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墓王!  作者: 菊次郎
オウルフォレスト学園
124/129

面談

ご覧いただきありがとうございます。

「ソーイチローさん、今お時間いいですか?」


 ミストさんは白いエプロンで手を拭きながら、俺の予定を尋ねてきた。先程まで描画魔法の改良に頭を使いきり一息入れようと思った瞬間に声を掛けられたのだ。俺の状況を理解しているミストさんに向かって、NOという言葉を出せるわけもなかった。


「勿論です。どうしました?」


「今度、ティアラの面談があるんですけど、一緒に行きませんか?」


「面談ってあの面談ですか?というか、この学園に面談なんていうシステムあるんです?」


「どういう面談を想像しているか分かりませんけど、保護者やパトロンを対象とした面談です。現在の状況と今後について講師を交えてお話する場です」


「まあわかりました。ミストさんなら俺の予定を把握しているでしょうし、空いてそうなら構いませんよ。しっかし面談なんてあるんだ…」


「半ば、アリバイ作りも兼ねてるようですけどね」


 ティアラが受講している四大王宮王室規範は貴族の子息の受講が多い。超難関講義であるがゆえ落第する生徒が殆どなのだが、これがいざ落第するとなると、講師や学園に抗議する貴族がとても多いらしい。

 そこで講師側はいきなり落第の評価を下すのではなく、事前に何度か貴族側に警告を出しつつ、それでも改善されない時は容赦なく落第の評価を下している。


 「うっわ、講師側の苦労が忍ばれるな。だけど、それでも納得しなさそうな親は多そうだな…」


 今で言うモンペの集まりみたいなもんだから、想像するだけで疲る。


「実際多いそうですよ?ですがこの面談で事前に話を通していることになるので、一応貴族側の面子も立つことになって変な報復までは行われないとか」


「ふーん…って、俺ら別に貴族じゃないんだから面談はやらないんじゃ?」


「学園の理念で謳ってますからね、学ぶ者には貴賎を問わず与えよ、って」


「ああ、そんなのもあったな…」


 なんか色々冊子を渡されたけど、勿論まじめに読んでない。その後もミストさんが淹れてくれたお茶を飲みながら雑談をしていた。そうして俺の煮えていた頭が冷めた頃、ミストさんは自分の仕事に戻っていった。


「ティアラもそうだけど、ミストさんのあの観察力はいったい何なんだろうね。俺が何も言わずに察してくれるから、ついつい言葉にするのを忘れちゃうくらいだ。気をつけないとなぁ」


 日頃感謝していると思っていても、それが通じていない場合はすれ違いを引き起こすし、それに口に出してもマイナスになることはないのだから、これからもなるべく口に出すように注意していこう。


 そんなことを考えてからしばらくののち、面談の日がやってきた。面談の場所は恐らくこの学園で最も豪華な場所であり、また警備も厳重な場所だった。10人も入れば一杯になる講義室との隔離した世界に、なにやら無情を感じながら、オークの一枚板でできたドアが専用のドアマンによって開けられた。

 室内に入ると少し意外ではあるが、豪華というより歴史を感じさせる佇まいだった。椅子やテーブルは使い込まれてはいるが、元の質の良さと職人の手入れによって、新品には醸しだすことが出来ない迫力があった。

 そんな逸品を見ていると、講師が立ち上がり俺たちを出迎えてくれた。


「わざわざお出でいただきありがとうございます。私が講師のチトーと申します」


 チトーと名乗った男は蝶ネクタイにフロックコート、ぴっちりとした皮のズボンをはいていて、少し古めかしい格好だがこの部屋とはとてもマッチしていた。


「主のソーイチローです。ティアラがお世話になっています」


 ミストさんも紹介した後はしばらく雑談だった。聞き上手なチトーさんと話していたが、やっと本題に入った。


「ティアラさんですが、極めて優秀です。このままいけば4つの王室規範の講義全てを一発取得できるかもしれません」


「おー、さすがだなティアラは」


 なんてのんきに回答したのだが、どうやらチトーさんのお気に召さなかったのか、それがどういうことかこんこんと話してくれた。


「わたし達の講義は学園で最も難しいと言われている講義です。合格するのは10%程度、良は例年5人も居ません。優に至っては数年に一人です。このような講義ですから4つ全てを一発で合格した者は名を残します。前回は34年前に一人いる程度です。そんな数十年に一度出るか出ないかとうい生徒ですと、例え出自が庶民であっても下手をしたら王家からお声が掛かる可能性があります。ティアラさんはそれほど優秀である、と心づもりをしておいたほうがよろしいかと」


 そんなチトーさんの忠告とも脅しとも取れる説明をされたが、それでも俺は態度を変えようとは思わなかった。


「ふーん、やっぱりミストさんの娘だけあって優秀なんだね」


 ミストさんは俺の言葉を予測していたのか、表情自体に変化は無かったが目だけは笑っているようだった。しかし、初対面のチトーさんに俺の思いが分かるわけもなかった。


「…ソーイチローさん、ご理解なさっていないようですから、直接の物言いですがご容赦ください。最低でも貴族からの引き抜きは行われるでしょうし、王家からの引き抜きすらあるかもしれません。現時点でもティアラさんは照会を受けているのですから。あまりのんきになさっていますと、ティアラさんを失うことになるかもしれません」


 オウルフォレスト学園の重要な収入源の一つに、生徒の情報提供がある。優秀な生徒だったら官僚なり軍人なり、引く手数多であるし、そんな生徒であるなら少しでも早く唾を付けておこうとするのは当然のことだ。その情報を決して安くない金額で開示しているのだ。


「それでティアラが幸せになれると本人が考えたのなら、それもまた良いと思います。勿論俺自身はティアラにはそばに居て欲しいと考えていますが、それは俺だけで決められることではありません。何よりティアラの意思を、俺は尊重するつもりです」


「もし仮に、金貨を山と積まれ、ティアラさんを寄越せと言われたら如何なさいますか?」


「金如きでティアラを渡す訳がありません。ティアラは無二の存在、どうしてそれで手放せましょうか」


「なるほどなるほど。しかし世の中の尊いお方というのは、金で手に入らない物ほど欲しがるという困った質をお持ちであるのも事実。そのような場合は如何なさいますか?」


 ようは力づくでティアラを奪いにきたらどうするのか?と聞いているのだ。その問に、俺はニヤリと笑みを浮かべ言葉を返した。


「俺がフィールでどのようにゴブリンを殲滅したか、その身で存分に味わうことになるでしょう。そう覚悟してくださいとお伝え下さい」


 チトーはにこりと笑みを浮かべ頷いたが、すぐに表情を引き締めていた。


「かしこまりました。しっかり注意を促しておきましょう。そしてこれが本題なのですが…ティアラさんがいじめを受けているようです」


「いじめ?」


「はい。いじめを行っているのは一部の貴族や商家のご息女が主立っています。他の方は関わらず遠巻きにしています。ですが、ティアラさん本人はあまり効いていないと言っていましたね」


 少し詳しく聞いてみると、まずいじめ集団はティアラのノートを悪戯しようとしていたらしいが、そもそもティアラは授業の内容を全て記憶しているためノートを持ち込んでいなかった。

 地団駄を踏んだいじめ集団は今度は教科書を入れてあるかばんを奪おうとしたらしい。が、そのかばんに罠が仕掛けてあったらしく、いじめ集団は眼と鼻を押えて転げまわっていたようだ。

 埒が明かないと直接呼びだそうとすると、まず間違いなく無視されていじめ集団が待ちぼうけをくらっていた。

 廊下で足を引っ掛けようとしたら逆に足を踏まれたり、トイレで水を掛けられそうになったら逆に掛け返したりと、ことごとくしっぺ返しを行っていた。


「やるなぁティアラ、さすがミストさんの娘だ」


「…ソーイチローさん、後でご相談があります」


 俺にだけ聞こえる声量で、ミストさんは耳元で呟いていた。背中がゾクリとしたが、人前であることを思い出し、辛うじて何でもないように取り繕うことに成功した。


「んん…それで講師側はいじめについて何か対策をとるつもりはありますか?」


「いえ、ございません。どちらの味方にもならず、他の生徒と同じように教えることを誓いましょう」


 俺はこの返事を冷たいとも職務怠慢だとも思わず、十分な回答を得られたと考えた。

 何故か?この講義を受ける人は王宮や貴族に仕えることを目指す生徒ばかりだ。そしてその王宮や貴族の社会は人の皮を被った魔獣だらけの世界だ。そんな世界なのに生徒のいじめをやり過ごせないのなら、即座に食われておしまいになってしまう。

 王宮や貴族社会の縮図であるこの講義ですら対処できないのなら、命の危険がない学園に居るうちに将来設計を変えたほうが良い、という考えだ。

 そしてチトーがティアラのことを”極めて優秀”と言ったのは、このいじめの対処も含んでいるのではないだろうか。そんなことを考えていたが、チトーは話しを続けた。


「ティアラさんは優秀であるが故の欠点があります。学業が個人で完結してしまうせいか、他の生徒との繋がりが希薄になっています」


 おおう、ティアラよ、お前ぼっちになってたのか……


「今のうちの繋がりは将来に渡って大切なこともありますので、その点を指導して頂ければ……」


 チトーさんから他にも幾つか話しを聞き、面談は終了となった。そしてその日の夜。


「ティアラー、ちょっといい?」


 「お呼びでしょうか」と言いながら、ティアラは俺の横に立ち指示を聞く体勢を取っていたため、彼女を俺の正面の椅子に座らせた。


「今日な、ミストさんと一緒に面談に行ってきたんだ。頑張ってるじゃないか、俺は嬉しいぞ」


「……」


 ティアラは俯いていて表情は分からなかったが、悪い感情を抱いているようには見えなかった。


「あと、王室規範の講義では難しいかもしれないが、教室で友達が作れるといいね」


「ご主人様は……私に友達が居たほうが良いとお考えでしょうか?」


「できたら、でいいよ。友達になりましょう!はい、友達ね!なんていう契約じゃないんだし、その場の流れで構わないさ」


 変な友達じゃなきゃ、居ないより居た方がいいのは当たり前だ。


「かしこまりました」


「……無理に作らなくていいからな?変に気負うなよ?」


 なんか顔を上げたティアラの目に妙な力が入っていた。


「はい」


「本当にわかってるのかな……で、ティアラ、これを俺が一番言いたかったことなんだけどさ、俺はティアラが元気で側にいてくれることが一番うれしい。だから自身を押し殺して頑張ろうとしなくてもいいんだ」


「……はい」


「何かあったら相談にのるから、溜め込まずに言えよ。あと何か他にもあったら正直に言っとけ」


 俺はそう言うと、ティアラは少し考えた後、それなら、と言葉をつなげた。


「それでしたら……お願いが御座います」


「ティアラがお願いとは珍しいな、なんだ?」


「もし、私が王室規範の講義を全て優を取ることができたら、一つ願いを叶えて欲しいんです」


「また全部優とかとんでもないこと言ったな。別に全部優じゃなくても構わんが……まあティアラがそういうなら、分かった。俺で叶えられることならその願い、叶えよう」


「ありがとうございます。これで私はもっと頑張れます」


「いや、だから適当に力を抜けと……ってもう俺の話しを聞いちゃいねぇ……」


 目に炎が入ったティアラは俺にお辞儀をすると、ミストさんのほうに何やらぼそぼそと話しかけていた。それを聞いたミストさんは苦笑いをしながら、ティアラとコロネの部屋に消えていった。



皆さまのおかげで書籍化します。ひょっとしたら早売りをする本屋だと並んでいるかもしれません。

もしよろしければ手に取っていただければ幸いです。



やっとティアラのお話書ける…

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