音の鎖亭
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前話のあらすじ:男A~Cを退治した!宿屋に向かった
「結構遅くなったな…ここがそうかな?こんばんは~」
「は~い、いらっしゃい!飯かい?」
扉を開けて中に入ると、トレイを持った恰幅のいいおばちゃんが出迎えてくれた。宿に入ってすぐの部屋は食事処になっていて、テーブルの半分ほどが埋まっていた。それでもかなり忙しそうにテーブルを回っているが、ウェイトレスはおばちゃんただ一人しかいなかった。
「いえ、俺一名で宿泊したいんですが、ここが音の鎖亭ですか?」
「そうだよ。宿泊のほうだね。ひとり部屋ならまだ空いてたから大丈夫さ。一泊二食付きで200zだけどいいかい?」
「大丈夫です」
「分かったよ。ただちょっと忙しいから宿泊の手続きは後にして、先にあんたの夕飯を出したいんだが腹は空いてるかい?」
「ぜひお願いします」
朝から走りっぱなしだし、今まで碌なご飯を食べてなかったし、最後は戦闘まであったから腹減ってしょうがない…
「んじゃ、そこのカウンターにでも座ってておくれ。あんたー!定食追加だよ!」
おばちゃんは裏方の料理人にオーダーを通しに向かい、俺は言われた通りにカウンターに座るとやっと一息付けた。時間はもう20時近くになっているのだろうか?周りを見渡すと食事より酒を飲んでいる人のほうが多かった。喧騒の中にも秩序があるようで、所謂良い酒飲みが多そうな雰囲気があった。
15分ほど待っただろうか、描画魔法に改良を加えていると目の前に夕飯が出された。
「はいよ、おまち」
そういっておばちゃんは俺の前に定食を出してくれた。腹が減っていて定食の中身を聞かずにお願いしてしまったが、いざ出されたものはシチュー、固めのパン、ステーキだった。
「いただきます」
と、手を合わせて食べ始めると、シチューは濃厚な牛乳の味とトロけるまで煮こまれた野菜の出汁が非常にマッチしていていくらでも飲めた。硬いパンもシチューに浸すとちょうどいい塩梅になり、この硬さも浸すためにあるように感じた。ステーキは何の肉か判らないが厚さ1cmほどもあるが簡単にかみ切れるほど軟らかい。焼き加減は若干ウェルダン気味だがしっかりと肉汁がしみだし、焼くときに出てきた肉汁を使ったデミグラスソースも絶品だった。
ひたすら夢中になって食べていたが、出されたものを食べ切るころにはちょうどお腹がいっぱいになった。一息付いていると、手が空いたのかおばちゃんが声を掛けてきた。
「いい食べっぷりだったね!見てるこっちも気持ちがよかったよ」
「ここまで美味しいのは生まれて初めてでしたよ。いつもは葉っぱと干し肉と果物だけでしたからね」
「そりゃ寂しい食生活だね。ところで何泊するんだい?10日間連泊だと1割引きになるけど、まあそこまで連泊するのは冒険者くらいだけどね」
「いや俺、冒険者ですけど…ほら」
左手の甲にあるギルドの印章を見せて証明する。
「あらまあほんとだね!あんまり見ない顔だから最近冒険者になったばかりだろ?こういっちゃあなんだけど、随分と貧相な体つきだからねぇ…全然見えなかったわ」
「ギルドでも言われましたよ…やっぱり痩せて見えます?持久力ばかりつけてたのが問題だったのかなぁ」
「そりゃあんた、そんな細っこい体してれば当たり前だよ!周りを見てご覧。奥のあのテーブルと手前のテーブルはみんな冒険者達だよ」
言われたところのテーブルを見ると、筋骨隆々な男達ばかりだし女性も半分くらいいるが少なくとも俺より筋肉はついていた。
「ほんとだ…まあ目指す処が違うんでこうなっちゃったんですけどね」
と言ったのは何も負け惜しみ…ではない。
冒険者達が主に相対するのは極めて高い攻撃力を持ち分厚い装甲を誇る魔獣だ。その魔獣相手に人間程度の装甲など紙にも等しいし、生半可な攻撃ではまともなダメージは通らない。そのため、防御は瞬発力を活かして回避であり、攻撃は重量を活かした両手武器による打撃や斬撃がメインになる。当然それらを行うためには瞬発力を司る速筋が必要となり、そのため筋骨隆々にならざるを得ないという訳だ。魔法使いは重い両手武器は不要ではあるが、やはり防御は回避に頼らざるを得ずある程度の速筋が必要になる。
翻って俺はというと、攻撃はもちろん魔法だし、防御も堅牢無比な『楔の盾』があるため回避ではなく耐久のほうを選んでいる。そのため速筋があまり必要ではなく、継続戦闘能力を重視したほうがいいと考え、持久力を伸ばしてきた。その結果が…貧相な体と言われてしまう理由ではある。もちろん脱げばそんなことはないと理解してもらえるが、貧相な体を否定するためだけに一々脱いでいたら単なる変態か紳士でしかない。
「でも女将さんの娘さんですよね?ロンコさんも痩せていますよ」
「おや、ロンコを知ってるのかい?まあロンコはギルド職員になるために冒険者をやってるからそこまで力はいらないんだろうね」
「なるほど…ということで俺は10泊でお願いします」
「あいよ。お湯とランプはどうするかい?」
「あ、俺は魔法使いなんで両方共自力でなんとかできます。洗濯に使った水とかはどこに捨てればいいですか?」
「まあ!冒険者で男の魔法使いには初めて会ったよ。洗い水は外の井戸の排水口に流してくれればいいさ。あと夕食は6つ目の鐘(21時)までにここに来れば、さっき食べたような定食が出てくるよ。朝は5時くらいからやってるから出ておいて。昼用の弁当は20zで別料金だけど欲しいときは朝言えば20分ほどで用意できるよ」
「分かりました。弁当は欲しいので多分お願いすることになります」
「あいよ。これが部屋の鍵で105号室だよ。貴重品には気をつけておくれ」
といって料金を支払い鍵を受け取って部屋に向かった。105号室は角部屋にありおよそ6畳程度の広さだった。決して豪奢ではないが小奇麗に纏められた居心地のいい部屋だった。
俺は荷物を紐解き、部屋に備え付けの空桶で洗濯と身を清め、深い眠りに付くことが出来た。
普通に考えて、冒険者なら筋骨隆々にならないと変です。
よく海外のゲーマーが日本のゲームのキャラクターに対して「あんな細いのになんで大剣を片手で持ってるんだ?」とか言いますが、自分も概ね賛成です。
魔法的な何かで~とは思いますが、自分の身長より大きい武器持ってたら、普段はどうやって移動してるんだろう…などとしょ~もないことを考えてしまいます。