サイカケ屋
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「あれ、ルチル先生じゃないですか」
「ソーイチローさん?ソーイチローさんもジャンク屋に?」
そう返事したのは、魔獣の材料の講師をしてくれているルチルだった。そういえば以前、材料をジャンク屋で買ってるとか言ってたな。
「そうなんですよ。こういう雰囲気が好きですからね、ついつい暇があると寄ってしまいます」
「ふふ…ソーイチローさんもですか、わたしも寄っちゃうんですよねー。そうだ、もしよかったら一緒にジャンク巡りしませんか?ついでに特別授業も無料でやっちゃいますよ?」
ルチルは背丈に似合わない巨乳を両腕で挾み上げながら誘ってくれた。胸を持ち上げるのは肩がこる故の癖だろうが、”特別授業”という言葉とその仕草が合わさると、違う授業が始まるんじゃないかと思ってしまう。さすがに思ったことをそのまま口に出すわけでもなく、ルチルのお誘いは素直に受けることにした。
「それは嬉しいですね、ぜひお願いします。あ、そうだ、もし良かったらついでに店ごとの特徴や案内もしてくれると嬉しいです」
「任せて下さい!では早速行きましょうか!」
ルチルはニコニコと笑顔を浮かべながら俺の手を引いてジャンク屋に歩き出した。ルチルのこういう触れ合いは俺だけではなく、他の人達にもやっているのだろう。そしてヌマッキはルチルのこういう距離の近さを勘違いしたのだろうか?
それから程なくして、ルチルに案内された場所は、所謂さいかけ屋だった。本来のサイカケは摩耗した鍬や鋤の先端に鉄を盛りつけ、農機具を復活させることなのだが、ここでは農機具にこだわらず様々な道具を復活させていた。
建屋は古く室内もごちゃごちゃしている上、炉から発せられる高熱で部屋の中は熱せられていて、水車からベルトで接続されたふいごは、絶え間なく新鮮な空気を吐き出し続けていた。
部屋の隅には仕掛品であろう大工道具や二人がかりで使うのこぎりや巨大な斧、その他何に使うのかさっぱり思い浮かばない物であふれていた。そして鉄を盛り付けるだけではなく、何かの魔獣の爪を貼り直したりしているようで、それに使う接着剤の強烈な獣臭が漂っていた。
物が溢れる広い室内は昼なお薄暗く、光々と灯る炉が一番の灯りとなっていた。その炉の手前では男たちが溶けて柔らかくなった鉄を取り出し、鍬の刃先に取り付け、節くれだった手で握られた鎚が振るわれている。
「これはまた…濃い場所ですね」
そこかしこで鉄と鉄を打ち付ける音が響き、合間はふいごの風の音が間断なく鳴っているため、普通の声量では隣にいるルチルまで届かないくらいだった。
「でしょでしょ!この接着剤の臭いがたまらないんですよね!心の故郷にきたって感じがします。それで何故ここにきたかというと…えーっと、いたいた、おじさーん!おーじーさーーん!!」
「誰だ!うるせえな!聞こえとるわ!!あれ、ルチル嬢ちゃんじゃねえかい。今日もまた漁りに来たのか?」
「そうなんですよー!あ、そうだ、この人も紹介しようと思ってたんですよ!ソーイチローさんです!」
ルチルはそう言って俺を指さすと、おっちゃんは俺をジロジロと見た後、ニカッと笑って小指を立てていた。
「なんでい、ルチル嬢ちゃんのコレかい?とうとうこの肥溜めの花にも春が来たのか!」
「ちっ、ちが、ちがいます!ソーイチローさんはそんな人じゃありません!そうじゃなくて、生徒、生徒なんですぅ!わたしの講義の!」
真っ赤になったルチルはわたわたと手を振りながら、懸命に否定していた。それを周りのオヤジ達はニヤニヤと眺めているだけだった。そしてどうやらこうやってルチルをからかうのも、彼らの流れの一環らしい。
からかわれていることに気づいたルチルは頬をぷくりと膨らませぷんぷんと怒り始めた。
「もう!みなさんでまた私をからかって!もういいですっ、勝手に漁っちゃいますからね!」
「おう、好きにしな。二番倉庫に新しいガラが入ったからよ、行くならそっちにしときな。にいちゃんも怪我しないようにな!」
「はいっ!ありがとうございます」
「ありがとうございます」
先ほどまで怒っていたのが一転、ころっと笑顔になってルチルはお礼を言っていた。小さい背をしっかりと折曲げている姿は本心で嬉しいと思っている証左だと思う。合わせて俺も彼らにお礼を言うと、ルチルは再び俺の手を取り二番倉庫に向かった。
「そういえばさっき言っていたガラってなんです?何となく意味合いは想像できますが」
「ガラクタのガラですよ。ジャンク屋ですら売れないような物をここの人たちは集めてきて山積みにしておくんです。溶かしたりくっつけたりして修理用の材料置き場って感じですね」
「ほー、それでも使えないものはどうなるんです?」
「川の護岸工事の埋め立てに使うらしいですよ。ほら、この学園って川の中州に建ってるじゃないですか。年々削られているらしくて、土木科の人曰く「俺たちは川と戦っている」らしいです」
上流から流れてくる土砂を浚渫してそれを埋め立てに使えば、なんて思ったが、おそらく大規模な浚渫船などは無いのだろう。岸辺を手で掘るくらいしかしていないのではないだろうか。
そんなことより、と話を反したルチルはガラの山をほじくり返し始めた。これはアレに使える…とぶつぶつ呟いていたと思ったら、思い出したように危険な物について説明をし、それが終わるとさっさと発掘作業に戻るという事を幾度か繰り返していると、窓から差し込む日光が若干オレンジを帯びる時間帯になってきた。
「あら、結構いい時間になっちゃいましたね。今日はこれくらいにしておきましょうか」
そう言ってルチルは膝の汚れを払い落とし立ち上がった。集中していて気付かなかったが、西日に照らされた倉庫はかなり蒸し暑く、額から汗が止めどもなく流れていた。汗をかいていたのは俺だけではないようで、ルチルも頬を汗が伝っていた。その汗はそのまま小さな背丈に似合わない巨乳の谷間に吸い込まれ消えていった。
ルチルはそんなことは欠片も気にせず、戦果があったのか俺のすぐ目の前でニコニコとしている。本当にパーソナルスペースの取りにくい人だと思いながら、今日は終いとなった。
「ところでここの物を持って帰るのはどうしたらいいんです?」
ルチルの腕の中には虫系の魔獣の羽の切れ端が数枚抱えられていたが、俺は特に何も持ってはいなかった。
「欲しいのがあった時には適当に誰か捕まえて、声をかければいいですよ。だいたいタダでくれますし、まあその代わりになにか差し入れをすると喜ばれます」
「なるほど…じゃあ今度酒でも持ってきますか。ところでルチル先生は何を差し入れているんです?」
「私の場合は焼き菓子ですね。仕事中でも食べられるような物を持ってきています。でも持っていく度にからかうんですよ?!ひどいと思いませんか!!」
思い出し怒りとでもいうのか、ルチルは突然怒りだしたが、迫力は全くと言っていいほど無かった。ここの人たちもルチルのこのかわいい怒り顔に一服の癒やしを感じているのかもしれない。本人にとっては甚だ不本意だろうが。
こんな無駄話をしているうちに日も暮れ、それでもさいかけ屋の人たちはかまどの火を落とすことも無く、とんてんかんてんと仕事に励んでいた。そんな人達に俺たちは一声掛けその場を辞した。もちろんその時には「連れ込み宿にでもいくのかい?イイトコ教えるぜ」とおっさん達からからかわれ、またぷりぷりと怒っていた。
そんなルチルを宥めつつ、夕御飯用の食事を出す屋台の中を俺たちは歩いていた。貧民街である立座窟はやはり肉体労働者が多いのだろうか、がっつりした肉系の屋台が多いようで肉汁が焼ける匂いが漂っていた。
「まったくもう!どうしていつもいつも私の事をからかうのかしら!」
「それだけ好かれているってことでしょうねぇ。あれ?その割には俺への態度は普通だった気がするな」
娘に近づく不届き者のような扱いになるかと思ったが、全くそんなことはなく、まるで近所にすむ兄ちゃんに対するような態度だった。
「そんな好意はいりません!ご本人じゃないのでたしかなことは言えませんが、何となく嗅ぎとったのかもしれませんね」
「嗅ぎとったって何をです?肉の匂い?」
「違います!そうじゃなくて、ソーイチローさんって物作るの好きじゃないですか。そういうのって何となく判るんですよね、わたしたちのような人種には」
「あー…わかるかも。ジャンク屋にしても帰ってきた!って感じしますもんね」
「でしょでしょ!やっぱりソーイチローさんは話がわかるなぁ。でも今の若い人ってこういう所あんまりこないんですよ。特に魔法使いの人なんて、わたしたちのことを汚いものを見るような目で見る時もありますからね…あっ!もちろんソーイチローさんは違いますよ!!」
「あはは、分かってますよ。俺も魔法使いギルドに行ったことありますけど、あそこは魔力量命で俺みたいな赤級判定しか出なかった魔法使いはカス扱いですからね」
ルチルは俺の話を聞いいて何故か不思議そうな顔をしていたが、それを口にだすこともなく話を続けた。そうして道すがら今日のお礼でもと思って夕食に誘うことにした。
「ルチルさん、よかったら夕食どうです?今日の場所を紹介してくれたお礼におごりますよ」
そう言うとルチルは一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに難しい表情に変わりペコリと頭を下げていた。
「うぐ…ご飯のお誘いは嬉しいのですが、ちょっと自宅でやりたいことがあって…ごめんなさい」
「ああ、気になさらず。また今度あった時に都合聞きますので考えておいて下さい」
「はいっ!しっかり調べておきますね。わたしの家はあっちなので、今日は帰りますね!」
そう言って俺とルチルは分かれ道で別れた。ルチルは見送ってくれるようで俺の姿が見えなくなるまで手を振りながらぺこぺことしていた。ぺこぺことしていたのはどうやら夕食の誘いを断ったことの良心の呵責のようなのだが、なんとも小心なことだと思ってしまった。
そして俺は強引に夕食へと誘わなかった事を少し後悔することになる。自宅に帰るとミストさんが、小汚い字で書かれた一通の手紙を一通渡してくれた。
「ソーイチローさん、先程このような手紙が投げ込まれたのですが、心当たりありますか?」
渡された手紙をその場で俺は読み上げた。
「”ルチルは預かった。月が中天に届くまでに、東港倉庫街二番地区ルイズ大魔法具商会第四倉庫まで来い”か…」
「如何ですか?」
「ルチルとは俺の講義の先生ですけど…なんで俺のとこに?」
「さあ?」
ミストさんに聞いても詮無いことだが、思わず聞いてしまった。そんな騒ぎを他所に俺より先に家に帰っていたセフィリアがひょっこりと顔を出した。
「なんじゃ、ソーイチローに恋文か?モテる男は辛いのう」
「こういう恋文なら俺よりセフィリアのほうがたくさんもらってるでしょ」
「くくっ、違いない。それでどうするのじゃ?見なかったことにするも良し、言うとおりにするも良し」
「警邏にこれを差し出すのは?」
「まず動かんじゃろうな。有名講師ならいざ知らず、ドマイナーな講師では直接的な被害が判明せんと」
「学園長に直接頼んだ場合は?」
「うーむ…それなら動くじゃろうが、まず部隊が指定時間に間に合わん」
家族ならともかく、赤の他人に近い人の救出依頼を何故俺がするのか、それを説明しろと言われても俺自身が分からないのだから答えようがない。
では見捨てるという判断が可能かと言えば、そんなことはない。ルチルは俺の講義の先生としては極めて優秀なのだ。
「じゃあ俺が動くとするか。ところで例えば一般的な一家に身代金目当ての誘拐とかあったらどうするんだ?」
「そもそも普通の家庭に身代金を要求しても旨味は少ないのじゃがな。とはいえ過去に無かったわけでもない。この国の話ではないが…ワシが見たのは近所で協力して事にあたっておったな。金を借りるか武器を取るか見捨てるか、結果はそれぞれじゃったが、いずれにしても官憲に助けを求めるというのはあまりなかったのう」
旨みがないと警察関係の動きが遅いのは共通することらしい。
「それでどうするのじゃ?」
「セフィリアは学園長のところにいって筋通しておいてくれる?ミストさん、ティアラ、コロネは俺と一緒に現場に向かう」
「うむ」
「「「はい」」」
気合が入った返事をそれぞれが返してくれた。
「で、東港三番倉庫街ってどこ?」
「「「…」」」
「…ただいま地図を持ってまいります」
入った気合が頭の上から抜けるような音が聞こえてきたが、気のせいだと思いたい。そうしてティアラが用意した簡易地図を参考に俺たちは現場に向かった。




