言葉は元々仏教用語だったようです。
普段使っている言葉でも所変われば意味が通じなくなる言葉は
たくさんあるのでしょうね。