剣槍の柘榴
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敵の団体を塔ごとまとめて解体を終えた翌日、約束通りムースは”王家”の情報を持ってきてくれた。驚いたことに昨日の出来事にも関わらず、あの場にいた”王家”関連者の負傷状態まで追記されていた。それと被害者の情報もよく調べてあり、臨場感ある書き方をされていた。そんな書類をセフィリアと一緒に見比べている。
「よく調べあげておるの。ティアラを手篭めにしようとした不届き者達はほぼ壊滅か。じゃが……トップのダマソとかいう人物は反省をしておらんようじゃな」
書類の特記事項に、「ダマソが目を覚ました後、ティアラに対して激しい憎悪の言葉を吐いていた」と書いてあった。
「こりゃ本人をいくら脅しても駄目っぽいな。ティアラは触れられなかったから見逃したけど……」
ペンを口に咥えぷらぷらと動かしながら考えていると、セフィリアからはしたないからやめんかと怒られた。
「元から絶つか。ダマソの親元の情報も欲しいな。ムースに頼んで……あれ、もうあった」
俺の行動を先読みしたようにムースは情報を用意してくれていた。ムースの用意周到さに唸りながら、ありがたくセフィリアと一緒に見ることにした。
「ダマソはチヌリス王国所属のブレシアード伯爵家の嫡男、派閥は貴族派で王家派とは対立と……そんな派閥なのに、今回の事件じゃ”王室”とか名乗ってたのか。セフィリア、チヌリス王国の王家とコネがあったりしない?」
昔、セフィリアから聞いた冒険譚になんとなくチヌリス王国が出てきた記憶がある。
「あるぞ。当時の王太子、今の国王か、川賊に拉致されたことがあってな、奴を救出したことがあるんじゃ。チヌリス王国は戦争が終わったばかりで疲弊していてな、ろくな救助隊を編成出来ず困っておったところにワシに話がきたんじゃ」
当時戦争をしていたのは学園ではなく、こことは反対側の国と争っていた。そちら側の国境も川で、敵対国の水軍も兼ねた川賊だったらしい。あまり戦争には参加しないセフィリアも、それならということで救助隊には参加したようだった。
「まあなんやかんやあって助けに行ったら、あいつうんこ漏らしておったわ。ヘタレなあやつを蹴っ飛ばして何とか国に戻ったんじゃが……気がついたら王太子が敵をばっさばっさとやっつけた英雄譚になっておったわ」
その話のおかげで王太子の地位をより強固なものにし、王位継承をスムーズにこなせたという話だった。
「なんつうか……その話を俺が聞いても良かったのか?」
「む、そういえば極秘事項とか言っておったな。話を他に漏らしたら、その者を殺すとか言っておったわ」
「そんな話を俺に聞かせるなよ?!」
「まあ忘れるがよい。そんな訳じゃから………と、あったあった」
ガサゴソと引き出しを探していると、目的の物が見つかったのか奥からチヌリス王国の紋様が入った短刀を出してきた。どうやらミストさんが引っ越しの時に念のためと持ってきていたらしい。
「まあこれがあるしの、無下にはされんじゃろ。それにしてもこの短刀、値段が高い割にトマトすらろくに切れん鈍らなんじゃよな……」
「王家の紋章が入った短刀を包丁の代わりにするなよな……」
あまり俺の言葉が耳に入っていないセフィリアは、未だにぶつぶつと文句を言っていた。
それから一週間後、俺とセフィリアはチヌリス王国の王都に来ていた。王宮の門兵にセフィリアが名乗ると、最初に対応した若い兵は訝しげにしていたが、後から出てきた年老いた兵には下に置かない対応で案内してくれた。
王宮の奥まったところにある一室に案内され、職務中の王はもうしばらく時間が掛かるとのことだった。案内された部屋は応接セットが一つあるくらいの小さな部屋ではあるが、装飾品はシックで品の良い物が多く何やら香も焚かれていて、心落ち着く部屋だった。そしてこの部屋でそっと目立つ位置にあったのが、壁際のタンスの上に置かれている香炉だった。
「うーん、いい香りがするな。香炉の透かし彫りも見事だし」
「気に入ってくれたか。それは我が国の特産でな、その香木ができるまで千年という長い時間が必要らしいぞ」
「そりゃすごいや。でも庶民には手に入らない価格だろうなぁ……」
「王宮で使ってる物である。一般販売用には香木ではなく香油があるからそちらを求めるといい」
「いいですね。家の女性陣も喜びそうだ。帰りに一組買っていこう……で、俺は誰と話しているんだろう?」
振り向くと、よく日に焼け鍛えられた体つきをした壮年の男が立っていた。蓄えられたひげと頭に鎮座する王冠、鋭い眼光は長年権威に携わっている者の様相だった。
「誰と問われるのも久しぶりであるな。我はアームストロング・ミザリアーノ・チヌリスである。この国の王なぞやっておるわ」
まさか後ろに国王がいるとは思わず、俺は冷や汗を流しながら片膝をついて挨拶をした。
「セフィリア師が弟子、ソーイチローと申します。無礼、誠に申し訳ありません」
頭を垂れていて表情は分からないが、何となく笑っている雰囲気だった。ちなみにセフィリアは俺を指差して爆笑していた。
「よい、非公式の会合であるがゆえ、作法は気にするな。我も気にしておらぬがゆえ、座るがよい」
庶民代表みたいな俺がいきなり国王に謁見するとか心臓に悪すぎる。薦められるがままセフィリアの隣に座ると、話が進み始めた。
「セフィリア殿、久しくあるな。我と初めて会った頃から変わらぬ美しさを讃えようぞ」
「世辞などいらん。とっとと要件を説明させろ」
「本心であるのだがな……まあよい。して、今日はどうしたのであるか?近くに来たから友誼を深めに参った、などという殊勝な性格ではあるまい」
「当たり前じゃ。用事が無ければこんな堅苦しいところに来るわけ無かろう。お主のところにブレシアード家というのがあるじゃろ、爵位は知らんが」
「ふむ、おるぞ。ブレシアードがセフィリア殿の機嫌を損ねるようなことでもしでかしたか?」
「ブレシアードの嫡男がの、隣国のオウルフォレスト学園で大規模な強姦事件を起こしおった。そいつは”王家”と名乗り、好き放題女を貪っておったのじゃが、とうとうワシのとこの従者にも手を出しおった。ギリギリでソーイチローが叩きのめしたから未然で済んだがのう……この落とし前、どうつける?」
顛末を記した書類を王は黙って見ていた。最後まで見終わった王は眉間をもみほぐし、深い深い溜息をついた。
「相分かった。我が王国よりこのような愚か者を排出したこと、誠に遺憾である。して、どのような結末を望む?」
「ティアラはワシというよりソーイチローが主な従者じゃからな。ソーイチロー、お主が決めい」
「分かりました。ダマソは倒された後も反省をせず、報復を口にしています。本人を討ってもいいのですが、これで終わる保証はありません。ですので自分は、ダマソの力の源泉を無くすことを望みます。つまりはブレシアード家の廃絶」
ダマソの力とは、交易拠点を領地にしている親元が持つ金の力。爵位もさる事ながら、多くの者がダマソに付き従うのは豊富な資金がある故だった。それをへし折ってしまえば、人望もカリスマもないダマソに打つ手はなくなる。
「ふむ……だがいきなり貴族を廃絶するのは難しい。どうであろう、男爵に降爵にした上に転封、これで手を打たぬか?」
「……かしこまりました。ですが降爵で済ますのであれば、替わりに被害者の救済をお願いしたく申し上げます」
その代替案に国王はしばらく瞑想すると、どういう繋がりか分からない話を振ってきた。
「ふむ、セフィリア殿、彼の者の戦闘力は如何程持ちあわせておる?」
「そうじゃな……ソーイチロー単独でこの城くらい落とせるじゃろ」
「……真であるか?」
「真であるぞ。なあ、ソーイチロー、やれと言われれば出来るじゃろ?」
「やれと言われてもめんどくさいからやらないよ……面倒くさいのでやりません」
王の前だったのを忘れて素の口調で返してしまったので、一応言い直したがあまり意味は無かったかもしれない。
「可能……なのであるな。相分かった!では一週間の後、該当の者を呼び出し沙汰を下す。その場にはお二方にも参集して頂きたいがよろしいか?」
と言われ、俺とセフィリアは頷いた。
それから俺たちは国王に手配された屋敷に一週間滞在することになった。その屋敷は敷地面積は結構広く建屋もしっかりしているが、妙に調度品が少なく殺風景な家だった。
「ふう……やっぱ偉い人と会話するのは緊張するね。やっと一息つけたよ。そういえばなんで王様は俺の戦闘力とか聞いてきたんだ?」
「おおそれか、多分襲撃があるぞ」
「……なんでそうなるの」
セフィリアは鏡台の前で髪を梳きながらのんびりしていた。
「ワシらの資料と言葉だけで伯爵を降爵させるのは、無理とはいわんが少しキツいのじゃろうな。この一週間で学園への問い合わせをチヌリス王国も行うのじゃろうが、それだけではないんじゃ。国王は内示と称して、伯爵をそれとなくけしかけてワシらを襲わせるはずじゃ」
「なんでってああ、それを確かな証拠にするってわけか。うわ、めんどくさ!まあ色々と実証試験をやると考えればいいか」
「その分余計に恩賞をくれるじゃろうからな、ひと働きすると考えればよかろう」
「恩賞っていうのもまた変な話だよな」
「まあ名目は迷惑料などになるじゃろうが、国王からしたら小躍りして恩賞を渡す気分じゃろうな。今回失態を犯した貴族は国王とは敵対する貴族じゃ。しかも金の卵を生む領地を持つ有力貴族を僻地に飛ばせるとあっては喜ばぬわけ無かろう?」
「それで気分は恩賞って訳か。部屋が妙に殺風景なのも襲撃前提なのかよ、まあいいけど」
そうして俺とセフィリアはどこにも外出せず、部屋で研究三昧の日々を過ごした。最初にセフィリアと出会った頃は概ねこんな感じだったので、場所は違うがとても懐かしい感じがしていた。
そんな感慨を持ちつつも目的とする描画魔法の作製を終えまとめに入っていた。あとは実戦で試して修正していくだけだ。
「よし、これで完了だ」
「また新しい描画魔法を作ったのか?」
「うん。次のコンセプトは”威圧”でやってみた」
以前の強襲で知ったことだが、とにかく俺は威厳や貫禄というのが無く相手から舐められやすい。セフィリアのような強力な魔法使いなら、漏れ出る魔力から彼女の持つ膨大な魔力を感じて敵は恐怖を抱く。
一方俺はガタイが良いわけでもなく、巨大な武器を持つ訳でもなく。漏れ出る魔力もかなり少ないため、絡まれることもよくある。
これが戦闘の時も同じであるため、無用の戦闘というものが発生してしまう。『ショットガン』を起動して相手に警告をしようと考えても、敵が『ショットガン』の脅威を知らなければ俺との戦闘を回避しようと思わないのだ。そのため多くの敵が知っている武器を模した使い勝手のいい描画魔法の作製に勤しんでいた。
「どれ、ワシが見てやろう。外でいいかの?」
「今回はセフィリアに見せるだけだから玄関ホールでいいや。室内戦の対応状況を見たいし、多分外で俺たちを監視してるやつもいるだろうし。というか、もし本気で描画魔法を作動させたら庭が無くなるよ……」
「ああ、ワシも魔法の実験したいのじゃがなぁ……森に戻りたいのぅ。屋敷を更地にしたらチクチクと嫌味言われるのもめんどいし」
「ほんとだよ。人目を憚ることなく魔法を使えるのって、実は幸せな事なんだよね。やっぱり更地にしたら怒られるか……ここだけ地震があって崩れたことにでもしてもばれるかなぁ」
普通の人が聞いたら間違いなく通報されそうなことを話しながら、俺とセフィリアはこの屋敷の中で最も広い空間を持つ玄関ホールに向かった。
「よしここでいいか。いくよ、『剣槍の柘榴』」
描画魔法を起動すると、俺の背後に数十本に渡る剣や槍が形成された。その剣や槍は空中に浮かびながら、相対するセフィリアにその切っ先を向け、いつでも投射できる体勢を取っていた。室内を照らす魔法具の灯りによって刀身は僅かに光を反射し、無言で佇む剣槍達は己の役目を果さんと俺の指示を待ち続けていた。
眉間にシワを寄せたセフィリアは向けられた切っ先を避けようと横に動くが、『剣槍の柘榴』はそれにあわせて向きを変え彼女を追尾していた。
「むっ、これは……結構怖いの。たくさんの剣や槍がワシのほうに向き続けるのは、中々肝が冷えるぞ。これを投げ打つのじゃろ?どれくらいの速さじゃ?」
「詠唱魔法の石の矢と同じくらいだからあまり速くないよ。石の矢の魔法をちょっと改造してこれ作ったから」
「あの無骨な石の矢を改造したら、何故これだけの武器に囲まれる魔法に変わるのか、ワシには理解出来んぞ……」
石の矢でも炎の矢でもいいのだが、どういう原理で矢が空中に浮くのか解析できなかったのだ。そのせいで投射速度を変更できず、代わりに威力を数で補ったのがこの『剣槍の柘榴』だ。
動作は安定していて今のところは問題無さそうだ、なんて思っていたらセフィリアが近寄ってきて中に浮かんでいる剣を一本掴みとった。
「ふむ……普通の剣に見えるのう。先端が重いか?」
そう品評しながらセフィリアは掴みとった剣を振り回していた。
「射出する関係でどうしてもね。あ、それ衝撃与えると爆発するから」
「おいいいい?!そういうことは先に言わんか!!」
セフィリアが俺を睨みつけてきたので、しぶしぶ『剣槍の柘榴』を解除した。セフィリアが持っていた剣は魔素へと還元され、すっと消えていき、手元に何も無くなったセフィリアはやっと安心したように息を吐いた。
「まったく、爆発物をほいほいと召喚するな、馬鹿者が……」
「歩く火薬庫のセフィリアには言われたくないなぁ」
「黙れソーイチロー。しかし、剣や槍に見せかけて爆発するなぞ、下手に切り払ったらひどいことになるの」
「召喚する場所も少し高い位置だから、上から投げ下ろす形になってるんだ。例え避けても今度は敵の近くの地面で爆発することになるから、結構効果はあると思うよ」
「え、えげつないのう。切り払って駄目、避けても駄目、盾やらで耐えるしかないのか……」
「爆発で剣先や穂先がさらに加速される仕組みだからなぁ……生半可な盾だとそのまま貫くだろうし、そもそも爆圧に耐えられるのかな?」
とんでもなく頑丈な人がいたりするから、意外と耐えられる人は多いかもしれない。自分で試そうとは思わないけど。
「ワシも魔法については色々と容赦ないと思っておるが、お主も大概じゃな……」
「まあね。だけどこの魔法も結構欠点が多いからさ、言うほどえげつないわけじゃないよ」
「ほう、どんな課題あるんじゃ?」
「静目標に対して少し命中率が悪い事と弾速が遅い事、再装填が遅い事かな。大きく回避されたら無意味になるし、素早く動く敵にも弱い」
「そう聞くと弱点だらけじゃな」
「まあ剣や槍じゃなくてネットシューターやボーラにもできるから汎用性はあるし、複数の目標へ同時攻撃も可能にしてる。総じて、比較的弱いが数が居る敵に対しては有効な魔法だと思う」
「なるほどの。では後は実戦あるのみじゃな」
うんと頷く俺に、ニヤリと笑うセフィリア、共通するのは襲撃を手ぐすね引いて待っている事だった。
皆さまのおかげで書籍化します。
………たぶん、本当に。
なんかいろいろと考えたら、結果は金ぴかの人のあれに……
みんなが知ってる武器なら怖がるだろ→大量に出現させよう→
同時射出できるようによう→金ぴか野郎
一応、単なる爆発物なんで許してください…




