追跡
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前話のあらすじ:置き引きされた
「まじか…」
「にいちゃん、すぐに追いかけなくてもいいのか?」
「んー、まあ何とか成るかな?」
と、言ったのには理由がある。あのカバンにはモグラ退治に使った魔力波を出す魔石が入りっぱなしだ。今も発信してるようで、カバンの方角はわかっている。あんまり遅いと中身だけ抜かれるかもしれないが。
「のんきだなぁ…」
「まあのんびりもしてられないので追いかけますよ。取り返したらまた食べに来ます」
「そんときゃサービスしてやるから、またよろしくな」
「では、いってきます」
「がんばれよー!」
おっさんから応援されても微妙に嬉しくないなぁ、とそんな失礼な事を考えながら走りだした。スピードは置き引き犯に負けるが、持久力なら負けるつもりはない。
「さてと…あっちか。方角は変わってないっと。一直線に移動してるってことは、こっちを完全に巻いたと思ってるのかな?」
それなら好都合とばかりに移動先と思われる方角に走り始めた。
20分ほど走っただろうか、追いかけ始めたころは夕暮れの人混みで思ったような速度がでずに中々手間取った。相手はすでに停止していて、魔石が動いている気配はない。
「魔石だけ捨てられてないといいなぁ…それだけが心配だ」
独り言を呟くが、いつの間にか周りは誰もいなくなっていた。逢魔が時という時間帯があるが、本当に魔物と出会いそうな雰囲気だった。魔獣なら散々倒しているが。
周囲はスラムと貧民街の間の子のような感じで、住環境としては決して薦められる場所ではなかった。そんな中、魔石のある場所まであと20mほどと迫ったところで一端足を止め、周囲にどれくらい人がいるか探査魔法で確認を始めた。
「篠突く雨の輪で探査しきれるかな?…『篠突く雨の輪』!ん~問題無さそうだね」
石造りのような頑丈な建物の中だと探査魔法では調べきれないが、あばら屋一歩手前のような木造の建物なら問題なく調べられるようだった。
「周辺の建物の半分は空き家…多少なら騒いでも問題無いか。目標とする建物の両隣は無人だな。肝心の魔石がある建物の中は…3人か。動かないのが2人、うろちょろしてるのが1人」
うろちょろしてるのは動かない2人の小間使いになっているのか一向に止まる気配が無い。
「さて、制圧の用意するかね。『ショットガン、ショートバレル、バックショット』、『スタングレネード』、『楔の盾、着装』」
胸元には建物内でも取り回しがし易い短銃身のショットガンに多少狙いが逸れても平気なようにパチンコ球をばら撒くバックショットを装填、何故か出番の多いスタングレネード、楔の盾は俺の体にまとわり付くように展開した。
「…これだけみると、一人特殊部隊だな。遊んでるようにしか見えんだろ」
装備をひと通り確かめ、改めて目標の建物の周囲を確認すると、出入口は正面のみで裏口は見当たらなかった。窓も小さいものしかなく逃亡口として使うにはかなり厳しい大きさだった。ひとまず隣の空き家に入り、今後の方針を考えることにする。
「犯罪者達ってこういうたまり場には逃走ルートを複数用意するもんじゃないのか?もしくはトンネルとかあったりするのか?もし地下に逃走ルートを用意できるなら、かなり本格的な犯罪組織になるんだが…」
フィールの街には基本的に下水道が備わっていて、降りようと思えば降りることはできる。しかし下水道の降りた先も常にメンテしておく必要があるため、そう簡単な話ではない。
そこまで考え、取り敢えず『ワニワニパニック』で地下構造を確認しようと描画魔法を用意…までして気づいた。
「道具は全部盗まれたんだった…盗まれたものを取り返す道具が盗まれているのかよ…」
仰ぐ天はすでに日が暮れているが、この時ばかりは仰ぎたかった。
「何にしても少しでも情報取らないと、迂闊には踏み込めないなぁ。隣りから音とか拾えないかな?集音程度の描画魔法ならすぐ作れるか作っちまうか」
暇な時には統合管理システム『TENGA』で様々な描画魔法を作っているので、今回もその要領で手早く作成した。集音と増幅だけでいいんだから簡単なものだった。
「よし出来た。秘めた音を拾うから、この描画魔法の名前は…『音秘め』でいっか」
さっそく『音秘め』を起動し、目標の建物から集音を始めた。そこから聞こえてきたのは…何の事はない、普通の家庭の普通の会話だった。
「おかーさん、おねーちゃん、ご飯が出来たよ!」
「ありがとう、コロネ。いつも作ってもらって悪いわね…」
「そんなことないよ、おかーさん!あ、おねーちゃんも座って座って!」
「ありがとう、コロネ。ところでいつもより一品多いけどどうしたの?」
「えっとね、そ、そう、いつもよりお仕事頑張ったからお金たくさんくれたの!」
「…そう、お礼は言った?」
「う、うん…」
「…」
「…」
そこからは無言で、食器の音しか聞こえることはなかった。
「家庭の会話をしている隣で完全武装の俺が待機してるって、どっちが犯罪者なんだろな…」
そうは言ってもこの家庭がある部屋に魔力波を出す魔石があるのも事実。ひょっとしたら魔石だけ拾ったという可能性もあるが、どちらにせよ確認しなくてはならない。
俺の探査魔法で分かった人数は3人、そして会話に出てくる人物も母、姉、弟or妹(コロネが名前?)の3名で、この建物の中にいる人数は確定だろう。当初は問答無用で押し入るつもりだったが…さてどうしたものか。
「もし魔石を拾っただけなら、拾った場所も聞き出さなくちゃいけないしな…正面からいくしかないか」
そこまで決めてショットガンは解除し最低限の武装のみに変えた。そして問題の建物の入り口に立ち、扉をノックした。ゴンゴン、と妙に鈍い音がする扉だったがちゃんと中まで音は鳴り響き、住人を呼び出す役目を果たしてくれた。
「私が出るわ。あなた達は奥の部屋にいってて。…はい、どちら様でしょうか?」
そう言って扉を半分ほど開けてくれたのは、ストレートの金髪が腰まである20代前半と思しき女性だった。左目の下には泣き黒子があり、体調があまり優れないのか少し影がある。その両方の特徴が合わさって庇護欲を誘う見目だった。その雰囲気は正に傾国の美女と言えるもので、非常に肉感的(爆乳)なのもあって男を狂わせても可笑しくはない女性だった。
と、そんな印象を持ちつつも、まずは挨拶をする必要があった。
「突然の訪問、お許し下さい。私はソーイチローと申します。少々お尋ねしたいことがありこちらに伺いました」
「これはご丁寧に。それでどのようなことでしょうか?」
俺はストレートに尋ねることにした。もし置き引き犯とグルでトボケたりするならば…女性でも容赦はしない。
「実は私のカバンが置き引きに会いまして、探している最中なのです。たまたまカバンの中に、とある魔石が入っていましてそれを追跡してきました。そしてその魔石が…そこの棚から反応がでています」
「まさか…」
と女性は顔を真っ青にしながら呟き、覚束ない足取りで棚を開けに向かった。
もし魔石が単体で出てきたら、どこかで拾った可能性が高い。もしカバンごと出てきたならば…犯人の可能性が出てくる。
そしてその結果、棚から出てきたのは…俺がいつも使っているカバンだった。
渦中の女性は震える手で棚からカバンを取り出し、こちらにやってきた。
「このカバンは私達の家に無かったものです…なぜここにあるのか話を聞きたいとお思いでしょうから、どうぞお上がりください」
そう言って女性は俺を家に入れてくれた。家の中は質素…というか物がない。家具も作り付けのものや最低限の物が置いてあるだけのようだった。そうして居間兼台所のような場所にあるテーブルに案内された。
「まずは自己紹介が遅れたこと申し訳ありません。私はミストと申します」
女性はミストと名乗り改めて謝罪してくれた。
「ティアラ、コロネ、入りなさい」
と呼びかけると別室で待機していたのかすぐに女の子2人が入ってきた。そのうち小さい子のほうは…置き引きされたときにみた犯人の後ろ姿にそっくりだった。少年と思っていたが…少女だったようだ。
「ティアラと申します」
と母親のミストの次に名乗ってくれたのは俺より少し下くらいの女の子。多分姉のほうだろう。母親譲りのストレートの金髪を肩下まで伸ばし、少々タレ目ではあるが母親に似た非常に整った顔立ちをしている。ただこの子もあまり体調が優れないのか、雰囲気に影が落ちている。
「…コロネです」
最後に挨拶してきたのは12歳くらいの女の子。髪がショートのためか少年と間違えてしまった。俯いていて判りにくいが、普段は活発な子なのではなかろうか。きっと笑えば花のような笑顔になるのだろう。今は…怒られることが分かっている子がどうやったら逃げられるかを考えているようだった。
そしてコロネの視線はチラチラとカバンのほうを見ていた。そしてその様子を母と姉は気づいていた。
「私も改めてご挨拶を。ソーイチローと申します。私はそこのテーブルの上に置いてあるカバンが盗まれたため、それを追ってきました。ミストさん、カバンの中に親指の先程度の大きさの魔石が入っているはずです。探してもらえますか?」
わざわざミストさんに出してもらう理由は、「俺が魔石を探す振りをしてカバンに入れた!」と文句を付けられないようにするためだ。
そして言われた通りにミストさんはカバンの中身を確認し、言ったとおりの魔石が出てきた。
「この魔石はある魔力波が出ています。それを追跡し、私はここに来たというわけです。このカバンがここにある理由を説明して頂けますか?」
「ひ、ひろっただけだもん!!」
と、大声を出したのはコロネ。目に半分涙をためているが、気丈に言い返してきた。
だがコロネ…ここで言い訳するのは悪手だぞ。母と姉の様子を見てみたほうがいいんじゃないか?俺は追求の手を緩めることはしなかった。
「本当ですか?」
「………う、うわあああああああああああああああん、ごめんなざいいいい」
大した追求もしていなかったが、良心の呵責に耐えられず自白を始めた。お金を稼ぐためにスリを始めたけど、殆ど失敗したこと。成功しても関係ないものばかりだったこと。今日初めて置き引きをして成功したこと。等など…
そしてここからが一番の問題だった。着地点をどうするか?ということだ。
コロネを門兵に差し出せば金一封くらいは貰えるかもしれない。しかしスリの刑罰は初犯は左手親指の切断、2回めが右手親指の切断、3回めは右腕の切断となっていて、老若男女関係無しに処罰される。そして一端指が切断されてしまえば、今後まともに働くことなど不可能になる。当たり前だが手癖の悪い者など雇う人はいない。
それを反省している少女に罰を下してもいいものか、ということだ。
どうしたものかと考えを巡らせていると、母親のミストはテーブルに頭を擦り付けるように謝罪を始めた。
コロネは意地汚く言い訳を繰り返す。それを一つづつ反論し
犯人はコロネしかいないことを証明する主人公。
主人公は犯人の矛盾点を追求し追い詰め、コロネはとうとう諦め自白を始めた…
そこまで書いて気づいた。火曜サスペンスの刑事と犯人が結ばれることは絶対にないと…。こいつヒロインちゃうわ、と気づいて最初から書きなおしていたらひどい時間になりました。