すばらしく無制限な人たちの結末
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何人もの貴族が俺とセフィリアの元を訪れてきたらしいが、全部断るよう伝えてあったため特に煩わしさも感じることもなかった。そうして空いた時間を費やし『剣槍の柘榴』の習熟訓練や改良を加えていると、あっという間に査問会の前夜になった。
その査問会が明日に控えてはいるが、俺とセフィリアは庭の虫の声を聞きながら、国王が用意してくれた結構上物のワインとチーズをつまみつつのんびりと過ごしていた。
「タダ酒というのはどうしてこう旨いのじゃろうな?」
「金持ちが何言ってるんだか。同じタダ酒でも気兼ねないタダ酒だから旨いんだろうねぇ」
これがパーティーや接待とかだったら不味いタダ酒になるんだけどね。
「どうじゃ、ソーイチロー、客は来ておるか?」
「ずっとこっちを見張ってるのが外に居るけど、国王側の可能性がもあるからなぁ……って噂したら影だね。敵っぽいのが三方向から来てる。各10名くらいかな」
「表、裏口、その他といったところか。うーむ、バラバラじゃとめんどくさいの……どれ、庭に出て歓迎の用意でもするか」
「そうだね」
屋敷付きのメイドにはどこか安全な場所に隠れているよう言い付けると、俺とセフィリアは中庭に向かった。王都の中でも貴族街にあるこの屋敷の中庭は、それに見合った立派さであるのだが、そこをこれから暴れる現場にしてしまうのは後ろ髪を引かれる思いだった。なんとなくミストさんの顔が思い浮かんだのは、やはり魔獣の森にある菜園のせいだろうか。
俺とセフィリアは色とりどりの花を咲かせる花壇の中を歩いていた。すっかり夜もふけ月は煌々と光っていて、その月明かりのお陰で花壇の花々は昼間とは違った姿を見せていた。
「綺麗だねぇ……ねえセフィリア、ちょっとそこのベンチに座って話でもしないかい?」
セフィリアの白髪と白い肌はやはり月明かりの下が一番映えている。それだけ言うとセフィリアは受動的な性格に見えるのだが、使っている魔法は太陽みたいに苛烈なものばかりだ。その対比こそ喜ぶべき事柄ではあるのだが。
「ふむ、ワシも愛を囁かれるに吝かではないが……無粋な輩が覗きをしておらねば、な」
「だ、そうだよ、出歯亀さん達。見られて喜ぶ性癖じゃないから、とっととご主人様の所に帰ってくれないかい?」
そう言うと、壁際にある木陰や暗がりから襲撃者達がワラワラと出てきた。
「ちっ、バレてたか……」
リーダーらしき襲撃者がそう呟くと、俺とセフィリアの居場所を知らせるためか笛を大きく鳴らしていた。物悲しい鳥の鳴き声のような笛の音は、襲撃者達の耳に正しく聞こえ彼らを呼び集めることに成功していた。
「てめえら!相手がどんな魔法使いだろうと周りから一斉に襲えば殺せる!びびんじゃねえぞ!掛かれ!!」
襲撃者のリーダーが仲間に発破をかけ襲撃が始まった。襲撃者達はまず投石や矢、出の早い魔法などこちらを詠唱させないようにしていた。普通の詠唱魔法使いならそれで正解なのだろうが……
「『楔の盾』、『剣槍の柘榴』」
あいにくと俺は魔法陣の使い手たる描画魔法使い、奴らの思惑通りとはいかない。瞬時に起動した防御魔法は敵の遠距離攻撃を完封し、先制攻撃が止んだ時には俺の頭上に『剣槍の柘榴』で生成された剣や槍が浮かんでいた。
「魔法が効いてないぞ!」
「げえ?!」
「やばいぞ!」
「くそっ、懐に入っちまえば何もできねえ!足を止めるな!!」
ぐるりと見回すと、出現した大量の剣や槍に驚き、足を緩めたり警戒を露わにした襲撃者が幾人もいるようで、威圧感を目的としたこの魔法は相応の成果を出しているようだ。
ふと気づけばセフィリアが灯りの魔法を使っていて、『剣槍の柘榴』をしっかり襲撃者たちにみせつける役目を担っていた。
「あ、セフィリアありがとう。暗くて見えなきゃ威圧できてるか分からんよな。第一陣、目標選定……完了、第一陣斉射、第二陣装填」
セフィリアに感謝しつつ、俺は『剣槍の柘榴』を発動させた。頭上に浮かんでいた剣や槍たちは、それぞれ個別に指定された襲撃者に向かって飛翔した。普段使っている銃を模した描画魔法に比べれば格段に遅い弾速ではあるが、それでも剣や槍はクロスボウ並の速さで飛んでいった。
襲撃者達は木偶人形ではないようで、そのまま射抜かれるマヌケはいなかった。しかし、小手で打ち払った拳闘士は腕ごと爆破され、剣で切り払った細身の男は槍の破片を全身に浴び、小盾で防いだ甲冑の獣人は爆圧をモロに受け後ろに吹き飛んでいった。生き残ったのは大きく回避した襲撃者だけだったが、それも地面に着弾した瞬間に爆発を起こし、後続の者達への被害が大きくなっていった。後ろから付いて来ていた襲撃者はその爆発で足を止めてしまい、自身に向かってきていた『剣槍の柘榴』を回避できず、受け止めて被害を受けた者達と同じ末路を辿っていった。
爆風や剣や槍の破片は咲き誇っていた花々を舞い散らせ、紅蓮の炎は夜空を赤く照らしていた。炎を背景にしながら剣槍の嵐を抜け出せたのはおよそ1/3、先頭を走っていた10名ほどが抜け出せていた。しかし……
「第二陣、目標選定……完了、第二陣斉射」
再び出現した大量の剣や槍を見て、生き残っていた襲撃者達は絶望の表情を浮かべていた。そんな彼らの思いに気を留めることもなく、空気を切り裂く音を発しながら、第二陣の30本近い剣槍は飛翔していった。
第一陣の剣槍をくぐり抜けてきた腕の立つ、もしくは運の良い襲撃者達であったが、今度はひとり平均3本の剣槍に攻撃されたとあってはひとたまりもない様子だった。10箇所で花咲いた爆炎は余さず襲撃者達を飲み込み、この場に立っている人間は俺とセフィリアだけになっていた。
「第三陣装填……って思ったらもう敵いないな。うん?ひとり逃げたな、リーダーっぽいやつか」
「ご苦労じゃったな、ソーイチロー。どうした?まるで子供が作った花壇を踏み荒らしたような顔をして」
「やめて?!ただでさえ花壇壊して良心がチクチクと痛むんだから!!そうじゃなくて、襲撃者のリーダーらしき奴が逃げ出したみたいでさ。追ってやろうかと思ったけど、どうやらここを見張ってた奴がリーダーを追跡し始めたみたい」
「ふむ、それならほっておけ。あとは王宮の奴らが好きなようにやるじゃろ。それで新しい魔法の使い勝手はどうじゃ?」
「敵を威圧するという目的は達成できたかな。だけど弾道特性はやっぱりひどいからなぁ……特に命中率とか目も当てられないし。まだまだ未完成な魔法だよ」
などと反省をしていると、騒ぎを聞きつけたのか警ら隊が駆けつけてきた。庭の惨状を目にして警戒していたようだが、屋敷付きのメイドと俺達の説明を聞いて納得したのか、素直に襲撃者達を連行していった。屋敷付きのメイドに庭を荒らしたことを謝罪し、花と血の匂いのままベッドで横になった。
そして翌日、査問会に呼ばれた俺とセフィリアは、会議の場で証言するのかと思いきや演説する国王の話にたまに頷くだけで済んだ。どうやら根回しは終わっているらしく、ブレシアード伯爵を擁護する声は一切あがらなかった。ブレシアード伯は一度も顔を上げることもなく、そして俺達に顔を見せることも声を掛けてくることもなく、査問会は閉廷となった。
結局、ブレシアード伯は2つの寒村しかない領地へ転封となり位階も男爵へと降爵、ブレシアード一族は没落していった。ダマソ本人も廃嫡のうえ期間の定めがない蟄居という……まあ死んだほうがマシという処罰だった。
査問会の後、俺達は別室に呼ばれ待っていると、やはりというかアームストロング王がやってきた。今回も非公式な場ということで、細かい礼儀は気にするなという事だったが、今回は宰相も一緒にきていた。
「今日はご苦労であった。一連の処罰、お主の満足の行くものであったか?」
「はい、亡くなられた娘たちも少しは浮かばれるでしょう。自分もまた枕を高くして眠れますし、それに実験もできましたから有意義な日を過ごすことができました」
「実験とな……ふむ、なるほど。我らの”手違い”で客人たるセフィリア殿らが襲われたことも謝罪せねばならん。謝罪の思いを物として表すのはなんとも味気ないことであるが、どうだ、受け取ってはくれぬか?」
しがない小市民の俺に王様が謝罪してくれると言われてしまえば、否と答える度胸は持ち合わせていなかった。
「では宰相、あれを」
合図とともに出されたのは、猫を模した小さな香炉と指二本分くらいの大きさの香木、それと王家の紋章が入った大きなペンダントだった。下賜する品の解説を宰相が始めてくれた。
「この香炉はおよそ300年前ほど前にゴールドバームというドワーフの匠が作り上げた逸品です。香木はおよそ2,3ヶ月分を包んであります。そしてこのペンダントをソーイチロー殿ご本人が王宮に提示すれば、追加で香木をお渡しします。無制限という訳ではありませんが、ソーイチロー殿が存命であるうちは香木の心配は無用になるでしょう」
「ありがとうございます。大切に扱わせて頂きます」
そう礼を述べて品を受け取った。その後、王様は別件があると言ってすぐに退出したが、宰相はもう少し残って雑談をした。それも終わって俺とセフィリアは王宮を辞し、帰りの途についた。その帰り道、
「存外、王宮はソーイチローの事を評価したみたいじゃな」
「そうなんだ?まあいい香炉くれて嬉しいけど」
手元にある香炉はデザイン自体はアンティークと言っていいで出来なのだが、そこに感じる歴史の重みはいつまでも見ていて飽きない品だった。
「その香炉、買おうとすると500万zくらいするぞ」
「ぶふーーー!」
驚いた弾みで手から滑り落ちそうな香炉を慌てて抱え直し、なんとか傷をつけずにすんだ。日本円で5000万円って……香炉は別に金無垢で作られていたりはせず、普通の陶器製に見えたのだが……
「それの製作者はのう、ドワーフでありながら陶器作家であろうとした稀有な人物でな。存命の時には評価されておらんで、死後に評価されるようになったんじゃ。そのせいで作品があまり残っておらんからの希少価値が高いんじゃ。おまけに動物シリーズじゃからなぁ……買おうと思っても市場には出まわらん」
「動物シリーズとか言われてもクッキーじゃないんだからさ……」
「あとその香木じゃが、同じ重さの金の倍くらいの値段はするぞ」
「そんな値段を聞いたら使えないよ?!」
元が一般市民なんだから、そういう話を聞いたらもったいなくて使えない。
「まあ使ってやればよかろう。向こうとしてもソーイチローと繋がりを持とうと思っておるようじゃしな」
「ん?……ああ、そういうことか」
順当に香木を使った場合、数カ月後には俺はまた王宮に出向くことになる。もし王宮側が何か用事がある場合、俺が王宮に出向いた時に言えばいいのだし、場合によっては「セフィリアの弟子が王宮に行った」という事実だけで色々な憶測を呼ぶ……憶測を”呼ばせる”ことも出来るかもしれない。
手付金500万z、月給は物納の香木で、俺と関係を結んでもいいと考えたのかもしれない。まあ迷惑料も含んでいるからそんな単純な話ではないだろうけど。
結局俺は香炉と香木をティアラに渡した。”王族”の奴らから怖い目にあったのはティアラだろうし、これを受け取る権利があるのはティアラだと思ったのだ。その考えをセフィリアに話したら、
「なるほど。じゃがティアラにとっては、塔ごと爆破して地上にたたき落とされた事のほうがよっぽど怖かったとおもうぞ?」
俺は下手な口笛を吹きながら、明後日を向いていた。
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ちょっとだけ間あくかもしれません。




