- side ミスト -
ご覧頂きありがとうございます。
前話のあらすじ:そんなことより、この章についてはヒロインの
印象が大きく崩れる可能性があります。本文を読まなくても
メインストーリはそんなに影響無いので、イメージを崩したくない方は
読み飛ばしてください。誇張でもなんでもないですよ?
- side ミスト -
ジリジリと背中を焼かれる気分が続いている。ベッドで寝ていても、椅子に座っていても、この家に移り住んできてからはずっとそうだ。原因は強い焦燥感がもたらす幻覚だと分かってはいる。魔力欠損症のせいで体が重いのは慣れてしまったが、この焦燥感だけは決して慣れることはなかった。
最初に魔力が無くなっていることに気づいたのは、新品のはずの着火魔法具が動かず、私の母親に文句を言いに行ったことが切っ掛けだった。同じ魔法具なのに母親はちゃんと使えて、私はいくら頑張っても使えない。つい一週間前は使えたはずなのに。
そのことを伝えた時の母親の顔は忘れられない。これほど人は絶望を纏えると知らなかった。母親は急いで父親を呼び、私の事を連日連夜何かを相談していた。そして相談が終わったのだろう、魔法具が使えなくなってから1週間もしないうちに両親に呼ばれた。
そこで説明されたのは、私が魔力欠損症だろうということ。母方の親戚に同じ症状だった人がいるらしく、まず間違いないと断言された。
そうして聞かされた私の道は、貴族にメイドとして仕え、また妾として生きていくしかないと言われた。
まだ恋もしていないのに、貴族の妾なんかもちろん嫌だったし、断りたかった。でも…魔力欠損症になった人の末路を聞かされてしまった。聞きたく無かった。
その人はお祖母ちゃんの従姉妹だったらしく、私と同じような年齢の時に発症したそうだ。
魔力欠損症を発症したとたん、病気に伝染りたくないと恋人に捨てられ、身分証明が出来ないからと住む場所を追われ、やっと見つけてきた働き口はすぐ首になる。最後の手段として春を売るために娼館へ入ったが、魔力欠損症であることが娼館主にバレたとたん悪評が広まる前に追い出された。街角に立っても客は寄り付かなくなり、とうとう街中での生活手段が一切無くなったそうだ。お祖母ちゃんも従姉妹のことを何とかしたかったようだが、嫁に行ったばかりでそんな余裕も無く偶に食料を渡すくらいしか出来なかったらしい。
その従姉妹は街から出て森の中に掘っ立て小屋を立て生活するようになったが、ある時お祖母ちゃんが食料を届けにいくと、獣に食い散らかされた従姉妹の残骸だけがあったらしい。
それを聞いた私は…妾になるのが嫌だなんて言うことはできなくなった。
両親は有名な貴族に仕えるかなり有能なメイドとバトラーだったらしい。そこでこれ以降、母親は私にメイドとしての技術、心得、作法、そして…閨の作法を。父親からは主に戦闘技術を学んだ。日に日に体が重くなっていくけど、私は死にたくないから必死に学んだ。両親も私を少しでもいい所に出すため、様々な伝手を頼り東奔西走してくれた。
その甲斐あってそこそこ大きな貴族のメイド兼妾となり、日陰の生活だったけどすぐに子供にも恵まれ、両親に孫を抱いてもらうこともできた。ただ残念だったのは、私の勤め先を探すのにかなり疲れていたようで、つい気が抜けた時に馬車道に飛び出してしまい、2人同時に亡くなってしまった。
それから私は二人目の子供も授かり、両親が残してくれた道になんとかしがみついて生きてきたが、最も恐れていたことが起きてしまった。
コロネは生まれつき魔力を持っていない先天性の魔力欠損症で、ティアラも程なく魔力欠損症を発症したのだ。
私は…何を怨めばよく、何に願えば良いのか教えて欲しかった。
不幸中の幸いとも言うべきか、コロネは私のように体が重くなることもなく元気に走り回っている。
一方、ティアラは私に近いようで時折辛そうな顔をしていた。それでも泣き言を一言も言わず、黙って手伝いをしてくれる。
でもティアラは段々と辛い顔を奥に押し込めて、あまり喜怒哀楽を表に出さなくなってきた。辛いなら辛いと言っていいと伝えても「大丈夫」としか言わないのだ。「大丈夫」なんて言葉が出るときは大丈夫な訳無いのに。
この国では14歳までに街に戸籍登録をするか、ギルドに所属しなければいけないという規則がある。もしどちらも無いまま大人になると、良くて密入国者扱い、悪ければ犯罪者が自分で戸籍を消したと疑われる。どちらも投獄されることには変わらいないけど。投獄後、最後まで身元確認が出来なかった時は…森の中に放逐されるらしい。死刑と何も変わらない。
なんとか娘たちが戸籍登録する手段が無いかと探しているが、結果は好ましいものではなかった。そのことを娘たちに話して聞かせていたのだけれど…迂闊にも、他のメイド仲間に聞かれてしまった。しかもそのメイドは私の事をものすごく嫌っていて、すぐに魔力欠損症だと言うことを広められてしまい、気づいた時には私達家族の事を知らない人は誰もいないほどだった。
当然、貴族の当主様に呼び出されて、こう言われた。
「お前達が魔力欠損症という噂がある。私はそれを信じたくはないが確認せねばならん。ほんの少しでいい、この着火の魔法具に火を灯してくれ」
私は魔法具を手に取ることが出来なかった。その後…すぐに屋敷を追い出された。当主様からこっそり手切れ金を渡してくれたので無一文という訳ではなかったが私達には行く先が無かった。
俺のところに来いと言ってくれる男の人は何人もいたが、明らかに一夜限りで私を欲しているだけだった。
流れ流れて、今のあばら屋に何とか落ち着いたけれども、働く先も無く蓄えのみ減っていく日々を過ごしていた。今年で14歳になるティアラも時間が無いしお金も無い。
そんな焦燥感だけが背中を焼いていたある日、私達のあばら屋の周りを嗅ぎまわる気配を感じた。また変質者か強姦魔か…と、うんざりする。コロネは溌剌とした可愛らしい子だし、ティアラは大人と子供の合間にある危うい色気を出し始め衆目を攫うことが多い。私も自分で言うのもなんだけど、この大きな胸はやたらとひと目を集める。ただの脂肪の塊なのに一体何が楽しいのか未だに理解できない。
そんなので私達を狙う不届き者は何名もいたけど、全て一物をちょん切ることで排除してきた。父親に習ったナイフ術とそれから続けてきた鍛錬は伊達ではないのだ。
子供達に注意を促そうと台所にいくと、ちょうど夕食が出来たらしくご飯が用意されていた。メニューを見ると…いつもより一品多い。しかもお肉。クズ野菜しか食べられなかった私達にはご馳走なのだが、このお金はどこから出てきたのだろう?そのことをコロネに尋ねると、明らかに挙動不審。厄介なことに巻き込まれていないといいんだけど…
そんな事を話していると、珍しくドアがノックされた。先ほど周りを嗅ぎまわっていた人物だろう。子供達に別室で待機してるように伝え、玄関に向かった。
そこにいたのは…フィールドワークが得意な学者のような人物だった。かなり若いようでティアラと年齢が近いくらいだ。
「突然の訪問、お許し下さい。私はソーイチローと申します。少々お尋ねしたいことがありこちらに伺いました」
これが…私達母娘が一生仕えることになる方との出会いとは、思うわけも無かった。
ソーイチローと名乗った男は軟らかい物腰に丁寧な物言いで自己紹介をしてくれた。恐らくこの人が私達の家の周りを嗅ぎまわっていたはずなのに、どうにもイメージが合わない。まあ見かけ紳士なのに中身は変態なんて山のようにいるから、この人もその類なのかもしれない。
「これはご丁寧に。それでどのようなことでしょうか?」
本来なら私も名乗る必要があるのだけど、名乗らず様子を見る。この人の目的が判らないうちは余分な情報を与えるわけにはいかない。もしこの人が私達の名前を知っててここに来たのなら、私達自身が目的の可能性が出てくる。そんな危惧を持ったが、この人は思いもよらないことを言い始めた。
「実は私のカバンが置き引きに会いまして、探している最中なのです。たまたまカバンの中に、とある魔石が入っていましてそれを追跡してきました。そしてその魔石が…そこの棚から反応がでています」
有り得ない、そんな想いと、まさか、そんな考えが交差した。さっきのコロネの態度は何だった?なぜ今日はおかずが一品多かった?
「まさか…」
そして棚からは見たことがないカバンが出てきた。しかもこのカバン、見かけは地味だけど恐らく魔獣の革で出来ていてかなり物がいい。貴族様のお屋敷にいたころでも滅多にお目にかかれない一品だ。こんな上質な物が私の家にあるわけがなかった。
目がかすみ手が震えるが、ここで倒れる訳にもいかない。
「このカバンは私達の家に無かったものです…なぜここにあるのか話を聞きたいとお思いでしょうから、どうぞお上がりください」
コロネが落ちていた物を拾っただけの可能性もある、そう信じてこの人を居間に通した。
「まずは自己紹介が遅れたこと申し訳ありません。私はミストと申します」
そして渦中の娘たち…というかコロネを呼びよせた。そして…コロネを一目見て分かった。この子が置き引きをしたのだと。
ソーイチローさんが言ったとおりの魔石が出てきたので、このカバンも彼のものなのだろう。
そしてコロネは拾ったと言っているが、嘘を付いているのはバレバレだった。天真爛漫なこの子がまともな嘘を付けるはずもないのだ。ソーイチローさんも分かっているのか、ちょっと確かめただけですぐに謝った。
そして…置き引きの罪はスリと同じ左親指の切断だ。この罰を受けると手癖の悪い人と烙印を押されるようなもので客商売が出来なくなる。唯でさえ生きていく道が見えないのに、これでこの子の将来は閉ざされてしまう。
それに、この子が置き引きしてしまった理由は間違いなく私にある。
私がこの子達を魔力が持てない体に産んでしまったせいで、こんな生活に陥っている。
魔力欠損症は唯でさえ体が弱くなりやすいのに、ここ最近はあまり栄養のあるものを食べられなかった。栄養不足と相まって私とティアラはここ数日臥せっており、コロネがとても心配していた。それで…なんとしても稼ごうとしたのだろう。
コロネにはちゃんと罰を与えなくちゃいけない。だけど、元凶の私に何も罰が無いのは不公平だ。だからせめて…この子の置き引きの罰は私が引き受けて、ソーイチローさんから許しを請おう。
私の親指なんかもらっても困るだろうけど、官憲にコロネを突き出される前に指を差し出せば、ひょっとしたら許してくれるかもしれない。
「誠に…誠に申し訳ありません。この度は私の娘が大変なご迷惑をお掛けしました。すでにソーイチロー様のお金に手を付けている始末、どのような謝罪をすればいいのか思いつきません」
「しかもこの子は私とティアラの生活費を稼ぐため、犯罪に手を染めました。この子の罪は私が引き受けますので、何卒ご容赦を…」
そして右腕の袖に隠してあったナイフの一本を取り出すと、ソーイチローさんはそれを警戒し始めたが、私に彼を傷つける意思はない。
左手をテーブルの上に置き狙いを定め、一息で切断しようと一気に振り下ろした。
小さくキンッという音と共に狙いが外され、机にナイフが突き立たされた。
信じられない。ありえない。
信じられないのは私のナイフがこの距離で外されたこと。この場にいる全員の不意を付いたはずで、一呼吸の合間も無かった。
ありえないのは…ソーイチローさんがたぶん無詠唱魔法を使ったこと。たぶん、とついたのは私が無詠唱魔法なんて見たことが無いから。私の速さに反応できる魔法なんてそれ以外思いつかない。一瞬、魔法具かとも思ったけど、発動する前に指くらい飛ばせる。しかもあの精確さは何?きっちりナイフを机側に逸らされたし…
そしてこの人は、
「…何故お止めになるのですか?」
私の行動にコロネは驚き、ティアラは薄々事情を察したのだろう。
「そりゃ俺が望んだ謝罪の方法では無いからですよ。いきなり親指を渡されたって、どうすりゃいいんだよ…」
それが狙いだったんですもの。でもこれで贖罪する方法が見当たらない。なんとしてもコロネが官憲に突き出されることだけは阻止したい。
「しかしそれでは私達の罪が贖えません。これ以外には…」
「ああもう待って待って、今考えるから!」
そう言ってくれるということは、コロネが捕まる以外の選択を考えてくれているとういことだろうか。
「一つ質問をしますが…なぜ、働き手がコロネしかいないのですか?あまり体調は良さそうに見えませんが、それでも出来ることはいくらもあると思いますが…」
ここが正念場。少しぼやかして、不治の病とだけ言うべきか、正直に魔力欠損症と言うべきか。
前者は不治の病というのは本当だし、きっとこう言えばソーイチローさんは許してくれそうだ。だけど、それで終わり。
後者は…とてもリスクが高い。この人が外で言いふらせば、今度こそ街外に追い出されるかもしれない。
だけどソーイチローさんはとても珍しい男の魔法使いで、貴族のお屋敷でも見たことがない強力無比な魔法がある。
子供たちがソーイチローさんに仕えることができて気に入ってもらえたなら、魔力欠損症が周囲にバレても連れて逃げてくれるかもしれない。仕える相手は土地付きの貴族や豪商では絶対にダメだ、必ず捨てられる。強い男の人で土地に固執せず且つ魔力に詳しい、そんな人がいい。まさにソーイチローさんは理想の人だ。例え私は無理でも、子供たちだけなら…。
クモの糸より細い希望かもしれないけど、何もしないよりはずっといい。だから私は、
「それは…私達が魔力欠損症に掛かっているからです」
ソーイチローさんは驚きはしたものの、こちらを嫌悪するような雰囲気は無い。まずは第一段階突破というところだろうか。おまけに魔力欠損症の知識まであるとは、ますます逃す訳にはいかない。そして予想通り官憲に通報するのは止めてくれた。
代わりの罰を出してきたけど、全然罰になっていない。むしろ私達を救済してくれることが目的だった。ごはんが食べられるのは泣くほどうれしい。おまけに仕事までくれるかもしれないとは。
だけど追加の条件があった。なんでも私達にお願いしたいことがあるらしい。しかもそのお願いは私達の害になる可能性もあるとか…。
正直、私の願いはこの子達が生きていけることだけ。
ソーイチローさんが約束を守れる人物でこの子達を守ってくれると約束してくれるなら…そのためなら、私ならどんなことでもするし、抱きたいというなら喜んで抱かれる。この子達を抱きたいのなら私からも説得しましょう。むしろ私達を抱いてくれたほうがより信頼関係がよくなる。
ソーイチローさんも同じだけど、ここしばらくはお互いが信頼できそうか確認する期間になった。しばらくはこちらに通ってきてくれるそうだ。そしてソーイチローさんは帰っていった。
「コロネ、こっちに来なさい」
「はい…」
「あなたがしたことはすごく悪いことなの。例え私達を助けるためでも。お願いだから二度としないで」
「うん…」
「もしソーイチローさんが止めてくれなければ…今頃親指が無くなっていたわ」
「うぅ…」
「コロネ、ソーイチローさんは私達の人生の恩人なの。だから、出来る限り彼の願いを叶えていきましょう。少しでも恩返しをするのです」
「うん!」
やっと笑顔になったコロネの頭を撫でると嬉しそうに目をつむった。これでコロネは良しっと…
「ティアラ」
「はい」
「あなたは聡いから、おおよその事情は分かっているのでしょう?」
「大体は」
「でも嫌なことなら嫌と言っていいのですよ?」
「大丈夫です」
この大丈夫はどっちの大丈夫だろう…我慢してるほうの大丈夫なのか、本当に大丈夫なのか、無表情すぎて判りにくい。そんな事を考えていたら、ティアラは言葉を続けた。
「かあさんやコロネ、私が生きていくには誰かの庇護がどうしても必要です。私達を託すに足る人物かどうか見ていくんですよね?」
「そうよ。あと忘れてはならないのは、彼も私達を選ぶ権利があるということ。だから彼がここに来る期間は本当に彼に仕えるようにするのよ」
「はい」
「以前からメイドの技術は教えていたけど、今日から本格的に始めます。いいですね?」
「はい」
「ではまず…服装からね。あなたには私のメイド服をあげましょう。私もあなたのお祖母ちゃんから譲り受けたのよ?」
当時、譲り受けることが出来てすごく嬉しかった記憶がある。まさか私が譲る側になれるとは思わなかった。
「最初は座学から始めましょう。テーブルで…」
テーブルには一本のナイフが刺さっていた。すごく邪魔臭い。だれだこれを刺したのは…。
気がついたら焦燥感が無くなっていた。
ハーレムには、ハーレムになる理由が存在します。
そしてその理由というのは、何度考えても綺麗な思いからくるものでは
ありませんでした。純粋ではありますけど。
なので、主人公がいきなり好感度MAXで愛を受けることはありません。
そういう意味でヒロインのイメージが崩れると最初に書かさせていただきました。
今回のことを書きたくて、この章があるようなものなんですが、見ない方がいいとはこれ如何に。明日どうしよう…




